「二人目の男性適合者が殺された」
その事は、世界中に衝撃を与えた。
この事件が世界中に広まって、さらに詳しく事件の詳細が分かった事によりさらに世界中に衝撃が走る事となる。
「彼はISに乗っていたのに死に至る致命傷を負って死んだ」
それはISの絶対安全性を覆す事であり、IS至上主義の女性達にとっては信じる事のできない事であった。
ISには「絶対防御」と言う搭乗者の命の危機に対して発動するあらゆる攻撃から身を守る機能が搭載されており、それによって搭乗者は現代兵器を上回る兵器を扱うIS同士の戦いでも命を落とす事無く戦う事が出来るのに、今回の事件でそんな思いは無くなってしまった。
「絶対防御」が発動しても死ぬ事がある。それはISと言う兵器に乗りながらも何処か命の危機に対して甘い考えを持っていたIS搭乗者達には想像もしないほどの衝撃だった。
だが、彼がもたらした出来事はこれだけではなかった。
ラウラ・ボーデヴィッヒ
ラウラが彼からもっとも大きな影響を受けた人物だろう。たとえ彼を殺す事となった事に様々な要因や、ISに秘密裏に搭載されていた違法なシステムのせいで意識やISの制御を奪われていたとしても彼を殺した事に変わりは無いのだから……
ラウラが彼を切り伏せた直後に生徒会長を含む専用機持ちで構成された突入部隊がラウラのISを止めに入った。暴走しているとは言え専用機持ち二人を相手にしてから複数の専用機持ちと戦う事はできなかったが、それでも暴走したラウラのISは突入部隊に対して数分の間戦ってみせた。そう、たった数分の間でも戦ってみせてしまったのだ。
実は彼はこの時、まだ助かる見込みがあった。切られた直後にすぐに傷を縫い合わせ、輸血をしていればまだ、命だけは助ける事ができた。だがこれはすぐに助けられた時の場合である。
彼が切られた場所は喉であり、一緒に動脈も切られたのである。そのせいで彼の体からは急速に血液が失われていきたった数分とは言え彼の体から致死量に至るだけの血液を流すには十分であった。
彼を助けに来た生徒会長である更識楯無が彼の所に着いた時、彼の顔は血の気が失せ明らかに手遅れの状態であったが、それでもわずかな可能性にかけて彼を救護室に運びIS学園内の生徒達から彼と同じ血液を持っている人物を探し輸血させたのが、楯無の奮闘も虚しく、彼は死んでしまった。
この事が楯無の心に影を落とす事となる。それは楯無がただの一般人ではなく「更識家」と言う対暗部用暗部という学園を裏から守ってきた組織の一員であると同時に、楯無が就任している期間の間に死人、それも世界で二人しかいない男性適合者の一人を死なせてしまったからである。心に出来た影は彼が残したある遺品によってさらに楯無の心を蝕む事となる。
突入部隊によってISを停止させられて意識の無いまま救護室に運ばれたラウラだが、意識を覚ました時にラウラに突きつけられた現実はラウラを絶望させるのに十分だった。
ラウラに突きつけられた物、それは専用機の完全解体、ドイツ軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の部隊解体、そしてドイツ軍からの除隊命令、さらにラウラ・ボーデヴィッヒの国外追放だった。その事に対して当然抗議したものの事態はラウラが思っていたよりはるかに厳しい物だった。
「二人しかいない男性適合者をドイツ軍人が切り殺した」
実際にはそれ以外の様々な要因が有ったのだが、世界中の国々は結果だけを指摘し、それに至るまでの過程の事には何も言わなかったのである。
更には、何所からか情報が漏れ、ラウラのISにあらゆる企業・国家での開発が禁止されている違法なシステム「VTシステム」が搭載されていた事が発覚しその事もドイツを追い詰める事の一つとなった。
これに対してドイツ軍はラウラがいた部隊が独自に動き国とは関係ない、と発表した。
つまり、ドイツはラウラのいた部隊に罪を被せて、切り捨てた、という事だった。
ドイツ軍人となるために生み出され、厳しい訓練を耐え抜き一度はどん底に落ちるも特殊部隊の隊長にまでのぼりつめ、ドイツ軍人である事に誇りを持っていたラウラにとって、ドイツから突きつけられた事はラウラの精神を蝕み、壊すには十分であった。
ラウラはこの事で精神が壊れ、一般生活を送る事さえ困難な状態となってしまい、残りの人生を一生病院で送る事となった。
今でも彼女は虚ろな表情で繰り返し呟く。「私は誇りあるドイツ軍人である」と……