私は今、不機嫌です。
プロデューサーが急な有給でいません。
いないのに、ライブに参加します。
それが、嫌で、緊張します。
普段ならプロデューサーが緊張を解してくれます。
でも、今いるのは……
「あ、アーニャさん、頑張りましょう!!」
「は、はい」
彼の後輩でもあるプロデューサーが、今日だけのプロデューサー。
……いやです。
って我が儘言ったら、嫌われますか?
……今日は我慢します。
そう思っていると、楽屋の扉が開きました。
?誰?
「あの……失礼します」
楽屋に来たのは、三船さんだ。
東郷さんと同じ……プロデューサーが前プロデュースしてたアイドルユニットの1人。
嫌な思いを抑えて、笑顔で頭を下げます。
「今日は、よろしくお願い、します」
「私こそ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げてくれた。
……良い人?
そう思うと、女の私からも思う、綺麗な笑顔で手を伸ばしてくれた。
「あなたがアーニャちゃんね。……話がしたかったの」
警戒しつつ、彼女の手、とります。
「この後時間……ありますか?」
素敵な笑顔です。
本当に親しみを感じます。
……断りたいです。
でも、プロデューサーの昔話、聞けるかな。
私は三船さんと、お昼ご飯を食べることにしました。
━━━━━━
ライブも無事、終わりました。
私は今のプロデューサーに一声かけて、三船さんと外食です。
三船さんにあんないされたのは、ファミレスです。
今思うと、家族とプロデューサーさん以外の人と2人で外食は初めてです。
相手はトップアイドルの、三船さん。
……緊張、するな。
プロデューサーさんの顔を思い出して、緊張を少しだけ和らげます。
「ここね、昔良く……プロデューサーさんと来てたんです」
少し憂いを帯びた顔で、三船さんは言います。
「プロデューサー?」
「うん、あっ……えっと、アーニャちゃんのプロデューサーさんとね」
「えっ?私の、プロデューサー?」
少しとぼけたふりをします。
だって、少し怪しいです。
私の今いるプロデューサーは見習いさんです。
その人と、外食なんてしない、思うから。
だから、たぶん。
私のプロデューサーの話。
でも、私はプロデューサーの話してない。
なのに、話すのはおかしい。
私から言おうと思ってたけど、今ので言えなくなる。
私からプロデューサーをとる人、嫌い。
「だって、その格好」
私は自分の格好を見ます。
着慣れた私服に、帽子とサングラス。
おかしくないです。
三船さんも同じです。
「その格好で変装ですなんていうの……あの人ぐらいしかいないから」
ふふふっ、と優しい微笑みを浮かべられます。
それだけで、分かるの?
「それにね」
テーブル越しに顔を少し近づけられます。
「なんだか……昔の私の似た目をしてたから」
……目?
よくわかりません。
首を傾げてると、少し顔を赤くして両手を振ります。
「ごっ、ごめんね、変なこと言っちゃった!!」
恥ずかしいっと付け加えると、気を逸らすようにメニューを取ります。
「何食べよっか?」
彼女の優しい笑顔を見ると、少し前の疑問も消えました。
たぶん、良い人……かな?
私もメニューをとって何食べようか悩みます。
プロデューサーと、よくファミレスに行ってました。
最近は行きません……
今度、お願いしよう。
プロデューサーの事を考えながら、メニューを開きます。
パスタです。
プロデューサーも、パスタが好きでよく頼んでました。
でも、何時もミートパスタばかりです。
理由は、美味しいかららしいです。
どれに、しようかな。
ふと、三船さんを見ると、もうメニューを閉じて私をニコニコと見つめてます。
……私も、早く決めよう。
プロデューサーさんがよく食べるミートパスタに決めました。
「決まった?」
「はい」
優しく聞かれて、少し緊張する。
なんだろう、良い人って思ったら先輩との食事に緊張しはじめました。
三船さんは店員さんを呼ぶと、注文をしました。
「私はミートパスタ」
「えっ」
少し、驚きます。
……やっぱり、プロデューサーさんと仲良かった?
そう思うと、胸が痛いです。
プロデューサーさん、私以外の女の人と仲良いの?
……いやですよ。
「アーニャちゃん……大丈夫?」
「えっ、あっ、私も、同じのです」
慌てて注文をすると、三船さんは頭を下げます。
な、なんででしょうか?
「ご免なさい……その、アーニャちゃんみたいな若くて元気な子と余り仕事しないから……それで、嬉しくて食事に誘ったんだけど……迷惑でしたね」
「い、いえ。そんなことないです。嬉しかった、です!!」
思わず動揺しました。
悲しそうな顔をされると、自分が少しいけない子に思います。
こんないい人を疑ってたなんて……。
でも、三船さん、良い人。
だって、優しそう。
それに、プロデューサーがプロデュースしてたのは、しってます。
昔なんですから……やきもちしても、意味ない、よね?
「ミートパスタ、プロデューサーが好き、なの」
「プロデューサー……?」
「はい、私の……三船さんの、プロデューサー」
「あっ、よかった……やっぱりアーニャちゃんのプロデューサーって彼だったんだ」
安堵したような大きい息を吐くと、嬉しそうに笑ってくれました。
「彼、元気ですか?」
「はい、元気です」
「そっか……よかった。元気なら」
そのまま、私は三船さんとプロデューサーの話をしました。
プロデューサーの昔話……ちょっとした失敗話なんかを、聞かせてくれた。
私も、プロデューサーの今を話します。
昔はよく星を見に行ったこと。
よく、喫茶店で勉強してたこと。
三船さんは優しい笑みを浮かべて、私の話、聞いてくれた。
良い人。
私は気が付いたら、三船さんをそう思って、信じてた。
━━━この後のことも知らずに、信じちゃった
もしも、もしもこの時に、三船さんが……
三船さんの眼が、笑ってないことに気づいてたら、良かったのに
━━━ごめんね、プロデューサー
━━━━━━
三船さんと話してると、プロデューサーがきました。
「あの、アーニャさん。そろそろ」
申し訳無さそうに言うと、三船さんに深く頭を下げてる。
私も、下げる。
そんな私達に慌てて手を振って。
「ごめんね、アーニャちゃん。でも……楽しかった」
「私も、です」
「あっ、そうだ」
思いついたみたいに手を叩くと、三船さんは恐る恐る聞いてきました。
「今度、事務所に遊びに行っても……いいかしら?」
少し、困ってしまいます。
こんな話されたことないからです。
プロデューサーも困ってる。
何時ものプロデューサーなら、直ぐに応えてくれるのに。
「別にね、変な意味じゃなくて……アーニャちゃんとお話ししたいなって……思ってね」
申し訳無さそうに言われると、少し嬉しい。
三船さんのような良い人に、好かれたから。
「その、来られるのは流石に……」
「そ、そうですよね……すいません、常識……知らずで」
今にも泣き出しそうな雰囲気をだすと、プロデューサーは困って慌てる。
だから、かな。
「そ、その事務所はここにありますので……来るのは自己責任ということでしたら……」
「い、いいんですか!?」
「は、はい!!ですので、アーニャを今後ともよろしくお願いします!!」
名刺を渡すと、また頭を深く下げた。
三船さんは嬉しそうに受け取ると、ありがとうっと言って頭を下げた。
結局そのまま、プロデューサーに急かされるように、私達は三船さんと分別れました。
今日のお仕事、上手く出来たらプロデューサー、喜んでくれるかな。
喜ぶプロデューサーの顔を思い浮かべると、笑顔がこぼれてきます。
これで、残りのお仕事も頑張れます。
プロデューサー、頑張ります。
━━━━━━
文香との買い物が終わったのは日が沈みかけてあたりがな薄暗くなってきた頃。
2人でスーツを見て新しいのを買った。
仕上げもあるから、手元に来るのはもう少し先の話になるけど。
料金は文香が払ってくれた。
俺が払うっていったけど……
「プロデューサー……私からのプレゼント……嫌、なんですか?」
涙目で上目使いに言われてしまうと断ることも出来なかった。
出会った頃に比べると積極的になったな……って喜べばいいんだろうか。
スーツを買って、2人で喫茶店に行き近状報告をした。
俺が思っていたよりも、彼女は大人しいらしい。
……それは、喜ぶべきことなんだろうか。
ふと、彼女の顔を思い出す。
優しくて、慈悲に溢れた笑顔。
見てる者を落ち着かせるような笑顔。
その笑みが、好きだった。
でも、今は嫌いだ。
もう少し……もう少しお互いに落ち着いたら、会いたいな。
そう思っている。
事務所の駐車場に車を止めると、携帯が震え出す。
俺が使い慣れている方のだ。
相手を見ると、アーニャの名前が書かれていた。
思わず笑みをこぼれてしまう。
たぶん、仕事の報告だろう。
休みの日に仕事の連絡が来るのは何とも言えない気持ちになるが、アーニャからの電話なら嬉しさがある。
やっぱり、担当アイドルから信頼されているのは嬉しいことだ。
電話にでると、あっっと驚きから溢れた小声が聞こえた。
「プロデューサー、その、休みの日に、ごめんなさい」
普段以上にたどたどしい口調で申し訳無さそうに言われる。
もしかしたら、休日の日に電話したことを後悔しているのだろうか。
「その、プロデューサーに、今日の事を話したくて電話、しました」
ごめんなさいっと小さな声が数回も聞こえる。
アーニャはまだ15歳。
そんな子にここまで気を使わせるのはダメな大人だな。
思わず苦笑してしまう。
「別にいいよ、お仕事どうだった?」
「プロデューサー、怒って、ない?」
「怒ってないよ」
「本当、です?」
「アーニャに嘘は吐かないよ」
「プロデューサー…… Да、はい。プロデューサーは、私に嘘を吐きません 」
始まりとは一転して嬉々とした声になってくれた。
この声を聞くと不思議と元気になる。
女の子は元気な方が魅力的だと思うしね。
アーニャから今日の仕事の話を聞きながら相槌を打ちつつ、車から降りる。
アーニャからしたら、今日の仕事はどれも手応えを感じたらしい。
良いことだ。
このまま、出来る仕事をゆっくりと増やしながらアーニャと一緒にトップアイドルに……。
そう、思っていた時だ。
事務所の前にいる人影に、思わず息を飲んでしまう。
彼女は俺を見ると手を振って迎えてくれた。
それは、おかしな光景。
なんで、いるんですか?
この言葉が喉から出掛ける。
「……プロデューサー?」
耳に当てた携帯から、か細い声が聞こえてくる。
今は、その声に上手く反応できない。
目の前の彼女の事で頭が一杯になる。
「ごめん、今から要事があるから切るよ。また、明日」
「はい、また明日……?」
少し納得しかねたのか、疑問を感じれる声を最後に電話を切り、深く深呼吸をする。
ゆっくりと自分を落ち着かせて、彼女を見る。
電話が終わったことに気が付いたのか、彼女の方から俺に近づいてきた。
「あの……お久しぶりです、プロデューサーさん」
深々と頭を下げた彼女は、サングラスと帽子で顔を軽く隠しているが、そんなことをされても直ぐにわかる。
長い間、傍にいたから。
「何してるんですか、三船さん」
緊張感からか、冷たい声が出てしまう。
その声に嫌な印象を与えたのか、三船さんの肩が大きく震える。
「……もう、呼んでくれないんですね」
「なにがですか?」
少し時間を置くと、ゆっくりと頭を上げていく。
頭を上げ、見えた顔は一見してわかるような悲しみに満ち溢れた顔。
その顔を見ると、胸が苦しくなる。
なんでだろうか。
もう、関係ない人だ。
「プロデューサー、前みたいに……美優って呼んでくれないんですね」
泣き崩れそうな声が俺の胸を更に苦しめる。
止めて下さい。
もう、貴方のそんな顔を見たくないのに。
「もう、他人ですよ」
「……ッ!?」
辛い思いから、彼女から目を反らしてしまう。
他人
この言葉を聞いた三船さんは、目を大きく見開いて……。
ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「ひ、酷いです……!!」
肩を小刻みに震わして、小さな声で攻め立ててくる。
しかたがない。
しかたが……ない。
不思議と両手に力が込められてくる。
意識してなかったが、手のひらに爪が食い込んでくる。
まるで、自分自身を攻め立てるように。
まるで、彼女の気持ちを代弁するように。
「私のこと……応援してくれるって、一緒にいるって……」
彼女の思いは止まらない。
その言葉が俺を苦しめる。
一字一句が俺を苦しめてくる。
でも、それを止めることなんでできない。
俺が、悪いから。
短い間だった。
周りから声が聞こえたから見渡すと、通行人達が俺たちを見て足を止めているのに気が付く。
三船さんはトップアイドル。
それが、他アイドル事務所の前で……男の前で泣いてるなんてこと知れ渡ったら……!!
「三船さん、行きましょう」
「えっ?」
何も気づいている様子がない三船さんの腕を取って無理やり連れ出す。
取りあえず、車に乗せよう。
そして、落ち着ける場所で話でもしよう。
今日は事務所に戻れそうない。
今日な来客者に頭を抱えながら、駐車場に向かって走っていく。
「……プロデューサー」
直ぐ後ろから声がする。
なんで、そんな顔をするんですか?
その思いから、目を反らしてしまう。
嬉しそうに微笑み、されるがままになる彼女から。
何を考えてるんだろう。
わからない。
わからないからこそ、怖い。
逃げ出したから怒ってるのだろうか。
居なくなったことに寂しさを感じているのか……。
わからないから怖い。
━━━━━━
何とか無事に駐車場までたどり着き、今は彼女を家まで送る最中だ。
少し離れた所まで行かなきゃならない。
つまりは、その分この狭き空間で2人きり。
当然のように助手席に座り俯いている彼女と何を話していいのかわからない。
そのためか、重い空気が場を支配する。
耐えられなかったのは俺の方だ。
だから、口を開いた。
「事務所の場所知ってたんですね」
わかるのは時間の問題だとは思っていた。
でも、まさか他のアイドルが事務所に来るなんて…。
思ってもなかった事態に動揺していた。
そのためか、言葉は少し震えていた。
「はい……これを頂いたので」
そういって取り出したのは名刺だ。
名前を見ると、そこには俺のよく知っている後輩の名前が書かれていた。
「今日、アーニャちゃんとお会いして……お話ししてたら、プロデューサーさんがここにいるって教えてくれました」
そういえば、アーニャが他事務所のアイドルと食事をしたって話してたな。
……名前、聞いておけば、いや、聞いたところで後の祭り。
アーニャは悪くない。
「それで、プロデューサーさんの話を聞いてたら私……私」
俯いた顔から小さな涙がこぼれていく。
その涙を直視出来ず、視線を逃がすように前へと向ける。
暗くなってきた景色を照らしていくライトの光が不思議と眩しく見える。
「私、プロデューサーさんに……謝らないと」
「あや…まる?」
震える声を押し殺すような低い声に思わず驚く。
謝る。
………。
違う、謝るのは、過ったのは俺なのに。
「私があんな…あんなことしたから…プロデューサー…さんが……」
感情を殺しきれなかったのか、最後は震えた声で自分の手を見る。
大きく震えた手を咎めるように。
「私が…私が…我が儘だった…から…だか…ら……」
咎めた手を顔に当て、すすり泣く声が場を埋める。
……俺は、何を言えるんだろう。
わからない。
黙ることしか出来ない自分の無力さに俺も泣けてくる。
でも、三船さんの前では泣かない。
弱みは見せない。
見せたら……もう。
「プロ…デュー…サー…ごめん…なさ…い……」
何度も何度も唱えられた言葉がまるで呪文のように鳴り響く。
その言葉を聞く度に、思い出す。
昔は違った。
違ったんだ。
『プロデューサーさん、アナタのお陰で私…変われました』
『プロデューサーさん、見てて下さいね、私を…うんうん、私達を』
『そ、その……好き…ですよ、プロデューサーさん。あっあの、男としてじゃなくて、仕事仲間としてですからね!!』
昔は、仲良く話して…仲睦まじく過ごせれていた。
なのに…なのに…。
「プロデューサーさん」
優しい声が隣からする。
横目で見ると、目の前には綺麗な白い布が見えた。
三船さんはハンカチを使って俺の目尻を軽く押すように拭いていく。
初めは、何をしたいのかわからなかった。
理解できたのは、ハンカチが離れた時に当たっていた部位が少し濡れていたのに気づいてから。
そうか……。
ミラーを使って自分の顔を見る。
そこには、両目から溢れ出る涙を拭き取ってもらっていた俺がいた。
「プロデューサーも…悲しいんですね」
優しく言われると、自分の気持ちが分からなくなる。
悲しいんだろうか。
それとも……罪悪感だろうか。
わからない。
わらないから、泣いてるんだ。
やり場のない思いを吐き出したくて、泣いてるんだ。
本当に、何もできない。
自分の無力さに泣くことしかできない。
「プロデューサー…私のために泣いてくれてるんですね。嬉しい」
目を少し赤くして、優しく微笑むその顔はとても綺麗で……。
俺が好きだった笑顔。
「プロデューサー、また会ってくれますか?」
「それは……」
考えるまでもない。
でも、それを言っていいのだろうか。
もしも……言ったら。
ふと、自分が付けてる時計を見る。
スーツのお陰で隠れている。
時計を見ると、何時も思い出す。
……嫌な悪夢を。
「駄目です」
もう、間違いたくないから。
だから、冷たくする。
それが、身を守るためにもなるから。
「……そう、ですか」
露骨に悲しそうな顔をされると、罪悪感が胸を締め付ける。
でも、それがお互いのためだから。
「プロデューサー……なら、食事だけでも…駄目ですか?」
力を振り絞って放たれたのか、声は震えている。
本当に、俺のためだけに一喜一憂してくれる優しい人。
それが、三船さんだ。
……優しい人、なんだ。
「それだけ…それだけで…満足ですから」
そういうと、彼女は自分の髪をかきあげていく。
先程まで見えなかった左腕がよく見える。
気づかなかった。
彼女の左手首に腕時計がされていたことを。
見知った時計がされていたことを。
「美優!!」
頭が真っ白になった。
運転中だから、危ない。
そんな事も考えれずに片手をハンドルから離して、彼女の手を取る。
「お前……もしかして……!!」
掴んだ手が震える。
罪悪感からじゃない。
背中から来る悪寒から。
何とも言えない恐怖心から。
「プロデューサー…心配して…くれるんですね?」
俺の思いなど知らずに、恍惚とでも思える笑みを浮かべて真っ直ぐ瞳を見つめられる。
「今度会えたら…教えます」
震えた手から力が抜ける。
やり場のない力が、ハンドルに向けられる。
強く、強く握る。
「明日…お暇ですか?」
「……」
何も言えない。
上手く舌が回らない。
「無視されると……傷つきます」
膝に置かれた手を見ると、ゆっくりと片手で腕時計を撫でている。
それだけ。
それだけの動作で、頭がおかしくなりそうになる。
「それとも…プロデューサーさんは他人がどうなろうと……関係ない。そんな事を言う冷たいお方になったんですか?」
他人……。
そうだ、他人なんだ。
だから……。
どうなっても……いい?
…………。
「プロデューサーさん、明日は空いてますか?」
綺麗な微笑みと言われたその言葉に、俺は頷くことしかできなかった。
━━━━━━
重い沈黙の中、三船さんを送り届ける頃にはすっかり周囲を暗闇が包んでいた。
重い足取りで自分の家へと戻ると、家の前に1人寂しく佇む彼女がいた。
「プロデューサーさん、遊びに来ました」
寒さを感じる夜の中、長い間いたのだろう。
両手を少し赤く染めながら俺の帰りを綺麗な微笑みで出迎えてくれたちひろさんに、言葉がでない。
「どうしたんですか?あっ、女の子を待たせたことに罪悪感でも感じたんです?」
冗談めいた口調で語りかけてくる。
普段なら、余り言わない冗談はきっと俺を慰めてくれるため。
落ち込んでる俺を慰めるため。
自意識過剰なのか、そう感じてしまう。
今日何かあったのか、誰にも話していないのに。
「もぅ、子供みたいに泣いて……何があったんですか?」
霞んだ瞳のためか、ちひろさんの顔が上手く見えない。
そんな俺を気遣ってくれたのか、ゆっくりと近づくと、抱きしめてくれた。
顔を見下げると、優しい微笑みで見つめ返してくれる。
「ほら、プロデューサーさん。何かあったかは後で聞きますからね。今は私の胸で幾らでも泣いて下さい」
「ち…ひろ……さん」
彼女の顔を見ると、力が抜ける。
まるで今日の悪夢から解放されたための安心感からか、身体に上手く力が入らない。
ゆっくりと膝から倒れていく。
まるで、今日の三船さんみたいだ。
そう思うと、自傷的な笑みを浮かべてしまう。
でも、違うのは。
「あぁもう、本当に私の胸で泣きたいんですか?……もぅ、私の前だと甘えん坊さんなんですから」
抱きしめてくれる人がいるかいないか。
これがきっと、彼女との違いだ。
そっと頭に置かれた手が、優しく俺を撫でていく。
何とも言えない安心感から、涙が更に溢れてしまった。
……ちひろさん。
……アーニャ。
そうだ、この2人だけは傍にいてくれる。
味方でいてくれる。
……だから。
━━━━━━
どれだけの間泣いていたのだろうか。
そう長くはないとは思うが、それでも長い長い時間幸せな気持ちになれた気がする。
ちひろさんを招き入れてリビングへと案内し、今日の出来事を全て話した。
文香の件はちひろさんも聞いていなかったのか、驚いた顔をしていた。
だが、今は難しい顔をしている。
三船さんの話をしてからだ。
全てを話し終えて数分。
考えを纏め終わったのか、ちひろさんは真剣な眼差しで俺を見た。
「明日、お会いするんですか?」
「……夕食だけ済まして分かれようと思ってます」
「そうですか」
「…会わない方がいいんですかね」
「それは、私が決めてもいいんですか?」
それもそうだ。
こんな選択を他人に決め手もらうなんて……。
でも、ちひろさんなら何か教えてくれるかもしれない。
そんな甘い考えが頭をよぎって離れない。
駄目だな、俺。
「私は、会うべきだと思いますよ」
……えっ?
その言葉に思わず驚いてしまった。
慈悲深さを感じる微笑みで見つめる瞳には、底知れぬ何かを感じる。
会うべき……なんだろうか。
「私はそう思います」
畳みかけるような言葉に何も言えない。
もしも、会って…会って何を話せばいいのか。
わからない。
でも、会わなかったらきっと…後々後悔する。
「プロデューサーさん、私の言うことが間違ってると思いますか?」
「ちひろさんは、間違ってない」
優しい問いかけに何も考えれない。
反射的に声がでていた。
自分でも驚いてしまった。
でも、それが本心なんだろう。
俺はちひろさんを信用してる。
だから、この人の言葉を疑えない。
信じ切っている。
自分でもおかしいと思うけど、それでも疑えない。
「ちひろさんは、俺を助けてくれるから」
そうだ、この人は何時でも俺を助けてくれた。
仕事でミスをしたときも、
アイドル達の事で悩んでるときも。
三船や文香、あい達との事も。
何時でも、助けてくれた。
「だから、会いに行く」
そうだ、会わなかったら後悔する。
なら、会ってもうこの関係を終わらせよう。
「ふふふっ、決心はできましまか?」
「はい、ちひろさんはのお陰で」
「そうですか…三船さんには特に念入りに冷たくしないといけませんよ?」
「……そうですね、三船さんには悪いですけど」
「もう、悪いなんて思ってるから事務所まで来られるんですよ?もっと冷たくしないと」
「……ですが」
「それで何が起きても、プロデューサーさんのせいじゃありませんよ」
俺の悩みを全て解決してくれる。
やっぱり、この人は優しい人だ。
「それじゃ、プロデューサーさんの優しい所を無くしていきましょう」
そういうと、ちひろさんはゆっくりととある部屋へと向かう。
俺はそんな彼女に何も言わずに着いていく。
わかってるから、かもしれない。
不思議と落ち着いているのは。
ちひろさんが何をしたいのか、何をしにきたのか。
「プロデューサーさん」
寝室にある本棚。
その本棚を前にしてビニール紐とハサミを取り出す。
「いらないものは捨てましょうか」
優しい笑みに従うように、俺は本棚の前に立つ。
皆との思い出の品々。
本当は、捨てたくない。
大切にしたい。
でも、捨てなければならない。
ちひろさんがそう言うんだから。
何も考えずに左上の一冊を手に取り、表紙をさわる。
花にかんする辞典。
これは、俺が初めてプロデュースしたアイドルとの思いで。
……本当に捨てなきゃいけない。
なんで?
ちひろさんが言うから。
ちひろさんが言うなら正しい?
あの人は俺を何時も助けてくれる。
助けてくれるなら、何でも言うことを聞くのか?
でも、聞かなきゃ助けてくれない。
自分のことも守れないのか?
……守れてたら、悲しい思いをしない。
自問自答を繰り返しながら、軽くページをめくる。
もう結構前に読んでたのに、意外と中身は覚えていた。
アイドルとの思いでも。
数秒間堪能して、ちひろさんに渡す。
静かにそれを取ると、何もいわずに片付けてくれる。
次に取った本は、人間関係に関する本。
この本はちひろさんにお勧めされた本だ。
……そうだ。
「懐かしいですね」
俺の肩越しにちひろさんが本を眺める。
「初めてのプロデュース上手く言ってたと思ってたんですけどね」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
苦い思い出と共に。
「上手くいってましたよ、あれはあの子が問題でした」
もう話すことはない。
そう云いたいのか、俺から本を取り上げる。
俺も、語ることはない。
語れないから。
初めてのアイドル。
…本当に、上手くいっていた。
なのに…。
嫌な思いから逃げるように、次の本を手に取る。
中身を軽く見て、本の内容とアイドルとの思い出を思い出す。
これを、繰り返す。
何度も何度も。
最後まで。
「お疲れ様でした」
本棚にあった最後の一冊を手渡すと、静かだったちひろさんが労いの言葉をくれた。
「アイドルとプロデューサーの関係は親身すぎては駄目です。プロデューサーさんは優しいから親身になりすぎます…。思い当たる節はありませんか?」
何も言えない。
どのアイドル達とも仲良くなりすぎた。
……きっと、初めてが駄目だったから。
「仲を悪くしても、良くしずきても駄目……忘れないで下さいね」
俺は彼女の言葉に頷く。
それを見て満足そうな笑みを浮かべる。
不思議とその言葉が頭の中に入っていく。
次は、もっとちひろさんと相談しながら仕事をしてみよう。
そう思いながら、テーブルに置かれた二冊の本を横目で見る。
広くなった本棚に本を仕舞う。
この本も、いつか捨てる日が来るのか。
寂しくなるけど、仕方がない。
……そうですよね、ちひろさん。
1人で黄昏でいると、リビングから声が聞こえる。
どうやら、ちひろさんはもう帰るらしい。
纏めた本と共にリビングに置かれていたダンボールを手に、頭を下げる彼女に俺も合わせる。
そのまま、今日のお礼として家まで送ることにした。
助手席に座って饒舌に話す彼女との会話を楽しみながら、短いドライブを堪能した。
先程知ったのですが、日刊ランキングというのに本作品が乗っていました。
21位だなんてそんな……半分よりも上だなんて。
嬉しい限りです。
だから昨日のアクセス数あんなに高かったんだっと1人納得してました。
感想や評価も沢山頂いて本当に嬉しい限りです。
嬉しさの余り予定よりも早く更新してしまいました。
次回の更新は少し遅くなる予定です。
それと、病みつきクールが終わった後はモバマスを続けるかFateシリーズに行くか最近やり始めたゴットイーターをやるかで悩んでいます。
三つとも沢山のリクエストを貰った作品てすので悩んでしまいますね、いやー嬉しい悩みです。
まだまだ書きたいことも沢山ありますが、活動報告に書こうと思います。
それては、改めてこの作品を読んで下さってる皆さんに感謝しています。今後とも応援よろしくお願いします。
Psリクエストまだまだ受け付けています。
どんな作品だろうとどんなキャラだろうと気軽にリクエストしてくれたら幸いです。
一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?
-
一話完結
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ストーリー物