病みつき物語   作:勠b

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夢見てた、世界は何時も過ぎたモノ


病みつきクール~文香編2~

気が付くと、見慣れたステージの舞台袖に居ました。

私のことを応援してくれるファン達が、今か今かと呼んでくれています。

嬉しい……けど、私が本当に欲しい声は━━━

泣きそうになる思いをこらえます。

……今泣いたら……駄目。

必死に思いを殺して……ステージを見ます。

嘆くとこは何時でもできる。

けど、このステージは何時でも出来ない。

そう、言い聞かせます。

 

そんな私に、声をかけて下さる方がいました。

 

「文香、緊張してる?」

 

声の主を見るまでもありません……その声は、私が望んでいた声ですから、間違いようがありません。

 

「プロデューサー!!」

 

私は思わず彼の胸に抱きつきます。

「よしよし」

優しく頭を撫でてくれると、彼の匂いと合間って落ち着きます。

あぁ、ずっと……ずっとこのままだったらいいのに。

 

「文香、初めての1人でのステージだから、緊張するのも分かるよ」

 

初めての1人でのステージ?

そんなことはありません。

私は、1人でのステージも何度も経験しています。

可笑しなプロデューサー。

「初めては皆緊張するんだからさ」

その言葉を聞くと、私は自分の衣装に気が付きます。

綺麗な青いドレス。

長いスカートや袖からは肌の露出が余りありません。

この衣装は、プロデューサーが私のために選んでくれた衣装。

少し緩めで、動きやすくて……私の私服を見て選んでくれたと話してくれていました。

そっか、そうだ。

私、今から1人でステージに立つんだ。

……緊張するな。

 

「ステージに立ったら、お前は1人になるけど、俺はここで見てるからね」

優しい言葉に顔が熱くなってきます。

あぁ、緊張する。

「だから、安心して」

安心……出来ます。

貴方が傍にいてくれる。

見守ってくれる。

それだけで、安心できます。

「文香、一緒に頑張ろう」

はい、頑張りましょう。

「私と……一緒に頑張ってくれますか?」

「当たり前だろ、約束したから」

「……嬉しい」

彼の裏表を感じない笑みを見ると、どんな言葉も信じてしまいそう。

いえ、信じてます。

「見てて下さいね」

「ああ」

「ずっと……ですよ?」

「わかってる」

「トップアイドルに……なってからも」

「傍にいるよ」

「……うん」

ゆっくりと彼から離れます。

名残惜しいけど、仕方が無いてす。

甘えるのは何時でもできますから。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

仲良くやり取りをして、彼が手を振って見送ってくれました。

それを見ると、彼の元に戻りなくなる。

……でも、私はアイドルだから。

彼の、プロデューサーの、アイドルだから。

役目を……果たさないと。

ステージに立ち、ファン達を見ます。

広いステージに建つのは、私1人。

広大な席を埋めるファン達が、私1人を見てくれる。

暗い舞台袖で、彼は真剣な眼差しで見てくれる。

見ていて下さい……プロデューサー。

 

聞き慣れた音楽が流れてきます。

この歌も、一生懸命に練習しました。

プロデューサーとの思い出の歌。

歌に会わせ、踊っていきます。

苦手なダンスも、プロデューサーに励まされながら練習してきました。

緊張で震える手足も、身に染みたダンスとなれば間違いなく動いてくれます。

私は、悪い子です。

一生懸命やってても、貴方の事で頭が一杯。

それだけしか、考えられない。

何かをする度に、彼をみます。

見守ってくれている。

傍にいてくれる。

それだけで……いい。

幸せ。

 

曲が終盤に入る。

さっきまでいたプロデューサーが、いない。

なんで、なんでですか……!?

傍に……居てくれるって……!!

見守って……くれるって……

一緒に……頑張って……

……言って、くれたのに……!?

やだ

今すぐ彼の元に帰りたい。

いやです

身体が思う通りに動いてくれません。

なんで、なんで、なんで

涙が頬を伝うのを感じる。

いやです、いやです、いやです、いやだ、いやだ、いやだ

でも、綺麗に笑えてるのを感じます

なんで、いやなのに

身体は、私の知ってるステップを踏んでいきます。

おねがい、いま、いかないと……もう━━━

叫びたい、彼の名前を……でも、口から放たれるのは練習してきた思い出の曲。

いま、おわないと……もうあえなくなるの。

だから、お願い。

プロデューサーの元に行かせて!!

 

声にでない叫びをする。

同時に、音楽は止まる。

始まるのは、ファン達の歓声。

嬉しい。

けど、違う。

今、一番私が聞きたい声は、この中にない。

ファン達が、少しずつ消える。

私はそこで、やっと体の自由を取り戻す。

「プロデューサー……どこです?」

舞台袖には、いない。

「プロデューサー……私、頑張りましたよ?」

ファン達が消える。

気が付いたら、誰もいないステージで、私は1人。

1人ぼっち。

やです……寂しいです。

膝から崩れ落ちてしまう。

身体に力が入らない。

涙を止める力も、入らない。

大粒の涙が、衣装にかかる。

駄目……これは、プロデューサーが……私のために選んでくれた……衣装なのに……汚しちゃ駄目。

溢れる涙が止まらない。

俯いた顔があがらない。

何で、どうして?

プロデューサー……助けて。

 

目の前に、手が現れます。

少し安そうならスーツに身をこなした腕は、大好きな彼の腕。

私は、精一杯の力で彼の腕をつかむ。

「プロデューサー……なんで?

 ずっと……ずっと傍にいてくれるって……

 そう、言って……くれたのに……

 なんで……なんで……なんで……?

 なんで……苦しいときに……いてくれないんですか?」

声が上手くでません。

喉が痛い。

一文字一言を話す度に、激痛が走る。

「プロデューサー……?」

私は縋るように彼の顔を見る。

困惑したような、でも、どこか決意を固めたような……。

私の見たくない……嫌いな顔。

「……文香」

やめて……下さい。

そんな……辛そうな声で

私の名前……呼ばないで……

「……じゃあね」

その言葉と共に、私の腕は払われます。

なんで……そんなひどいことするんですか?

私の知ってるプロデューサーは……そんなことしないのに

そんなこと……言いませんよ

「プロデューサー……」

彼に払われた腕が、力無く背中を追う。

その力に抗えず、私は前のめりに倒れてしまいます。

ゆっくりと倒れたから、痛くはないです。

だけど、痛い。

心が、痛い。

胸が、痛い。

なんで、こんなに苦しいの?

締め付けられるような痛さ。

…………なんで?

伸ばした手は、何も掴めずに空を握ります。

 

━━━プロデューサー

━━━この痛さも、プロデューサーからくれたもの?

━━━プロデューサー

 

 

 

 

 

━━━━━━

「ッ!?」

慌てて身体を起こします。

寝ていただけなのに、身体が重い。

呼吸が荒い。

息が荒い。

……また、悪夢。

時間を見ると、また日が昇って間もないような時間。

今日も早起きです。

そんな嫌みを自分にぶつけて、身体を起こします。

今日も嫌な汗をかきました……プロデューサーのせいですよ?

私は何時も通り寝起きのシャワーを浴びることにしました。

 

心地よく暖かいシャワーを浴びながら、私は悪夢のことを思い返します。

プロデューサーがそばを離れてから……毎日見ています。

あの悪夢は、心地よくもありますが嫌いです

でも、あの夢でしかプロデューサーに会えません。

私とプロデューサーを繋ぐ……唯一の出会いの場。

ですが、せっかくの夢なのですからもっと綺麗にしてほしいとも思います。

最後はプロデューサーが私を迎えに来てくれる……そんな夢にして欲しい。

ですが、それは夢にしたくない。

現実にしたいから。

せっかくの繋がりも出来たんですから。

今直ぐにでも電話をしましょう。

そう思うが吉日。

私はシャワーから上がりました。

 

 

部屋に帰ってすることは、決まっています。

携帯を手にとってプロデューサーへと電話をします。

電源を切られているのか、直ぐに機会音声が流れてきます。

もう、昨日から何千回とやっていました。 

ですが、繋がりません。

……プロデューサー?

首を傾げながら、また電話をするも結果は変わりません。

……やっぱり、駄目なんですか?

私は諦めようとしましたが、次ならばその次なら……という思いからまた電話をかけます。

もちろん、結果は変わりません。

時間を見ると電話を初めてから3時間がたっていました。

次ならでてくれますよね?

そう思いながら電話をしようとすると、突然携帯が鳴り始めます。

そこには、見知った人の名前がかかれていました。

……プロデューサーじゃない。

嘆きたい気持ちを抑えて電話にでると、凛々しい声が聞こえてきました。

 

「文香、おはよう」

モーニングコールをしてくれたのは、同じユニットのあいさんです。

「おはようございます」

「謹慎初日だが……少しは落ち着いたかい?」

謹慎初日。

それは私が昨日やったことによる処置です。

「私は……落ち着いてますよ」

「そうか」

くくくっと喉を鳴らしながらの返答に少し疑問を覚えます。

あいさんは最近元気です。

……まるで、プロデューサーといたころみたいな。

「まぁ、引退をどうするかは謹慎が終わったら話すとしよう」

「……はい」

私はまだアイドルを辞めれていません。

社長は有無を言わさずに謹慎処分を言い渡され、それが終わってから話し合うとの命令でした。

「それだけだ、じゃあね」

一方的に電話を切られてしまいます。

私を心配してくれたんでしょうか?

……それとも、私は元気ですとでも言いたいんでしょうか?

思わず携帯を睨んでしまいます。

……止めましょう。

携帯をテーブルにおいて、深呼吸をします。

プロデューサー、私は……アイドルを続けてたら会いに来てくれるんですか?

それとも、アイドルを辞めて……私から会いに行きましょうか?

疑問を抱きながら私は悩みに明け暮れます。

 

 

 

 

━━━━━━

昼間は叔父の手伝いです。

今日は本の整理をしています。

本に囲まれる生活は好きでした。

……今は、あんまりです。

最近は本を読んでいても中身が頭にはいません。

プロデューサーの隣で読まないと、全て身にはいりません。

どれだけ読んでも、読んでいるような感じがいないからです。

ふと、目に入った一冊の本を取り出します。

誰でも知っているような絵本です。

お姫様を探す白馬の王子の物語。

表紙を軽くなぞると、視界が霞み始めました。

恋愛ものの本は、最近ずっと読んでいます。

読んでは読んでは、私と彼に人物を置き換えます。

そんな妄想をして、隣を見ても誰もいない。

それが、寂しくて……辛くて。

私の王子様、貴方は何時私を迎えに来てくれるんですか?

……やっぱり、王子様を探さないと……

そう思っていた時でした。

 

「文香、会いに来たよ」

 

聞きたかった声が、傍で聞こえた。

幻想だと思った。

声のした方を見ると、入り口で彼が立っていた。

優しい笑顔で、頬を掻きながら。

「プロ……デューサー……?」

霞んだ瞳では周りの景色がよく捉えれません。

それでも、彼の━━━

━━━王子様の顔だけは、はっきりと見えます。

 

「プロデューサー!!」

思わずプロデューサーに抱きついてしまう。

彼の肌を体温を感じれる。

この日をどれだけ待ち望んでいたんだろうか。

 

「……文香」

 

優しく撫でてくれる愛しの彼を離さないように、全力で抱き締めます。

━━━何時までも、傍にいて下さい。

その思いを胸にしながら。

今は、その言葉を伝えるよりも止まらない涙を彼の胸にぶつけることが先決です。

……寂しくさせた、罰ですよ?

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

入り口だと目立つから、という彼の言葉を聞き入れて私の部屋へと招きました。

少し恥ずかしいです。

彼を部屋まで招いたのは初めてですから。

お部屋の掃除は昨日やりました。

女の子らしい部屋……ではないです。

ベッドに勉強机、小さなテーブルとソファー。

そして、部屋を包み込むように本棚を幾つか置いて隙間なく本を入れてある。

これが私の部屋。

プロデューサーは女の子らしい部屋の方が好きですかね?

……でも、プロデューサーならきっとこの部屋も気に入ってくれますよね?

そう思うものの、そわそわとしてしまう。

落ち着かないです。

 

彼はソファーに座ってもらって、私はその隣に小さくなって座ります。

今日は幸せすぎて怖いです。

まさか、プロデューサーがきてくれるだなんて……。

1人で慌てているとそんな私を面白そうなものを見るように見てきました。

……恥ずかしい。

ですが、時間はないと思います。

彼はスーツを着ています。

それは、今日は仕事と言うことの現れ。

貴重な時間を無駄にはできません。

 

「プロデューサー……今日は来てもらって……ありがとうございます」

「俺こそ、連絡せずに来てごめんね」

 

軽く頭を下げられたので、止めてもらいます。

むしろ、頭を下げたいのは私の方です。

「でも、お仕事……なんですよね、今日?」

「いや、今日は有給をとったんだ。ただ、やりたいことがあるから事務所に行くからスーツを始めとする着てるの」

間際らしかったねっと一声付け加えてる。

「その、文香に話したいことがあったから」

「……話したい……ことですか?」

「うん」

顔を伏せると少し困った顔をされる。

話したくないことなのか、それとも……。

なら、先ずは本題よりも他の話をしましょう。

本題を話されて帰られるのは嫌ですから。

 

「その、プロデューサー……今は他の……アイドル事務所にいるんですよね?」

「うん、いるよ」

「やっぱり、プロデューサーなんですか?」

「……この仕事好きだからね」

「そうですか」

少し安心しました。

やっぱり、プロデューサーはプロデューサーなんだって。

「文香は……アイドル続けるの?」

「……」

思わず考えてしまいます。

王子様にはあえました。

でも、今日だけかもしれません。

出来れば、ずっと傍にいたいです。

……だから、意地悪をしてみます。

「プロデューサーの傍にいられるなら、続けます」

「……声を聞けたら、会えたら、続けるんじゃなかったの?」

私のことを少し睨むような強い視線を向けます。

そんな目で見られると、傷つきますが……我が儘を言っているのは私ですから、仕方がないですね。

「そう思ってましたが、プロデューサー……貴方の事では……妥協できません」

妥協……できませんよ。

愛しい貴方の事で、したくない。

「……そっか」

「はい」

少しため息を漏らすと、静かな時間が場を流れます。

それを破ったのは、プロデューサーでした。

私の顔を真剣な眼差しで見る。

その眼差しを受けるのは二回目。

初めは、私をスカウトしてくれた時。

「文香……俺の事務所に来ないか?」

「━━━えっ?」

 

それは、驚きの言葉。

引き抜きに会うなんてなかったから。

だから、返事が出来ない。

 

「その、事務所の社長と話してたんだ。

 お前が謹慎処分を受けて、それが終わったら引退の有無を決めるって聞いたときにさ。

 社長がお前を俺がいる事務所に迎え入れて……1から、いや、マイナスになるかもしらないけど、始めからアイドルとして育てたいって」

「……プロデューサーが……プロデュースしてくれるんですか?」

口から出たのは彼のこと。

それだけしか、口からでない。

「……いや、俺は今他のアイドルを担当してるから」

「その人とユニットを組んだら……プロデューサーがプロデュースして……くれるんですか?」

「その予定はないよ」

「……どうやっても、プロデューサーは……傍にいてくれ……ないんですか?」

「いや、俺は文香の事をよく知ってるからさ、担当にはなれないけどサブみたいな感じで傍にいるようにするよ」

「……本当?」

「ああ」

「嘘は……もう……嫌ですよ?」

「一番傍にはいない、けど、必ず傍にいるから」

「……はい」

一番傍には居てくれない……。

それは、嫌。

でも、傍にはいてくれる……。

だったら……

 

「プロデューサー」

 

私は自分でも驚くような甘い声を出して彼を呼ぶ。

そんな声に驚いたのか、少し目を見開いていた。

私はゆっくりと体を彼に預ける。

昔はよくこうやってくれた。

ずっと夢見てた。

彼の匂いに包み込まれながら、本を読むことに。

それが、またできるかもしれない。

 

「でも、今の事務所は……反対するんじゃ……?」

「たぶんね、だから文香からもお願いしてもらうかもしれない」

「……私は、いいですよ」

 

そう、彼の傍でまた仕事ができるなら。

でも、気にくわないこともある。

目にはいるのは、スーツについた銀色の毛。

それに、スーツからは他の女の臭いがします。

……いやだな。

そう思うと、両手に力が入る。

やり場のない手を、彼に回す。

 

「……条件とか……あるんですか?」

「あるよ」

 

彼は鞄から書類を取り出す。

彼の肩越しにその書類を見ていく。

契約書には、少し難しいことが書かれていたが、最後の方に気になるものがあった。

 

「この、過度なスキンシップ禁止と……プロデューサーに迷惑行為禁止って……?」

「ああ、本当の契約書にはないんだけど、これを守って欲しいんだ」

両方とも、身に覚えがありません。

「過度なスキンシップは、こうやって抱きつくこと。迷惑行為は……電話は1日3回まで、とか?」

「……」

思わずむっとしてしまいます。

両方とも、正直守れる気がしません。

「まぁ、事務所内なら抱きついても……いいかな?電話とメールはこれでやるから」

彼はそういうと、鞄から身に覚えのない携帯を取り出しました。

「これ、昨日文香に電話した携帯だよ。俺が急がしい時とかは電源を切ってるからね。繋がるときは何時でも連絡してもいい……ってことに初めはしとくよ」

……考えます。

事務所内でしか抱きつけない。

……で、でも抱きつくのも恥ずかしいです。

正直、今だって余り会えないと思ってるから出来てます。

電話は……。

繋がるときは出てくれるなら、いい。

……今は、いい。

 

「わかりました」

 

私は、彼に返事をする。

それを聞いて、少し落胆した顔を見せたのは正直嫌です。

ですが……今はいいですよ。

……今だけですからね。

今は、離れてた時間を取り戻しましょう。

 

「プロデューサー、その……スーツに髪の毛ついてます」

「えっ?ああ、ごめん」

銀色の髪の毛を取って彼に見せる。

それを見て少し目をさらされたを私はしっかりとみました。

「これ、誰の……ですか?」

「今担当してるアイドルの子かな?アーニャって言うんだ」

「……そう……ですか」

この臭いもアーニャって人のでしょうか?

……私から、奪った人。

 

「プロデューサー」

 

愛しく彼を呼んで、身体を押しつけていきます。

私が好きなのは、私のことを見てくれる貴方です。

他の女に目がいく貴方は嫌いですよ。

本当なら、これからもずっと私の傍にいて欲しい。

 

「プロデューサーは、私の傍に……いてくれますか?」

 

私の望み。

貴方さえ傍にいてくれたら、それでいい。

だから、だから。

もう、離れないで……。

お願いですから。

 

「……俺は、文香の一番のファンだから」

 

優しく頭を撫でられると恥ずかしさと幸福感で頭が一杯になります。

私の位置のファン。

そうですね、貴方は私のファンでしたよね。

……私だけのファンで、いてくれますよね?

なら、この匂いはなんですか?

なんで、私以外の人の匂いがするんですか?

……わかりません。

 

「スーツは一着しかないんですか?」

「……一着はもう使えないからさ」

「……そうですね」

悲しそうな顔をしないで下さい。

もう、彼女はいないんですから。

「プロデューサー、まだ……時間ありますか?」

「……?あるよ」

「それでしたら」

私はゆっくりと立ち上がって彼の手を掴みます。

「スーツ、買いに行きましょう」

「えっ?でも……」

「お金なら……出しますよ?」

「いや、文香だってトップアイドルなんだからさ、誰かに見られたら嫌でしょ?」

「変装します……それで、ばれません」

私は机に置いてあったサングラスと帽子をつける。

「ふふふっ、プロデューサーが教えてくれた……変装のしかた」

「……大丈夫?」

「はい、バレたこと……ないですから」

髪型も変えますから、大丈夫。

そう付け加えると、彼はため息をついて立ち上がる。

「行こうか」

その言葉に、私は喜んで返事をした。

 

そんな汚れたスーツなんてプロデューサーにはにあいません。

プロデューサーには、他の女の匂いがするような……私を不安にさせるようなもの、いりませんもんね。

プロデューサーに贈り物……。

そう思うと、机の引き出しに目がいってしまいます。

そういえば、私から贈り物をするの二回目だ。

……また、喜んでくれますよね。

 

彼を先に外に出させて、引き出しから小物入れを取り出します。

中に入ってるのは私の宝物。

小物入れに入っているのは、バラバラになった手紙。

ファンレター……です。

私が最初に貰ったファンレター。

最初の……ファン。

大切な……ファン。

乱暴に破られた紙は、所々文字が滲んでいます。

悔しくて、寂しくて、辛くて……。

様々な思いが身を裂いたあの日。

今も私は悲しいです。

……プロデューサー。

私を悲しくさせたぶん……償いをしてください。

……約束、ですよ。

 

 

 

 

━━━━━━

後日談、と言うわけではなくその日の話です。

 

私は彼女に会いに行っています。

ふふふっ、プロデューサーさんもうすぐですよ。

もう直ぐ会える顔を思い浮かべると……恥ずかしいけど、笑顔がとまりません。

プロデューサーさん……私はここにいますよ。

そう思いながら、彼女の楽屋を空けます。

綺麗な白い肌。

可愛らしい銀色の髪。

プロデューサーさん……こういうの好き……なんですか?

少しあなたの趣味に疑問を覚えますよ?

 

彼女が可愛らしく挨拶をしてくれたから、お返しします。

なるべく良い印象を……。

そう胸にして。

 

「その……良かったらだけど、お話し……しません?」

 

私が聞くと、少し悩んだけど了承してくれました。

「それじゃ、後でね。アーニャさん」

「はい、三船さん、よろしくお願い、します」

 

彼女に手を振って楽屋を出ます。

元気にしてますか?

私は元気です。

ふと、左手に付けた腕時計を見ます。

なるべく外したくないけど、ライブとなると外さないといけません。

寂しいです。

腕時計にキスをして、微笑みます。

まるで、あなたとキスをしてる……みたいですね。

 

ねぇ、プロデューサーさん。

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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