PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/05/19】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/05/19】

 

 

 放課後、一度解散して各自準備をしてから再びジュネスへと集合する。

 準備が整っている事を確認してから、あちらの世界へと飛び込んだ。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 クマに巽夫人から貸して貰った編みぐるみを渡し、巽くんについて調べてきた情報を教える。

 

「このお人形さんを作った人で、お母さん思いで、お裁縫が得意、変な人、それにコンプレックスクマね。

 ………………。

 ムムムッ、これクマね!!

 センセイ、見付けたクマよ!!」

 

 そう言ったクマに導かれて辿り着いたのは、まるで大浴場の様な場所の入り口だった。

 大きく『男子専用』と書かれた布が、入り口の横に掛けられている。

 …………酷く蒸し暑い。

 この暑さなら薄着で正解だ。

 何時もの様な服装だと、早々にバテていただろう。

 困った事にメガネが漂う湯気で曇ってしまう。

 曇り止めでも塗ってくるべきだったのかもしれない。

 

 

 クマに持ってきた荷物を渡して先に進もうとしていると突然、何処からともなく怪し気な音楽が流れてきた。

 

 

 ━━僕の可愛い仔猫ちゃん……。

 

 

 その音楽に混じって、巽くんのものでは無いダンディな男の声が聞こえる。

 ……何故だろう、背筋がゾワッとした。

 

 

 ━━ああ、なんて逞しい筋肉なんだ……。

 

 

 先程の声とは違う、今度は少し優男風の声だ。

 しかも喘ぎ声付きで……。

 これもやはり巽くんのものでは無い。

 何と無くこの先の展開を予想して、思わず頬が引き攣る。

 

 

 ━━怖がる事は無いんだよ……。

 

 

「えっ…えっ……?」

 

 事態を把握仕切れない里中さんは混乱した様に声を上げている。

 気持ちは分かる。

 

 

 ━━さぁ、力を抜いて……。

 

 

 そして、そこで音楽もやり取りも途切れた。

 …………意味深過ぎるやり取りの後の、耳の痛くなる程の沈黙に、察してしまった花村の顔面は蒼白に近い。

 この中で、色んな意味で直接的な害を被る可能性が高いのは、男性である花村だ。

 最早、この先は花村にとっての死地にも等しい。

 

 行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたく━━

 

 花村の顔には、そう思いっきり書かれている。

 気持ちは痛い程分かる。

 自分とて、もし男性だったのなら、この先に進むのはどうしたって躊躇する。

 そういう性的嗜好の持ち主でも無い限り、この先に好き好んで行く男性は居まい。

 世の中には、そういう性的嗜好の持ち主たちの交流を見るのを好む人が居ると聞くが、少なくともこの場に居る誰もがその様な嗜好は持ち合わせていない。

 本当にここに巽くんが居るのか、と天城さんが訊ねると、クマは胸を張って、確かだと答えた。

 ……。……出来ればこの先には行きたくない。

 が、しかし。

 まだ入り口だというのに佇むだけでも軽く汗ばんでくるこの熱気を考えると、『シャドウ』云々の前に巽くんが脱水症状で死にかねない。

 ……一昨日から此処に居るのだと考えると、あまり猶予があると考える訳にはいかないだろう。

 何としてでも早急に巽くんをここから救出する必要がある。

 花村にもそれは分かっているが、色々な意味での身の危険に、どうしても躊躇してしまっている様だ。

 

「花村」

 

 冷や汗をかく花村の手を、両手で優しく包んだ。

 

「花村の身は、私が守る。

 絶対に、花村が危惧している意味での危害は加えさせない。

 だから、私を信じて一緒に戦ってくれないか」

 

 真っ直ぐ花村の目を見てそう言うと、花村の身体の微かな震えは止まった。

 

「そこまで言われて、無理だなんて言う訳ねーだろ。

 俺だって、早いとこ完二のヤツを助け出してやりたいとは思っているんだし。

 勿論、行くさ」

 

「すまないな、……ありがとう」

 

 

 

 入り口を潜りロッカールームの様な場所を抜け、奥に続く扉を開けると、そこは大浴場と言うよりもサウナの様な場所だった。

 それが延々と広がっている。

 檜の良い匂いもするのだが、こうも暑苦しいとそれすらも辛い。

 執拗に『男子専用』と書かれた垂れ幕が掛けられていて、何とも言えない感じを漂わせている。

 

「センセイ、シャドウクマー!」

 

 突入して直ぐに、見上げる程大きな太った警官の様な姿をしたシャドウが立ち塞がった。

 腹が空洞になっているのが、何とも言えない。

 数は三体。

 一体は花村に、一体は里中さんと天城さんに、そして一体を引き受ける。

 シャドウが手にしていた巨大な手錠を振りかぶって殴り付けて来たのを、横に大きく飛んで回避する。

 

「シャドウは『収賄のファズ』、アルカナは《法王》クマー!」

 

 弱点が分からないから、そのまま物理攻撃で攻める事にした。

 床に叩き付けられた手錠をイザナギが床に縫い留めてシャドウの動きを抑制し、ビンッと延びきったその手錠の鎖の上を駆け上がり、そのまま顔の部分に張り付いている仮面に、居合刀を突き刺す。

 そしてそれを全体重をかけながら、重力に引かれる力も合わせて下に向けて叩き下ろした。

 仮面の下半分を切り裂かれたシャドウはその勢いで倒れ、そのまま塵の様に消滅する。

 他の二体も難なく倒せた様だ。

 コノハナサクヤの焔が良く効いていた所を見るに、このシャドウは炎に弱いらしい。

 覚えておこう。

 

「はわー、センセイたち強いクマねー……」

 

 天城さんのお城に蔓延っていたシャドウよりは強いが、それでも、天城さん達の『シャドウ』に比べれば雑魚とも言える強さだ。

 

 次に遭遇した『自律のバザルド』という岩の塊の様なシャドウは、面倒な事に妙に物理的な攻撃に強く、叩こうが蹴り飛ばそうが全くと言っていい程堪えた様子は無かったが、魔法攻撃には非常に弱く、そこを突けばあっという間に殲滅する事が出来た。

 他にも、魚の様なシャドウ、人の手首から先がそのまま形になった様なシャドウ、レスラーの様なシャドウ、等々様々なシャドウとも遭遇したが、それらも蹴散らすとまではいかないが、そう手間取る事もなく倒して行き、そのままの勢いで一気に二つの階層を踏破する。

 

 

 三層目に辿り着いた時、湯煙の向こうに、誰かの後ろ姿を見付けた。

 巽くん、だろうか。

 

「巽くん!!」

 

 呼び掛けて振り返ったソイツは、巽くん……ではなく、褌一丁の巽くんの『シャドウ』だ。

 思わず花村を背後に庇う。

 

『ウッホッホ、これはこれは。

 ご注目ありがとうございまぁす!

 さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。

 あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしていまぁす』

 

 クネクネと色々なポージングを取りながら、バチコン、と花村の方へとウインクを送る。

 ビクッと背後の花村が震えたのが分かった。

 

『まだ素敵な出会いはありません。

 このアツい霧の所為なんでしょうか?

 汗から立ち上る湯気みたいで、ん~、ムネがビンビンしちゃいまぁす』

 

 巽くんの『シャドウ』はビンビンの所を強調しつつ、大胸筋をピクピクさせる。

 ……流石に、これはちょっとな……と少し引きながら居合刀の柄に手を添えた。

 もし巽くんの『シャドウ』がシャドウを嗾けてきたり、襲い掛かってきたら、遠慮なく叩っ斬るつもりである。

 

『ンフフ、みんなも暑くなってきたところで……、このコーナー、行っちゃうよ!』

 

 そう巽くんの『シャドウ』が言うと、

【女人禁制!突・入!?愛の汗だく熱帯天国! 】

 と言うテロップが背後の虚空に浮かんだ。

 

 もう、何でもアリ何だなこの世界…………。

 それより不思議なのは、この時間帯に《マヨナカテレビ》は映らないのだから、一体誰に向けて『シャドウ』はコレを発信しているつもりなのだろう。

 それは天城さんの時もそう思ったが。

 

「ヤベぇ……これはヤベぇよ……!

 色んな意味で……!!」

 

 既にギリギリな花村の声は震えている。

 確かに、コレは色んな意味でヤバイ。

 どこからともなく大きなざわめきが聴こえてきた。

 どうやら、巽くんの『シャドウ』に呼応してか、シャドウが騒いでいるらしい。

 

『ボクが本当に求めるモノ……見つかるんでしょうか、んふっ』

 

 妙に媚びた笑みを浮かべる巽くんの『シャドウ』はそう告げる。

 巽くんの『シャドウ』が本当に求めているモノ……。

 それは『シャドウ』が紛れもなく本人の一側面であると言う事を考えると、巽くん自身が求めているモノだ。

 天城さんの時がそうであった様に、『シャドウ』の言葉を額面通りに受け止めていては、巽くんが本当に求めているモノが何かは分からないだろう。

 しかし、『シャドウ』の言葉はそれを解く為の一助にはなる。

 

『それでは、更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで、突・入!

 ――張り切って……行くぜ、コラアァァ!』

 

『突・入』の部分で腰を前後に振り、くるりと後ろを向いたかと思えば、素の勇ましい声を張り上げながら拳を握って、奥へと駆け去ってしまった。

 ……追わなくてはならない、とは思うが、あまり心情的には追い掛けたくない相手ではある……。

 

 ……しかし、巽くんが求めているモノとは一体何なのだろう。

 彼が抱えているコンプレックスと、何か関わりがあるのだろうか……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ━━お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……。へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……。

 

 

 五層目に足を踏み入れた時、巽くんの弱々しい声が何処からともなく聞こえた。

 ……これは、天城さんの時の様に、巽くんの心の声なのか……?

 ……あまりぐずぐずしている暇は無い。

 早く、助けに行かないと……。

 そう思いながら六層目を突っ走っている時、ふと何処からともなく巽くんの『シャドウ』の声が降ってきた。

 

『ハイ! 

 そこのナイスなボーイ! 

 キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?』

 

 何処の高みだ、と内心突っ込む。

 此処へはあくまでも巽くん救出の為に来ているのであって、断じて愛の高みとやらを目指す為では無い。

 

『ヒュー! ボクを求めてるって? 

 そうなのかい? 

 嬉しいこと言ってくれるじゃない!』

 

 求めてねーよ、と花村が突っ込みを入れるが、此方の声は聴こえていないのか、それとも聞こえていても無視しているのかは分からないが、兎も角、巽くんの『シャドウ』はその声には反応しない。

 

『それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ!

 次に会うのが、とても楽しみだ! 

 じゃあ、またね!』

 

 しなくて良い……、と内心ゲンナリする。

 次に会うのが、全く楽しみでは無い。

 絶対にロクでも無い何かが待っている。

 皆もそう思ったのか、声を聞いた全員が浮かない顔をしていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 巽くんの『シャドウ』に会わない事を祈りながらやって来た七層目……。

 異常に暑苦しい空気が漂っている。

 先程迄の階層とは比べ物にならない程の熱気だ。

 これは一体……?

 

 特に熱気を感じる扉を、意を決して開けると。

 

『ようこそ、男の世界へ!』

 

 思わず扉を閉めたくなったのは、多分悪くない。

 そこに待ち構えていたのは、巽くんの『シャドウ』と、その横に控える巽くんの『シャドウ』の身長の数倍はあろうかと思われる巨大なレスラーの様な姿をしたシャドウだ。

 レスラーシャドウは、形こそ今までの階層で戦った『闘魂のギガス』と言うシャドウと同じモノだが、そのサイズは桁違いである。

 そんなシャドウの足下で巽くんの『シャドウ』は実況を続けた。

 

『突然のナイスボーイの参入で、会場もヒートアーップ! 

 ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!』

 

「お……おい、まさか……」

 

 花村の声が震えた。

 どう考えても嫌な予感しかしない。

 

『時間無制限一本勝負! 

 果たして最後に立ってるのはどちらだ? 

 さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!』

 

 巽くんの『シャドウ』がそう告げるのと同時に、レスラーのシャドウが此方に襲い掛かって来た。

 

 力を溜め込んだ凶悪な拳が花村を襲う。

 

「させるかッ!!」

 

 ペルソナを呼び出す暇すら無く、咄嗟に花村を突き飛ばす様にしてその位置を入れ換え、居合刀の鞘でその一撃を受け止めた。

 凄まじい衝撃に身体が吹き飛ばされ、居合刀を取り落としてしまう。

 

「鳴上ッ!」

 

「コイツの狙いは、花村……お前だ……!!

 私に構わず、避ける事に専念しろっ……!」

 

 その声に反応して花村が飛び退いた場所を、シャドウの巨大な手が空を切った。

 どうやら、花村を捕まえる算段らしい。

 避けられてからも執拗に花村に狙いを定めて、シャドウはその拳を振り回す。

 

「ッ……」

 

 ペルソナの召喚こそ間に合わなかったが、幸い今現在降魔しているのは物理攻撃に耐性を持つペルソナ━━『オニ』だった。

 派手に吹き飛ばされこそしたが、そう大きなダメージは受けていない。

 《剛毅》の絆をくれた一条と長瀬に心の中で礼を言いながら、取り落とした居合刀を拾って立ち上がる。

 

 このシャドウは大分強化され、自己強化能力も持ってはいるものの、『闘魂のギガス』ではあるらしい。

 ならば、コイツの攻撃手段はそのレスラー様の見た目に違わず、物理攻撃のみだ。

 なら……!

 

「ジャックランタン!!」

 

 ペルソナをオニから、《魔術師》のアルカナの『ジャックランタン』に変えて呼び出す。

 カボチャ頭に大きな帽子を被って、ランタンを持った見た目は可愛いペルソナだが、その外見からは想像も出来ない程強い力を持っている。

 

 グンッとシャドウが《タルカジャ》━━自身の攻撃力を引き上げるスキルで、その力を引き上げた。

 それを見た花村がすかさず《デカジャ》━━敵の能力強化を打ち消すスキルをかける。

 それに追い討ちをかける様にジャックランタンが《タルンダ》━━敵の攻撃力を下げるスキルを使い、更に重ねて《ラクンダ》━━敵の防御力を下げるスキルも使う。

 そんな状態のシャドウが放った一撃は、正面からそれを迎え撃ったトモエの、《タルカジャ》で強化された《アサルトダイブ》に押し負けた。

 しかし下がっていても高い防御力に阻まれ、あまりダメージは通っていない。

 それでも体勢を崩したシャドウに、追い討ちの様にコノハナサクヤが《アギラオ》をぶつける。

 骨まで炭化しそうな轟々と燃え盛る炎にシャドウが包まれるが、シャドウはそれにも耐えきった。

 しかしそのダメージはそこそこ大きかったらしく、プスプスと全身から煙が上がっている。

 しかし、本当に堅いシャドウだ。

 《ラクンダ》の効果は永続する訳でもないから、断続的にかけ続けないとロクなダメージにはならないだろう。

 だが、それならそれでも攻め様はある。

 

「オセ!」

 

 再びペルソナを切り替え、今度は《愚者》アルカナの『オセ』を呼び出す。

 両手に二刀を持った人型の豹の姿をしたペルソナだ。

 見た目に違わず素早いオセは、果敢にシャドウに斬りかかり、反撃される前にその表面に幾つもの裂傷を刻んでいく。

 それでも、それらは決定打にはならない。

 だが、それで良い。

 

 シャドウから反撃を食らいそうになったタイミングで、トモエの《アサルトダイブ》がその拳の軌道をずらした。

 そこを更にジライヤとコノハナサクヤの魔法を重ね合わせた、業火を巻き込んだ竜巻がシャドウを襲う。

 その隙にオセを下がらせて、イザナギへと切り換える。

 火炎旋風を耐えきったシャドウだったが、突如その巨体をぐらつかせ、終には膝をついた。

 再び立ち上がる程の体力はもう残っていない様だ。

 

「……効いたみたいだな」

 

 頑丈極まりないシャドウの体力を奪ったモノ。

 それは、毒、だ。

 オセがシャドウを切り刻んだ際に、毒の霧も発生させていたのだ。

 オセの毒の効力を引き上げるスキルも手伝って、強力極まりないモノと化した毒は、堅い防御力をもモノともせずにシャドウを侵し、その体力を根刮ぎ奪っていった。

 

「これで、止めだ」

 

 イザナギが、雷撃を纏わせた刃をシャドウの仮面に叩き付ける。

 仮面が砕けると同時に、シャドウは黒い塵へと還っていった。

 

 

 

「センセイ、お見事クマ!

 この辺りにシャドウの気配はもう無いクマよ」

 

 どうやらこの階層にはあのシャドウしか居なかったらしい。

 一先ず、今は安全だと言う事だ。

 この辺り一帯が異様に暑苦しい事も相俟って、先程の戦闘は常以上に体力と気力を削っていた。

 特に、執拗にシャドウの標的にされていた花村の疲労はかなりのモノだろう。

 既に汗だくである。

 ここは一旦休憩を挟むべきだ。

 

「この辺りは今は安全みたいだし、ここは一旦休息を挟もう」

 

 そう言って、クマに預けていた保冷バッグを受け取り、中身をみんなに渡す。

 

「鳴上、これって……」

 

「スポーツドリンク。

 一応、冷えてるし、ちゃんと調整してるヤツだから、飲みやすいと思うよ」

 

 運動中に失った水分とか電解質とかを補給するのには最適なスポドリだが、市販のペットボトルのモノだと甘味が強すぎたりして、激しい運動をした後にはあまり向かない。

 その辺りを考慮した、スペシャルブレンドのモノを用意した。

 要は、運動部とかでマネージャーさんが作ってるスポドリの様な感じである。

 

「うわー、生き返るわー……」

 

「うん飲みやすいよ、コレ」

 

 里中さんは早速ボトルを半分程空けている。

 天城さんもゴクゴクと飲んでいる様だ。

 

「ホント助かるけどさ、随分と用意が良いな」

 

「《マヨナカテレビ》を見た感じだと、相当暑そうな場所だったから、汗をかなりかくかなって思って……。

 流石に、こんなサウナみたいな場所とは思ってなかったけど、まあ準備してて良かったよ」

 

 やはり喉が潤うと気力も体力も回復していく気がする。

 スポドリと一緒に持ち込んだちょっとした食べ物も分けあって英気を養った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ━━違う……。俺が成りたかった男ってのは、……そんなんじゃねぇ……。

 

 

 更に階層を進んで行くと、巽くんの声が急速に弱々しくそして苦悩に満ちたものになっていく。

 

 ……巽くんは、『男らしさ』について悩んでいたのだろうか。

 しかし、彼が望んだ『男らしさ』と現実とが合っていない……?

 

 ……考えろ。

 巽くんを助ける為には、巽くんの『シャドウ』を……巽くんが抑圧していたモノを理解しなくてはならないだろう。

『シャドウ』の奇抜さに目を奪われて、大切なその本質を、見逃してしまっているからこそ。

 考える為のヒントはもう、既に手にしている筈だ。

『シャドウ』の言葉、この場所そのもの、そしてコンプレックス、『男らしさ』。

 ……先ず目に付くのは、この場所の至る所ろに執拗に掲げられた『男子専用』の文字。

 それに、テロップにも出てきた『女人禁制』の文字……。

 字面通りに捉えるなら、それは『男だけ』『女は来るな』と言う意思の現れだ。

 ……男は良くて、女は要らない……?

 

 ……どういう事だ?

 女性に対して、何かトラウマでもあるのか……?

 それと『男らしさ』……?

 それがコンプレックスに繋がっているのか……?

 そして、巽くんが欲している『何か』にも?

 

 お裁縫が好きだったと言う巽くん。

 彼が作成したとても可愛らしい編みぐるみを見るに、今だって好きなのだろうとは察する事が出来る。

 だが、今の周囲からの評価や噂からはそう感じられる部分は無い。

 寧ろ、手が早い部分ばかりが独り歩きしていて、いつの間にか手の付けられない不良の様な扱いになっている。

 ならば、実際の自分と、周囲からの評価の溝に苦しんでいるのか……?

 ……いや、それにしては巽くんの行動は説明が付かない。

 学校をサボりまくったり、夜中に出歩いたり。

 まるで噂の方を助長させる様な行動だ。

 流石に、そんな事をすれば不良扱いが酷くなる一方なのだとも分からない程愚かではないだろう。

 巽くんの趣味はご近所の人だって知らないみたいだし、それを知っているのは母親とかの極めて近しい人間だけなのかもしれない。

 つまりは相当ひた隠しにしている、とも判断出来る。

 

 それらの情報と、『男らしさ』への拘りを加味すると、巽くんは自分の趣味とかを『男らしくない』と考えているのだろうか……?

 だから、敢えて自分を不良に見せ掛けている?

 でも『不良』という路線も巽くんの求めていた『男らしさ』には合っていなかった、だから苦しんでいる……?

 …………。……分からない。

 じゃあ何故こんな場所を作り出会いを求めているのか、何故頑なに『男だけ』に拘るのか、そこの説明が付かない。

 

 ただ、彼の苦しみが深く強い事だけは伝わってくる。

 ……急がなくてはならない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 十一層目に足を踏み入ると、『おいでませ、熱帯天国』とデカデカと書かれた、桧作りの大扉が待ち構えていた。

 どうやら、この先に巽くんが居る様だ。

 全員の覚悟が決まっている事を確認してから扉を開け放つと、既に巽くんと『シャドウ』が対面しているところだった。

『シャドウ』はまだ暴走してはいない様だが、それも時間の問題だろう。

 正直、自分ならあの『シャドウ』に詰め寄られて「ボクは君」なんて言われても、『シャドウ』を否定してはいけないという事情を知らないなら、確実に「違う」と言ってしまうだろう。

 

『もうやめようよ、嘘つくの。

 人を騙すのも、自分を騙すのも、嫌いだろ?

 やりたい事をやりたいって言って、何が悪い?』

 

 絶句する巽くんに、シャドウはニヤニヤと笑いながら近寄った。

 

『ボクはキミの"やりたい事"だよ』

 

「違うっ!」

 

 そう吼えた巽くんを止めようと声を上げる。

 

「巽くん! 駄目だ!!

 そいつの言葉を否定しちゃ駄目なんだ!!」

 

「アンタたしか、この前の……」

 

『あー、もう……、煩いよ。

 大体何で此処に女が居るのさ。

 ここは男だけの場所だよ?

 これだから女は嫌なんだ……。

 勝手にこっちの領域を侵しに来てさ。

 女のくせに、ボクの邪魔しないでよね』

 

 そう言って『シャドウ』が此方を睨むと、傍らにあった大きな湯船の様な何かから、透明の液体が溢れて床を濡らす。

 お湯では無い様だけど……、これは一体……?

 

「完二くんっ!!」

 

 巽くんに駆け寄ろうと、里中さんが足を踏み出し、その液体の中に足を踏み入れると、途端に足を滑らせてすっ転んだ。

 更に、転びそうになった里中さんを支えようと腕を伸ばした天城さんまで巻き込まれている。

 …………どうやら、この液体は何かのオイルの様なモノで、摩擦抵抗を軽減する作用があるらしい。

 立ち上がろうとする里中さんと天城さんが再び滑って転ぶ。

 オイルで転ばない様に一度膝をついて、それから二人を支え起こした。

 しかし、このオイルの海をどうにかしない事には、巽くんの所まで行けない。

 

 オイルの前でもたもたしている内に、『シャドウ』はどんどんと巽くんとの距離を詰めて行く。

 

『女は嫌いだ……。

 偉そうで、我儘で、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける……。

 裁縫したり絵を描いてるボクを見てさ、気持ち悪いモノを見る見たいに“変人”、“変人”ってバカにして……。

 で、笑いながらこう言うんだ。

 "裁縫好きなんて、気持ち悪い"。

 "絵を描くなんて、似合わない"』

 

 陰鬱な狂気を帯びた声に気圧され、誰もが動けなかった。

 嫌悪を滲ませた妖しく黄金に輝く目に射抜かれ、巽くんは立ち竦む。

 そこでシャドウは言葉を切って天を仰いだ。

 そして、巽くんの肩を掴み、顔を寄せて呪詛の様な言葉を吐き出す。

 

『"男のくせに"……、"男のくせに"……、"男のくせに"……!!』

 

 血を吐く様な声で執拗に繰り返される言葉は、きっと巽くんが言われてきた言葉だ。

 そして、巽くんの心に棘の様に突き刺さっているモノ。

 まるで、悲鳴の様にも感じられるそれを聞き、……漸く理解出来た。

 何故『女人禁制』なのか、を。

 巽くんが人前で絵を描いたり裁縫をしたりしなくなり、不良と呼ばれる様になり始めたらしい時期を考えると、その心無い言葉を掛けられていたのは小学生辺りの年頃の事だろう。

 その年頃の子供は、悪意なんて無かったのだとしても、いっそ残酷な位の言葉を口に出す事が容赦なく出来る。

 他者の気持ちを推し量る、と言う能力がまだ未熟であるが故に。

 尤も、大人であってもそういう思い遣りを持てない人間は少なくはないが。

 お裁縫もお絵描きも、確かにその年頃の男の子が好んでやるモノとしてはマイノリティーの部類に入る。

 幼い頃の巽くんが、女の子から見た『男の子』という集団の、謂わば“外れ値”に見えたが故に、“男のくせに”と言う心無い言葉を打付けたのだろう。

 そう言われた巽くんが、どう感じるのか迄は斟酌しないままに。

 実際問題、そんな言葉を投げ掛けてきた女の子たちに「じゃあ男らしいって何」と問い返しても、答えられない可能性の方が高い。

 男らしさも、女らしさも、そんなモノは『コレ』だと明文化出来て万人に当て嵌めれる様なモノでも無い。

 本人がその人自身の中でソレを定めるのは勝手だが、それは他者に押し付けられる様なモノでも無いからだ。

 しかし、その言葉が巽くんの心の深い場所を傷付けてしまったが故に、『男らしさ』に強くに拘る様になったのだろう。

 

『じゃあ、男ってなんだ?

 男らしいってなんなんだよ?

 女は、怖いよなぁ……』

 

「怖く、なんか……」

 

 そう答える巽くんの声は震えている。

 そうと自覚しているかは分からないが、それはもうトラウマになってしまっているのだろう。

『女』と言う存在に忌避感に近いモノを抱いてしまっている程に。

 そう、だからこそ。

 

『……そうだ、男がいい……。

 ……男のクセにって、言わないしさ。

 ……だから、男がいいんだ……』

 

『男』だけ、と思ってしまったのだ。

 巽くんの心が生み出した迷宮の至る所に、『男子専用』と執拗に書かれていたのは、巽くんの心の悲鳴だったのだ。

 巽くんを心無い言葉で傷付ける『女』の居ない、そんな場所を望んでしまう程、その傷は深かったのだろう。

 

「違……う……!」

 

『違わないよ。

 キミはボク、ボクはキミだよ……』

 

「──っ! ザっ……けんな!

 テメェ、人と同じ顔してやがって……!!」

 

「巽くん、駄目だ! 言うなっ!!」

 

 声を荒げ、巽くんを止めるが、余裕が無くてそれどころでは無い巽くんには聴こえない。

 そして、巽くんは自分自身を切り裂く言葉を口にする━━

 

 

「オレはテメェとは違うっ!

 テメェみてぇのが……オレなもんかよっ!!」

 

 

『ふふ……ふふうふふ……』

 

 巽くんに否定されると同時に『シャドウ』は笑いながら闇に包まれ、巽くんは脱力した様にその場に倒れ込む。

 

 

『ボクはキミ、キミさァァッ!!』

 

 

 闇が切り払われた其処には……。

 正中線で右半身を黒に左半身を白に塗り分けられ、首から胸がある位置に薔薇の花が咲き乱れ更に其処から『シャドウ』の上半身が生えた、褌を身に纏った、七層目で闘った『闘魂のギガス』よりも遥かに巨躯の筋骨隆々の偉丈夫が現れた。

 そしてその左右から、これまた正中線で黒白に塗り分けられた厳ついボディービルダーの様な巨人が現れる。

『シャドウ』の上半身が付いている方が本体であるらしく、他の二体はその一部であるらしい。

『シャドウ』は巨大な♂マークそのままの形をした武器を左右の手に各々構える。

 

 

『我は影…真なる我……。

 ボクはジブンに正直なんだよ……。

 だからさ……、邪魔なモンには消えてもらうよ!!』

 

 

 そう吼えて、『シャドウ』はその武器を床に倒れ伏した巽くんに向けて叩き付けようと振り被る。

 

「モスマンッ!!」

 

 召喚された《隠者》のアルカナの『モスマン』は、一瞬で巽くんの前まで飛んで行き、その身を武器の前に投げ出した。

 モスマンが巽くんを庇ったのとほぼ同時に『シャドウ』の武器が振り下ろされ、周囲を電撃が駆け巡る。

 巽くんを庇うモスマンを襲った電撃は、そっくりそのまま『シャドウ』に跳ね返されその身を襲うが、『シャドウ』は一向に意に介さない。

 それどころか、気持ち良さ気な声すら上げる。

 どうやら、あの『シャドウ』は電撃を吸収する様だ。

 召喚可能なペルソナの中で最も素早かった為に咄嗟に召喚したモスマンだが、『シャドウ』の電撃を跳ね返して逆に回復させてしまう為、『シャドウ』を相手取るには切り換えた方が良さそうだ。

 今は兎に角、倒れている巽くんを『シャドウ』から引き離さなくては、彼が的になってしまう。

 

 天城さんがオイルを焼き払い、里中さんが火を氷で鎮火した床を蹴って、巽くんのもとへと駆け寄った。

 襲い掛かってきたボディービルダーみたいな二体のシャドウは、里中さんと天城さんと花村が引き付けてくれている。

 武器で殴り掛かってきた『シャドウ』は、オニを召喚して対抗した。

 オニの金棒と、『シャドウ』の武器が派手にぶつかって火花が散る中、ぐったりと床に倒れてしまっている巽くんを抱き起こす。

 酷く汗をかいている…………。

 早いところ水分と電解質を補給させないと不味い。

 

「巽くん、しっかり!

 意識はある?!」

 

「アンタ……何でこんな所に……」

 

 半ば朦朧としているのか、薄くしか目は開いていなかったが、それでも確りと此方を認識していた。

 

「意識はあるみたいだね、その話は後で。

 今はこの場を離れないと」

 

「鳴上っ、援護するぜ!!」

 

 再び電撃を放とうとした『シャドウ』は、ジライヤが巻き起こした上から叩き付ける様に吹き付ける烈風によって踏鞴を踏む。

 その隙に『シャドウ』から距離を取ったオニに、巽くんを抱えさせて、壁際まで退避しているクマの所まで運ばせた。

 

「鳴上さん、コイツ、物理全然効かない!!」

 

「こっちも! 炎の効きが悪い!!」

 

「そっちの二体、風があんま効かねぇっぽい!

 多分耐性持ちだ!!」

 

「ッ! 厄介な耐性持ちか!

 兎に角一旦相手を交換して攻撃して!!

 何に耐性持ってるのか、調べないと!」

 

「分かった!!」

 

 ペルソナをオニからイザナギへと切り換え、取り巻きのシャドウの方を攻撃する。

 そして耐性を調べた結果……。

『タフガイ』という名称の方のシャドウは物理攻撃と火炎攻撃を吸収し、疾風攻撃にも耐性を持つ。

『ナイスガイ』という名称の方は氷結攻撃を吸収し、火炎攻撃と疾風攻撃に耐性を持つ。

 二体の取り巻きに共通してダメージが通る電撃攻撃は、『シャドウ』が吸収してしまう、という事が分かった。

 しかも、『ナイスガイ』と『シャドウ』はどちらも火炎攻撃と氷結攻撃への耐性を付与するスキルまで持っていた。

 全く、トンでもない耐性の持ち方だ。

 あまりの厄介さ加減に思わず呻く。

 兎に角、何処か一点だけでも崩せればかなり楽にはなるのだが……。

 

『シャドウ』は直接前に出て戦うよりも、取り巻き二体に直接攻撃は任せ、強力な電撃攻撃を離れた所から打ってくる。

『ナイスガイ』の方は主に補助役を果たしているらしく、攻撃に回るよりも『シャドウ』や『タフガイ』の能力を強化させている事の方が多いみたいだ。

『タフガイ』はほぼ純粋にアタッカー役の様だが、物理攻撃を吸収されるのはやり辛い事この上ない。

 

『シャドウ』を直接狙うのは難しいので、先ずは取り巻き二体の内の『ナイスガイ』を潰す事にする。

 兎に角、コイツに補助技を使わせない様にしなければならない。

 

「花村と里中さんは物理で『ナイスガイ』を!

 天城さんは二人の回復に専念して!

『タフガイ』と巽くんの『シャドウ』は私が食い止める!!」

 

「「「了解!」」」

 

 直ぐ様ペルソナを《女教皇》のアルカナの『ガンガー』に切り換え、『ナイスガイ』を守ろうと前に出ようとした『タフガイ』を氷付けにする。

 その隙に、『ナイスガイ』をトモエの《アサルトダイブ》とジライヤの《パワースラッシュ》が襲い掛かった。

 スキルの反動で削られる体力は、空かさず天城さんが回復させてゆく。

 トモエとジライヤが交互に攻撃を仕掛けてくるので、『ナイスガイ』は補助スキルや回復スキルを使う暇が無い。

 

『ボクはもう、自分を押し通すって決めたんだ!

 だから、邪魔するなァ!!』

 

『シャドウ』が吼え、広範囲に雷撃が躍り狂う。

 こちらを飲み込もうとしてくるそれを、ガンガーが作り出した分厚い氷壁で防ぐ。

 一時的にとは言え、完全に『シャドウ』と、『ナイスガイ』・『タフガイ』を分断する事に成功した。

 

「今だ! 一気に決める!!」

 

 ペルソナをガンガーからモスマンに切り換え、《マハジオンガ》で、『タフガイ』と『ナイスガイ』の二体を電撃で薙ぎ払う。

 その一撃で既に花村と里中さんにかなり削られていた『ナイスガイ』は消滅、『タフガイ』も膝を付く。

 そして《ジオンガ》の二撃目で、『タフガイ』も完全に消滅した。

 

「良し、残るは巽くんの『シャドウ』だけだ!!

 みんな、気を引き締めてかかろう!」

 

 取り巻きは倒せたとは言え、寧ろこれからが本戦だ。

 電撃属性にしか耐性が無い為、花村たちにとっては取り巻きのシャドウよりも相手しやすいモノかもしれないが、強烈な電撃の範囲攻撃には油断出来ない。

 特に、電撃属性が弱点の花村は。

 更に、その筋骨隆々の体躯から見て、物理攻撃も得意としている可能性が非常に高い。

 厄介極まりない相手である。

 

『何だよ、邪魔するなよ!

 やりたい様にやって、何が悪いっての!?』

 

 取り巻きを倒された『シャドウ』は、手にした武器で氷壁を砕きながら襲い掛かってきた。

 モスマンをイザナギに切り換えて、振り下ろされた武器をイザナギが手にした刀で受け流す様にして『シャドウ』からの攻撃を防ぐ。

 

「巽くんがやりたい事はコレなのか!?

 巽くんが欲しいモノは、こんなモノなのか!?」

 

 暴れ回って、力尽くで押し通して。

 それが本当に巽くんが望んでいた事なのか?

 巽くんが望んでいるモノ、欲しているモノ。

 それはきっと、巽くんが周りの人間に隠している、裁縫などを好む一面を見ても、それを“変”だとか“男らしくない”などと拒絶しない相手、だ。

 だが、それはこんな所で暴れ回っても手に入るモノでは無い。

 

「良いじゃないか、お裁縫が好きでも、お絵描きが好きでも!!

 誰に迷惑をかけるモノでも無いだろ!

 何も、変なんかじゃないさ!!」

 

 そう、変なんかでは無い。

 誰かに迷惑をかける様な趣味でもないのに、誰に憚る必要がある?

 男だから駄目?

 それこそ馬鹿みたいな理由だ。

 

『ッ……! そんなの、嘘だッ!

 お前だって“変”だって思ったくせに!

 “男らしくない”って思ったくせに!!

 そんなの、心の底では思っても無いくせに!

 口先だけの出任せを言うなァッ!!』

 

 急速に巽くんの『シャドウ』が力を溜める。

 これは不味い……!!

 

「全員、攻撃に備えて防御!!」

 

 その指示に、みんなはペルソナで防御を固める。

 素早くペルソナを《正義》のアルカナのヴァーチャーに切り換えて、間に合えと祈りながら花村に《蒼の壁》━━電撃属性の攻撃に耐性を付与するスキルを使い、壁際のクマたちの元へ走った。

 そして、ジライヤに電撃耐性が付いた次の瞬間。

 部屋中を超高圧の電流が駆け巡る。

 視界が真っ白に染まり、雷の轟音に耳鳴りが止まらない。

 頭がグラグラして、気分が悪い。

 それでも、何とかそれを耐えて、言葉を紡いだ。

 

「巽、くん。

 怪我、……は、無い?」

 

 咄嗟に巽くんを守ったのだが、巽くんの方が体格が良い為、もしかしたら攻撃を食らってしまったのかもしれない。

 クマはヴァーチャーが守ったから無傷だ。

 幸い、ヴァーチャーは電撃属性を無効化する為、降魔及び召喚中はこっちにもその耐性は適用されている。

 実際、攻撃の余波にやられているだけで、雷撃そのもののダメージは受けていない。

 振り返って被害状況を確認すると、予め防御に徹していた事からみんな膝を付いてはいるものの、十分無事と言える。

 ジライヤには電撃耐性を付与しておいたのも、功を奏したのだろう。

 花村たちと視線が合った一瞬でお互い頷き合い、花村たちは『シャドウ』に攻撃を仕掛ける。

 

「オレは何ともねーけど……。アンタ……」

 

「そうか……。なら、良かった」

 

 巽くんが無事である事を確認してホッとした。

 ポケットを漁って、巽夫人から借り受けていた編みぐるみを取り出し、それを巽くんに渡す。

 

「……! おい、アンタこれ……!」

 

「巽くんのお母さんに、借りたんだ。

 君を探す手掛かりになる、から。

 巽くんが手作りしたんだって、君のお母さんが言ってたよ……」

 

「……悪いかよ。

 男がこんなモン作ってちゃ……」

 

 そっぽを向く巽くんに、フルフルと首を横に振った。

 まさか、そんな事は全く思っていない。

 

「悪くなんか、ないよ。凄く、可愛い」

 

「かっ、可愛い……!?」

 

 何故か巽くんは顔を赤らめる。

 ……?

 そう言う事を言って貰うのに、慣れてないからだろうか……?

 

「凄く丁寧に作られているし、デザインも拘ってる。

 小物とかも、凄い手が込んでるし……。

 本当に可愛い。

 ……巽くんが、こういうの本当に好きなんだって、とてもよく伝わってくる。

 こんなに凄いものを作れるんだから……。

 巽くん、胸を張りなよ」

 

 巽くんを心無い言葉で傷付けた女の子たちには理解出来なかったのかもしれないけれど、巽くんには本当に凄い技術がある。

 巽くんの趣味が、誰も彼もに理解されないなんて、そんな事は無いだろう。

 世界は広いのだし、手芸を嗜む男性だってそこそこいるし、それを生活の糧にしている男性だっている。

 それに、作品の出来の良し悪しに作者の性別も見た目も関係なんて無い。

 こんなに凄いものを作れるのだ。

 巽くんはそれを誇ったっていい。

 

「だから、あそこで苦しんでいる君を認めてあげてね」

 

「アンタ、アレが何なのか知ってんのか……?」

 

「アレは巽くんがずっと心の奥に押し込めていた君自身の側面の一つ。

 君自身に否定されてしまったから、ああやって暴れている。

 だから、受け入れてあげて欲しい。

 自分自身を否定して傷付けるなんて、とても悲しいから」

 

 受け入れてくれる人が欲しいと願う一面が、そう願った本人に拒絶されて否定されるなんて、悲し過ぎる話だ。

 ……尤も、奇抜過ぎる姿形で現れた『シャドウ』にも少し責任はあるけれど。

 

「巽くんなら出来るよ。

 だって君は、誰かに拒絶されてしまう辛さを、よく知っている人なんだから」

 

 ポンポンと、壁に凭れ掛かっている巽くんの頭を軽く叩く様に撫でてから、花村たちに加勢するべく『シャドウ』へと突撃をかけた。

 

「ドゥン!」

 

 《太陽》のアルカナに属する『ドゥン』が疾駆し、野生の虎そのものの獰猛さで『シャドウ』の右腕に食らい付き、そして噛み付いた腕をその身に纏う炎で焼いていく。

 

『このッ、邪魔だァ!』

 

 首根っこを掴まれたドゥンが床に叩き付けられそうになる直前に、コノハナサクヤが作り出した業火がドゥンごと『シャドウ』を呑み込んだ。

 火炎を吸収するドゥンはその業火により傷付いた部分が治っていく。

 

「チェンジ、イザナギ!!」

 

 ドゥンをイザナギに切り換え、『シャドウ』に《ラクンダ》を使った。

 防御力の下がった『シャドウ』の身体を、ジライヤの風が切り刻み、トモエの《アサルトダイブ》が穿つ。

 それでも、『シャドウ』はまだ堅い。

『シャドウ』は苛ついた様に《チャージ》で一気に力を高めた。

 

「させるか、ジャックランタン!!」

 

 イザナギをジャックランタンに切り換える。

 《タルンダ》で『シャドウ』の攻撃力を下げようとしたのだが……。

 

『あぁん、可愛い! 抱き締めたぁい!!』

 

「!?!?」

 

 ジャックランタンを目にした『シャドウ』が、突然相手をしていた筈のトモエやジライヤには目もくれず、ジャックランタンに接近し、巽くんの姿をした上半身の部分が力一杯抱き締めてくる。

 ペルソナは自分自身。

 だからペルソナのダメージはある程度は自分に返ってくるから、痛覚とかの一部の感覚は若干共有もしている。

 つまり、『シャドウ』に抱き締められている何とも言えない感覚が此方にも伝わってきていると言う事で……。

 あぁっ、しかも今頬擦りまでされている……。

 

「~~~っ!!!」

 

「鳴上ーっ! しっかりしろーっ!!」

 

 怖気立ちそうになる感覚を堪えて、必死に抵抗を試みてはいるが、ガッツリホールドされている上にスリスリスリスリと頬擦りされていて抜け出せないし、これではペルソナを切り換える事も出来ない。

 攻撃されている訳でもなく、みんなへの攻撃も止んでいるのが唯一の幸いだが、心理的なダメージが蓄積していってる気がしなくはない。

 取り敢えず頬擦りは止めて欲しい。

 可愛いものが好きだという巽くん(の一面が強く出ている『シャドウ』)に可愛い見た目のペルソナを見せてはいけなかった様だ。

 

「ああーっ! センセイの目が死んでるクマーッ!

 早く助けるクマー!!」

 

 クマの声に、花村たちが動く。

 こうも密着されていては、ジャックランタンが耐性を持たない魔法は迂闊に使えない為、ジライヤとトモエが、ジャックランタンをホールドしている『シャドウ』の腕に切り付けようとするが、筋骨隆々な方の腕に阻まれてしまう。

 その間も頬擦りは止まらない……。

 心なしか、ジャックランタンの目にも生気がない様な気がする。

 

「くそっ! このままじゃ鳴上が参っちまう!!

 早く何とかしねーと」

 

「千枝! 花村くん! そこ退いて!!

 ソイツ、灰にするから!!」

 

 天城さんがそう声を上げた直後、ゴウッと音をたてて『シャドウ』が燃え上がる。

 業火に焼かれても尚、『シャドウ』はジャックランタンを抱き締めていたが、一瞬その拘束が緩んだ隙に、その顔面を全力で殴って離脱。

 直ぐ様《法王》アルカナの『フラウロス』に切り換えた。

 

「一気に畳んでやる……!!」

 

 吠え猛るフラウロスの《スタードロップ》の一撃が『シャドウ』の鳩尾に突き刺さり、ダメージを与えると共に『シャドウ』の防御力を下げる。

 フラウロスが少し『シャドウ』から距離を取るのと同時に、ジライヤの《ガルーラ》が『シャドウ』に膝をつかせた。

 

 フラウロスをオニに切り換え《チャージ》で力を高め、更にオニを《道化師》のアルカナの『ペイルライダー』に切り換える。

 ペイルライダーが手にした大鎌を振りかぶると、鎌の刃が異様な冷気を放ち始めた。

 

「トモエ、《タルカジャ》!」

 

「ジライヤ、《スクカジャ》だ!!」

 

 里中さんと花村から補助を受け、威力と切れを増したその刃を掲げながらペイルライダーは『シャドウ』に向かって突進し、すれ違いざまにその身を深く切り刻む。

 傷口は凍り付き、その周りには冷気が纏わりついていた。

 

「いくよ、トモエ!《暴れまくり》!!」

 

 トモエの攻撃が三連続で『シャドウ』に命中し、その度にペイルライダーが付けた傷口の氷結が広がって『シャドウ』にダメージを与えていく。

 仲間たちとの連携で追加でダメージを与えられる《連鎖の氷刃》が発動したのだ。

 《連鎖の氷刃》が発動可能な時間は《三連の鎖》で多少は引き延ばされているが短い。

 それでも、非常に強力な攻撃である。

 

「チェンジ、イザナギ!!」

 

 イザナギがありったけの力を込めて、《デッドエンド》を叩き込むと、氷結が『シャドウ』の全身を侵食し、「イクぅ……っ!!」と言う断末魔と共に『シャドウ』は元の巽くんの姿に戻った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




鳴上さんの心に3000のダメージ!
陽介の心に消えないダメージを与えても良かったのですが、色々悩んだ末にこうしました。
完二自身は本当はホモォな人ではなく、色々なタイミング(直斗との出会いとか)が重なって自分で誤解していただけなんで、多分陽介と可愛いペルソナを秤にかけたら可愛いモノの方を取るんだろうなぁ、と。
モスマンに反応しなかったのは、一回目は本当に一瞬しか出してなかったからです。
二回目は氷壁に阻まれて見えていなかったという…………。
きっとジャックフロストを出した場合も、熱烈なハグが待っていた事でしょう。
鳴上さん……君の尊い犠牲は無駄にはしないよ……。



ボス戦は無印版とゴールデン版の両方を参考にしています。
ボスの性能は以下の通り。


『完二の影』【皇帝】(電:吸、光・闇:無)
・デッドエンド、キルラッシュ、電光石火
・狂信の雷、マハジオ、ジオ
・憤怒の囁き、禁断の呟き、吸魔
・レボリューション、チャージ、白の壁、赤の壁


『タフガイ』(物・火:吸、風:耐、光・闇:無)
・暴れまくり、ソニックパンチ


『ナイスガイ』(氷:吸、火・風:耐、光・闇:無)
・キルラッシュ
・赤の壁、白の壁、ヒートライザ、ディアラマ


『タフガイ』・『ナイスガイ』の強化されっぷりが半端無いですね。
ボス戦はRISKY以上を目標に書いてます。
ゲームだったらレベルが30オーバーの段階で《完二の影》に苦戦はしません。



今現在の鳴上さんたちのレベルは大体30過ぎ辺りです。
仲間たちのペルソナ及び使用可能なスキルは以下の通り。

陽介:『ジライヤ』【魔術師】(風:耐、電:弱)
・パワースラッシュ、烈風撃
・マハガル、ガルーラ
・テンタラフー
・スクカジャ、デカジャ、ディア


千枝:『トモエ』【戦車】(氷:耐、火:弱)
・アサルトダイブ、疾風斬、暴れまくり
・マハブフ
・タルカジャ、リベリオン
・アドバイス、カウンタ


雪子:『コノハナサクヤ』【女教皇】(火:耐、氷:弱)
・マハラギ、アギラオ
・リカーム、メパトラ、メディア、ディアラマ
・火炎ガードキル


鳴上さんが使用可能なペルソナとそのスキルは、以下の通り。


【愚者】

『イザナギ』(電:耐、闇:無、風:弱)
・デッドエンド、雷鳴斬
・マハジオンガ
・ラクカジャ、タルカジャ、ラクンダ、デクンダ


『オセ』(物:耐、風:無、光:弱)
・パワースラッシュ、木っ端微塵斬り
・ポイズンミスト
・チャージ
・毒成功率UP
・素早さの心得、光からの生還、鮮血の先導者



【魔術師】

『ジャックランタン』(火:吸、氷:弱)
・アギラオ、マハラギオン
・タルンダ、マハラクカジャ、赤の壁
・火炎ブースタ
・防御の心得、氷結耐性



【女教皇】

『ガンガー』(氷:吸、火・闇:弱)
・マインドスライス
・ブフーラ
・マカジャマ
・ディアラマ、メディラマ、デカジャ
・混乱成功率UP、真・火炎見切り



【法王】

『フラウロス』(火:無、風:耐、氷:弱)
・獄炎刀、デッドエンド、金剛発破
・クレイジーチェーン、スタードロップ
・アギラオ
・アドバイス、氷結見切り



【戦車】

『アレス』(物:耐、光:無、風:弱)
・氷殺刃、暴れまくり、疾風斬
・デカジャ、チャージ
・疾風見切り、カウンタ、猛者の称号



【正義】

『ヴァーチャー』(光・雷:無効、氷・闇:弱)
・デッドエンド
・ガルーラ
・マハンマ、ハマオン
・ポズムボディ、蒼の壁
・ハマ成功率UP、闇耐性



【隠者】

『モスマン』(電:反、火:耐、氷:弱)
・ジオンガ、マハジオンガ
・バリアントダンス
・淀んだ吐息、電撃ガードキル
・激昂成功率UP



【剛毅】

『オニ』(物:耐、火:無)
・牙砕き、バスタアタック、デッドエンド
・木っ端微塵斬り
・チャージ、修羅転生
・カウンタ、食い縛り



【太陽】

『ドゥン』(火:吸、氷:弱)
・暴れまくり
・アギラオ、マハラギ、マハラギオン
・火炎ガードキル
・火炎ブースタ、真・氷結見切り



【道化師】

『ペイルライダー』(闇:無、風:耐、光:弱)
・連鎖の氷刃、マインドスライス
・ガルーラ
・マハムド、ムドオン
・三連の鎖、ヘビーカウンタ、光からの生還



【永劫】

『サティ』(火:無、氷:弱)
・マハラギ、アギラオ、マハラギオン
・エナジーシャワー、ディアラマ、トラフーリ


なるべく可能な限りペルソナは文章中に出そうとはしていましたが、『サティ』の出番が無かったですね。
役割が被ってしまったので仕方無い……。
『アレス』は以前の『矛盾の王』との戦いの時に出番があったので除外しました。

解禁ペルソナを含めて全般的に言える話ですが、中々個性を出すのって難しいですね。
『アリス』みたいに《死んでくれる?》の様な固有スキルがあれば話は別なのでしょうけれども。
【魔術師】アルカナだと、解禁される『マダ』よりも、『スルト』の方が固有スキルの《ラグナロク》持ってる分、個性を出し易いですね。
『マダ』も解禁で来るのなら、真・女神転生Ⅲで持ってた《大いなる酩酊》持参でやって来るべきだったと思います。

ペルソナのスキルは、そのペルソナがレベル上げで習得するスキルを元にしています。
ペルソナ合体からのスキル継承を考慮してしまうと、何でもアリになってしまい、プレイデータを参考にしてしまうとこの辺りのレベル帯以降のペルソナにはほぼ確実に《勝利の雄叫び》が付いていたりして、もっとカオスになってしまいかねないので、この様な感じにしました。

今回も一部のペルソナには『ペルソナQ』でのスキルを搭載しています。
今回の文章中に出したスキルとしては、イザナギの《雷鳴斬》、フラウロスの《スタードロップ》、ペイルライダーの《連鎖の氷刃》及び《三連の鎖》です。


この時点でのコミュ進行度は、
【愚者(自称特別捜査隊)】:3/10
【魔術師(陽介)】:5/10
【女教皇(雪子)】:1/10
【法王(遼太郎)】:3/10
【戦車(千枝)】:4/10
【正義(菜々子)】:4/10
【隠者(狐)】:2/10
【剛毅(一条&長瀬)】:3/10
【太陽(結実)】:1/10
【道化師(足立)】:1/10
【永劫(マリー)】:2/10
です。

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