【2011/04/11━2011/04/12】
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目を開けると、何故か全く見た覚えの無い場所に居た。
はて……ここは何処だろう。
視界に映る全てが蒼い。
何と言うのか……高級車の車内の様な空間だ。
サイドにはバーの様な備えまでもが付いている。
フィクションの中でしかお目にかかる事が無さそうな……少なくとも実生活に於いて関わり合いになる事など無いだろう車だ。
床が微かに振動している。
……移動しているのだろうか。
……何処へ向かっているのだろう?
ぼんやりとそう考えていると、ふと向かいに誰かが座っている事に気が付いた。
鼻が妙に高いご老人と、思わず意識が引き込まれてしまいそうな……この蒼い空間に溶け込みそうな群青色の服を着た金髪の女性の二人だ。
どちらも初対面だ。
こんな特徴的な人達に会った事が有ったら、忘れるなんて有り得ないだろうから、間違いない。
……彼らは誰なんだろう。
どうしてここにいるのだろう。
と言うか、……何故自分はここに居るのだろう?
そう考えていると、唐突に老人が目を開けた。
「ようこそ、ベルベットルームへ」
《ベルベットルーム》?
それがこの場所の名前なのか?
『ようこそ』と言うからには、この老人はここの主なのだろうか?
と言うか、『ようこそ』も何も、自分にはここに来た覚えが全く無いのだが……。
「ほう……これはまた、変わった定めをお持ちの方がいらした様だ……」
『定め』……?
あまり普段の会話では使わない様なその言葉に、微かに首を傾げる。
ふむ……スピリチュアルな方面の方なのだろうか、このご老人は。
……正直、そういった方面の事はあまり信じてはいないので、何かし方の勧誘とかだったら全力でお断りしたいのだが。
「貴女のお名前をお伺いしてもよろしいですかな?」
そんな事を考えていると、ご老人は柔らかな物腰でこちらに名前を尋ねてきた。
まぁ名前だけなら良いか、と思い、普通に名乗る。
名前を答えたからか、満足そうに微笑んだご老人は《イゴール》と名乗った。
そして、この《ベルベットルーム》とやらが“夢と現実、精神と物質の狭間”にあるのだと述べる。
それが抽象的な意味なのか、文字通りの意味なのかは分からないが……。
……電波ゆんゆんなのはちょっと困るな。
「本来は何らかの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。
貴女には、近くそうした未来が待ち受けているのやもしれませんな」
そう言ってイゴールさんは微笑みながら、「さて、占いは信用されますかな?」と訊ねてきた。
占い……といっても、自分が精々目にした事があるのはテレビ番組の1コーナーでやってる星座占い程度だし、そもそも全く本気にしていない。
自分の星座の順位が良かったら一寸嬉しい様な気がする程度だ。
占いとは、自分の実生活に全く、これっぽっちも、関与していないものである。
ただし、それはあくまでも極めて広範囲かつ不特定多数に向けられた内容など、気にした所でしょうがないからなので、もし本格的に誰かが態々占ってくれるのなら、多少は神妙にその結果を聴くだろう。
だからと言ってそれを鵜呑みにするなど有り得ないが。
まぁ結論的に、多少は意識の隅にでも留めるかもしれない、と言ったところか……。
小さく頷くと、イゴールさんはフフッと微笑む。
「では、貴女の未来について、少し覗いてみると致しましょう」
そう言ってイゴールさんが取り出したのはカード……所謂タロットカードと呼ばれるものだ。
実際に使ったりした事は無いものだが、まぁ創作物とかの題材にもよく使われてるし、アバウトになら知っている。
馴れた手付きでカードを操ったイゴールさんが一番最初に捲ったのは、雷に撃たれ崩壊する塔が描かれた《塔》のカードだった。
タロットにはあまり詳しくはないのだが、確か《塔》はどう転んでも良い意味は無かった筈だ。
というか、絵柄からしてロクな内容じゃないだろう。
「ほう……近い未来を示すのは“塔”の正位置。
どうやら大きな災難を被られる様だ」
そして次に示されたのは《月》のカードだ。
「“迷い”そして“謎”を示すカード……。
……実に興味深い。
貴女はこれから向かう地にて災いを被り、大きな“謎”を解く事を課せられる様だ」
そしてイゴールさんは告げる。
もしその“謎”が解けなくては、未来は閉ざされるかもしれない、と。
そしてその“謎”を解くための手助けをするのが、イゴールさん達の役目なのだと。
金髪の女性が自らを《マーガレット》と名乗った後、急に視界が滲み意識は急に薄れていった。
……
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【2011/04/11】
電車に揺られ揺られて辿り着いたのは、実にのんびりとした田舎町だった。
駅前だと言うのに、周辺の建造物がほぼ何もない上に他に人影がない。
ゴミゴミした街からやって来た身としては、ちょっと新鮮だ。
通り雨でも降ったのか、路面が僅かに濡れて所々に小さな水溜まりを作っているし、陽光降り注ぐこの季節にしてはやや冷たい空気になっている。
背を伸ばす序に息を吸い込むと、排気ガスの匂いが殆ど無い、如何にもな田舎の空気が肺を充たす。
今日から約一年の間、この町で暮らしていく。
全くの新天地。
何があるのか、誰と出会えるのか。
まだ見ぬ何かに胸を高鳴らせる。
たった一年……されども一年。
それを良いものに出来るかは自分次第だ。
ならば、全身全霊で日々を楽しむまで!
昂ったテンションのままに思わずグッと拳を握ると、その拍子にうっかりとメモ用紙を握り潰してしまった。
いけないいけない。
これには、これから居候させて貰う叔父さん家の住所とか連絡先とかもしっかりと書かれてあるのだ。
個人情報が載ってるモノを粗末に扱うとはなんたる事か。
皺だらけのメモ用紙を伸ばし、折り畳んでから胸ポケットに仕舞おうとした時。
不意に強い風が吹いてメモ用紙を浚っていった。
「あっ!」
慌てて追い掛けて手を伸ばすが、残念ながら届かない。
メモ用紙は水溜まりの横ギリギリの場所に落ちる。
地面に落ちたメモ用紙を拾おうと屈むと、誰かの手が先にそれを拾い上げた。
「これ、君の?」
そう言ってメモ用紙を差し出してくれているその人は、……何とも不思議な女性だった。
さっきまで駅前にはこんな女性は居なかったと思うのだけれど。
一体何時やって来たのだろう?
年齢……はよくは分からない。
いや、女性の年齢を探るのは失礼だからだとかそんなのじゃなくて。
中学生位にも見えるし、同い年位にも見えるし、もっと歳上にも見える。
何と言うのか……印象が定まらない感じの人だ。
別に目を離している訳でも無いのに、一瞬で印象がボヤけてしまう。
まあでも、こうやって態々小さなメモ用紙を拾ってくれたのだから、きっと悪い人ではない。
警戒する事無く、差し出されていたメモ用紙を受け取る。
女性に礼を言おうとしたその時、車のエンジンの音が聞こえ、それに気を取られて音が近付いてくる方向に一瞬顔を向け、再び女性に向き直ると。
何故かつい一瞬前まで目の前にいた筈の女性が何処にも見当たらなかった。
……彼女は何処へ行ったのだろう?
「おーい、こっちだ!」
不思議な女性の事に気を取られていると、背後から声を掛けられた。
さっき駅前に来た白いバンの横で中年男性がこちらに手を振っている。
迎えに来てくれた叔父さんだ。
母さんから以前見せて貰った写真よりは、少しばかり老けているが間違いない。
荷物を持って、そちらへと向かう。
「前に会った時よりもずっと大きくなったな。
ようこそ、稲羽市へ。
お前を預かる事になってる、堂島遼太郎だ」
「鳴上悠希です。
これから一年間お世話になります」
どちらからという訳でもなく、お互いに手を差し出して握手を交した。
「お久し振り、になるんですよね?」
「最後に会ったのはお前がまだ幼稚園に入る前位だからなぁ。
覚えてないのも無理はない」
ああそれと、と叔父さんは自分の背後を振り返った。
そこには叔父さんの影に隠れる様に、叔父さんのズボンを掴んでいる小学校低学年位の女の子が居た。
「娘の菜々子だ。
ほら、挨拶しろ」
そう叔父さんに促されたものの、菜々子ちゃんは口籠る様に挨拶した後、再び叔父さんの影に隠れてしまった。
菜々子ちゃんから見たら、自分は随分と背が高い。
もしかしなくても、恐がらせてしまったのだろうか。
そっと地面に膝をついて目線を出来るだけ菜々子ちゃんに合わせる。
「私は菜々子ちゃんのお父さんのお姉さんの子供で……菜々子ちゃんの従姉妹だよ。
これからよろしくね、菜々子ちゃん」
そっと手を差し出すと、菜々子ちゃんはおずおずとだがちゃんと握り返してくれた。
「さて、立ち話もなんだしな。
そろそろ行こうか」
叔父さんに声を掛けられ、車に乗り込む。
菜々子ちゃんは助手席を譲ろうとしてくれたが、お父さんの横を奪うのは良くないのでそれは丁重に辞退した。
◇◇◇◇◇
夕飯の買い出しの前に、ガソリンスタンドで給油する事になった。
驚いた事に、八十稲羽と呼ばれるこの辺り一帯にはこの『MOEL石油』しかガソリンスタンドが無いのだそうだ。
こういう所からも、稲羽って田舎なんだなと感じる。
別に、悪い事では無いが。
車がガソリンスタンドに入るのと入れ違いに、一台のトラックが出ていった。
すれ違い様に目に映ったその車体の横には、『いなば急便』の文字と、白い兎のマークが入っている。
恐らくはこの辺りのローカルな宅配業者だろう。
『いなば』と白い兎……因幡の素兎をモチーフにしているのだろうか。
叔父さんは一服すると言って喫煙所へと行き、菜々子ちゃんはお手洗いへと行き、この場には自分と給油作業中のアルバイトであろう店員だけが残っている。
「キミ、都会から来たんだってね?
都会から来ると、驚いたでしょ?
何にも無いってね」
一通りの作業を終えた店員が、何故か唐突に話し掛けてきた。
稲羽の外から来た人、が珍しいのだろうか。
「確かに、都会と比べれば無いモノは沢山あるんでしょうけど。
自然とかならあるんじゃないですか?」
「ま、確かに自然はあるよ。
でも、すぐ退屈するかもね。
高校の頃なんて、友達の所に行くか、バイトするか位しか無いし」
店員はにこやかに話しているのだが、その様子に何故か奇妙な違和感を覚える。
まるで、何か噛み合ってない様な、何かがズレているかの様な、不確かな何かを見ているかの様な……。
言葉にし辛い違和感を呑み込み、逆に店員に訊ね返した。
「……バイトの勧誘ですか?」
「あっ、鋭いね、キミ。
バイト募集中なんだ。是非考えといてよ」
店員が差し出した手に釣られて、手を差し出して握手を交わす。
……妙に冷たい手だ。
まるで……。
しかしその思考は店員が手を離した事により中断された。
「おっと、仕事しなきゃね」
そう言って店員が去っていった瞬間。
耳鳴りの様な何かを感じ、思わず顔を顰める。
それはほんの一瞬で終わったが、お手洗いから帰ってきていた菜々子ちゃんは心配そうに見上げてきた。
「だいじょうぶ? 車よい?
ぐあい、わるいの?」
「大丈夫だよ。平気平気」
実際、奇妙な感覚は既に綺麗サッパリ消え去っていた。
何だったのかは分からないが……。
……気の所為、かもしれない。
それでも尚心配そうに見上げてくる菜々子ちゃんの頭を、安心して貰える様にそっと優しく撫でる。
それでやっと安心してくれたのか、菜々子ちゃんは笑顔になってくれた。
叔父さんが喫煙所から帰ってくる頃には給油も終わり、あの奇妙な店員に見送られながらガソリンスタンドを後にした。
◇◇◇◇◇
次に向かったのはスーパー……と言うかジュネスだ。
大型ショッピングモールのジュネスがこんな所まで進出しているとは驚きだ。
いや、よく考えてみれば、ジュネスは郊外にある事の方が多いのでそう不思議な事では無いのかもしれない。
稲羽は電車などの公共機関での出入りこそ不便だが、隣接する沖奈市はそれなりの規模の地方都市だし、自家用車とかそういった交通手段さえあれば、目を瞑れない程のド田舎という訳でもないのだ。
ちょっと遠方からでも十分に足を運べる。
まあ、どうであるにせよ買い物には便利な場所である。
ネット通販が当たり前になっている今時でも、こういう店舗が比較的近隣にあるのは有り難い事だ。
菜々子ちゃんはワクワクした様子で店内を眺めている。
「楽しい?」
そう訊ねると、菜々子ちゃんは大輪の笑顔を咲かせ、コクッと頷いた。
「うん! 菜々子、ジュネス大好き!」
そう言えば自分も菜々子ちゃんの歳位の時は、スーパーの売り物を眺めているだけでも楽しかった覚えがある。
店内をウロウロ動き回り過ぎて迷子になりかけたのも、今となっては良い思い出だ。
そんな風に昔を懐かしんでいると……。
菜々子ちゃんと叔父さんは迷わず惣菜コーナーに行き、山積みになった出来合い弁当を手に取る。
……料理はしないのだろうか。
気になったので叔父さんに訊ねてみると、どうやら叔母さんが不慮の事故で亡くなった後は、堂島家の家事の一切を菜々子ちゃんが担っているのだそうだ。
まだ小学校に入学したばかりの菜々子ちゃんの歳を考えると、十分どころか歳不相応な位に家事をこなしてくれているみたいだが、流石に包丁や火を扱わせるのは……という事で、料理は全くと言って良い程やっていないらしい。
叔父さんはと言うと、不器用なのか何なのかは知らないが、「料理は出来ない」との事だ。
そんな訳で、堂島家の食卓には出来合いの惣菜ばかりが並ぶのだと言う。
……これは由々しき事態だ。
個人的なポリシーやその他諸々の面から見ても、看過されてはならない事柄である。
出来合いの惣菜を否定はしないが、毎度それでは堪ったものではない。
不味いメシの次位に個人的に許せないのが、滅茶苦茶な食生活である。
栄養学的観点からも、惣菜漬け生活は喜ばしいモノでは無い。
況してや、育ち盛りの菜々子ちゃんが居るのである。
差し出がましい事かもしれなくとも、ここはやるしかない。
「叔父さん。良ければ私が食事を作ります」
今日久方振りに顔を合わせた姪に急にそんな事を言われて叔父さんは戸惑った様だが、畳み掛ける様に説き伏せて、堂島家の台所に立つ権利を獲得した。
出来合いの惣菜や弁当よりは健康的な食事になるし、菜々子ちゃんや叔父さんにとっても悪くはない話だろう。
買い物籠に入れられていた惣菜を商品棚に戻し、食材を適当に買い込んで、その日の買い出しは終了した。
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実家を出てから数時間かけてやっと辿り着いた堂島家は、建ってからそれなりの年月が経ってそうな一軒家だった。
通して貰った自室に荷物を置いてから、早速堂島家の台所をチェックする。
冷蔵庫の中には見事な程に食材らしい食材は入ってなかったが、亡くなった叔母さんは料理を嗜む人だったのだろう、調理器具は結構良い物が揃っていた。
これ位揃っているなら、かなり特殊な調理を求める料理でなければ大抵のものは作れるだろう。
塩と砂糖などの調味料も、そろそろ買い足す必要がありそうではあるが、今日明日使う位なら問題は無さそうな量である。
何を作っても構わないのではあるが、まだ菜々子ちゃんと叔父さんの味の好みが分からないので、比較的嫌いな人は少ない鮭をメインにする事にした。
少々手間は掛かるがポワレ風に焼き上げた鮭は、匂いだけでもお腹が減ってきそうな良い香りをしている。
そのままでも美味しいが、折角なので醤油をベースにしたソースを作っておく。
味噌汁はアゴ出汁・昆布出汁に鰹出汁を合わせたものに白味噌を溶いて、具はシンプルに大根とワカメに。
それにサラダを付けて、完成だ。
無難なメニューで揃えてみた夕食は、思っていたよりも好評で、叔父さんも菜々子ちゃんも喜んで食べてくれている。
二人の口に合った様で何よりだ。
今度からはもう少し凝った料理にしても良いだろう。
食べ終わる頃合いに、叔父さんの携帯が鳴った。
それに苦い表情を浮かべた叔父さんがその電話に出ると、途端に顔付きが険しくなる。
何か込み入った内容なのか、叔父さんは席を立って電話での会話が聞こえない位置に移動した。
雰囲気が妙に物々しい。
「酒飲まなくてアタリかよ……」
電話を切った叔父さんはそう溢し、壁に掛けてた上着を羽織った。
「仕事でちょっと出てくる。
帰りは……ちょっと分からん。
菜々子、後は頼むぞ」
「うん……」
そう言い残して叔父さんは家を出ていく。
外は雨が降り始め、その雨脚は次第に激しさを増していっていた。
……恐らくは一晩中降り続くのであろう。
叔父さんの車のエンジン音が遠ざかってから、気落ちした様に座り直してテレビを見ている菜々子ちゃんに声を掛ける。
「叔父さんの仕事って確か……刑事、だっけ?」
「うん……ジケンのソウサとか……。
いつも、こうだよ」
……あの叔父さんの様子から察するに、あまり良くない事件が起きたのだろうか?
それにしてもこんな夜分から仕事とは、刑事というのも大変である。
食器を片付けながら流れてくるニュースに耳を傾けていると、誰かの不倫騒動が取り沙汰されていた。
正直、こういうワイドショー的なネタにはトンと興味が湧かない。
菜々子ちゃんも詰まらないと思ったのか、直ぐにチャンネルを変えてしまった。
変えた先では妙に耳に馴染むジュネスのCMが流れている。
サビの部分でCMに合わせて菜々子ちゃんが口ずさむのが可愛らしい。
余程、ジュネスが好きなのだろう。
片付けを終えてお風呂が沸くまでの間、のんびりと菜々子ちゃんと話をする。
話をすると言っても、菜々子ちゃんの語る内容に相槌を打ったり時折質問したりするだけの聞き役に徹していたが。
お風呂が沸く頃には、菜々子ちゃんとの距離は大分縮まった。
まあ元々、会ったばかりの親戚に戸惑っていただけで、別に嫌われたり怖がられたりしていたのではなかったみたいだけど。
お風呂から上がってからも、菜々子ちゃんとは沢山話をした。
叔母さんが亡くなってからというものの、叔父さんは仕事で忙しいしで、家で誰かと沢山話すというのは久々だったのだろう。
話たい事が後から後から沸いてきている菜々子ちゃんの話を、微笑ましく思いながら聞き続けた。
その内に話し疲れてきたのか、菜々子ちゃんはウトウトと船を漕ぎ始める。
夢現状態の菜々子ちゃんを、菜々子ちゃんの部屋まで連れていき布団に寝かせると、あっという間に安らかな寝息が聞こえてきた。
「……お母……さ……ん……」
寝言なのだろうけれど、そう呟いた菜々子ちゃんの頬には涙の雫が光っている。
それを手で優しく拭ってから、安心させる様にそっと菜々子ちゃんの頭を撫でた。
「お休み、菜々子ちゃん。……良い夢を」
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……………………
………………
…………
……
気が付けばいつの間にか、自分の身体すら見失ってしまいそうな、何処までも深い霧の中に居た。
白く深い霧の中は、まるで眩しい光の中にでもいるかの様にも思えてくる。
そんな白の世界に、たった一人きりだ。
多分、夢だろう。
しかし、何故こんな霧の夢を見ているのかはよく分からない。
どうせ見るなら満漢全席を堪能する夢とかの方が良いのに。
ふと見下ろした足元は、レンガの様なタイルの様な……不思議な赤い素材で出来ていた。
赤い道は何処かに続いている様だけれど、あまりにも深い霧の中、その道の先は何も見えない。
この赤い道は水の上に浮かんでいるのだろうか。
道の外には水しかない。
水深は少なくとも腕の長さよりはあるみたいだ。
川……にしては水の流れを感じないので、湖や沼なのだろうか。
奇妙な場所だし、言葉にし難い違和感を感じるが、それでも不思議とあまり恐いとは思わなかった。
尤も、長居するのはご免被りたいが。
足元に注意を向けながら赤い道を辿って行くと、不意に深い霧の向こうに気配を感じた。
『【真実】が知りたいって……?』
何者かの声が、霧の向こうから響く様に聴こえてくる。
男のものなのか、或いは女のものなのかは分からない。
子供特有の甲高さはないから、ある程度は歳を取った人のものなのだろうけれど。
『それなら……捕まえてごらんよ……』
何故だか良く分からないが、この声の主を捕まえなくてはならないという思いに駆られた。
追う必要性も理由も、声が言っている【真実】とやらも……それに全く心当たり等は無いのだが……。
それでも、この声の主は逃してはならない。
胸の内で“何か”がそう急かしていた。
相変わらず霧の先は何も見えないが、胸に巣食う衝動のままに、声が聴こえた方向を見失わない内に駆け出す。
暫く走っていると、壁に行き当たった。
壁の向こうに何者かの気配を感じる。
恐らくは声の主だ、と己の直感がそう囁いた。
迂回路は見当たらない。
ならばいっそ体当たりで、と壁に手をつけると、不意にその壁はそもそも存在して居なかったかの如く消え失せる。
消え去った壁の向こうは、また一段と深い霧に覆われていた。
その中に躊躇わずに踏み込んでいく。
『追いかけてくるのは……君か……。
ふふふ……やってごらんよ……』
深い霧の中に誰かの人影は見えるが、何故かその位置はボヤけている。
それでも伸ばした左手の指先に何かが掠めた。
『へえ……この霧の中なのに多少は見える様だね……。
成る程……確かに……興味深い素養だ……。
でも……簡単には捕まえられないよ……。
求めているものが【真実】なら、尚更ね……』
更に踏み込んで人影に右手を伸ばす。
しかし確かに人影を捉えた筈なのに、そこには何も無く、指先はただ霧を掴んだだけだ。
いつの間にか有り得ない程深くなった霧が全てを覆い隠していく。
もう、人影はおろか自分の位置ですら捉えきれない。
そんな中、声だけが霧の中に響いている。
『誰だって、見たいものだけを、見たい様に見る……。
そして霧は何処までも深くなる……。
いつか……また会えるのかな……。
こことは……別の場所で……。
フフ、君に会えるその時を、楽しみに待ってるよ……』
全方位から響いてくる様な声を最後に、視界も意識も真白に塗り潰された。
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【2011/04/12】
目を開けると霧など何処にも無く、見慣れない天井が映った。
見慣れてはいないが知らない場所では無い。
今居るのは、昨日から自分に宛がわれた堂島家の一室である。
かつては物置として使っていたと見られる部屋は、ちゃんと掃除が行き届いていて、ソファや学習机、それと作業机等の家具が既に用意されていた。
敷き布団を片付けながら欠伸を噛み殺す。
……昨晩見た夢は、実に変な夢だった。
別に悪夢と言う訳でもなかったから魘されてはいなかっただろうけど。
まあ、気持ちの良い目覚めと言うにはちょっと違うだろう。
それでも窓を開けて早朝の空気を吸い込むと、気持ちいい位に目が覚めた。
あまり音を立てない様に階下に降りると、早朝だからかまだ菜々子ちゃんは起きてない様だ。
玄関に叔父さんの靴は無かったので、どうやら昨晩は結局帰ってこなかったらしい。
洗面所で顔を洗い、寝起きだった頭をスッキリとさせた。
何時もの様に、癖毛気味の髪質の為に若干寝癖のついた髪にブラシをかけ、後ろで一つにくくる。
さて簡単な身支度もすませたところで、朝御飯を作るとしよう。
和食の朝ごはんにしようかとも思ったが、どうやら堂島家の朝ごはんはトーストらしいので、いきなり了承もなく変えるのは流石に憚られる。
今朝は取り敢えずはパン食にしよう。
一斤5枚切りの市販の食パンには丹念にバターを塗り、しっかりと焼き目がつくまでこんがりと焼き上げた。
それだけでは寂しいので、冷蔵庫の隅に転がっていた市販のスパゲッティ用のミートソースでオムレツも作る。
美味しそうな匂いが漂ってきた辺りで菜々子ちゃんが起きてきた。
簡素な品ながらも、朝食に対する菜々子ちゃんの感想は上々だ。
美味しそうに食べてくれる事が、作った者としては一番嬉しい事である。
二人で朝ごはんをしっかりと食べてから、学校へと出掛けた。
◆◆◆◆◆
容姿設定についての要望がございましたので、大まかながらも。
・身長は本家男番長よりちょっと小さい(大体170後半)。
・髪は後ろで一つに束ねる程度にはある。
・髪や目の色はそこまでエキセントリックな色では無いと思います。
・顔立ちは男番長を女顔よりにして綺麗さ>可愛さな顔立ちでしょうか。
・胸は爆乳ではないです。
こんな所でしょうか?
悪くはない見目をしてるんだろうとは思いますが、物語に大して関係無いのであまり本編中で詳しく描写する事は無いかと思います。