PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/04/21━2011/04/25】

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【2011/04/21】

 

 

 女子が入部した事で多少は戸惑っていた一条以外のバスケ部員達も、一緒に練習する内に次第にどうでもよくなってきたのか、チラチラとこちらを窺う視線は部活終了時には殆ど無くなっていた。

 一条と共に練習メニューやポジションについての話をしながら後片付けをしていると、サッカー部のユニフォームを身に付けた男子が入ってくる。

 ……一条の親友の長瀬、だそうだ。

 慢性的に(活動に参加している)部員が少ないバスケ部に、度々出没しては練習を手伝ってくれているらしい。

 一条とは所謂「腐れ縁」に近い間柄らしく、二人の間にはそういった気安さがあった。

 

 その後、二人に連れられて商店街の愛屋へと足を運んだ。

 夕飯があるのであまりがっつく訳にはいかないから、二人が回鍋肉定食を頼むのを尻目に、自分は唐揚げ単品を注文する。

 モギュモギュと程よい柔らかさとカラッとした衣が絶妙なバランスである唐揚げを食べながら、一条と長瀬が他愛もない様な雑談を交わしつつ時折此方に振ってくる話題に頷いたり言葉を返したりする。何とも気安い雰囲気は居心地が良い。

 まだ転校して来たばかりの此方を気遣ってか、二人が話してくれるものは当たり障りの無い話が中心だ。

 そんな中、話のネタはここ最近の【事件】についてに移る。

 飼い猫が迷子になった位でちょっとした話題になる程の平和を絵に描いた様なこの稲羽の町では、殺人事件だなんてまさに青天の霹靂の様な出来事なのだそうだ。

 結局、小西先輩の事件以降これといった目新しい情報も無く、テレビのニュース番組でも何時までも同じ様な内容しか流さないし、そもそもの話取り上げられる事自体が少なくなってきている。

 その為か、今一つ実感が沸かないと長瀬は溢した。

 都会から来たのなら事件の一つや二つ巻き込まれた事は有るのではと訊ねられたが、別にそんな事は無い。

 少なくとも、全国規模で報道される様な出来事には巻き込まれた事は無かった筈だ。

 そう返すと、長瀬は若干残念そうに「そうか」と答える。

 ご期待に沿えなかった様だが、そこはまぁ仕方の無い事だ。

 

 その後も部活の事やら学校生活の事を中心に色々と話し、そうこうする内に夕食の支度をし始める時間が近付いたので、愛屋の会計を終えた所でその場で解散となった。

 

 

 

 

 

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【2011/04/22】

 

 

 放課後、里中さんに誘われて鮫川土手までやってきた。

 どうやら、里中さんは足技に磨きをかける為に修行がしたいらしい。

 まぁ、身体を動かす事は良い事だからそれは別に構わない。

 里中さんなりに、シャドウと対峙して思う所があったのだろう。

 一通り運動した後は、近くのベンチに座って二人してお喋りに興じた。

 思えば、稲羽に来てからというもの事件の事ばかりで、こう言ったのんびりとした時間を里中さんと過ごすのは実は初めてな気がする。

 里中さんは無類の肉好きである様で、稲羽でのオススメのスポットは商店街の愛屋で、そしてイチオシのメニューは雨の日限定のスペシャルメニュー『スペシャル肉丼』なのだそうだ。

 ただでさえ大盛りな肉丼を遥かに凌駕する(推定三倍以上)そのメニューはこれまでに様々な猛者達を沈めてきたらしく、稲羽屈指のチャレンジメニューとして不動の地位を築いているらしい。

 しかし里中さんは溢れる肉への愛故か、このメニューを完食出来るのだそうだ。何それ凄い。

 

「鳴上さんは、何か好きな肉とかある?」

 

「肉限定?

 えっとうーん……割りと何でも食べられるし、あんまりそう言うのは考えた事無いかも。

 あー……まぁ、カレーに入れるならビーフかチキンかなって思ってるから……、牛肉か鳥肉が好き、なのかな?

 いやでも……料理によって合う肉って違うしなぁ。

 うん、一般的な肉なら何でも好きかも」

 

 結論的には旨かったら何でも良し、だ。

 高い肉は勿論の事、安い肉だって調理を工夫すれば美味しくなる。

 

「あれ、もしかして鳴上さんって料理とかする感じの人?」

 

「まあね」

 

 腕前の程は自分ではあまりよくは分からないが、そこそこ以上にはあるだろう。

 忙しい両親に代わって見よう見真似で始めたのが最初ではあったが、直ぐ様のめり込む様に料理の腕前を上げる事に没頭した。

 美味しく作れれば自分も満足出来るのだし、両親が「美味しいよ」と笑ってくれるのが何よりも嬉しかったからだ。

 

「あたし、家ではそういうの全然やってないからさ。

 何か……料理とか出来る人って、純粋に凄いなーって思う」

 

 そうだろうか?

 その辺りの感覚はよくは分からないが……、賛辞は素直に受け取っておく事にした。

 

 

 

 

 

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【2011/04/23】

 

 

 今日は土曜日だから授業は午前で終わる為、バスケ部に参加しても夕方になる頃にはそれも終わる。

 後片付けをして用事があるらしい一条と別れた後、偶々校舎に残っていた花村と下駄箱で出会い、そのまま何となくの流れでジュネスのフードコートへとやって来た。

 ちょっとしたサイドメニュー位は食べておいた方が、部活後の空きっ腹には丁度良い。

 

「商店街の方が学校からは近いけど、たまには此処でってのもいいよな。

 金無くても、ここなら多少はサービスしてやれるし。

 ……まあその分、面倒な事も多いんだけどさ」

 

「面倒事?」

 

「あ、いたいた、花村!」

 

 甲高く尖った声がフードコートに響いた。

 そして、苛立った様な形相でこちらにやって来る女性が二人。

 控え目な表現でもケバいと感じる位に派手な女性と、鋭いを通り越して目付きの悪い高圧的な女性だ。

 

「……こんな風にな」

 

 はぁ、と溜め息を吐いて花村は席を立った。

 そして、苦々し気な顔を笑顔で誤魔化し、女性達に向き合う。

 

「お疲れ様っす。今日はどうしたんすか、先輩」

 

 そう花村が言うなり、待ってましたとばかりに険を含んだキンキン声が響く。

 凄く煩い。思わず僅かに顔を顰めてしまった。

 

「花村、あのバカチーフに何か言ってよ!

 土日出れないって言ってんのに、人足りねーから入れって煩いし、出ないとクビとか言うんだけど!」

 

「そういうのって、ナントカ法違反とかじゃないの!?」

 

 女性達は捲し立てる様に花村に詰め寄っていく。

 内容的に、フードコートみたいな一般客の耳目がある場所で、しかも大声で言うべき様なものでもないだろう。

 あと法律について語るなら、せめてそれの名称位は把握しておくべきだ。

 自ら馬鹿を露呈させている様な行動である。

 しかも、彼女らはバイトの面接時には土日出勤を可としていたらしい。

 本人たち的にはただの採用される為の方便のつもりだった様だが、そんなのはそれを前提として雇った雇用側としては知ったこっちゃない話である。

 ……女性達の馬鹿さ加減に、聞いてるだけのこっちまで頭が痛くなってきそうだ。

 と言うか、例えバイトだとしても対価として賃金が発生する立派な仕事である。

 この女性達は「仕事」というものを舐めくさっているのだろうか?

 

「……分かった、分かりました。

 俺、ちょっと話してみますよ……。

 けど、先輩らもクビになったら困るっすよね?

 出来れば何日かは出て貰えると俺も交渉しやすいっつーか……」

 

 花村がそう話すと、女性達は居丈高に言い捨てて去っていった。

 勤務態度が目に余る様ならば、クビにしてしまえば良いのに……とは思うが、そう簡単にはいかないのだろう。

 そして、花村に持ち込まれる厄介事はそれだけでは無かった。

 

「あら、陽介くん。丁度良かったわ~」

 

「あー……ども」

 

 女性達と入れ替わる様に中年女性が花村に声を掛けてくる。

 従業員の人だろうか?

 

「ちょっと、聞いてちょうだいよ!

 この間のクレームの件なんだけど精肉部長に……」

 

「あ、はいはいはい。

 その話なら、向こうで聞くんで。

 すまん、鳴上、ちょっと此処で待っててくれ」

 

 そう言って花村は従業員の話を聞きに行った。

 勤務中での苦情を捲し立てられているらしい。

 戻って来た時には、花村の顔はすっかり疲れ果てている。

 内心辟易としながらでも決してそれを投げ出そうとはしない辺り、花村は本当に真面目なのだろう。

 

「うあー、疲れた……。俺は苦情係かっつの……」

 

「何かと頑張ってるんだな。色々と、お疲れ様。

 花村は、偉いよ」

 

「えっ!? 偉いとか、そんなんじゃねーよ。

 でも、ありがとな。

 そう言って貰えるのは、嬉しいし……」

 

 花村は少し頬を紅く染めて、照れた様に笑った。

 そして、疲れた様に溜め息を吐いて内心を吐露する。

 

「ったくさ……みんな俺を店長の息子だからって便利扱いしてるだけなんだよな……。

 ヒマならまだしも、俺らにはやる事あるのに……。

 しょーじき、関わってられないって、マジで思う。

 犯人の事とか、そいつ捕まえた後の事とか……、それ考えてたら、他の事には構ってらんないっつーか……。

 やれる事があんなら、やんなきゃって……」

 

 そう語る花村を見ていると、何故か無性に不安になってくる。

 

「……それ自体は良い心掛けだとは思うけど、あまり根を詰め過ぎたら良くないぞ」

 

 事件を解決する事。

 それは確かにとても大切な事だ。

 クマとの約束もある。

 だけど何も、自分たちは事件を解決する為だけに生きている訳ではないのだ。

 一つの物事を見据えて追い掛ける、という事は大事な事ではあるけれども。脇目も振らずに走り続けては見落としてしまうモノだって出てくる。

 見落としてしまったモノの中に、花村にとって大切なモノが入っていないとも限らない。

 結局は程度の問題なのだけれど、今の花村の様子は何と言うのか……必要な『余裕』というものが見えなかった。

 だから、心配になったのだ。

 

「根を詰めるなって……、だって俺達が何とかしなきゃいけないんだぜ?

 寧ろ、今ここで頑張らなきゃどうするってんだ。

 立ち止まってるヒマなんてねーし、ムダな事やってる場合じゃねーだろ」

 

『自分達が』何とかしなきゃ……、か。

 ……それは確かにそうなのだが……。

 

「……息抜きのつもりだったのに、こんなマジな話するなんて思わなかったな……。

 前は下らねー中身無い話しかしなかったし……それで良いと思ってた。

 こんなマジな話するのって、ホント鳴上にだけだ」

 

「そうなのか?」

 

「何でだろうな、鳴上にはウソつかなくて良いって言うか……。

 ……まあ一番みっともねーとこ既に見られてるし、今更無駄に取り繕うのは、ってのもあるんだけど。

 けどさ、鳴上で良かったな……って、そう思ってる。

 ……今更だけど、あの時俺の我儘に付き合って……一緒に来てくれてありがとな」

 

 そう言うと、花村は照れた様に笑った。

 ……そう言って貰えるのは純粋に嬉しい。

 

 確かに、最初は花村を放っておけなかったからだった。

 だけど今は、【犯人】を止めたい、もう誰もあの世界のせいで死なせたくはない、と。

 そう強く思っている。

 

「私も……あの時、花村を助ける事が出来て良かった」

 

 そうでなくては、今ここで二人で話す事も出来なかっただろう。

 ああ本当に……、心からそう思う。

 あの時に共にあの世界に行ったからこそ、あの世界と【事件】とを結び付ける事が出来た。

【事件】の、《真相》の一端を知る事が出来たのだ。

 知ってしまったからには、何も知らない……見なかった振りをする事は出来ない。

 あの世界の危険性を理解しながらも、それでも……と、そう思ったからこそ、天城さんが被害に遭った時も迷わずに助けに行く事が出来た。

 共に闘う花村や里中さんが居てくれたからこそ、天城さんを助け出す事が出来た。

 

 だからこそ、花村には感謝しているのだ。

 

 

 

 

 

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【2011/04/24】

 

 

 日中は一条たちと沖奈市まで出掛け、帰り際に立ち寄った店でかなり良い質のウスイエンドウを見付けて思わず衝動買いしてしまった。今晩は豆ご飯にしよう。

 卓袱台の所で豆を剥いていると、菜々子ちゃんが手伝いたそうに見てきた。

 剥きたいのかと訊ねてみると、笑顔で頷いたので1/4程の量を渡して剥いて貰う。

 単純な作業の繰り返しではあるが、菜々子ちゃんにとっては存外楽しい作業であるらしく、真剣な顔をしながらも楽しんでいる様であった。

 そして、丁度豆ご飯が炊き上がった頃合いに叔父さんが帰ってきた。

 

 三人で食卓を囲っていると、「署の連中に訊いたんだが、悠希、お前演劇部に入ってるんだってな?」と叔父さんが訊ねてくる。

 一体どういう事なのだろうか。

 演劇部に入った覚えなどないのだが……。

 

「小道具の調達をしていたらしいが、幾ら模造品とは言え、街中で刃物を出すのは感心しないな。

 普段なら笑い話で済ませるだろうが、あんな事件が起こっちまって署の奴等も気が立っているんだ。

 場合によっちゃ補導しなきゃなんなくなるからな、今後は慎む様に。

 分かったな?」

 

 あぁ、あの時の話か。

 ……模造刀を振り回したのは、正確には花村なんだが……。

 まぁそれを言った所で大した意味はない。

 

「はい、気を付けます」

 

 そう返事をする傍らで、これは使えるんじゃないだろうかと思い始めていた。

 今後彼方の世界を探索するにあたって、より良い武器が必要になるであろう事は明白だ。

 が、それを調達する方法は置いておいて、それらを彼方の世界まで持ち込むのにも幾つもの壁がある。

 人の目は最たる物だ。

 人目に付かせない、というのが一番ではあるが、そうそう上手くいかない時だってあるだろう。

 もし見咎められた時に、「演劇の小道具だ」という口実で押し切れるかもしれないのは有難い。

 演劇部に所属する、というの一つの手だ。

 確か演劇部は新入部員を募集していた筈。

 役者……は無理でも小道具係程度ならなんとかなるんじゃないだろうか。

 

「そう言えば叔父さん。

 ゴールデンウィークはどうするんですか?」

 

 ゴールデンウィーク……というか、折角の長期休暇なのだ。

 普段寂しい思いをさせてしまっている菜々子ちゃんへの、絶好の家族サービスする機会でもある。

 無理に、とは勿論言えないが、それでも出来るなら菜々子ちゃんとの時間を取ってあげてほしいものだ。

 

「……四日と五日。

 その二日なら、休みが取れそうだ」

 

「ほんと!?」

 

 菜々子ちゃんは目を輝かせて立ち上がるが、不意に不安げに再度「ほんと?」と訊ねる。

 そこには幾許かの疑心が混ざっていた。

 

「なんだ? 疑ってるのか?」

 

「だって、いつもダメだから……」

 

 それを言われた叔父さんは、痛い所を突かれたかの様に苦い顔をした。

 どうやら大いに心当たりがあるらしい。

 

「毎回って程でも無いだろ」

 

「だったら、みんなでどっか行きたい! ジュネスとか!」

 

 普段色々と我慢してるであろう菜々子ちゃんの希望は、本当に細やかなものだった。

 

「まぁその、なんだ。

 折角なんだし近場のジュネスじゃなくて、どっか遠めの所に出掛けるか?」

 

 罪悪感の様なものが沸いたのかもしれない叔父さんがそう言うと。

 

「ほんと? りょこう?」

 

 と菜々子ちゃんは微かに期待する目で叔父さんを見詰める。

 普段我が儘らしい事はほぼ言わない菜々子ちゃんの、こんな目を無下に出来る様な強者ではなかった様で。

 

「あー……まぁ、たまには、旅行もいいかもな。

 何処もメチャクチャ混むだろうけどな……」

 

 叔父さんが頷いてみせると、菜々子ちゃんは休みが取れると聞いた時以上に顔を輝かせた。

 

「やったー、りょこう!」

 

 あまり期待してなかった反動なのか、菜々子ちゃんのテンションは右肩上がりだ。

 

「悠希はどうだ、予定空いてるか?」

 

 叔父さんに問われ、菜々子ちゃんからは期待に満ちた目で見詰められる。

 そもそも逆らう気など毛頭無かったので、早々に白旗を上げた。

 

「私は大丈夫です」

 

「あのね、菜々子、おべんとう持って行きたい!」

 

「そっか。なら、頑張って美味しいお弁当作るね」

 

「やったー! おべんとう!!」

 

 目をキラキラさせて見上げる菜々子ちゃんを、叔父さんは優しい目で見ている。

 

「りょこう、りょこう! たのしみだね!!」

 

 目を輝かせる菜々子ちゃんに、微笑んで頷き返した。

 

 

 

 

 

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【2011/04/25】

 

 

 周りの声に耳を傾けながら通学路を歩いていても、特には真新しい話題はなく、道行く学生達の関心は専ら数日後のゴールデンウィークに関しての事だった。

 確か、今日から天城さんが学校に復帰するんじゃなかっただろうか。

 そう思っていると、校門の所で声を掛けられた。

 天城さんだ。

 

「お早う、天城さん。もう大丈夫?」

 

「うん、体調は週末には良くなってたから……。

 お母さんも仕事に復帰したし、仲居さんもすごく協力してくれて……前よりも上手くいってる位。

 私……自分が全部やらなきゃって気負い過ぎてたのかも。

 冷静になってみれば、そんな事なかったのにね」

 

 心労で倒れたとかいうお母さんも元気になった様で良かった。

 天城さんの表情は、あの日彼方から救出した時よりも明るくなっている。良い事だ。

 

「そうか……それは良かった。

 ……休んでいる間、何か無かった?

 不審な人物が彷徨いていたり、とか」

 

「そう言うのは全然無かったよ」

 

 何事もない、というのは良い事だが……。

【犯人】の狙いは一体何なのだろうか。

 まあ、そう言った事も含めて話し合う必要があるだろう。

 

「じゃあ続きは昼休みにでもしよう。

 花村や里中さんにも声を掛けておくから」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 昼休みの屋上には好都合な事に人が居なかった。

 花村は持参した弁当を、里中さんと天城さんは『赤いきつねと緑のたぬき』で有名なカップ麺を広げている。

 

「お~この匂い、たまらん!

 これ、あとどん位待ち?」

 

「全然、まだよ」

 

「で、なんだっけ。

 ……あ、雪子に事情を聞くんだったか」

 

 カップ麺を持ちながら言った里中さんに、花村は真面目な顔で頷いた。

 

「なぁ、天城さ、ヤな事ムリに思い出さす気は無いんだけど……改めて聞かせて欲しいんだ。

 ……拐われた時の事、やっぱ何も覚えていないのか?」

 

 花村の問い掛けに、天城さんは少し申し訳なさそうな顔で頷く。

 

「うん……。

 落ち着けば何か思い出すかと思ったけど、時間が経てば経つ程、よく分からなくなってきて……。

 あ、でも……玄関のチャイムが鳴って……誰かに呼ばれた様な気は、する……。

 けど、その後は……気付いたらあのお城の中に……。

 これだけしか覚えていなくて、ゴメンね」

 

 元々記憶というのは結構不確実なものなのだから、時間が経ってしまえば思い出せる事が減ってしまうのは仕方のない事だ。

 気に病まれる事でも無い。

 

「いや、謝る必要など無いよ。

 少なくとも、天城さんが偶発的な事故で彼方に迷い混んだんじゃ無さそうだという事が分かったんだから」

 

「んー、って事はその来客ってのが犯人かな?」

 

 里中さんの言葉に、花村は僅かに首を傾げた。

 

「どうだろうなぁ……。

 もしそうなら相当大胆な奴だな。

 玄関からピンポーン、なんてさ。

 よっぽど捕まらない自信でもあったのかねぇ」

 

 目撃者が居れば良いのだろうがそんな話しはトンと聞かない。

 母屋の方の話だろうとは言え、多少なりとも人目があった筈だ。

 何処でテレビに落としたのかは知らないが、人一人を抱えて移動するのは相当目立つのじゃないだろうか。

 それでもそれらしい話が無いとなると……。

 

「その客人が【犯人】だったとして、そいつは車を使っている可能性が高い」

 

 そう言うと、花村も「確かに」と頷く。

 

「そうじゃなきゃ、天城を運ぶのは目立つもんな」

 

「不審車両の目撃情報とかがあれば良いんだけど……」

 

 そんな車両が目撃されていたら、もっと大騒ぎになっているだろう。

 だが、そうでは無い以上、不審車両の目撃情報があるかは怪しい所だ。

 

「お前ん家の叔父さんって確か刑事さんなんじゃなかったっけ?

 何か聞いたりしてねぇのか?」

 

 花村の言葉に、首を横に振る。

 

「叔父さんは何か知ってても、そういう捜査情報を軽々しく洩らしたりはしないと思うよ。

 まあでも、捜査が難航しているみたいだし、あまり良い手掛かりは無いんじゃないかな」

 

 その時。里中さんが、はぁ、と溜め息を吐いた。

 

「……何でこんな事すんだろ……」

 

「それは犯人に聞いてみなきゃ分かんねーな……。

 どっちにしろ、あっちに人を放り込んでいるヤツがいるのは確かだ」

 

【犯人】の目的は、今の所不明である。

 だけど、【犯人】……天城さんを彼方に放り込んだ人間が存在しているのだけは確かだ。

 

「そうだな。【犯人】の目的は不明だけど……。

 それでも、放置する訳にもいかない。

 もうこれ以上、誰かがあの世界の所為で死んで欲しくはない。

 それに、……『約束』もしたし」

 

 こちらの言葉に、花村も大きく頷いた。

 

「だな。あっ、そうそう。

 俺と鳴上で、この事件の【犯人】探し出す事にしたから。

 警察が捕まえるのはムリそーでも、俺らには【犯人】を追い掛ける事が出来る」

 

「司法の場に引き摺り出せるかは分からないけど……犯行を止めさせる事位なら出来る筈。

 必ず、探し出してみせる」

 

 探し出したその後をどうするのかは、追々話し合っていけば良い。

 うだうだと考え悩んで一歩も進まない位ならば、今はただ手掛かりを掴む事に奔走すれば良い。

 考えるのは、追い掛けながらだって出来る筈だ。

 

「あたしもやるからね!

 あんな場所に人を放り込むなんてさ。

 絶対ブチのめす!」

 

「私も……私も、やらせて!

 どうしてこんな事が起きてるのか知りたい。

 それに……もし自分が、殺したい程誰かに恨まれてるなら、知らなきゃいけないと思う。

 もう、自分から逃げたくない」

 

 里中さんと、その言葉を受けて少し考える様に押し黙った天城さんはそう申し出た。

 里中さんは親友を狙われたのだし、天城さんに至っては被害に遭った当事者なのだ。

 運良く救出されたとは言え、自身が三人目の被害者として変わり果てた姿で発見されていた可能性もあるとすれば、【犯人】を野放しにしておく事など出来ないだろう。

 ……だが。

 

「……そうか……。

 でも、その前にどうしても確認しておかなきゃならない事がある。

 これから先【犯人】を追う途中で、また誰かがあの世界に放り込まれるかもしれない。

 その被害者の『誰か』は、里中さんや天城さんの知っている人かもしれないし、全く知らない人かもしれない。

 そうなったら私や花村は、その被害者の『誰か』を助けに行く。

 それが【犯人】への手掛かりになるかもしれないしね。

 ……そして、その時に。

 里中さんと天城さんは、どうする?」

 

 

 ……これはとても大切な質問だ。

『誰か』が新たに被害に遭ったとして。

 里中さんには『親友を助ける』という名目はもう無い。

 天城さんには、【犯人】を追う動機は在ったとしても、あの世界で戦う動機に関しては……分からない。

 花村とは、既に話し合って決めている。

 例えどんな人物がその『誰か』になったとしても、この手が及ぶ限りは助け出そう、と。

【犯人】を追う事と、『被害者』を助け出す事。

 それらは決して=ではないけれど、《もう誰もあの世界の所為では死なせない》と決めた身としては、切っても切れないものだ。

 それに、現状はあの世界位しか【犯人】への手掛かりへとなりそうなものはない。

 だからこそ……。

 

「そりゃ勿論助けに行くよ!! あったり前じゃん!!」

 

「私も……助けに行くよ!!」

 

 こう答えが返ってくるのは、予想が付いていた。

 例え見知らぬ他人であっても、誰かが死にかけているならそれを無視出来ない、というのは割りと普通の感覚だ。

 だが……。

 

「……あっちに放り込まれた人を救出するのには、相当の危険を伴っている。

 ……実際にシャドウと戦った里中さんなら、よく分かるだろうけど。

 可能な限りリスクは排除しても、不測の事態は何時起きるとも分からない。

 生死に直結する様な怪我を負う事も有り得るし、例えば顔とか腕とか……そういった日常生活に差し障りのある部位に怪我を負う事も有り得る。

 一応、怪我を癒す手段はあるけど、それでも対処出来ない様な怪我を負う事だってあるかもしれない」

 

 だから、とそこで一端言葉を切る。

 

「よく、考えてから決めて欲しい。

 本当に、そういったリスクを背負ってでも、【犯人】を……この事態の【真相】を追いかけたいのか、を」

 

 協力してくれる、というのは本当に嬉しい。

 こちらの身の安全の事を考えるなら、戦力は多いに越した事は無い。

 里中さんと天城さんが加わってくれるならば、心強い事この上ないだろう。

 でも、冷静に考えさせる時間を許さずに、状況に流させる様に決めさせるのは、駄目だ。

 一時の感情だけで決めて動いていては、何かが起きた時にきっと後悔する。

 シャドウとの戦いは、浮わついた考えと綺麗事だけで何とかなる様な甘いモノでは無いのだから。

【犯人】を追ってあの世界で戦うと言う事は、自ら危険に飛び込んで行くのとほぼ同義でもあるのだ。

 だからこれは、暫定的にとは言えリーダーを任された者として、最低限しなくてはならない忠告だと自分は思っている。

 

 一時のヒロイズムで、判断を間違える様な事だけはしてはいけない。

 里中さんにも天城さんにも、その間違った判断のせいで苦しむなんて事は、させたくない。

 

 天城さんを救出するという目的を達した里中さんにも、そして助け出された天城さんにも、【犯人】を追わなくてはならない絶対的な義務も必要性も存在しない。

 だから己の身の安全を取る事は何も間違っていないし、その為にリスクから遠ざかると言うのも、それはそれで正しい選択である。

 

 が、様々なリスクを秤にかけた上で「それでも」というのなら、その意志は尊重するべきだし、それ以上に口出しする権利は今この場に居る誰にも存在しない。

 全ては、二人の意志に基づいて選択すべき事柄である。

 

「協力してくれるというのなら有難いと思うし、もしそうならば全力で当てにもさせてもらう。

 もし、よく考えた上で、それでも良いと思うのならば、今日の放課後にジュネスのフードコートに来て欲しい。

 無理強いはしない。

 来なかったとしても、それはそれで正しい選択だろうし、私は構わない。

 ただ、天城さんと里中さん自身にとって、一番後悔しないであろう選択をして欲しい」

 

 そう言うと、場の空気が少し重くなった。

 それを払拭しようとしてか、花村が明るい声を上げる。

 

「鳴上は考え過ぎな気もするけどな。

 ま、あんまり重っ苦しく考える必要はねーよ。

 万が一ってのはあるんだって事を考えといてくれってだけの話なんだし。

 ま、それはそうと早く飯にしよーぜ。

 さっきから腹が減って死にそーだ」

 

 話にそう促され、やっと昼御飯を食べ始める。

 重苦しかった空気は食べている内に薄れてほぼ消え去り、いつの間にか賑やかに雑談が始まった。

 そんなこんなで昼休みは過ぎ、放課後になった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 花村とフードコートに行き少し待っていると、里中さんも天城さんもやって来た。

 

 

「……本当に良いの?」

 

「うん。

 あれから、鳴上さんが言った事もう一回ちゃんと考えてみた。

 ……ああ言って貰えなかったら、私リスクを負うって事を深く考えないままだったと思う。

 ……私ね。折角助けて貰ったのに、死ぬのは嫌。

 だけど、ここで【犯人】の凶行を見ない振りしてしまうと、何時か絶対に【犯人】を追いかけなかった事を後悔するんだと思う。

 だから、私、やるよ」

 

 天城さんはそう言って確りと頷いた。

 

「あたしも……あれから考えてみた。

 今回は無事だったけど、次からどうなるのかは分からないって事……多分あんま考えてなかったかも。

 雪子助けた時は兎に角『雪子が危ない、助けなきゃ』って気持ちで一杯だったから、あんまり周りが見えてなかったと思うし……。

 ……誰かを助けるんだって事で頭が一杯でさ、……うん……あんま上手くは言えないけど。

 ……でもさ。

 ここで止めると、後悔するんだろうなってのは分かった。

 ……あたし頑張るから。全力で守るから。

 だから、あたしも行く」

 

 里中さんはそう言ってこちらを真っ直ぐに見据えた。

 

「そうか……。……ありがとう。

 改めてよろしく、里中さん、天城さん」

 

 二人の意志の確認が出来たところで、クマに会うためにテレビの中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 テレビの向こうは相も変わらず霧に包まれていた。

 来訪に気付いたクマが、足音を立ててやって来る。

 

「およよ、今日はいっぱい来てくれたクマねー。

 ユキちゃん元気?」

 

「あの時のクマさん……夢じゃなかったんだ……。

 うん、元気になったよ」

 

 クマが加わるとワイワイと一気に場が賑やかになる。

 クマに天城さんが新たに仲間に加わる事を説明した。

 ついでに天城さんの『メガネ』はあるかどうかと訊ねると、準備の良いクマはきっちり用意していた様だ。

 天城さんのは真紅のフレームで、とても良く似合ってる。

 クマは、その人に合うメガネを選ぶセンスがかなり高いのだろう。

 

「これ、クマさんが作ったの?」

 

「そうクマよ!

 ほれ、この繊細な指先の成せる技クマ!!」

 

 そう言ってクマは手をこちらに向けてワサワサと動かすが、あまりにも微細な動き過ぎてよくは分からない。

 

「分からんわ!!」

 

 花村の突っ込み裏手パンチが炸裂し、体勢を崩したクマから何かが落っこちた。

 それを拾い上げた天城さんの目が何故か輝く。

 クマ曰く『ちょっぴり失敗作』というそのメガネは、何処からどう見ても鼻眼鏡だった。

 そう、パーティーグッズとして不動の地位を築いている、あのでかい鼻の付いたメガネだ。

 ご丁寧に緩やかなカールを描く髭まで付いている。

 牛乳瓶の底の様なレンズには渦巻き模様が入り、罷り間違っても実用に耐えうる物とは思えない。

 完全なるネタアイテムだ。

 何がどう『ちょっぴり』なのか問い質したくなるレベルである。

 

 しかしそれの何処が心の琴線に触れたのかはさっぱり不明だが、徐に天城さんは自らのメガネを外し、鼻眼鏡へと付け替える。

 そして嬉しそうな顔で此方を見て、「どう?」と訊いてきた。

 

「えっ? あー……その……」

 

 ミスマッチにも程がある。

 完全にコントだ。

 天城さんはどういった感想を求めているのだろう。

 こんな時にどういう顔をすれば良いのか分からない……。

 ……何となく、「笑えば良いと思うよ」なんて返ってきた気がした。

 

 気に入ったのかと訊ねるクマに、鼻ガードがあるから寧ろこれが良いと天城さんは答える。

 だがクマはそれにはレンズを入れていないのだと言うと、心底残念そうな声を上げて鼻眼鏡を外して元のメガネに付け替える。

 ……もしレンズ入りだったらそっちの鼻眼鏡にするつもりだったのだろうか……。

 

 そして天城さんは今度は里中さんの番だ、とその鼻眼鏡を里中さんに渡す。

 それを仕方ないな、と里中さんは付け替えた。

 

 その途端、猛烈な勢いで天城さんがお腹を抱えて大爆笑を始める。

 一瞬、天城さんが壊れたんじゃないかと心配になる程の笑いっぷりだ。

 どうやら天城さんは笑い上戸だったようである。

 普段は里中さんの前で位しか見せなかったらしいが……これもまた天城さんと親しくなれた証拠とでも言えるのかもしれない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「《マヨナカテレビ》……?

 そう言えば前に千枝がそんな事言ってた気がするけど……」

 

 天城さんの笑いが収まるのを待って、もう一度情報を整理及び共有し直した。

 《マヨナカテレビ》を見た事が無い天城さんは今一つ実感が湧かない様だ。

 まぁ、あれは一度見てみないと分からないだろう。

 

「《マヨナカテレビ》がどういったものであるのか……それはまだ良くは分かっていない。

 ただ、今の所、天城さん・小西先輩・山野アナの被害者三人が映ってる。

 ……【犯人】と何らかの繋がりがある可能性は否定し切れない」

 

「今んところの被害者の共通点って言っちゃ、全員が女性だって事だよな」

 

「まぁ確かにそれはそうだけど、女性ばかり被害に遭ったのは今はまだ偶然の一致という可能性も捨てきれないと思う。

 確率的には8分の1だし」

 

 サイコロを振って二連続で特定の目が出る事よりも確率的には高い。

 

「じゃあこれは? 

『二人目以降の被害者も、一人目に関係している』」

 

 天城さんの言葉に、里中さんと花村が頷いた。

 

「あ、そっか、雪子も小西先輩も、山野アナと接点があった……」

 

「口封じって可能性、だな。

 小西先輩や天城にしか分かない何かを消す為に……」

 

 そういう接点は確かにある。

 先輩は山野アナの遺体の第一発見者だし、天城さんは実家の旅館に山野アナが直前まで宿泊していたらしいし。

 だけど……。

 

「……確かにそうだけど……。その線で行くなら、先輩の件は兎も角、天城さんが狙われたのは少し妙じゃないか?」

 

「妙?」

 

 花村が首を傾げそう口にし、里中さんと天城さんも不思議そうな顔をする。

 

「天城屋の従業員で、天城さんよりも山野アナと接点のあった人なんてもっと大勢居た筈。

 それこそ、女将さんをやってる天城さんのお母さんとか。

 その人達を差し置いて天城さんをワザワザ狙う理由なんてあるか?」

 

「確かに……山野アナがうちに宿泊していたのは知ってたけど、私が実際に会った事なんて殆ど無かったし……。

 確かに、変」

 

 天城さんが同意する様に頷いた。

 更に、と他にもある不自然な点を上げる。

 

「それに、口封じが目的なら、天城さんを救出してから今までに、天城さんの身の回りで何も起きなかったのは不自然じゃないか?

 ……尤も、これは天城さんだけが生還したから、その理由を探るために【犯人】がわざと天城さんを泳がせているだけなのかもしれないけど」

 

 その指摘に当事者の天城さんは動揺した。

 

「あくまでも可能性だから、あまり気にする必要は無いと思う。

 ただ……、関係者を殺害して口封じをするってのは少し筋が通らない気がする」

 

「いやでも……、立件出来ない様にこっちの世界を凶器にしてるんならさ、天城が生還したんで、それ以上狙うのは諦めたんじゃ……」

 

「殺す積もりの……既に二人を同じ手口で殺した相手が、一回失敗した位でそれを諦めると思うか?

 実際に直接手に掛ける……というのは無いにしても。

 今回天城さんが助かったのは何かの偶然と結論付けて、もう一度テレビに落とす可能性の方が高いと私は思うけど」

 

 花村の言葉に反論すると、里中さんと天城さんはやや曖昧に頷く。

 

「あー……うん、確かに……何か変だよね」

 

「うーん……って事は殺害目的じゃないって事……?」

 

「いや、そう結論付けるのは幾ら何でも早計過ぎる。

 少なくとも、天城さんへの害意はあったと思う。

 態々誘拐してまでテレビに落としているんだし。

 ただ、その動機として山野アナの件に関する口封じというのは、違う可能性もあるってだけだ」

 

「あーっ、もう、犯人の意図がマジで分からん!」

 

 頭がこんがらがってきたのか、里中さんが吠えた。

 

「結局、手掛かりらしいものって《マヨナカテレビ》位だよなぁ……」

 

 花村は溜息を吐いた。

 今の所被害者の確かな共通点とは、それ位しかない。

 

「うーん……でも、何で被害者の人達が映るんだろ?

 しかも、その人達がテレビに落とされる前に映るんだよね?」

 

「なんかさー、こう……あれだよね、あれ。

 えーっと、【予告】?」

 

 天城さんの疑問に、里中さんが首を傾げながら言う。

 

「【予告】……。

 それじゃあまるで愉快犯みたいだね」

 

「……それだ! それだよ、天城!!」

 

 その里中さんの言葉に天城さんがそう答えるや否や、途端に花村が声をあげた。

 突然の声に、天城さんと里中さんは驚いた様に目を瞬かせて首を傾げる。

 

「えっと、何が?」

 

「【犯人】の狙い!

 愉快犯だとするなら、天城を狙う動機があやふやなのも筋が通る!!」

 

「ああ、成る程。

 愉快犯だとするならば、世間的に話題になりそうな人を狙って犯行に及んでいるのかも……」

 

 花村の言葉に、成る程、と頷いた。

 確かに……それなら本来なら繋がりの薄い筈の三人が被害に遭った事にも説明が付く。

 

 不倫騒動でメディアの注目が集まっていた山野アナが被害者だったからこそ、その遺体発見時の異様さも相俟ってワイドショーなどを騒がしているのだ。

 良くも悪くも、マスコミは話題性のある物を重視する。

 山野アナの事件なんて、その格好のネタだ。

 そして、その事件の衝撃も冷めやらぬ内に起きた第二の事件。

 しかも被害者は第一の事件の第一発見者だ。

 それ故世間は大いに騒いでいる。

 犯人に対するよく分からない憶測が、画面の向こうを飛び交っているのはよく知っている。

 もし天城さんがあのままシャドウに殺されていたら、それもまた大いに話題を呼んだ事だろう。

 第一の被害者の宿泊先の若女将……しかも女子高生という付加価値まで付くのだ。

 尤も、その目論見は外れた訳だが。

 

「何よそれっ!

 人を殺しといて、それを楽しんでるっての?!

 許せないっ!!

 んなふざけた奴、絶対に見つけ出して、靴跡つけちゃる!!」

 

 漸く話が飲み込めた里中さんは、途端に気炎を上げるかの如く、怒りを顕にした。

 それを花村が宥める。

 

「里中、落ち着けよ。

 まだそうって決まった訳じゃないんだ。

 ……でも、もし犯人の目的がそれだとすると……」

 

 こちらを見てくる花村の視線に、コクりと肯定の意と共に頷く。

 

「……犯行は終わらない、だろうな。

 世間の興味関心なんて、直ぐに移り変わっていくんだし」

 

 ……まぁ、この説だって所詮は推論の域を出ない。

 まだ情報が足りないのだ。

 その中で答えを性急に出そうとしたって、酷いバイアスのかかった的外れなモノになりかねない。

 大切な事は、視野を広く持つ事、それと考える事を諦めない事だ。

 

「あー、ま、兎に角《マヨナカテレビ》をまた見てみるしか無さそうだな。

 取り敢えず、《マヨナカテレビ》の映る条件が整った時は必ずこれを見る事。

 これで良いよな」

 

 花村の意見に全員賛同した所でその場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

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