PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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『漢の世界』
【2011/05/13━2011/05/17】


◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夕食の時間、偶々点けたチャンネルでは暴走族の特集が組まれていた。

 どうやら、先日言ってた暴走族の取材とはコレの事だったらしい。

 

『静かな町を脅かす暴走行為を、誇らしげに見せつける少年達……。

 そのリーダー格の少年が、突然、カメラに向かって襲い掛かった!』

 

『てめーら、何しに来やがった! 

 見世モンじゃねーぞ、コラァ!!』

 

 隠すつもりが感じられない、やる気のないモザイクが目の辺りにだけ掛けられた、ガタイのいい八十神高校の制服を着た男が、カメラに向かって手を伸ばしていた。

 因みに、声に加工が施された形跡は無い。

 これでは個人情報の保護にはならないだろう。

 しかし、リーダー格と言われている割には、男の周りの暴走族は男から距離を取ろうとしている様な動きであるし、第一男はバイクを所持している様には見えない。

 

「この声……あいつ、まだやってんのか……」

 

 男と知り合いだったのか、叔父さんは箸を休めて溜め息を溢した。

 

「お父さん、しりあい?」

 

 菜々子に訊ねられ、叔父さんは困ったような表情で説明する。

 

「『巽完二』……ケンカが得意で、たかだか中三でこの辺の暴走族をシメてた問題児だ」

 

 ……花村が言っていた、「伝説」を作ったという一年はこの男の事だろう、きっと。

 叔父さん曰く、この巽完二という男は、暴走族による騒音のせいで寝不足に陥った母親の為に、その原因の暴走族を一人で潰滅させたらしい。

 ……何とも……アグレッシブな親孝行である。

 その際の乱闘騒ぎで警察に補導されているらしく、その時に叔父さんと顔見知りになったらしい。

 恐らく、最近また活発になり始めた暴走族たちを締め上げに来たのだろう、とも叔父さんは溢す。

 なお、彼の実家は商店街にある老舗の染物屋であるそうだ。

 しかし……そうであるなら、巽完二は暴走族の一味では無いということなのだろう。

 偶々……というか運悪く、テレビ局が取材に来ていた日に、暴走族を潰しに来てしまったというだけで。

 それなのに、テレビの報道でリーダー格扱いされるとは……。

 巽完二が暴走族かどうか、その程度の裏取り位はしてから報道するべきだろう。

 番組の適当さ加減がどうにも気に食わない。

 だからどうとは言わないが、何と無く引っ掛かるモノを感じながらその日は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/05/14】

 

 

 天気予報が的中し、今日は朝から雨が降り続いている。

 恐らく、《マヨナカテレビ》が映る条件は今晩は揃うだろう。

 ……何も映らず、何事も起こらない、というのが一番ではあるが。もし何かが映るのであれば、それが【犯人】へと繋がるものである事を祈るしかない。

 

 そしてその晩、夜になっても降り頻る雨の中、《マヨナカテレビ》が酷い砂嵐と共に映し出したのは……若い男のボヤけた輪郭だった。

 顔が判別出来ないため誰なのかは分からないが、相当に体格の良い男に見える。

 ……何か見覚えがある気はするけど……、考えてもこの人影に心当たりは無い。

 ……詳しい事は、明日皆で話し合う事にしよう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

【2011/05/15】

 

 

「えー、それでは稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査会議を始めます」

 

「ながっ!」

 

 翌日、昨晩の《マヨナカテレビ》に映った人物について話し合う為にジュネスのフードコートに集まった。

 真面目な顔で長々と宣った花村に、里中さんの突っ込みが入る。

 

「あ、じゃあここは、特別捜査本部?」

 

 妙に目を輝かせて乗り気なのは天城さんだ。

『特別捜査本部』……。

 何とも心惹かれる名称だ。

 幼い頃に『少年探偵団』とか、そう言った響きのモノに強く憧れていた身としては何ともこそばゆい気持ちになる。

 それは発言者の花村はおろか、突っ込みを入れた里中さんもどうやら満更ではない様子だ。

 それはそうと、と花村が脱線しかけた話題を本題に戻す。

 

 昨晩の《マヨナカテレビ》はこの場にいる全員が確認し、やはりそれは男性であった様だ。

 更に、高校生程の年頃であろうという見解も一致した。

 しかし、全員が全員、見えた映像は非常に不明瞭で、それ以上の事は分からなかった。

 前回の天城さんの時の事を考えると、昨晩の男性も、映像が不鮮明な今はまだあちらの世界に放り込まれはいない可能性が高い。

 ならば、被害者を出す前に【犯人】の先回りが出来るのではないだろうか?

 仮説の一つであった《被害者は女性》という説は恐らくは否定された。

 山野アナの関係者かどうかはまだ分からないが、そもそものその説もあまり当てにはならないものだ。

 ならば……。

 

「やっぱ、えーっと、愉快犯ってやつなのかな、その【犯人】は」

 

 里中さんの言葉に、曖昧に首を横に振る。

 

「さあ、それは分からないけれど……。

 その説でいくなら、話題になりそうな人を狙ってる可能性は高い」

 

「問題は、それが《誰》なのかって事だな」

 

 花村の言葉に頷いた。

 

「話題になりそうな人……。

 誰だろ……」

 

「って言うか、昨日の人影……。

 なーんか、どっかで見た覚えがあるんだよねー……。

 しかも、つい最近?」

 

「あっ、確かに。

 私も何と無く知ってる気がする」

 

「あー、里中もそう思うか?

 そーなんだよなぁ……、なーんかどっかで見た気がするんだけどさ。

 うーん、でもあんなガタイが良い奴知り合いに居たっけ……?」

 

 里中さんの言葉に天城さんも花村も頷く。

 ……確かに、何と無くあの人影の体格に見覚えがある気がするのだ。

 しかし、稲羽に来てまだ少ししか経ってない自分の知り合いに、あの人影に該当しそうな人は居ない。

 ならば何処で見覚えがあるのか……。

 学校? いや、それでもあれ位ガタイが良い奴の顔が記憶の片隅にも無いのは、何か違和感を感じる。

 ならば一体何処で……。…………。

 

「……一昨日の特番」

 

「あっ、……一昨日の暴走族の特番!

 そうだ、あの特番で報道されていた彼!!

 道理で見覚えがあったんだ!!」

 

 そうだそうだと頷く里中さんに、残りの二人も同意する。

 一応モザイクはかけられていたので、体格は何と無く覚えいても、顔に覚えが無いのは仕方無い話だ。

 映った人影と思わしき人物に目処が立ったのは良いが、明らかに一筋縄ではいかなさそうな相手に花村の表情が曇る。

 

「あー、でも見るからにすっげー絡みにくそうな奴だったよな」

 

「完二くん、小さい頃はあんな風じゃなかったんだけどな……」

 

「あれ、天城さん、巽くんと知り合い?」

 

 どうやら旅館の売店で彼の実家の染物屋から卸された小物を取り扱っているため、昔から交流はあったそうだ。

 巽くん本人と顔を合わせる機会は大分前から無くなったが、巽屋の店主であるお母さんの方とは今でも交流はあるらしい。

 取り敢えずその伝で一度巽くんの近況を尋ねてみるのもありだろう。

 

「うーん、でも彼危なくない?」

 

 まああの特番を見ただけなのならその懸念は尤もだが、叔父さんからの話を聞いた感じだと、巽くん自身は特に理由無く無闇に暴れまわる様なタイプでは無いだろう。

 行動は少々乱暴かもしれないが。

 積極的に関わり合いになりたい人間かどうかは置いといて、少なくとも話すらマトモに出来ない様な人間では無いだろう。

 一応先日叔父さんから聞いた巽くんの事情を話すと、花村や里中さんの巽くんに対する認識が改まった様だ。

 

「母親の安眠の為に付近の族潰すとか、なんつーか、アグレッシブ過ぎる親孝行だな」

 

「フツーに良い子じゃん。行動はアレだけど」

 

 ウンウンと里中さんは頷く。

 巽くんへの認識が上方修正された処で、早速だが巽屋へ向かう事になった。

 

 

 巽屋は辰姫神社の側にあり、そこそこ以上に古くからここ八十稲羽で染物屋を営んでいるらしい。

 近くの山々から取れる染料を用いて丁寧に染められた染物は土産物としてもかなり好評なのだとか。

 数年前にご主人が急逝し、今は夫人が一人で切り盛りしているそうだ。

 店に入ると、着物を着た、30代後半から40代程の年の頃だと思われるご婦人が出迎えてくれた。

 この方が巽くんの母親なのだろう。

 穏やかな雰囲気の上品な方だ。

 ご婦人は顔馴染みである天城さんに微笑みかける。

 

「あら雪ちゃん、いらっしゃい。

 今日はどの様なご用件かしら?

 お友達とお買い物に来たの?」

 

「あ、えっと……」

 

 基本的には全く接点が無さそうなのに、巽くんに会いに来ました、といきなり素直に説明するのは少し憚られる。

 それを話した処で、無闇に詮索されるのがオチだ。

 それか、普段の素行があまりよろしくないと思われる彼の事だ。

 巽夫人に不要な心配をかけさせてしまう可能性もある。

 

「どうも初めまして。

 天城さんのクラスメイトの、鳴上悠希と申します。

 この春にこの街に越して来たばかりなもので、この辺りにはまだ少し不慣れな為、天城さん達のご厚意で色んな所に案内して貰っている所なのです」

 

「あら、そうだったの。

 ふふ、ここは染物しか置いてないから、若い人にはあまり面白くはないかもしれないけれど、ゆっくりしていって頂戴ね」

 

「ご厚意、感謝致します。

 綺麗な染物を見ているだけでも、とても楽しいです」

 

 事実、丁寧に仕上げられた染物は見ているだけでも溜め息が出てしまう程見事だ。

 染物だけとは言うが、布地だけでなく、染物を使ったスカーフやハンカチ、その他小物なども置かれている。

 そのどれもが手作りの気配を漂わせながらも、とても丁寧な作りをしていた。

 

 ……今度、浴衣とか、そう言ったモノを作るのもアリかも知れない。

 夏になれば、お祭りとかそう言うモノの時に入り用になるだろう。

 複雑なモノになると難しいが、普通の浴衣ならちゃんと縫える。

 菜々子ちゃんの分も作るとして、今度採寸させて貰うとするか……。

 

 そんな事を考えながら布地を見回していると、どちらかと言うと落ち着いた色合いの染物が多い中鮮やかな色をしたソレが目に留まった。

 紅緋色に染められ、控え目に小さな模様が入ったそのスカーフは、何故か何処かで見た事がある。

 ……何処で見たのだろう?

 すると、横で同じくそのスカーフに気付いた花村が、巽夫人に聞こえない程度の小声で呟いた。

 

「あのスカーフ……テレビの中のあの部屋にあったヤツとそっくりじゃねえか?」

 

 テレビの中のあの部屋と言われて思い出すのは、あの異様なマンション様建築の一室だ。

 確かに、あの部屋の中にあった荒縄の先に括られていたスカーフは、丁度あれと同じ感じの色合いのモノだった。

 

「あの……、あのスカーフって、どうしたんですか?

 もしかして、誰かのオーダーメイド品なんじゃ……」

 

「あら、分かっちゃった?

 ええ、ある人から男女ペアで頼まれた品だったのだけれど……。

 その人が引き取りに来た時に、片方しか要らないと言われてしまってね……。

 困ったから、こうやって店頭に出して売っているの」

 

「あの……このスカーフを注文した人って、もしかして、あの山野アナですか?」

 

「あら? 山野さんのお知り合い?

 ええ、そうよ」

 

「まあ、以前偶々お見掛けした時に、このスカーフと同じ色とデザインのモノを身に付けていらしたので」

 

 巽夫人にそう言い訳をしつつ、ふむ……と考える。

 どうやら一応この巽屋も、一件目の被害者である山野アナとある程度の関わりはあったらしい。

 だが、関係性としては殆ど無いにも等しいモノだ。

 そんな程度の関係性が狙われる理由になるのなら、それこそ山野アナが利用した事のある飲食店やスーパーなどですら標的となってしまうだろう。

 それに、もし山野アナとの関係性が、被害者の共通項であるのなら、狙われるのは巽くんではなく、巽夫人の方だ。

 だが、昨日の《マヨナカテレビ》に映った人影は、どう見間違えても巽夫人では無い。

 だからきっと、山野アナとの関係性はあまり関係は無い要素なのではないだろうか……。

 ……いや、一先ず考えるのは後にしよう。

 焦って答えを出さねばならぬ事でも無いのだし、そもそも今日ここに来たのは巽くんの安否確認が目的だ。

 

「あの、……息子さんはご在宅でしょうか?」

 

「あら、完二に何かご用かしら?

 ごめんなさいね、あの子また何処かにフラッと出掛けてしまったみたいで……。

 ……もしかして、完二が何かご迷惑を?」

 

「いえ、そう言う訳ではありません。

 少し訊ねたい事があっただけです」

 

 そう答えると、巽夫人が少しばかり安堵した表情を見せる。

 ……以前、巽くんの素行に関する事で何かしらの問題があった事があったのだろう。

 まあ、暴走族を潰すとか、そう言う事をしていれば、何かと目を付けられたりするだろうし、そういう事に関して気苦労が絶えないのかもしれない。

 叔父さんも、そんな事を言って溜め息を吐いていたし。

 発端となる理由がどうであれ、暴力行為が行き過ぎると結局かえって周りに迷惑を掛けてしまう事例だ。

 取り敢えず今は不在の様だし、買い物をする予定も無い人間が店先に長居するのは店にも迷惑をかけてしまう。

 今日の所は引き上げるのが吉だろう。

 礼を言ってから店を出て、側にある神社の方へと移動した。

 

「一応、山野アナとも関係はあったけど……。

 でも、そんなのが理由になるとは思えないし……。

 えっと、やっぱ愉快犯ってヤツ?」

 

「その可能性は高まったな。

 怨恨って線も、山野アナ・小西先輩・天城と来て巽完二だろ?

 ぶっちゃけこの四人がそう言う線で繋がる事なんて有り得んのか?」

 

 里中さんの言葉に花村は頷き、しかし考え込む様に眉根を寄せる。

 

「零とは言い切れないけど、まぁ無視出来る程度の確率だと思う。

 それより問題なのは、【犯人】が愉快犯だったとして、そのターゲットを何を基準に決めているのかって事だ。

 流石に無差別ってのは考えにくいし」

 

「そうなの?」

 

 首を傾げる天城さんに頷いた。

 

「もし無差別に、手当たり次第にやってるなら、被害者はもっと多いと思う。

 殺したいって強く思ってるんじゃなくって、相手が死んでも良いや、って位の軽い気持ちでやってるなら、尚更。

 それに第一、適当にターゲットを選んでいるだけなら、巽くんっていう選択はあまりしないと思わないか?」

 

「まーな。

 見るからに拐ったりとかすんの難しそうだし。

 あいつを狙う位なら他のヤツを狙うだろうな」

 

 花村も頷き、他の二人も納得した様に頷いた。

 多分、ターゲットを選ぶ基準というものはあるのだろう。

 巽くんはまだ確定では無いけれど、彼を含めた四人の共通項は……。

 …………。

 ………………。

 

「……テレビ?」

 

 確証は無いが、ふと四人ともが《マヨナカテレビ》に映る前に、テレビの番組で映されていた事に気が付いた。

 山野アナの時は詳しくは分からないがそれでも連日不倫騒動でテレビで取り沙汰されていた様だし、小西先輩の時は第一発見者のインタビューが流れた直後に《マヨナカテレビ》に映ったのだし、天城さんの時も旅館が報道されてた直後の《マヨナカテレビ》に、今回の巽くんだってあの暴走族の特番の後の《マヨナカテレビ》だ。

 《マヨナカテレビ》が映る条件が整った時の直近にテレビで報道された人が、《マヨナカテレビ》に映し出されている。

 ……この事は関係がある、のだろうか。

 テレビ番組で映された人を、狙っている……?

 ……いや、山野アナの事件以降、今日に至るまでテレビに映された人なんて、芸能人とかも含めれば数え切れない程居る。

 その中で、三人……いや四人に共通しているのは、稲羽に居る人物だと言う事だ。

 何故《マヨナカテレビ》が、ターゲットと思わしき人物を映し出すのかは分からないが、ターゲットの基準は、『テレビで報道された、稲羽の人』という可能性がある。

 何故そんな基準なのかは分からないが、世の中には理解出来ない様な行動基準を持つ人は確かにいる。

【犯人】もその類いの人なのかも知れない。

 あくまでもまだ可能性の話ではあるけれど、この考えが当たっているのなら、一歩前進出来たと言っても良いだろう。

 

「テレビ……? ……っ!

 まさか、テレビで報道されたから狙われたってのか?!」

 

「何それ!

 テレビに映ってたら、誰でも良いってワケ!?」

 

 途端に顔色を変えた花村と里中さんに頷いた。

 

「確証は無いけれど、その可能性は零じゃない。

 取り敢えず、今はどんな可能性でも潰していくしか無い。

 それより、早い目に巽くんに接触出来れば良いんだけど……」

 

【犯人】の特定も重要だが、今はターゲットとなっている可能性がある巽くんの身の安全の確保だ。

 彼を拐うのは容易くは無いだろうが、それでも決して不可能な事でも無いし、一端あの世界に放り込んでしまえばどうと言う事も無い。

 巽くんが幾ら喧嘩に強くたって、シャドウ達を生身で相手をするのには無理がある。

 

「あっ、完二くんだ……」

 

 その時、天城さんが階段の下を見て呟いた。

 その声に釣られ、その視線の先を辿ると、ガタイのいい強面の男子生徒が道を歩いていた。

 薄い色合いの髪をオールバックにして、制服の上着を袖を通さないで肩から着るバンカラスタイルで身に纏い、ピアスを耳に幾つか着けている。

 成る程、彼が巽くんか。

 丁度良いタイミングだ。

 神社の階段を降りて、巽くんに話し掛けた。

 

「どうも初めまして。

 私は二年の鳴上です。

 君が巽完二くん?」

 

「あん?

 そうだけど……、オレに何か用か?」

 

 先ずは自己紹介をし、自分が怪しい者では無い事をアピールする。

 巽くんは、一応話は聞いてくれそうだ。

 

「少し話したい事があってね。

 ……最近、身の回りで何か起きたりしなかった?

 不審な人影を見たり、とか」

 

 そう訊ねると、微かに考える素振りを見せた後、巽くんは首を横に振った。

 

「いや……、特にそんな事はねーけど……。

 つか、何でそんな事をオレに聞くんだよ」

 

「チョッと変な話を耳にしてしまってね。

 少し、巽くんの事が気掛かりだったんだ。

 今の所実害は無いみたいで安心したけど、もしかしたら今後誰かが巽くんに良からぬ事をするかもしれないし、身の回りには気を付けておいてね」

 

 素直に全部話す訳にもいかないから、取り敢えず言葉は濁しておいた。

 荒事に首を突っ込んだりもしているみたいだし、身の危険があるかもしれない、と伝えたら、その理由は彼が勝手に解釈してくれるだろう。

 結果として【犯人】の思惑を潰せるのならそれに越した事はない。

 

「まあ、分かったケドよ。

 アンタ大概お人好しだな。

 会った事もねーオレの為にワザワザ忠告しに来るなんてよ」

 

「巽くんにもし何かあったら、君のお母さんが悲しむし、それに私だって寝覚めが悪くなる。

 お人好しとか、そんな大層なモノじゃない。

 私がやりたいからやってるだけだし。

 まあ、先輩のちょっとしたお節介みたいなものだって思っててくれて良い」

 

 そう答えると、少し驚いた様に巽くんはこちらを見てくる。

 

「それを伝えておきたかっただけだから。

 ごめんね、時間を取らせてしまって」

 

「あっ、いや……。

 ワザワザ来てくれてたみてーだし、それは良いんだがよ。

 ……まあ、ありがとな」

 

 戸惑った様な顔で礼を言う巽くんに、手を振って別れを告げて花村達のもとへと戻った。

 

「いきなりあいつに話し掛けるなんて、鳴上は度胸あんな……」

 

「そうか?

 花村は心配しているみたいだが、巽くんは……まぁ見た目は強面だけど……チンピラみたいに所構わず暴力に訴える様なヤツじゃないよ。

 それにほら、本人に直接言わなきゃ、警告は意味無いし」

 

 見た目は他人を威圧しているが、実際に話していると、言葉遣いは少々荒いが、粗野と言う程でも無いし、少なくとも話が出来ない相手ではなかった。

 

 兎に角、今の段階で出来そうな手は打った。

 様子見は明日にして、今日の所は解散にするとしよう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/05/16】

 

 

 昨晩の《マヨナカテレビ》に映っていたのも、恐らくは巽くんだろう。

 今の所、あちらの世界に放り込まれた人はいない。

 取り敢えず、【犯人】のターゲットは巽くんであると仮定して動くしかない。

 

 巽屋に移動すると、丁度店から誰かが出てきた。

 巽屋の客だろうか?

 年の頃は同じ位で、背は低め……多分里中さんよりも小さいだろう。

 キャスケット帽を深く被って、あまり表情が見えない様にしているけれど、その幼さが残る中性的な顔立ちは整っている。

 ネイビーのコートに身を包んだ彼(?)は、どうやら手ぶらの様で、あまり買い物をしに来た様には見えない。

 この時期にこの年頃の人間が観光に来ている可能性は低めだから、顔に見覚えが無いだけで、この辺りの人なのだろうか?

 彼(?)とすれ違う時に、偶々視線が噛み合い、お互い何も言わずに軽く会釈をした。

 そのまま彼(?)が立ち去って行くのを見送る。

 

「……誰だろ? 見た事無い人だし……」

 

「なんつーか、ちょっと変わった感じだよな」

 

 どうやら地元の人間では無かったらしい。

 ……巽屋に何の用があったのだろうか?

 ……まあいい。

 

 連日押し掛ける事になってしまい申し訳無いが、巽夫人に巽くんの事について少し話を聞く事にした。

 もしかしたら、そこから何かが分かるかもしれないからだ。

 だが結局分かったのは、巽くんは裁縫やそういった手先の器用さを要求する作業が得意であるという事。

 今でこそ暴走族を潰したりと言った荒事をやらかしているが、昔は絵を描いたり裁縫をしたりといった、穏やかな事を好んで行っていたという事。

 それ位だった。

 恨まれる可能性は零ではないけれど、それこそ潰された暴走族以外に、巽くんに直接危害を加えられた人はほぼ居ない様だし、学校等での噂は大分誇張された半ば風評被害に近いモノの様だ。

 得意だと言う裁縫は今でもやっているらしく、巽くんの作品だと言う編みぐるみの作品を巽夫人に見せて貰ったが、非常に凝っている造りの完成度の高いモノだった。

 これなら店に出して金を取っても、問題なく売れるだろう。

 フリーのクリエイターが作った作品を扱った展覧会兼即売会は稲羽に来る前に良く見掛けたし、そういうグッズを専門にしているお店もあった。

 昨今のインターネットの発達により、ネットを介して作品を売り買いするのが比較的手軽になっている事も手伝ってか、クリエイターとしてそこそこ以上の利益を上げている人も多いと聞く。

 巽くんの歳で、そうやって実際にお金を稼いでもいけるモノを作れる才能があるというのは、とても凄い事だ。

 純粋に尊敬する。

 裁縫をやる事もあるからこそ、巽くんの技術の高さがとても良く理解出来た。

 ……流石に手芸の腕前とかが【犯人】の目的に繋がるとは思えない。

 これ以上の収穫は無さそうだ、と店を出る事にした。

 

 店から出ると、巽くんが先程すれ違った見知らぬ彼(?)と話している所に出会した。

 どうやら、明日の放課後に二人で会う約束をしている様だ。

 彼(?)は巽くんの知り合いなのだろうか?

 

 彼(?)が立ち去ってからも、巽くんは何やら呟きながら突っ立っている。

 ……どうかしたのだろうか?

 声を掛ける前に、巽くんは店の方へと戻ってしまった。

 

 神社の境内で作戦会議を開く。

 ターゲットになっているのは巽くんの方だろう、とは意見が一致したが、それでも巽夫人が狙われているという可能性とて否定は出来ない。

 全く他の人である可能性とてあるが、流石にそこまでは手が回らないので、巽くんあるいは巽夫人がターゲットになっていると言う仮定で動くしかない。

 兎も角、【犯人】の狙いが巽親子のどちらかであるのなら、その内に何らかの動きが見られる筈だ。

 然し乍ら、連日買い物客でもないのに巽屋を訪れると言う訳にもいかない。

 そう言う事なので、明日は張り込みを行う事にした。

 巽くんの方は、どうやら明日は見知らぬ彼(?)と何処かへ行く様なので、そちらの方は尾行と言う事になる。

 理想を言えば24時間張り込み続けるのが一番なのだろうけれど、警察でも何でも無い一般の学生には、精々放課後の数時間を張り込むのが精一杯だ。

 その間に【犯人】からの動きがあれば良いのだが……。

 

 何はともあれ、何かあった時の連絡用に、と、各々で連絡先を交換してその場は解散となった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 今日は叔父さんの誕生日だ。

 だから、夕飯のメインは叔父さんの好物だと言う餃子にした。

 用意した味は三種類。

 餃子のタレでも、ラー油だけでも、ポン酢でも塩でもそのままでも楽しめる様にはしている。

 

「お父さん、おたんじょうびおめでとう!」

 

「叔父さん、お誕生日おめでとうございます」

 

 そう言って、贈り物としてネクタイピンを渡すと、思いの外喜んで貰えた。

 なお、贈り物のネクタイピンは『だいだら.』の店主さんに頼み込んで作って貰った特注品だ。

 シャドウを倒した時に手に入る素材を使っている様で、燻した様な銀色の本体に“ブルークォーツ”(これもシャドウからの戦利品だ)が程好いアクセントとして嵌まっている。

 叔父さん位の年代の男性が身に付けていても、問題の無いデザインにして貰った。

 

「ははっ、こんな歳になってでも、祝って貰えれば嬉しいもんだな」

 

 そう笑った叔父さんと、楽しい夕食の時間を過ごした……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/05/17】

 

 

 放課後。校門の所で待機していると、やたらソワソワとしている巽くんが出てくるのと同じ位のタイミングで、昨日の彼(?)が校門前の坂道を登ってやって来た。

 そしてそのまま二人は連れ添って坂を下りていくのだが……。

 何故か巽くんが終始挙動不審だ。

 言葉に詰まったり、目線を逸らしたり、はては微かに頬を赤く染めたり……。

 まるで初々しいカップルが初デートに行こうとしているかの様な感じもする。

 しかしそんな落ち着かない巽くんとは正反対に、彼(?)の方は全くの平静であるため、何ともチグハグだ。

 ……何なのだろう。

 

 花村と里中さんはそんな巽くんの様子に呆然としていたが、このままでは見失ってしまう、と巽くんを追い掛け出した。

 それを見送って、天城さんと一緒に商店街へと向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 相変わらず商店街は閑散としている。

 巽屋のど真ん前で馬鹿正直に張り込みをする訳にはいかないので、神社の石段の所に陣取った。

 これなら、立ち話しているだけの学生を装えるし、店に誰が訪れるのかも監視出来るだろう。

 

 天城さんが自販機で買ってきてくれた缶ジュースを開ける。

『胡椒博士NEO』……あまり自販機では見掛けない炭酸飲料だ。

 妙に湿布臭さを感じるこの炭酸飲料は、現存する最も古い炭酸飲料なのだそうだ。

 アメリカではかなりメジャーであるらしいが、日本でのウケは今一つらしく、一般的なスーパーではあまり見掛けないし、自販機で売っているのはそこそこ以上に珍しいだろう。

 かなり好みが別れる味であるので、仕方無いだろうが……。

 一部では熱狂的な愛飲者も居るとは聞く一品だ。

 一気に呷るには少々クセが強い。

 

 …………。

 今の所、これと言って怪しい動きは見られない。

 このまま何事も無い、というのが一番好ましくはあるが……。

 

「犯人……来るかな……」

 

 ポツリと、天城さんは不安を溢した。

 

「分からない。

 でも、もし来たのなら……。

 私が天城さんを守るよ」

 

 不安、だろう。

 何せ、相手は既に二人の命を(直接手を下した訳では無いとは言え)奪い、一度天城さんの命を狙っているのだ。

【犯人】がそれを諦めたのか、それすらまだ分からないし、もしターゲットから外れていてもまた再び標的にされる可能性だってある。

 

「もし【犯人】が来たら……天城さんは警察に知らせて。

 叔父さ……堂島さんの名前出したら、学生の通報でも無下には扱われないと思うし。

 ……天城さんが逃げる時間位は、稼ぐから」

 

 相手が何れ程のモノなのかも分からないのだ、無理に捕まえようとするよりは、警察にお任せする方がより良いだろう。

 尤も。

 証拠を残さない為にあの世界を凶器として使っているのなら、そう簡単にこちらの世界で証拠が残る様な犯罪は早々やらかさないとは思うが……。

 ……それでも天城さんを狙うと言うのなら、応戦するしか無い。

 その場合は意地でも、天城さんが逃げる時間位は稼いでみせよう。

 

「えっ……。

 えっと、ありがとう……」

 

 少し頬を赤くした天城さんは、俯き、「頼りにしてるね」と呟いた。

 

「何か……不思議。

 今迄、千枝以外の子と長い時間過ごす事って、殆ど無かったし……。

 うん、でも……。

 ……鳴上さんたちと一緒に過ごすの、凄く楽しいよ」

 

 天城さんのそんな言葉に、ありがとう、と頷いた。

 一緒に過ごす時間を『楽しい』と思って貰えるなら、それが一番だ。

 

「あ、そうだ……。

 千枝たちの方は上手くいってるのかな?」

 

 どうだろう……。

 正直、花村と里中さんが尾行に向いてるとは思えない。

 取り敢えず、一度確認してみよう、と、ケータイを取ると、ほぼそのタイミングで電話がかかってきた。

 花村からだ。

 何かあったのかもしれない。

 電話を取ると、焦った様な花村の声が聞こえた。

 

『スマン、鳴上!! 尾行失敗だ!!』

 

 何故か電話向こうの花村は走っている様だ。

 しかも恐らくは花村の後ろから、巽くんの怒鳴り声も聞こえる。

 

「何があった?」

 

『えっと、尾行に気付かれちまって、里中が余計な事言って━━』

 

 今度は横合いから里中さんの声が「そんな事言ってないし!」と怒鳴る。

 

『兎に角、完二を刺激しちまって、今追っかけられてる。

 取り敢えず、撒けそうなタイミングで何とかして撒くけど、今からはそっちに行けねーと思う』

 

「そうか、……そろそろこっちも時間が厳しくなってきたし、今日はこれで解散にしよう。

 ……捕まるなよ、花村。

 健闘は祈っておく」

 

 電話はそこで切れた。

 そして天城さんと二人、顔を見合わせて、噴き出した。

 花村と里中さんの心配はあまりしていない。

 逃げ切れるだろうし、そもそも巽くんが二人に暴行を加えるとは思っていないからだ。

 それ故、巽くんから猛ダッシュで逃げている二人を想像し、思わず笑ってしまったのである。

 笑いが治まった所で、天城さんとは別れた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 天城さんからその電話がかかってきたのは、夜も更けてきた頃合いだった。

 所用序でに巽屋に電話をして確認を取った所、巽くんの所在が不明なのだと言う。

 巽夫人曰く何処かにフラッと出掛けてしまうのはよくある事らしいが、現在【犯人】のターゲットになっている可能性が高い事を考えると、あまり看過出来ない状況だ。

 ジュネスのテレビでクマに確認を取ろうにも……もうこの時間では閉店迄に間に合わないし、縦しんば花村に頼む等してそれをした処で、今からの時間帯に救出活動を行うのは、様々な面を考慮しても難しい。

 ……今晩も《マヨナカテレビ》が映る状況は整っている。

 それで一先ずの巽くんの安否を確認する事にして、詳しい調査は明日行おう。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆


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