病みつき物語   作:勠b

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眼中に広がる君を諦める


病みつきクール~美優編2~

三船美優との再会。

それは、青年からしたら最悪の事態だ。

だが、それを断るわけにはいかない。

ちひろからは、一度会いしっかりと断るべきだと言われたからだ。

もう、何をすればいいんだろうか。

無責任な自分に思わず歯ぎしりをたてる。

自分でまいた種にちひろを巻き込み、彼女の判断を扇ぐことでしか何もできない無力な自分に。

……これが終わったら、今度飲みにでも誘おう。

そしたら、この間の告白も答えよう。

ちひろの笑顔を思い浮かべる。

優しく、慈悲深い彼女の笑顔が青年の今の希望だ。

まるで信仰してるかのような盲目的な自分の思考をおかいしと思えない青年。

彼は着慣れたスーツを身にまとい、夜道を歩いていく。

見慣れた景色を見渡しながら。

 

 

 

━━━━━━

青年がたどり着いたのは高層マンションだ。

ここに、彼を待ちわびる人がいる。

彼女の顔を思い出すと青年の手が震える。

必死に笑顔を作りゆっくりとエントランスに入ると、そこには笑顔で手を振る彼女がいた。

「プロデューサーさん、待ってましたよ」

早速の出迎えに青年は驚かない。

これが彼女と青年の会い方だ。

彼女、美優の部屋に行くのは青年も初めてのことではない。

かつてはプロデューサーとして送迎をし、食事に招かれたため訪ねたこともあったからだ。

そこには毎回のようにエントランスで出迎える美優の姿がいた。

だからこそ、青年からしたらこれは驚くことではない。

 

「…三船さん、話があるんだけど」

「ここだと目立ちますし、私の部屋でしましょう」

「アイドルの部屋に男が行くのは問題ですよ」

「そう言っても、結局最後は来てくれますから」

 

クスクスと軽い笑みを浮かべられると青年は何も言えなくなり、黙ってしまう。

結局いつも誘われたまま部屋に行ってしまうのが青年の悪いところだ。

アイドルと親しみすぎるのも問題か。

ちひろから言われた言葉を反復し、自分を咎める。

もう、間違いはおこさない。

そう決意を固めながら。

 

「それに……プロデューサーさんがここに来るのは最後になるかもしれませんから」

 

悲しげな顔で言われると青年は俯く。

そうだ、最後なんだ。

だから、今回だけだ。

ゆっくりと大きく深呼吸をし、しっかりと目の前の人物を見据える。

左手に巻かれた時計が視野にはいる。

そうだ、これで終わりにするんだ。

 

「分かりました、最後ぐらいはアナタの要望を聞きます」

 

その言葉を聞くと美優は嬉しそうに笑い、彼の手を取る。

その手を振り払うこともせず、青年は身を任せ歩いていく。

目の前の過去から別れるために。

 

 

 

━━━━━━

美優の部屋に案内されて早々に彼女からの手料理を2人で食べていく。

今の青年にはとてもじゃないが出された料理を楽しむ余裕はない。

だが、それはきっと美味しいのだろう。

それを青年は知っていた。

昔食べた美優の手料理は青年が嬉々として食べていたモノであり、それはどれも美味しかったからだ。

これを食べるのも最後か。

感傷に浸るまもなく少しずつ恐怖が青年を襲う。

美優の左手に巻かれた時計。

正確には、その内側。

それが気になり仕方がない。

そして、その後の話。

美優との関係を終わらせることが出きるかどうか。

もしも、もしもどれも最悪の事態になったら━━━

それは、青年からしたら最も避けなければいけないもの。

たとえ、今は無関係なアイドルだとしても。

それでも、自分が撒いた種なのだから。

 

会話なく淡々と食事を終える。

それは、青年と美優の会話を始める合図となった。

「三船さん、美味しい食事をありがとうございました」

「お粗末様でした」

嬉しそうな笑みを崩すことなくテーブルに置かれた皿を片付けていく。

そんな彼女の姿を見ながらどんな言葉から始めるか思考を張り巡らせていると美優が行動を起こす。

皿を片付け終えると美優は迷うことなく青年の隣に座る。

 

「今だけは、美優って呼んで下さい」

「…だめです」

「…そうですか…寂しいです」

 

一瞬顔を俯けるも、直ぐに笑顔を浮かべる美優。

それは、一見したら分かるような強がるようなものだ。

「…プロデューサーさん、私謝らないといけませんね」

震える声を押し殺すように放たれたのは、彼女からの要件。

それを聞くと青年は自分の左手を前に出す。

巻かれた時計を外そうとすると、美優はその手を止める。

「私が…外してもいいですか」

視線を青年の時計に向ける。

横顔しか見れない青年は、彼女が何を思っているのか分からなかったが、すぐに触れられたら手から感じ取る。

小刻みに震える彼女の手から、青年はその思いを感じた。

「……お願いします」

その言葉を聞き入れるとゆっくりと時計に手を出す。

大切に、ゆっくりと宝石を扱うかのような優しい手付きで時計を外していく。

時計がはずれる。

隠された手首からは痛々しい大きい傷跡が姿を表した。

 

「……っ!?」

 

その傷跡から美優は目を反らす。

震える手が更に大きくなっていく。

「私……わたし」

時計をテーブルに置くと、美優は青年の左手を優しく掴む。

「だめ……わたしの……せいだから」

自分に言い聞かせるように小声で言うと美優は視線を傷跡へと戻していく。

「プロ……デューサーさん」

震えた声で青年を呼ぶと、傷跡に自分の顔を近づける。

「ごめん……なさい……ごめん……な……さい」

目の前に広がる傷跡に涙がこぼれていく。

小さな粒が何度も何度も傷跡に当たっていく。

痛々しい傷跡とそれに対して何度も謝罪する美優を見る。

その光景が、青年からしたら拷問のように感じた。

優しい言葉をかけたい。

だが、それをかけてはならない。

それが、三船さんの為であり、自分のためだ。

優しい思いを殺しつつ青年は美優を静かに見つめる。

何度も何度も謝罪の言葉を口にする彼女を。

 

どれだけの時間が過ぎたのだろうか。

涙を抑えた真っ赤な瞳のまま、美優は青年の手を離した。

「ありがとうございました」

俯いたまま重々しく言われると、青年は何も言わずに時計をとる。

時計をつけようかどうか一瞬悩んだが、止める。

いざとなったら傷跡を見せて俺から離れさせよう。

脅すようでいい気はしないけど。

時計をポケットにしまうと、美優は何も言わずに自分の腕時計を青年に見せつけてきた。

 

「……まさかとは思うけど、傷つけてないよね」

 

心臓の鼓動が早くなる。

もしも、もしも自分と同じように傷跡があったら。

それを考えるだけで青年は精一杯だった。

「確かめてみて下さい」

その言葉を聞くと同時に青年は時計に手を回す。

美優とは違い、荒々しく時計をはずしていく。

もしも、もしも傷跡があったら。

その時は、俺は━━━

 

何もない手首には、綺麗な肌が待っていた。

それを見ると同時に、青年は思わず安堵のため息を吐く。

よかった、本当によかった。

背もたれに体を預けると、身体から力が抜けていく。

これで、1つ不安が減った。

その思いだけで青年は思わず笑みが零れる。

 

「私のために、笑ってくれるんですね」

 

その言葉を聞くと、青年は慌てて笑みを止めて無表情になる。

だが、もう遅い。

青年の顔をみてクスクスと笑う美優はかつて見慣れていた優しい微笑みだ。

その顔を見ると、少しだけ気がゆるむのを感じた。

 

「でも、最後かもしれないんですよね」

 

笑顔を止め、悲しげに俯く美優。

「分かってるんです、プロデューサーさんが私と会うのを止めようって言いたいって」

その言葉は、青年を驚かせるのに十分だった。

青年の知る美優ならば、そんなことお構いなしに会おうしたりもしくは━━━

「プロデューサーさん 」

青年の手をとると、美優は立ち上がる。

「お散歩、しませんか?」

唐突な提案に、青年は思わず傾いてしまった。

 

 

 

━━━━━━

気が付けば日付が変わりそうな時間になっていた。

青年と美優は人気がない夜道をゆっくりと歩いていく。

街灯が照らしていく道を目的なくただゆっくりと。

 

「私、プロデューサーさんに甘えすぎてました」

美優は淡々と話し始める。

真剣な眼差しで前を見る彼女の横顔を眺めながら、青年は傾聴していく。

 

「私の世界に色を塗ってくれたあなたに、私は甘えすぎてました。

 本当は、大人としてあいさんみたいに自分らしく動いてあなたの傍にいるべきだったのに。

 私はそれが出来なかった。

 あなたが消えて、私の世界から色が消えて……

 何をするべきか、何をしたいのかわからなくなって。

 ただ、アイドルとして、あなたとして目指したトップアイドルとして過ごすことしか出来なかった。

 毎日後悔してました。

 毎日泣いてました。

 毎日懺悔してました。

 プロデューサーさんが、傍にいなくなってから、毎日。

 つまらない退屈な日々を過ごしてました。

 私、気づいたんです。

 あの日、あなたを傷つけたあの場所で……

 あの家で過ごす内に。

 あぁ、私はあなたの恋人になりたいんじゃないんだって。

 私は、ただあなたの傍にいられればそれでいいんだって。

 そう思うようになりました」

 

ふと、思い出す。

大きく痛々しい傷跡を見つめると。

 

『プロデューサーさん、なんで私達は付けあえないんですか?

 アイドルだから?

 プロデューサーだから?

 それとも、両方?

 嫌だ……

 嫌ですよ、プロデューサーさん

 あなたと付き合えないなら、私は

 私は━━━

 生きてる意味が、ないですから』

 

「私、間違ってたんですよね」

『こんなの、間違ってますよ』

「だから、もう諦めました」

『だったら、もう諦めます』

「だって、プロデューサーさんはアイドルとしての私が好きだから

 だから、アイドルは続けます」

『私がアイドルじゃなくなったら離れるんですよね?

 あなたがプロデューサーじゃなかったら、私から離れるんですよね?』

「だから、傍にいてください」

『だから、諦めます』

「アイドルとしての私の傍に……ファンとして」

『もう、私は生きるのは嫌です』

「傍に、いてください」

『傍にいますよ、あなたの傍にずっと。

 形がなくても、気持ちだけでも』

『「プロデューサーさん」』

 

青年は今の美優とかつての美優を重ねる。

寂しげな笑みを浮かべながら、自分を見つめる2人を。

 

『「ありがとうございました」』

 

力なく笑う2人の笑顔。

その笑顔を見ると、青年は身体中から力が抜けるのを感じた。

変わったんだ、美優。

それは、かつての自分に依存していた彼女とは違う今に対しての思い。

それは、自分が離れて成長した彼女の思い。

 

「その……それでも、よかったら…友達として…接してほしいな…って」

「直接は会えませんよ?」

「遠くからでも、見守ってくれたらそれでいいです。

 でも、メールとか電話だげでも…」

「メル友なら、いいですよ」

「本当ですか!?」

 

嬉しそうに喜ぶ彼女を見ると、青年も思わず笑みを浮かべた。

やり直せないけど、新しく始めることは出来るのかも。

その思いが、青年を励ましていく。

そんな青年の笑顔を見ると、美優はわざとらしく手を叩く。

 

「そうだ、せっかくなんで私の初めてのデビュ曲のダンス見てもらってもいいですか?」

「なんでいきなり?」

「やり直し記念ですよ、人もいないし少しぐらい…駄目ですか?」

「……まぁ、少しだけなら」

 

唐突な提案に思わず苦笑しながら、青年は立ち止まり美優のダンスを見守る。

それは、青年からしたら見慣れた動きだ。

だが、青年が見ていた時とは切れがちがう。

やっぱり、成長してるんだな。

そんな思いが青年を満たす。

初めの恐怖感はどこへやら、今となってはその思いは消え去っていた。

今はただ、かつてのプロデューサーとして。

かつて傍にいた者として、目の前のアイドルを見守る。

ただのアイドルとプロデューサーとしての関係。

これから先、こんな近くで彼女のダンスを見ることはないだろう。

これからはタダのファンとして…遠くから見守ることしかできないから。

そう思いながら見守る彼女は、とても綺麗だった。

夜道を照らす街灯が、トップアイドル三船美優を輝かせるスポットライトとして。

何もない通路が美優のためだけのステージとして成り立つ。

青年はそれをどこか微笑ましく眺めていた。

視線が彼女を中心に捉えていたからこそ、気づくのに遅れた。

ゆっくりと青年から距離を離していく美優は、道路へとその身を運ぼうとしていた。

 

「三船さん、危ないからもう止めよう」

 

さすがに危険と判断し声をかけるも美優にはその声が届かない。

止まることない足並みは、道路から離れようとしない。

無理矢理でも止めよう。

青年は顔を少し険しくする。

終わったら、少し怒らないとな。

そんな思いで美優に早足で近づく。

青年が道路へと足を運んですぐのこと。

美優の体をスポットライトがうっすらと横から照らす。

やばい。

青年は頭を真っ白にする。

あれ、車のライトだよな。

気が付くと無我夢中で走り出す。

短い距離を、全力で。

「美優!!」

全力で叫ぶもその声は届かない。

曲がり角から注ぐライトが急激に強くなる。

それと同時に美優が道路の真ん中へと立ってしまった。

やばい!!

青年が走り出して数秒、すぐに美優の傍へとたどり着く。

ふと横を見ると、車が高速で向かってきていた。

相手も気づいたのか、急な異音が耳を覆う。

でも、間に合わない。

直感した青年は美優を全力で道路から押し出す。

勢いよく歩道へとたたき落とされた美優の顔が青年の視界にはいる。

口元にうっすらとした笑みを浮かべた彼女の顔を。

美優……なん━━━

 

青年の思考を遮るように身体中に激痛が走る。

思考が完全に止まると、気が付いたら仰向けに倒れていた。

何があったか何てわかる。

身体中に走りつづける激痛と共に、力が抜けていく。

視界一杯に広がる星空が、1人の顔で覆い被される。

「やっぱり、守ってくれました」

嬉しそうに笑いながら、美優は青年の顔を持ち上げると、自分の膝に乗せる。

何があったのか。何をしたいのか。

青年は何もわからない。

 

「プロデューサーさん、私気づいたんです」

淡々と笑顔で語る美優に何も言えない。

口が動かない。

「私が死んだら、プロデューサーさんが悲しみますよね……

 だから、私は死にません。

 プロデューサーさんが死んだら、プロデューサーさんは私の中でずっと見守ってくれますよね?

 死人と恋人だったら、アイドルとかプロデューサーとか関係ありませんし。

 それに、プロデューサーさんが生きてても私がずっと養ってあげますよ。

 そうすれば、プロデューサーさんは私のことしか見ませんもんね。

 プロデューサーさん」

ゆっくりと青年の手を取る。

左手首に露わになってきる傷跡に口付けを交わす。

嬉しそうな微笑みのまま。

逆さに映る美優の顔が、かつての記憶を呼び起こす。

それは、青年の痛い思い出。

 

『プロデューサーさん……?

 なんで、なんで私を庇って……?

 いや、いや、いや、いや、いや

 私の傍から離れないで……!!

 お願いですから……お願い』

 

そうだ、あの時もこうして……膝枕されてたんだ。

青年は霞んでいく視界から美優の顔を見る。

それは、かつての涙で歪めた顔ではなく、喜びに満ち溢れた顔。

 

「私、気づいたんですよ。

 あきらめました。

 幸せなカップルが無理なら、不幸なカップルで構いません

 私1人を愛さなくてもいいです。

 諦めました。

 ですから、傍にいてください。

 プロデューサーさん

 私と……ずっと

 約束……ですよ?」

 

暗くなっていく視界から見える美優の顔を見て、青年は口元に笑みを浮かべる。

そっか、成長してなかったんだ。

それは、自傷的な笑み。

そっか……下手なことを夢見た俺が馬鹿だったんだな。

青年は、ゆっくりと重々しく目を閉ざした。

 

 

 

 

━━━━━━

彼女、アーニャは誰もいない事務所で1人佇んでいた。

今日はトレーニングの日だ。

少し早めに来て愛しの青年と雑談をして、それから送ってもらう。

それがアーニャの日課だった。

そう、だった。

今はもうそれが叶わない。

整った顔を歪ませる。

両手に力が籠もると、自身の爪が食い込んでいく。

 

プロデューサー、どこ、どこ、どこ

 

事務所を見渡しても誰もいない。

物音一つしない部屋にアーニャはただ一つの感情に身を打つ。

 

誰、私から彼を奪ったの、誰?

許さない

 

ただその感情に思いを任せる。

彼は、私の星……私を見守ってくれて、私が見つめる星なのに。

なんで、なんで奪ったの?

 

誰かもわからない相手に対して憎しみの炎を燃やしていると、事務所の扉が開かれる。

「プロデューサー!?」

期待を籠めて呼び、扉を見るもそこには期待外れの人物がいた。

それに落胆すると同時に、敵意を向ける。

この人が私から奪った?

目の前の敵かもしれない人物を睨むと、相手は微笑みで返す。

 

「私と一緒に、妥協しませんか?」

 

余裕を見せつけるようや笑みを浮かべつつ、アーニャに唐突な提案を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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