PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/04/12】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 八十神高校2年2組の教室は騒めきで賑わっていた。

 生徒達の話題は専らこのクラスの担任となった諸岡教師に対する不満や愚痴であったが、ふとした拍子に新たな転校生についての話題に移る。

 この八十稲羽では、新たに人がやって来るというのはそこそこ珍しい。

 地元を離れていく人は増加傾向にあるが、反対にやって来る人というのは殆どいないからだ。

 特にこれといった産業もなく観光に適した場所も殆どない八十稲羽に、外から態々やって来る人はかなり稀である。

 八十神高校の生徒達は、ほぼ全員が小学校中学校からの顔馴染みであり、基本的にその顔触れが変化する事は無い。

 そんな中での転校生だ。

 話題にならない訳が無かった。

 田舎特有の情報網で、新たな転校生が来る事は既に学年どころか、町中にまで出回っている。

 しかし転校生が来る事は分かっていても、それが男なのか或いは女なのかを知ってる人はこの教室内には居なかったのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 チャイムが鳴ると同時に、騒めく教室の扉が不意に開け放たれ、特徴的な容貌の中年男性が入ってきた。

 このクラスの担任である諸岡だ。

 この八十神高校ではそこそこの古株となる教師である。

 担当科目は倫理学。

 この学校の教師陣の中では規則規律に煩い教師で、異性交友にはかなり厳しい。

 生徒達からは『モロキン』という愛称で呼ばれている。

 尤も、生徒達からの評判はかなり悪いものであるが。

 

 諸岡は何時もの如く始めた説教を終えると、「転校生を紹介する」、と教室の外で待機させていたらしい生徒に声を掛けた。

 一拍程の間を空けてから教室内に入ってきたのは、そんじょそこらの男子よりも背が高い女子生徒だった。

 身長は目測で約180センチと言った所か。

 凛とした姿勢で、転校生であるらしい女子生徒は諸岡の横に佇んだ。

 

「爛れた都会から、辺鄙な田舎町に飛ばされてきた哀れな奴だ。

 いわば落ち武者だ、分かるな?」

 

 転校生に対していきなり毒を吐く諸岡を、(またか……)と生徒達は白い目で見る。

 この諸岡という教師が、こういった物言いをするのはこの学校の生徒にとっては既に日常茶飯事であるが、慣れていない転校生は面食らっているだろうと、とんだ災難に遭ってる転校生に同情的な視線が集まった。

 

 だが渦中にある筈の転校生は、心底どうでも良いとばかりに窓の外に目をやっている。

 この様子だと、諸岡の嫌味は毛程も彼女には届かなかったらしい。

 

「おい貴様! 何処を見ている!!」

 

「窓の外を見ているだけですが、何か?」

 

 自分の嫌味を聞き流していたとしか見えない態度に怒鳴り声を上げた諸岡に、そう答えて転校生は彼を見下ろした。

 別に意図するものがあるでもなく、ただ単に彼女の方が教壇に立つ諸岡よりも背が高いので、自然とそうなるのだ。

 別に怒ったりしている訳では無さそうな、フラットな声音だったが、不思議と威圧する様な迫力を醸し出していた。

 

「むっ……。まぁいい。

 自己紹介をしなさい」

 

 転校生の雰囲気に気圧されたのか、諸岡は威勢を殺がれた様に口籠る。

 それを大して気にした風も無く、転校生は黒板に己の名前を書き、その口を開いた。

 

「鳴上悠希です。

 これから一年間よろしくお願いします」

 

「あー……それで、鳴上の席だが……。

 ……あそこが空いているな。

 よし、お前の席はあそこだ」

 

 悠希は諸岡に指定された席に座り、カバンから教科書類と筆記具を取り出す。

 その時、横の席の女子生徒が悠希に小声で話しかけてきた。

 

「キミ、スゴいね! 

 モロキンが気圧されちゃうなんてさ、ビックリしたよ! 

 大変だろうけど、これから一年間よろしくね」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 悠希は女子生徒に軽く頭を下げてそう挨拶する。

 

 そして再び騒めき始めた教室内を諸岡が一喝し、新学期最初の授業が始まった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 学期始めという事で、今日の授業は午前で終わる。

 いつの間にか昨晩から降り続いていた外の雨は止んでいて、代わりに深い霧が町を覆っていた。

 近頃ここ八十稲羽では雨が降り続くと、それが止んだ後に決まって霧が出る様になった。

 近頃はと言っても、それが何時具体的にそうなったのかは地元の人々にも分からない。

 気が付いたらいつの間にか、だったのだから。

 ただ、漠然と昔はそうではなかったという認識だけはある。

 

 昔はどうであれ、既にこの霧に慣れた生徒達はまたかとばかりに外を見やるだけだ。

 生徒達が帰り支度を始めている最中、唐突に校内放送が流れ、教師達が呼び集められる。

 

 “何か”が起きたのだろうか? 

 

 滅多に起きない事態に、生徒達はそう色めきたった。

 それに拍車を掛ける様に、霧の向こうでパトカーか何かのサイレンまで聴こえる。

 何が起きているのか、と窓の外を覗く男子生徒達の顔には『好奇心』がありありと浮かんでいた。

 話題や娯楽に事欠く田舎だ。

 生徒たちの態度は決して褒められる様なものでは無いのは確かであるが、それも無理もない事なのかもしれない。

 皆が基本的に、“変化”に飢えているのである。

 例えその“変化”が何かしらの事件であったとしても、己に直接の関わりが無い内は、単なるショーと大差は無いと感じているのだろう。

 

 しかし深い霧で何も見えない為、次第に生徒達はサイレンへの興味を失って、話題は別の何かへと移っていった。

 今の話題の中心は、最近ニュースで不倫騒動を報道されていた女子アナウンサーについてだ。

 

 そんな中、悠希は我関せずとばかりに粛々と帰り支度を済ませていた。

 

 少ししてから校内放送が再び流れ、学区内で事件が起きたので速やかに帰宅する様に、と指示される。

 

 事件と聞いて途端に生徒達は再び色めき立ち、教室内の話題が今度は事件一色になった。

 八十稲羽では事件らしい事件は滅多に起きないので、好奇心からか一種のお祭り騒ぎになっている。

 まだ何かしらの事件が起きたとしか知らされておらず、その詳細を何も知らぬと言うのにも関わらず、野次馬根性の様な好奇心から、己の想像だけを基盤とした憶測が教室内を飛び交った。

 

 そんな軽い喧騒の中、悠希はどうでも良いとばかりに席を立つ。

 

「あれ、鳴上さん帰り一人? 

 よかったら、一緒に帰んない?」

 

 その直後、朝のホームルームの時に悠希に話し掛けてきた隣の席の女子生徒に再び声を掛けられた。

 呼び止められた悠希は、女子生徒へと振り返る。

 

「そう言えば、まだ自己紹介してなかったね。

 あたし、里中千枝。

 で、こっちは天城雪子ね」

 

 そう言って千枝は自分と、その横に立っていた赤いカーディガンを羽織った女子生徒を紹介した。

 

「あ、初めまして……なんか、急でごめんね」

 

「えー、謝んないでよ。

 あたし失礼な人みたいじゃん。

 ちょっと鳴上さんの話を聞きたいなーって、それだけだってば」

 

 二人のやり取りには気心知れたものを感じる。

 相当に仲が良いのだろう。

 

「私の話を? 別に構わないけど」

 

 そう悠希が返した時、一人の男子生徒が千枝に近付いて来た。

 男子生徒は何処と無く落ち着きが無く、目が明らかに泳いでいる。

 

「あ……えーっと、里中……さん」

 

「何よ花村。 

 何で今更“さん”付けなのよ」

 

 千枝がジト目で挙動不審の男子生徒を見ると、男子生徒は明らかに狼狽した。

 

「この前借りたDVD、スゲー面白かったです。

 技の繰り出しが流石の本場っつーか……。

 申し訳ない! 事故なんだ! 

 バイト代入るまで待って! じゃっ!!」

 

 そう言ってその男子生徒はカバンからDVDケースを取り出して、押し付ける様に千枝に渡し、その場を一目散に逃げ出そうとする。

 

「あっ、待てコラ! 貸したDVDに何した!!」

 

 咄嗟に追い掛けた千枝の蹴りが背中にクリーンヒットして、男子生徒は周囲の机や椅子を巻き込んで倒れこんだ。

 その際に左脛を思いっきりぶつけたらしく、そこを抱えて男子生徒は悶絶する。

 

「どわっ! 信じらんないヒビ入ってんじゃん! 

 あたしの“成龍伝説”があぁぁ!!」

 

 千枝がケースを開けて中身を確認すると、DVDには大きなヒビが幾つも走っていた。

 割れてないのが最早奇跡的に思える程である。

 これでは二度と再生する事は叶わないだろう。

 

 新品のBlue-rayで買い換える事とお詫びとしてステーキを2枚奢る事で手打ちとしてその場は収まった。

 正確には未だ痛みに悶絶する男子生徒に、千枝が一方的に要求を突き付けただけなのだが。

 まあ本当に大切にしていたDVDだった様なので、偶発的な事故であったとして差し引いても、比較的温情ある措置であると言えるのかも知れない……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 千枝と雪子及び悠希は帰りを共にする事になり、三人揃って校門を出る。

 すると校門の陰から目の前に突然誰かが飛び出して来た。

 稲羽周辺にある他校の制服を着た男子生徒だ。

 あまり学業的な意味合いでの噂は芳しく無い学校の生徒であるらしい。

 

 彼は自分は名乗る事もせずに、突然名指しで雪子を遊びに誘った。

 しかし誘われた当の雪子はと言うと、そもそもの話、この男子生徒と全く面識が無かったらしく、見知らぬ人物からの突然の申し出に驚き戸惑っている。

 

 突然目の前で繰り広げられる見世物染みたやりとりに、周囲の生徒達の耳目が集まり野次馬根性剥き出しの無責任な発言が飛び交った。

 どうやら野次馬達の言によると、この男子生徒は大分前から校門横に待機していたらしい。

 

 馴れ馴れしい男子生徒はまだ数分も経っていないと言うのにも関わらず痺れを切らしてきたのか、徐々に元々荒かった語気が更に荒くなる。

 精神的に何かしらの問題を抱えていそうなその男子生徒の様子を、雪子は薄気味悪そうに見ていた。

 煮え切らない雪子の態度(男子生徒から見ての話だ)と周囲の冷やかしの視線に耐えられなくなったのか、終に男子生徒は雪子に詰め寄ろうとする。

 

 その途端。

 事の成り行きを雪子の真横で静観していた悠希はそれを手で制し、冷ややかな視線を男子生徒に向けた。

 

「どういう事情と要望があるのかは知らないが、嫌がっている相手にも無理に押し通さねばならない程のモノだろうか?」

 

「うるさい! 

 お前は関係無いクセに口出ししてくるな!!」

 

 顔を真っ赤にしてそう喚き散らす男子生徒に対し、悠希の視線は益々冷えきってゆく。

 そして感情の色が無い淡々とした声音で、男子生徒に問うた。

 

「確かに、そちらの事情には私は関与していない。

 しかし逆に尋ねるが、そちらこそ天城さんと何の関係が? 

 現状そちらの行動は、第三者から見ると、不審者以外の何者でもないけど? 

 どんな事情があるにせよ、他人に要求するモノがあるのなら、自分が何処の誰で何の用があるのか位は明確に相手に述べておく必要があるのでは?」

 

 悠希は冷ややかにそう述べて男子生徒を見下ろした。

 男子生徒は、上から降り注ぐ悠希の冷淡な視線に耐えられなくなった様に視線を彷徨わせ、終には何事かを口籠りながらその場を立ち去る。

 結局、その男子生徒が名乗る事は無かった。

 

 

 周囲が騒がしくなったので、そのまま三人は校門から足早に立ち去る。

 歩きながら雪子はふと溢した。

 

「あの人……何の用だったのかな……」

 

「う~ん……デートの誘い、じゃないかな、多分」

 

 千枝は苦笑いしながら雪子に答える。

 

「そうなのかな……」

 

 今一つ実感が湧かなかったらしく、雪子は首を捻った。

 それに千枝は益々苦笑いを浮かべる。

 

「にしても脈絡無さ過ぎだし、いきなり“雪子”って呼び捨てにするとか恐過ぎだし、あれは無いなー」

 

「あれは無いというのには全面的に同意する。

 傍目からでも凄く気色悪く鬱陶しかった」

 

 悠希も千枝に同意して頷いた。

 そして気味の悪い男子生徒の事など記憶から抹消するかの如く、別の話題へと三人の話のネタは移っていく。

 悠希は千枝に請われるままにその質問に答え、時折雪子からも質問が飛んだりもした。

 

「そっかー、親の仕事の都合なんだ」

 

 一通り悠希に質問をした千枝が、何処か安心した様にそう言う。

 それに悠希は頷いた。

 

「結構急に決まった話で、私としては別に付いて行っても良かったんだが、あっちの学校の手続きは間に合いそうになかったし……無理に付いて行くには治安が良い訳じゃない場所だから、日本に残った方が良いって事になってね。

 本当にギリギリだったから大変だったなぁ……。

 特に制服が」

 

 スイッと制服のスカーフを摘まみながら悠希は溜め息を吐く。

 

「制服?」

 

 首を傾げた雪子に、悠希は頷いて僅かに苦笑いを浮かべた。

 

「ほら、私って自分で言うのもなんだけど、背が高いから……。

 ……既製品の女子制服にはまず間違いなくサイズが無い訳で、一々採寸して作って貰わないと駄目でね。

 あとちょっとでも話が決まるのが遅かったら、男子制服で学校に来る事になったんじゃないだろうか」

 

 まあ、それならそれで別に良かったけど。

 そう言いながら悠希は笑った。

 

「背が高いってのも大変だねー」

 

 千枝も決して背が低い訳ではないのだが、悠希との差は大きい。

 視線を合わせようとすると、自然と上を見上げなくてはならない。

 悠希は「もう慣れたから」、と苦笑した。

 

「ここ、ほんっと、なーんも無いでしょ? 

 そこが良いトコでもあるんだけど、余所のヒトに言える様なモノは全然なくってね……」

 

 千枝はそう言いながら、手を広げて辺りを示す。

 千枝が言う様に、周りには田畑やポツポツと点在する家屋位しかない。

 八十稲羽一帯が大体そんな感じである。

 

 かつての稲羽は炭鉱の町として栄えたが、石炭から石油へとエネルギー資源が移って久しく、既に炭鉱も閉鎖された稲羽には収入源となるモノが乏しい。

 比較的良質な雪質を持つスキー場はあるが、あまり大規模なモノではなく、地域活性化に繋がる様な観光資源とはならない。

 山裾に広がる温泉街や山から採れる染料を用いた染め物に少々特徴のある土で焼いた陶磁器などはあるので皆無とまではいかないが、求心性に乏しいのは疑い様の無い事実である。

 少なくとも新たに若い労働力が流入してくる様な環境ではない。

 これで交通の便が良ければベッドタウンとしてやっていく道もあっただろうが、周囲を山々に囲まれた谷間という地形の為、交通の便はかなり悪い。

 特に公共交通機関の不便さが目立つ。

 更に地域一帯で高齢者の割合が高く、年齢層別の人口比率をグラフにすると見事な逆三角を描く。

 若者の少ない地域に若者を対象とした商業施設を展開する意義は少ない為、そういった施設は八十稲羽にはほぼ皆無である。

 そういった環境である為に若者の人口流出に歯止めが掛からず、それが更に地域から活力を奪い過疎化が進むという悪循環に陥っているのだった。

 典型的な程の、炭鉱町の衰退の姿を辿っているのである。

 

「あ、でも、雪子ん家の“天城屋旅館”は普通に自慢の名所! 

 “隠れ家温泉”とか言ってよく雑誌にも取り上げられてるし!」

 

「そうなんだ。温泉か……」

 

 千枝の言葉に、悠希は何かに思いを馳せるかの様に目を細める。

 その様子に、雪子は首を僅かに傾げながら訊ねた。

 

「鳴上さん、温泉好きなの?」

 

「大浴場とか、露天風呂とか、想像するだけで心踊る位には」

 

「それなら是非とも行ってみなよ! 

 ホンっとオススメだからさ!」

 

 千枝の言葉に悠希が頷く。

 

 その後も三人で雑談しながら歩いていると、前方に人だかりが出来ているのを発見した。

 一見ただの住宅路でしかないのだが……。

 

「……ここら辺って、何かあるのか? 

 それか、今日は何かのお祭りをやってる日とか?」

 

「ううん、フッツーの住宅地だよ。

 別に今日は何かの催しモノは無かった筈だしなー」

 

「だよね、どうしたんだろ?」

 

 三人は揃って首を傾げた。

 どうせ進行方向なのだから、そのまま人混みへと近付く。

 

 人集りの向こうにはパトカーが数台停まっていて、その先の道は黄色いテープで封鎖され、その前には警官が数人立っていて野次馬達が侵入しないように見張っていた。

 

「これって、校内放送で言ってた事件……?」

 

「……多分、そうだろう。

 事件って言っても町に露出狂が出た位かと思ってたんだけど、この感じだとそんなモノでもないんだろうな……。

 あ、あれって……」

 

「おい、そこで何をしている」

 

 悠希が警官達の中に自身の叔父が居るのを発見した直後、その叔父から声を掛けられた。

 

「ただの通りすがりです。

 ここ、通学路の途中なので」

 

「ああ、まあ……そうだろうけどな。 

 ったく、あの校長……人の話聞いて無かったのか……?」

 

 悠希の説明にチッと堂島は舌打ちをした。

 うっかりかどうかは知らないが、八十神高校の校長先生は生徒に事件現場付近に立ち寄らせないように通学路を変更させるのを忘れていたらしい。

 

「……鳴上さんの知り合い?」

 

 堂島と悠希を交互に見て、雪子は少し驚いた様に訊ねた。

 

「悠希の叔父の堂島だ。

 まあ何だ……悠希と仲良くしてやってくれ。

 じゃあ三人とも、ウロウロせずに早く帰れよ」

 

 堂島の言葉に三人は素直に頷くが、悠希はふと何かを思い出した様に顔を上げる。

 

「あっ……叔父さん、菜々子ちゃんは大丈夫ですか?」

 

「集団下校でもう家に帰ったってさっき連絡があった。

 出来れば気に掛けてやっといてくれ」

 

 その時、堂島の横を背広姿の若い男性が駆け抜け、そして道端で堪えきれなくなったかの様に蹲り、嘔吐した。

 

「足立! お前はいつまで新米気分だ! 

 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」

 

 堂島に怒鳴られた足立と呼ばれた刑事は、何とか返事をしようとしていたが、どうにも具合が悪いらしくその声は弱々しい。

 

 その様子を見ていた悠希は突如ゴソゴソと通学鞄を漁り、中からお茶のペットボトルを取り出す。

 そして未開封だったそれを開けてから、未だ蹲る足立に差し出した。

 

「これ、良かったらどうぞ。

 多少はマシになると思いますよ」

 

「えっ? ……あ、あぁ……有り難うね……」

 

 足立は一瞬驚いた様に悠希を見上げ、そして差し出されたペットボトルを素直に受け取る。

 

「すまんな、悠希。手を煩わせた。

 おい足立。それ飲んだら直ぐに地取りに行くからな!」

 

 そう言って仕事に戻る堂島の後を追う様に、足立は慌ただしく立ち上がり、悠希に手短に礼を言ってからその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

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