PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/05/18】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ……砂嵐と共に、《マヨナカテレビ》は始まった。

 先日までのものは、この砂嵐が殆ど治まらないまま映像が流れていたが、今晩のモノは直ぐ様砂嵐が晴れていく。

 ……天城さんの『シャドウ』が映った時と同じ状況だ。

 やはり、巽くんは既に……。

 が、思考は唐突に遮られる。

 

 

『皆様…こんばんは。

 "ハッテン、ボクの町!"のお時間どえす!!』

 

 

 突然ドアップで登場した巽くん(の恐らくは『シャドウ』)に思わず目が丸くなった。

【女人禁制! 突☆入!?愛の汗だく熱帯天国!】

 と言うバラエティ臭の漂うテロップが画面右下に表示され、何やら怪し気な音楽も流れているのも大変気になるが。

 それ以上に目が釘付けになってしまうのは、巽くん(の『シャドウ』)が、真っ白な褌一丁と言う、もの凄くギリッギリな格好でいる事だ。

 ユラユラと体を揺らし、前屈みで此方を覗き込んでいる。

 眉は八の字に下がり、何故か頬が上気しているのか赤く染まり、更に口元を所謂アヒル口にしている。

 しかも、語尾が明らかに可笑しい。

 一体どうなっているんだろう。

 

『今日は……性別の壁を越え、崇高な愛を求める人々が集う、ある施設をご紹介しまぁす』

 

 巽くん(の『シャドウ』)からアップが外れ、周囲の状況も見れる様になった。

 ……何処かの大型浴場施設の様な場所らしく、周囲に無数のロッカーが立っているのが目に映る。

 白く画面が微かに曇っているのは、霧……ではなく、多分湯気によるものだろう。

 施設は美しい白木造りらしく、あまり解像度の高くない画面越しでも、その美しさは伝わってきた。

 

 

『極秘潜入を行うレポーターは、このボク……巽完二くんどぇす!!』

 

 

 再び巽くんが画面にアップで映る。

 しかも、名前を言う前に音を立てて投げキッスをしてきた。

 更に、名前を言いながら、右に左に腰を振って謎のポージングを行う。

 ……直視し辛い……。

 天城さんの時もそうだっただろうが、《マヨナカテレビ》を見ている人間はまあそこそこはいる様だ。

 ……彼らは『シャドウ』とか、あの世界の事情なんて知らないでこの《マヨナカテレビ》を見ているのだろうから……。

 ……止めよう。それを考えると剰りにも居た堪れなくなる……。

 

『あぁん……熱い、熱いよ……。

 こんなに熱くなっちゃったボクの身体……。

 一体、ボクは……ううん、ボクの身体はどうなっちゃうんでしょう……?』

 

 悩まし気に身体を揺らす巽くん(の『シャドウ』)に、思わず、どうにかなっても困るだろう、と内心突っ込む。

 大体、熱いのは今巽くん(の『シャドウ』)が居る場所が暑苦しいだけだろう。

 それにどうせその先に居るのは人間じゃなくてシャドウだけだ。

 ……この巽くん(の『シャドウ』)は何を訴えたいんだろう……。

 

『もうこうなったら……。

 もっと奥まで、突☆入、してきまぁす!!』

 

 そう言って、体をくねらせた巽くん(の『シャドウ』)は、画面に背を向けて背後の入り口へと、がに股で駆け込んで行った。

 

 …………。…………。

 今までの事を考えると、既に巽くんはあちらの世界に居るのだろうが……。

 ……花村は、ここ……行きたがらないだろうな……。

 その気持ちが分からない訳では無い……。

 

 そう思うと、深い溜め息が溢れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/05/18】

 

 

 昨晩の衝撃的な映像に映っていたのは間違いなく巽くん(の『シャドウ』)であった。

 今迄の事から、既に巽くんはあちらに放り込まれてしまっている。

 その見解は全員が一致した。

 

 しかし……結局《マヨナカテレビ》とは一体何なのだろう。

 天城さんの疑問に、全員で考え込む。

 最初に見たのは、単なるオカルトチックな都市伝説だろうと、話のネタ半分に試した時だ。

 その時は小西先輩らしき人影が映った。

 その後数回の《マヨナカテレビ》を見てハッキリと言える事は、あちらの世界と何かしらの関係があるという、ただそれだけだ。

 そもそもの噂話の内容は『雨の夜の零時に、点いてないテレビに、運命の相手が映る』だ。

 実際に映るのは、運命の相手、等ではないのだが……。

 しかし、噂、になっている以上それを試した相手はいるのだろう。

 条件さえ合っていれば、誰にでも見る事は出来る代物の様だし、一度火が着けば爆発的に広まってしまいかねない。

 ……何故、とは説明出来ないが、それは非常に不味い事態になる気がする。

 

「あっちの世界に関係があるのは確かなんだろーけど、あっちに誰も居ない時にも《マヨナカテレビ》に映ってはいるんだよな。

 クマはあっちにいるヤツがあの映像を産み出してるつってたが、それだと誰も居ない時に見えるモノの説明がつかねーし……。

 うーん……分からん」

 

 首を捻る花村の言葉に頷いて、更に自分が他にも感じた疑問点を述べる。

 

「……分からない事は、他にもある。

 例えば、そもそも何故、『運命の相手が映る』、なんて内容の噂になったのか、とか」

 

「? それって何か変?

 噂ってそう言うものじゃない?」

 

 里中さんが、意味が分からないとでも言いたげに首を傾げた。

 

 確かに、『運命の~』なんて噂は古今東西腐る程ある。

 《マヨナカテレビ》の噂がそうである事自体はそう不思議なモノではない。

 が、しかし。

 

「《マヨナカテレビ》は実際に映像を映している。

 だけれど、それは『運命の相手』じゃない。

 例えば、里中さんは小西先輩の映像が映った時に、それが『運命の相手』だって思った?」

 

「えっ、うーん、流石にそうは思わなかったよ?

 だってあの影どう見ても女性だったしね。

 ふっつーに考えて、女性を運命の相手とは思わないし」

 

「そう、映ったのが同性だったり、あるいは自分の意中の人じゃなかったり、あるいは嫌いな人だったり……。

 そういう場合は、映った相手が『運命の相手』だなんて思わないんじゃないだろうか?」

 

 それに納得したのか、花村が頷く。

 

「あー、確かにな。

 ん? でも何でそれが分からない事に繋がるんだ?」

 

「《マヨナカテレビ》が、本当に単なる噂ならそれでもおかしくは無かった。

 でも、実際に『何か』は映る。

 そして、実際に試した人もそれなりには居る。

 なら、途中で『映るけどそれは運命の相手じゃない』って噂も生まれるとは思わないか?

 でも、そんな噂は無い」

 

 それに、だ。

 もし《マヨナカテレビ》が【犯人】のターゲットを映すだけの代物であるとするのならば、最初の被害者が出るまでの映像は『山野アナ』だけの筈だ。

 なら、噂は『山野アナが映る』となる筈だがそうではない。

 

「噂が生まれるからには、必ず発生源がある筈。

 噂の元が作り話の時だって、それを最初に作った人が居るのだし。

 なら、一番最初に《マヨナカテレビ》を見た人が見たのは()

 それがその人にとっての『運命の相手』、だった?」

 

 《マヨナカテレビ》という現象は実際に存在するのだから、《マヨナカテレビ》の噂は偶々それを見た『誰か』が発端となっている筈だ。

 問題は、その『誰か』が見たのは()であったのか、という事。

 もし、映っていたのが山野アナだったのなら、果たして『運命の相手が映る』だなんて噂になるのだろうか?

 

「もし映っていたのが山野アナだけだったのなら、『運命の相手』なんて内容になるとは思い辛い。

 そう言えば、里中さんが《マヨナカテレビ》の噂を知ったのは何時位?」

 

「えーっと、……春休みの辺り、かな?

 その頃には既に結構な噂になってたよ?

 実際に試したのはあの時が初めてだったけどさ」

 

「その時からずっと、【犯人】のターゲットとして山野アナが映っていたのだとしたら、……『運命の相手が』っていう触れ込みは不自然だ」

 

 《マヨナカテレビ》が映していたのは、最初の内は山野アナでは無かった、という可能性がある。

 ならば、映っていたその人はどうなったのだろう。

 もし【犯人】の手に掛かっていたのなら、それはそれで事件として報道されているだろう。

 なら、その時映っていた人は無事であるか、あるいは【犯人】が手を下す前に事故などで不慮の死を遂げたか……、何にせよ【犯人】のターゲットを外れた事になる。

 なら、それは何故?

 あるいは、当初【犯人】と《マヨナカテレビ》に関連性は無かったが、何らかの要因によって《マヨナカテレビ》が【犯人】のターゲットを映し始めた、とか?

 いや、そもそもの話、《マヨナカテレビ》という現象は何時から存在する?

 それは何故、何の要因があって……?

 ……結局、どの疑問も『《マヨナカテレビ》とは何なのか』に帰結する。

 

「うーん、何か考え出したら分かんない事だらけだけどさ、今は《マヨナカテレビ》よりも完二くんを助ける事が大事じゃん」

 

 ……里中さんの言う通りだ。

 《マヨナカテレビ》が何であるのか、それは時間さえあれば何時でも考える事が出来る。

 今は巽くんを救出する事を考えなくては。

 

「てか、完二って言えばさ、昨日の《マヨナカテレビ》は何だ?

 いや、あれも天城ん時と同じくシャドウだったんだろーけどさ。

 何つーのか、その……」

 

 花村が言い淀んだ言葉に頷く。

 

「まあ、凄いインパクトではあったな」

 

 巽くんが抑圧していたモノ、それは一体何なのだろう。

 天城さんの時の様に、シャドウの主張その物が抑圧してきた一面と=で繋がる訳では無いだろう。……無いと信じたい。

 勿論、シャドウの主張も間違いなく抑圧していた部分と根は同じだろうが、それは曲解と誇大な誇張表現を伴っている。

 今の状況を息苦しく思い、逃げ出したいと思っていた思いが、『王子様を逆ナンしに行くお姫様』を産み出した様に。

 

「まさかとは思うけど、……完二ってアッチの気がある人?

 そういや昨日だって、男と出掛けるだけなのに嫌に挙動不審だったし……」

 

「それは……分からない」

 

 花村が顔を若干青くして、否定される事を期待した様な言葉に、自分は首を横に振った。

 

 流石に、巽くんの性的嗜好がどうなのか迄は分からない。

 あんなシャドウが出て来てしまっている以上、その疑惑は膨れ上がっていく一方だが……。

 

「万が一……。万が一そうなのだとしても、そうだからと言って見捨てるなんて訳には行かない……」

 

「いや、そりゃそうなんだろうけどさ。

 俺は何て言うの、その、何となーく身の危険ってのを感じちゃってたり……」

 

「もう、何をゴチャゴチャ言ってんの!

 ごねて無いで助けに行かなきゃ!」

 

「うん、迷ってる暇、無いよ」

 

 身の危険を感じている花村の発言は、里中さんと天城さんによって封殺された。

 巽くん救出への意思を固めた所で、テレビの中へと移動した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 しかし、直ぐ様救出、とは事は運ばなかった。

 どうやら、クマにも巽くんの居場所が分からないらしい。

 誰かがいる、と言う事は分かるらしいが、その詳しい位置までは分からないのだそうだ。

 クマが『自分とは何者か』を考え続け、それに思考を取られているからかもしれないが……。

 原因は何であれ、クマの力で位置が掴めなくては救出も何もあったモノではない。

 クマの協力無くしては、この何処まで広がっているのかも分からない霧の世界を宛てなくさ迷う他無いからだ。

 しかし、巽くんの『人柄』が分かる様な何かがあれば探し出せるかもしれない、とクマは言う。

 それは物であっても情報であっても構わない、と。

 しかし、天城さん以外は殆ど面識が無い相手だけに、『人柄』と言われても、それを示せる何かは持ち合わせていなかった。

 ……兎に角、巽くんを知る人から情報か何かを貰うしか無い。

 一先ず手分けして情報収集にあたる事になり、一旦向こうへ帰る事となった。

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 情報……と言っても、商店街の人達の殆どは、昔は良い子だったのに……、とか、お母さんは良い人なのにどうして、とか。

 そんな《不良》の巽くん、と言う認識が殆どだった。

 この前のテレビ番組の影響も相当大きいらしい。

 中には純粋に巽くんを心配してくれている人も居たが……。

 どうであれ、実際の《今の》巽くんを認識している人は殆ど居ない様だ。

 ここはやはりご家族に話を聞くしかないだろう……。

 そんな思いで、巽屋を訪れた。

 買い物をしない迷惑な客だろうに、巽夫人は優しく出迎えてくれる、が、その顔には僅かな焦燥が浮かんでいた。

 それとなく話を促すと、やはり巽くんが帰って来ていない事が、巽夫人の胸を痛ませている様だ。

 色んな人から札付きの不良扱いされている巽くんだが、実際の所は口こそ悪いが相当な母親想いの男だ。

 夜に出歩く事も珍しくなく、帰りが遅いのもよくある事だが、それでも一晩中帰ってこない、と言うのは未だ嘗て無い事なのだそうだ。

 恐らく、巽夫人の目許に微かに浮かぶ隈は、巽くんの帰りを夜通し待っていた為だろう。

 巽くんの身を案じ、今朝方警察に届け出を出したそうだ。

 

 一刻も早く巽くんを救出しなければならない、と思いを改めて固めた所で、ふと昨日巽夫人に見せて貰った編みぐるみに思い至った。

 不躾だし、巽くんの事で気を揉ませているのに申し訳ないと思いながら、件の編みぐるみを貸して貰えないかと巽夫人にお願いした。

 実際の用途……巽くん救出の為の手懸かりにする、とは言えないので、菜々子ちゃんに贈る編みぐるみの見本にしたい、と誤魔化して頼んでみた所、巽夫人は優しく微笑んで了承してくれた。

 …………本当に、優しい人だと思う。

 この人をこれ以上悲しませない為にも、巽くんは必ず助け出さなくてはならない。

 

 

 礼を言って巽屋を後にする頃には、そろそろ夕飯の買い出しに行かなくてはならない時間になっていた。

 今からの時間に救出に向かうのは難しい。

 明日の放課後、改めて向かう事を決めて三人に通達及び了承を得た後、夕飯の買い物をする。

 商店街の丸久豆腐店が珍しく営業しているから、麻婆豆腐にでもしようかと豆腐をそこで購入し、残りはジュネスで買い揃える事にした。

 

 

 ジュネスに入ると、其処で思わぬ人を見掛けた。

 昨日、巽くんと何処かに出掛けていた見知らぬ彼(?)だ。

 今日もあのネイビーのコートとキャスケット帽を身に纏っている。

 ……買い物をしに来たのだろうか?

 どうやら向こうも此方に気が付いたらしく、軽く会釈をしてくる。

 それに会釈を返しながら、そう言えばあちらの世界に放り込まれる前に巽くんと何をしていたのだろうか、と疑問に思い訊ねてみる事にした。

 もしかしたら、それも巽くんの居場所を特定する手懸かりになるかもしれない。

 

「こうして直接話すのは初めまして。

 巽屋さんの所ですれ違って以来、だね。

 ここには買い物に?」

 

「これはどうも。

 まあ、そんな所です。

 ここは町の色んな人に会えて、便利な場所ですからね」

 

 ……『色んな人に会えて』便利、か。

 どうやら地元の人では無いみたいだし、ここには純粋な買い物に来ている訳では無さそうだ。

 ……この町の色んな人に会う目的でここに居るのだとすると、……何かを調べているのだろうか?

 もしかして、この前巽屋に来ていたのも、巽くんと話していたのも、それが目的だったのかもしれない。

 それが何か迄は流石に分からないが、恐らくこの彼(?)にも何かしがたの事情があるのだろう。

 今も此方を探ろうとしている様な目で見ている。

 ……何か彼(?)の気にかかる様な事をしてしまったのだろうか?

 

「えっと、私……君が気にする様な事したかな?

 何かを調べているみたいだけど、それの一環?」

 

 そう訊ねると、彼(?)は少し驚いた様な顔をした。

 

「よく僕が調べものをしていると気が付きましたね」

 

 探る様な視線を向けている事は否定するつもりは無いらしい。

 

「どうやら君はこの辺りの人ではないみたいだし、買い物に訪れたにしては買い物袋とかを持っている風には見えないから、買い物をしに来た訳では無さそうで。

 それにさっき『町の色んな人に会えて、便利だ』って言ってたしね。

 この町の色んな人に会えるから便利って、普通の買い物客は思わないと思うよ。

 じゃあ、町の人達に会って何をしているのかって考えて……この町について何か調べているのかなって、まあそう思っただけ。

 もし君がチラシとか持ってるなら何かの勧誘とか宣伝とかかなって思ったけどね」

 

「成る程、確かにそうですね。

 中々お見事な洞察力です」

 

「それで、もしかして私に何か尋ねたいのかな?

 もしそうなら、一応話すつもりだけど」

 

 ではお言葉に甘えて、と彼(?)は尋ねてきた。

 

「どうやらあなたは、昨日巽くんに身の回りに気を付けるよう言っていた様ですが、それは何故ですか?」

 

「……学校で妙な噂を耳にしてね。

 まあ、巽くんに不良が報復しようとしてる、みたいなヤツ。

 巽くん、学校にあまり来てないらしいし、知らないだろうなって思って、偶々会った時に忠告しただけ」

 

 大雑把な意味で言えば、嘘は言ってない。

 

「何故、態々忠告を?

 失礼ながらあなたはここに来てまだ日が浅いと聞きます。

 巽くんと交流があった訳では無さそうでしたが……、それでも忠告しに行く理由はあったのですか?」

 

 どうやら彼(?)はこちらが越してきたばかりだと言う事まで調べていたらしい。

 尤も、この狭い稲羽内のコミュニティーじゃ新参者の話なんて、誰に訊いても知っている事なのかもしれないが。

 

「噂を知ってて無視して、それで巽くんに何かあったら寝覚めが悪くなるからね。

 それに彼、色々と誤解されてるみたいだけど、噂で聞く程悪い人じゃなかったし。

 身の回りに気を付ける様に忠告する程度なら別にタダだから、かな」

 

「成る程。

 一応納得しました」

 

 あ、一応なんだ。とは感じたが何も言わなかった。

 

「あっ、訊かれた序でにこっちも訊いて良いかな?」

 

 彼(?)が構いませんよ、と頷いたのを見て、巽くんの事について質問する。

 

「巽くんの事なんだけど、何か今家に居ないみたいで、彼のお母さんが心配しているんだよね。

 で、昨日巽くんは君と会っていたみたいだし、その時に何か彼の様子で気にかかる事とか無かった?

 おかしなところ、とか」

 

 こちらの言葉に、彼(?)は少し考え込んだ。

 

「気にかかる所、ですか……。

 そうですね……最近の事を聞いたら、何か様子が変でした。

 だから、感じたままに伝えました。

 "変な人"だね…と。

 随分顔色を変えてましたよ。

 こちらがビックリする位でした」

 

『変な人』……?

 それが何か巽くんの琴線に触れてしまったのだろうか?

 

「それを踏まえると、普段の振る舞いも少し不自然だったような気がしましたね。

 なにかコンプレックスでも抱えてるのかも……。

 確証はありませんけど」

 

『コンプレックス』……『変な人』……。

 成る程、今まで調べていても出てこなかった情報だ。

 これが巽くんの居場所を特定する為の手懸かりになる可能性は高い。

 思わぬ出会いに助けられた感じだ。

 これは厚く礼を言わねばならない。

 

「そっか……うん、ありがとう。

 色々と助かったよ、本当にありがとうね」

 

 こういう事で礼を言われるのはあまり慣れていないのか、彼(?)は少し戸惑っている。

 

「いえ、お役に立てたのなら幸いですが……」

 

「君の調べもの、上手くいくと良いね。

 色々と大変なのかもしれないけど、頑張って」

 

 そう言うと、益々驚いた様に彼(?)は目を丸くした。

 ……そんなに変な事を言っただろうか?

 何処に住んでいるのかは知らないが、この辺りに住んでいる訳では無さそうな彼(?)が調べものの為に態々連日稲羽を動き回っている時点で、既に相当な労力はかかっているだろう。

 同学年か一つ二つ下あたりだろうから、学校だってあるだろうし。

 何を調べているのかは知らないが、ご苦労様と労う程度、別におかしな事でも無いだろう。

 

「あっ、その。

 ありがとう、ございます」

 

 少し頬を赤くしてそう返す彼(?)を微笑ましく見ていると、まだ彼(?)の名前を訊いていない事に思い至った。

 もう話す機会は無いかもしれないが、これも何かの縁と言うヤツだ。

 名を訊く位なら良いだろう。

 

「そう言えば、まだ名前言ってなかったね。

 もう知っているかも知れないけど、私は鳴上悠希。

 君の名前は?」

 

「……白鐘、直斗です」

 

「じゃあね、白鐘くん。

 今日は色々とありがとう」

 

 もしかしたら白鐘さんなのかもしれないが、彼(?)は訂正しなかった。

 男装しているだけの女性かと思っていたが、体格にあまり恵まれなかっただけの男性なのかもしれない。

 それを態々訊ねてみようと迄は思わないが。

 

 手を振って別れ、買い物を終えて再び入り口に戻って来た時には白鐘くんの姿は見えなかった。

 帰ったのだろう。

 ……何と無く、その内また白鐘くんと会える様な気がした。

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 ペルソナの調整を行おうと、ベルベットルームに訪れると……。

 ……? マリーの姿が見えない。

 また何処かにおつかいに行っているのだろうか……。

 

 ……? 床に何やら便箋が落ちている。

 この前、マリーが落としていたモノと同じ柄のモノだ。

 ……また、落としてしまったのか。

 ……仕方ない。

 

 拾い上げた時、偶然紙面に書かれた文面が目に入ってしまった……。

 

 

『         【うたかた】

 

          ねぇ、聞いて

          アタシの声を

        叫んでいるこの声を…

 

         アタシはここにいる

          血を声に替えて

       世界の果てで叫んでいる……

 

         アタシは人魚姫

 

        もう帰れない人魚姫

 

        泡へと還る人魚姫(リトルマーメイド)

 

 

 

 

 …………こ、これは……。

 ポエム……、なのだろうか。

 何とも独創的な……。何と言うのか……。

 顔を覆ってその場から逃げ出したくなる感じのポエムだ……。

 …………。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 何とも言えない感覚に固まっていると、マリーが奇声を発しながら駆け込んできて、手にしていた便箋を引ったくった。

 

「よ、読んだっ!?

 読んだでしょっ!!

 ちっ、……違うの!!

 これは、その……。

 そう、詩とかじゃない!

 その、勝手に言葉が溢れてくるだけ……で……!

 詩って書いて“うた”とか読まないって、世界の果てで叫んでるの!

 …………!

 ばかきらいさいてーしんじらんないっ、勝手に読まないで!!」

 

 顔を真っ赤にして、マリーは慌てて便箋を鞄へとしまう。

 

「てゆーか……何で落ちているんだろ……。

 ワケ分からんないよ……」

 

 ブツブツと言うマリーを、マーガレットさんが興味深そうに見ている…………。

 気を取り直して本来の目的であるペルソナの調整を行い、ベルベットルームを後にした。

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 辛味を少し抑え目に作った麻婆豆腐は、菜々子ちゃんにはとても好評だった。

 叔父さんは今日も遅いらしく、まだ帰ってきていない。

 

 

 ……明日は巽くんの救出に向かうつもりだ。

 巽くんが何を思ってあの『シャドウ』と、大型浴場施設の様な場所を生み出したのかは、分からない。

 お裁縫が得意、お母さん思い、……それらの要素がアレらに繋がる様には思えない。

 なら、『変な人』、『コンプレックス』……この辺りがアレの元なのだろうか。

 しかし……どんなコンプレックスを抱えていればあの『シャドウ』に行き着くのだろう。

 それに何故、大型浴場施設なのだ?

 …………考えても、少なくとも今は分からない。

 今は明日の戦いに備えて準備するしかないだろう。

 ……見るからに暑苦しそうな場所だったので、脱水症状にも気を付けなくてはならない可能性が高い。

 薄着で行った方が良いかもしれない。

 天城さんの時は10フロア近く踏破しなければ天城さんの所まで辿り着けなかった事を考えると、今度の巽くんもそれ位かそれ以上の深部にいる可能性が高い。

 それ位の階層を一度に踏破する為には綿密な準備が必要だ。

 武器、も勿論必要だが、前回はそれ以外は殆ど手ぶらだった為、途中で少し喉が渇いたりもしたので、今回はその反省を活かして、ある程度の食料や飲み物を持ち込んだ方が良いかもしれない。

 

 巽くん救出の計画を練っていると、菜々子ちゃんが何かを訊ねたそうにそわそわとこちらを見ていた。

 

「どうしたの?」

 

「うん……あのね、お姉ちゃん……。

 ……どうして人は、いなくなっちゃうの?」

 

 居なくなる……か……。

 交通事故で急逝したというお母さんを想っての問い掛けなのだろうか。

 ……まだ幼い菜々子ちゃんには、難しい問題ではあるけれど……。

 それでも、聞かれた以上は誠実に答える必要がある。

 生死について理解するというのは、大切な事だから、尚更。

 

 菜々子ちゃんの向かいに座り、その年頃の子供にも分かりやすい例え話を用いたりして、命について語った。

 どうやら難しい話ではあるが理解出来た様で、疑問が解決した菜々子ちゃんは少し笑った。

 他に訪ねたい事は無いのか訊いてみると、人の死後はどうなるのかと質問される。

 ……実際に死んだ者がどうなるのかは、まだ分からない。

 宗教観によってそれはマチマチだ。

 だが、実際にお母さんを亡くしている菜々子ちゃんへの説明としては『天国』を使うのが良いだろう。

 

「……『天国』に行くみたいだね。

 きっと、お空の上から菜々子ちゃんを見守ってるんだよ」

 

「やっぱりそうなんだ。

 お母さんも『天国』にいるんだよね」

 

『天国』とか『極楽浄土』とやらが本当にあるのか、あるいは輪廻転生が存在するのか、それは分からない。

 ただ、菜々子ちゃんのお母さんが菜々子ちゃんを愛していた証、それは菜々子ちゃんの中にある沢山のお母さんとの思い出という形で遺されていると、そう思っている。

 

「あのね、さっきニュースで“ゆうびんきょく”に“ごうとう”って、やってた。

 ねえ、お姉ちゃん。

 どうしてわるい人は、わるいことをするの?」

 

「……どうしてだろうね……」

 

 質問を変えて訊ねてきた菜々子ちゃんに、曖昧に返す。

 犯罪を犯す理由は本当に様々だ。

 しょうもない理由で犯す人も居れば、やむにやまれず犯す人だっている。

 世の中には、到底理解出来ない様な理由で行動する様な人だっている。

 犯罪の理由なんて、まさに十人十色だ。

 これだからこう、と明確な答えを出す事は出来ない。

 

「そっか……お姉ちゃんはわるい人じゃないから、分からないもんね……。

 ……でも、わるい人がいないと、お父さん、もっとはやく帰ってくるよね……。

 去年はジケンもあんまりなくって、お父さんおうちにいたよ……。

 ほいくえんも、むかえにきてくれたし……」

 

 俯いて言葉を溢す菜々子ちゃんの顔には、寂しさが映っていた。

 

「……お父さんは、菜々子よりわるい人のほうが大事なの?

 だから、帰ってこないの……?」

 

 泣きそうな顔で訊ねてくる菜々子ちゃんに、違うよ、と首を横に振った。

 

「……叔父さんはね、菜々子ちゃんの事が大切なんだよ。

 だから、そんな大切な菜々子ちゃんが、悪い人たちに酷い事をされない様に頑張っているんだ」

 

 ……叔父さんは不器用な人だから、自分がどれ位菜々子ちゃんの事を想っているのか、伝えられていない。

 それは本人も自覚している様で、それでは駄目だと分かっているみたいだけれど、仕事を言い訳にしてついつい逃げている。

 お互い大切に思いあっている筈なのに、叔父さんが見ている方向が違う所為で噛み合ってない。

 ……本当に、儘ならない話だ。

 

「……そうなのかな……」

 

 寂しそうな顔をして俯く菜々子ちゃんをそっと抱き締めた。

 そして、よしよし、と優しく頭を撫でる。

 菜々子ちゃんが、本当に傍に居て欲しい人は、今此処には居ない。

 自分は菜々子ちゃんのお母さんではないから、これ位が精一杯だが、せめて、菜々子ちゃんが一人の寂しさに悲しまない様にはしてあげたい。

 

 菜々子ちゃんの気持ちが持ち直す迄、ずっとそうしていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




本来直斗とジュネスで遭遇するのは19日ですが、18日の方に変更しました。

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