病みつき物語   作:勠b

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話を思いついたので、少しの間この話をを続けていきたいと思います。

捨てきれない、思いも積もれば崩れゆく


病みつきクール~ちひろ編~

私の朝は少し早いです。

正しく言えば、早くなりました。

本当ならまだ少し寝れますが、それを許さないように目覚まし時計が鳴り響きます。

時計を止めて、ベッドから起き上がり身体を伸ばしながら欠伸をします。

さぁ、今日も頑張りましょう。

私は今から会う彼の顔を思い浮かべながら起床の支度をしていきます。

 

 

 

━━━━━━

通い慣れた道を進み、明かりがついてない事務所の扉を前にして、手鏡で自分の顔を見ます。

化粧は変じゃないか。

髪は整っているのか。

身だしなみは大丈夫か……

この好きな人に会うための準備は何時まで経っても慣れなくて、楽しいです。

何回も確認をしてから、深呼吸をして扉を開けます。

 

「おはようございます」

「おはようございます」

 

静かな事務所に1人で佇む彼が、私だけのために挨拶をしてくれます。

この時が私の楽しみで、私の幸せで。

私の1日の始まりです。

 

彼の隣のデスクに座って、様子を眺めます。

また飽きずにロシア語の勉強をしているらしいです。

そんなに大変なら、担当アイドルを変えればいいのに。

というか、変えて欲しい。

彼の担当アイドル……アーニャさんの顔を思い出すと、胸の内が不穏になります。

あぁ、早く変えられないかな。

 

「もぅ、ちゃんと休んでますか?」

「休んでますよ」

 

苦笑いを浮かべる彼の顔つきは、確かに以前に比べれば元気だ。

でも、その元気も何時なくなるか分からない。

だから、私がしっかりと見守らないと。

 

「ならいいですけど……これ、どうぞ」

「いつもすいません」

 

スタミナドリンクを彼のデスクに置くと、ゆっくりの飲んでくれた。

あぁもう、栄養ドリンクに頼らないといけないなら勉強なんてしないで規則正しい生活をしてくれた方が見ている方も安心なのに。

 

「ちひろさんは今日も早いですね」

「私よりも早く来る人が言っても嫌みにしか聞こえません」

「嫌みじゃなくて、本心ですってば」

 

これが私の楽しみだ。

彼とのたわいもない雑談。

これが出来ることに関してはアーニャさんにも感謝しないと。

でも、今日の楽しみはまだあります。

 

「約束、覚えてますか?」

「飲みですよね、楽しみにしてますよ」

「そうですか、あっ、お店は何時もの所ですからね」

「了解です」

 

そう、今日は約束の飲みの日だ。

月に1回あるかないかの彼との休息。

ふふふっ、今日は楽しみです。

 

「あっ、そうだ。今日の仕事なんですけど……」

 

彼の勉強をやんわりと邪魔しつつ私のことで夢中にさせます。

私の事と言っても仕事のことですけど……。

でも、彼と話せればそれで良い。

今を楽しみつつ、これをどう継続させるかで頭の中を一杯にさせながら幸せな笑みをこぼしてしまいます。

上手く行くといいなー。

なんて思いながら、彼との今後を考えていきます。

 

 

 

━━━━━━

お仕事が始まってから早くも数時間。

隣の席の主が離れてから酷く退屈です。

それでも仕事は仕事。

しっかりとこなしていきます。

寂しさを感じながら仕事をこなしていると、事務所の扉が開きます。

 

「帰ってきたよ」

「おかえりなさい、社長」

 

私達の上司でありまとめ役でもある社長が営業から戻ってきました。

ハンカチで汗を拭きながらクタクタのスーツでソファーに座るとネクタイを緩める。

私はそんな社長に冷たい麦茶をお出しすると「気が利くね」と喜んでいただけました。

「いやー、久々に営業なんてやったから疲れたよ」

「最近彼もアーニャさんに付きっきりで営業いけてませんでしたもんね」

「そろそろ新しい人を雇わないといけないね」

「そうですね」

彼とアーニャさんの名前を出したからか、社長の目の色が変わる。

麦茶を一口口に含むと、真剣な眼差しで私を見つめています。

 

「それで、先日の話なんだが……彼とアーニャ君が親しくなりつつあるというのは本当かい?」

「はい」

嘘であることを期待していたのか、悲しそうな眼差しで麦茶に写る自分を見る。

残念ですけど、事実ですからしょうがないですよね。

「ですから、彼の担当アイドルを変えた方がいいと思うんですけど」

「だが、アーニャ君はまだデビューしてまもない。彼のような優秀な人物のサポートがいる」

「私もそう思いますが、スキャンダルになってからでは……」

「そうだね、考えておくとしよう」

 

軽くため息を吐くとふと周りの様子を見られます。

真新しい壁に囲まれた部屋に置かれたのは、どれも最近仕入れた新品当然の物々だ。

 

「まだ新しい事務所だが、問題は山積みだね」

「そうですね」

「彼も実力は申し分ないんだが……」

「以前の職場でも様々なアイドルをプロデュースされてましたもんね」

「……全く、彼はどうしてこう人に愛されるんだ」

「そこがいいところじゃないですか」

そこが良いところで、駄目なところ。

彼が人に好かれるせいで、私は何時も安心できない。

今だって、何か問題が起きてないか不安で胸がはちきれそうだ。

出来ることなら、彼の傍に駆け寄りたいけど、出来ないことが歯がゆい。

今は今のことよりも、今後の事だ。

 

「わかった、その件に関しては考えておこう」

数秒間じっくりと考えて出てきた答えは私の望むものだった。

 

よかった、これで悩みの種がまた消えました。

私は嬉しくて、満面の笑みを浮かべてしまいました。

 

「話は変えるが、彼女達に会ってきたよ」

「彼女達……?」

誰だったかしら?

頭に浮かぶのは、彼のことばかりで特に思い来つきません。

 

「彼が担当してたアイドルユニット達だよ」

「……あぁ、何か言われてました?」

「散々だったよ」

苦笑を浮かべると麦茶を軽く口に含められる。

空になったコップに新しい麦茶を淹れると、「すまないね」と一声置きテーブルに戻す。

 

「どうやら、まだ私のことを恨んでるようだよ泥棒と言われてしまった」

「それはまた……」

まだそんな事を言う人がいるなんて、驚きです。

どうやら、悩みの種はまだまだ尽きそうにありません。

「彼が来てくれたのは彼の意志だというのに、困ったものだ」

「彼女達が勝手に思ってるだけなんですから、気にしなくても良いですよ」

「ちひろ君もそう思うだろ?いやー、だが、嫌な思いをしたかわりにいい仕事を貰ってきたんだ」

「本当ですか!?」

社長と仕事の話をしながら、私はアイドル達にどう振り分けるかメモしていきます。

プロデューサーさんも頑張ってるんだから、私も頑張りましょう。

 

 

 

 

━━━━━━

仕事を終えると、パソコンから離れて体を軽く伸ばす。

さぁ、楽しみの時間です。

携帯から先程来たメールを見ると、どうやら彼はアーニャさんを送ってから行くから遅れるかもしれないとのことです。

わかりました、事故がないように気をつけて下さいねっとメールを送ってから身支度を整えます。

 

「お疲れさまでした」

事務所内にいる人たちに挨拶をしてから、私は出て行きます。

今日はどんなお話をしましょうか。

そうだ、面白い話を聞きましたし、それについて言ったら困った顔をしてくれますかね?

楽しみです。

楽しみを前にして高まる気分を抑えきれず、鼻歌を歌いながらゆっくりと道中を歩いていきます。

といっても、待ち合わせ場所は歩いて数分の小さな居酒屋です。

お店の前で鼻歌を続けながらゆっくりと携帯を取り出すと、彼からのメールが来ていました。

もうすぐ着きます。

どうやら、楽しみは目前のようです。

押し殺せない笑みを感じながら、鼻歌は絶好調です。

あぁ、早く来ないかな。

そう思っていると、愛しい声が耳に入ります。

 

「ごめんなさい、遅れました」

 

駆け足で来ると、少し汗をかきながら私に頭を下げてくれる誠実な彼が来てくれました。

もう、ゆっくり来てくれてもよかったのに。

ハンカチを取り出して、彼の汗を拭いていくと慌てて距離をとられてしまいます。

「もぅ、女性を待たせるのはいけませんよ」

「はははっ、すいません」

苦笑いを浮かべでポケットからハンカチを取り出したのでその手を掴んで、顔を近づけます。

困った顔で目線を泳がす顔も、大好きですよ。

「罰です」

「罰って……」

「身嗜みはしっかりとして下さいね」

ゆっくりと優しく彼の顔を拭いていくと、諦めたのかため息を吐いてなすがままにされています。

あぁ、そんな困った顔をしないで下さい。

それでも、そんな顔も大好きです。

愛しい顔を拭き終えると、彼から一本調子離れます。

 

「そ、それじゃ、行きましょうか」

頬を少し赤く染めている顔を見ると、私もこうなのかな?って思って恥ずかしくなる。

でも、私の顔ももっと見て欲しいからいいかな。

店内に逃げるように入った彼の後をゆっくりと付いていきます。

この幸せを長続きさせないとな。 

 

 

 

 

━━━━━━

居酒屋でビールを飲みながら、たわいもない雑談をします。

会話中所々アイドルの話をされましたが、仕事熱心ということで許して上げます。

ですが、アーニャさんの話は許しません。

……そう思ってましたが、彼は頑なにアーニャさんの話をしませんでした。

この間の事を気にされてるのか、気を使っているのか……。

それとも、話す事なんてないのか。

私としては後者の方がいいですが、多分無いですね。

彼はアイドルと親身になって接しますから、きっとアーニャさんにも何かしらの思いがあります。

恋愛ではないですけど、その思いが何なのか……。

これも確かめないと。

そう思ってると、店員さんからラストオーダーと伝えられました。

時計を見ると、もうすぐ針が真上を刺しそうです。

 

「お開きにしましょうか」

酔っているのか顔を赤くする彼は席を立ってしまいます。

まだまだですよ、プロデューサーさん。

「プロデューサーさん、私まだ飲み足りないです」

「そうは言っても……」

「ふふふっ、たまには宅飲みしましょうよ」

「宅飲みって……」

「私もプロデューサーさんも明日はお休みなんですから堅いこと無し」

「……本当に、身勝手なんですから」

諦めたのかため息を吐くと困った顔を浮かべます。

「まぁ、たまにはいいですけど」

「プロデューサーさんは本当に優しいですね」

その優しさが大好きです。

私も名残惜しい席を立って、彼の隣で歩いていきます。

相当酔っているのか、少し足取りが心許ないです。

ですから、私は彼の腕に抱きつきます。

 

「ちっ、ちひろさん!?」

「いいじゃないですが、たまには」

「……そんなに酔ってるなら、帰りましょうよ」

「プロデューサーさんの家で休んだら帰りますよ?」

「……本当に、何処にいても変わりませんね」

「プロデューサーさんだって、変わらないじゃないですか」

 

やばい。

体が熱い。

彼の傍に私だけ。

しかも、こんなにも近くにいる。

これだけで幸せでどうにかなりそうなのに。

心臓から荒い鼓動を感じる。

でも、平然としていましょう。

今はまだ、慌てなくても良いから。

 

二人仲良く店内を出ていき、道中をこのまま歩いていきます。

熱い体に冷たい夜風を受けると何ともいえない心地よさを感じるけど、熱さは一向に消えません。

それどころか、一歩一歩目的地に近づく度に熱さが増すようにすら思える。

彼も同じなのか、無口のまま私の顔を見ずに真っ直ぐ先を見つめています。

このまま私に無関心なのもつまらないし、軽くお話でもしましょう。

 

「プロデューサーさんの家に行くの久し振りですね」

「そういえばそうですね」

 

プロデューサーさんの家に行くのは何時ぶりかしら?

最近は全く行ってなかったし……。

そうだ。

 

「プロデューサーさんのお引っ越しを手伝ったのが最後でしたっけ?」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

「ってことは、一年ぶり?」

「前は結構来てましたね」

「そうですねー」

クスクスと笑ってしまう。

そっか、一年間は何もなかったっけ。

思わず安堵感が胸に押し寄せる。

でも、それももう終わりかな。

軽くため息を吐いてしまう。

 

私が彼の家に行くようになったなのは大分前からだ。

それから飲みの度にお邪魔してたけど、最近はご無沙汰だ。

思えば、きっかけは何でしたっけ?

当たり前だと思ってたから忘れていました。

……そうだ。

彼が好きになってから大分後……。

あの子達がプロデューサーさんに近づいてからだ。

思わず手に力を入れてしまう。

抱きついている腕の強い存在感に安堵する。

なのにもう、なーんで邪魔するのかな。

アーニャさんには困ったものです。

 

「……ちひろさん」

「どうかしました?」

 

頭の中で一杯になった悩みが一声で吹き飛んでクリアになります。

「その、腕が痛いんですけど」

「ふふふっ、酔ってるからわかりません」

「……」

照れてるのか目線を私に合わそうとしてくれません。

寂しいなー。

寂しいです、プロデューサーさん。

 

「プロデューサーさんは、今は幸せですか?」

 

何も考えずに口から言葉が出てしまう。

いや、考えてた。

ずっと。

でも、分かってたから聞かなかっただけ。

「……幸せですよ」

「転職して、前のアイドル達にあえなくても?」

私は歩みを止めます。

理由は簡単です。

隣の彼が止まったから。

後悔からか伏せた顔は、見上げる私にはよく見えました。

今にでも泣きそうな、辛い顔。

そんな顔も大好きですよ。

 

「……ちひろさんは、何で俺は今の事務所に誘ってくれたんですか?」

「ふふふっ、前も言ったじゃないですか」

泣き出しそうな瞳に写る私の顔。

「プロデューサーさん、あなたを助けたいからですよ」

あなたの瞳にずっと写っていたいからですよ。

 

 

 

 

━━━━━━

彼との歩みを再会してから、辛い話は避けて雑談をしていきます。

雑談しつつ、私の頭の中では彼との思い出を確認していきます。

 

彼と出会ったのは、職場だった。

新しいプロデューサーとして入った彼を初めは何とも思ってませんでした。

大手プロダクションでもあった当時の職場にプロデューサーとして入ってくる人は珍しくなかったですから。

でも、少しずつ仲良くなっていきました。

初めはたわいもない雑談しかしなかった。

次第に独り立ちして、アイドルと過ごす時間が多くなっていきました。

少しだけ、寂しかったけど嬉しかった。

この頃から、2人で飲む事がありました。

主に私が誘ってましたけど。

それから、数年が経つと、自ずと目線が彼の方にいっていました。

毎日を頑張ってる彼を応援したかった。

━━━でも、今思えばこの頃には好きだったのかもしれない。

 

この思いに気づいたのは、彼がアイドルユニットをプロデュースし始めてから少ししてからのこと。

アイドル達が彼に過度なスキンシップをしてるのを見て。

嫌だった。

だから、飲みに誘って……。

そうだ、その時プロデューサーさんが泣き始めて━━━

だから、彼の家まで一緒に行ったんだ。

その時に、守ってあげたいって思って……。

彼の家で、アイドル達の話を聞いてそう思うようになった。

それから、よく飲みに行くようになったんだ。

彼の家に行くようになったんだ。

そういえば、何時も家で泣いてたっけなー。

子供っぽくて大好きです。

 

そんな日が長く続いてから、今の社長に引き抜きにあって━━━

そこで、彼も誘ったんだ。

渋る彼を安心させて。

……あぁ、やっぱり最初から最後まで私がいないと駄目なんだから。

もぅ、プロデューサーさん。

 

 

 

 

━━━━━━

歩いてから数十分。

私達は大きめのマンションに着いた。

そのマンションの一室が彼の家。

「ちらかってますけど」

なーんて事を言う割には部屋は綺麗に掃除されていた。

私が来ると思って掃除してたのかな?

なんて思うと笑顔がこぼれる。

 

案内されたテーブルに座って、対面に座ると彼と共に水を飲む。

「相変わらず何もないですね」

「そうですか?」

リビングには必要最低限の物しか置いていない。

ソファーにテレビ、テーブル、パソコン…。

生活に必要ないものぐらいしか置いてない部屋の隅にある物が気になってしまった。

「なんですか?あのダンボール」

置き場に困ったのか部屋の隅に追いやられていた小さなダンボールに目がいってしまう。

彼は少し困った顔をすると、言いづらそうに話す。

「その、前の事務所の時にアイドル達に関わるもので……」

「へー、そうですか」

棄てればいいのに。

何て言いたいけど、我慢我慢。

思い出の品だからって残しといたんだろう。

そうだ。

「折角だから見ましょうよ」

「……えっ?」

「ほら、ね?」

私はダンボールをテーブルへと運ぶ。

開けようとする寸前に彼の顔を見ると、困った顔のまま私の事を見ている。

こういう子供っぽいところが大好きだ。

 

「思い出を見ましょうよ」

「……えっ?」

「思い出は分かち合って楽しむものですよ。

 だから、一番付き合いがある私と見ましょう」

 

納得いかなさそうな彼を無視してダンボールを開けてしまう。

邪魔な物を区別しとかないと。

ダンボールの中身は色んな本が詰まっていた。

これは、プロデューサーさんが担当してきたアイドル達の趣味に合わせた本だ。

プロデューサーさんは相手のことを理解するために相手の趣味を知ることから始めるから。

……んっ?

でも、直ぐに違和感を覚える。

プロデューサーさんが担当してきたアイドル達の趣味に関する本なら、もっとあるはずだ。

私は一冊の本を取る。

それは、アロマに関する本だ。

これで、少しだけ納得した。

次の本はサックス。

それ以外は、教本ではなく小説の類だ。

有名なのもあるけど、大半は恋愛ものだ。

これだけ見れば十分だ。

 

「その、彼女達の思い出の品でして」

「……ですね」

この本に関わる人達のことは良く覚えている。

彼女達が以前の事務所で最後に彼がプロデュースしてきた人達だ。

だから━━━

 

「捨てましょう」

 

私は冷たく言う。

これが彼のためだ。

思いでは分かち合うもの。

思いでは分別するもの。

だから、こんなものは捨てるに限る。

 

「ですけど、貰い物ですし」

「貰ったものかもしれませんけど、こんな物持ってても邪魔でしかありません」

「……そうですかね」

 

邪魔だ。

いらない、こんなもの。

 

「プロデューサーさんは優しいから置いてますけど、普通はこんな傷つく物は捨てます。

 あなたが捨てれないなら私が捨ててきます。

 こんな物があってもあなたのためになりません。

 プロデューサーさんは、もう彼女達と関係ないんですから」

自分でも少し驚くぐらい強い口調だ。

でも、抑えれない。

彼が優しくて甘いから。

そのぶん私が厳しくしないと。

「こうやって前のことを引きずってるから駄目なんです。

 だから、アーニャさんにも彼女達を意識して優しくしすぎるんですよ。

 それは彼女達のためにならない。

 プロデューサーさんが彼女達の事を思ってるなら捨てるべきです」

 

プロデューサーさんは黙ってしまう。

困った顔でダンボールを見る彼の顔は、嫌い。

その顔は私のことを考えてないから。

 

「プロデューサーさん?」

 

静かに問いかけるも、彼は口を閉じてしまっている。

重い沈黙から数分がたつ。

やっと、彼は口を開いた。

 

「考えさせて下さい。もう少し考えて、捨てるかどうかを決めます」

立ち上がりテーブルの縁に立つとゆっくりとダンボールの側面を撫でる。

嫌な思い出をどうしてそこまで好きになれるんですか?

「そうですか、捨てるときは呼んで下さい。全部捨てます。

 これ以外にもありますよね?

 それも捨てます」

「他のアイドル達のは関係が……」

「あります。

 全部捨てて下さい。

 ロシア語の本もです」

「ロシア語も!?でも、アーニャは今担当してるアイドルです」

「いえ、もう過去のアイドルですよ」

思わぬ形で言ってしまった。

でも、始めから伝える気でいたから構わない。

見る見るうちに青くなる顔を見ると、少しだけ心が揺れる。

「もしかして、アーニャは……?」

「はい、担当を変えます」

「なんで!?上手くいってるじゃないですか!?」

「はい、これからはプロデューサーさん以外の人が担当しても問題ないですよね」

「アーニャは支えになる人がいる。急に変わったら、彼女だって全力を出し切れないかもしれない」

「心の支えになる人は必要ですね。ですが、彼女はプロデューサーさんを恋人のように見てます」

「それは、寂しいから……だから、そう思うことで自分を守ってるんです」

「それでは、今後は事務所内だけで寂しさを埋めて上げて下さい」

「……ですが」

「このまま付きっ切りだと、外で何かされてスキャンダルになるかもしれない。

 いいんですか?

 それが、一番嫌なのはプロデューサーさんですよね?」

 

青白くなった顔で歯を食いしばる彼を、私は優しく抱きしめます。

子供をあやすように。

優しく。

「プロデューサーさんもそろそろ身を固めたらどうですか?

 そうすれば、アイドル達との距離感を意識できますよ?」

「……誰かと付き合えってことですか?」

「誰かじゃないですよ」

目の前の大きな体をした子供に優しく口付けをする。

視野一杯に広がる驚いた顔を愛しく見つめる。

あぁ、やっと出来た。

嬉しくなってしまう。

彼とキスするのを、どれだけ待ち望んでいたんだろうか。

本当なら、もっとゆっくりと付き合って、彼からして欲しかったけど……我が儘は言えない。

正確な未来を作るには、理想を捨ててでも掴み取らなければならない。

多少強引でも。

 

キスをしかてから数秒、ゆっくりと彼は顔を離した。

名残惜しい唇のせいか、彼の口元に視線が釘付けだ。

「誰かじゃなくて、私です」

会話の続きを始めると、彼は目線を反らしてしまった。

別にいい、まだ分かる反応だ。

 

「……それは」

「これは告白ですよ」

 

彼には何も言わせない。

強引に行けば、彼ならきっと言うとおりにしてくれるから。

「ふふふっ、答えは待ってますので早めにお願いしますね」

 

彼の耳元で優しく伝えて、部屋を出る。

最後に、挨拶しないとな。

 

「プロデューサーさん、また職場で」

 

それだけ伝えて、扉をゆっくりと閉めた。

 

冷たい夜風が、心にしみる。

気が付くと体は冷え切ってしまった。

でも、胸だけは熱い。

さぁてと、プロデューサーさんはいつ応えてくれるかしら?

ゆっくりと視線を上げて、夜空を見上げる。

綺麗な星空は私を照らしてくれる。

大きな星達は、まるでアイドル達のようだ。

大きく輝いて、光る綺麗な星達は。

 

プロデューサーさんは、星なんかよりも近くの人の方がお似合いですよ。

プロデューサーさんは、独りでいるよりも誰かに引っ張ってもらうほうが幸せですよ。

 

 

━━━大丈夫

━━━私が全部守って上げます

━━━嫌なモノから苦しいモノから

━━━私が助けてあげますからね

 

愛しのプロデューサーさん

 

 

 

 

 

━━━━━━

後日談、というかあれから数日後の話。

俺はまだアーニャと仕事をしている。

プロデューサーが変わるかもって話は何もしてない。

アーニャには今を全力で仕事をしてほしいから。

それに、社長からそんな話も聞いてないし……

でも、ちひろさんが下らない嘘をつくとは思えない。

 

ちひろさん……

俺はちひろさんの告白に何もいえていない。

それでも、あの人は何も言ってこない。

ただ、メールで返事は何時でも待ってますからね

とは言われたけど。

 

今俺はアーニャをステージへと送り出して、手が空いていた。

何か飲みたいなって思って、自販機でお茶を買っていた時だ。

アーニャの分を買い終わって、取り出す時のこと。

 

「プロデューサーじゃないか、久しぶりだ」

 

凛々しく頼もしい聞き慣れた……いや、聞き慣れていた声で。

今はもう聞きたくない声で俺は呼ばれた。

 

━━━あぁ、なんで

━━━なんで、お前がここにいるのかな

━━━もぅ、許してくれよ

 

後悔の海に溺れながら、俺はゆっくりと声の主に振り向いた。

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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