ただあの子が蓮太郎と共にいます
今回はある意味では蓮太郎sideの話でほぼ話は進まないかなと思っています...
なるべく早くこのvs.神出鬼没の狙撃兵編を終わらせたいのですが...詰め込みすぎでしょうか???
決戦の夜になった
シンと静まり返った夜の病室で、蓮太郎はじっとベッドで眠る延珠を見る
延珠は昨日と変わることなく健やかな寝息を立てており、その寝顔は穏やかだった
結局、予想より早く麻酔が切れて彼女が目を覚ますのでは、という淡い期待は叶わなかった
彼女がティナとどのように戦い、どのように敗北したのかはもはや想像するほかないが、あの弾痕だらけの現場で、延珠が対戦車ライフル弾を一発腹にもらったことは間違いないだろう
さぞや怖かっただろう、恐ろしかっただろう
蓮太郎は窓の外の輝く満月を見て、延珠の頭を撫でる
.....延珠、もしお前に意識があったら、やっぱり先生と同じように反対するんだろうか?
だが、と視線を上げて立ち上がる
ティナ・スプラウトはこの狂った世界の被害者だ、世界の歪みを正す力が自分にあるなら、それは自分の命を賭けるに値すると思うんだ、延珠...
蓮太郎は眠る延珠の、頭にそっと手を置いた
そのまま延珠の病室を出る、すると出てすぐに蓮太郎に声が掛けられる
「もう良いんですか?」
落ち着いた声が蓮太郎の耳に届く
蓮太郎はその声のほうを向く
そこにいたのは千寿夏世が肩にデカイケースを持ち佇んでいた
「あぁ、でも良いのか?」
「何がですか?」
「.....勝てる保証がない、お前まで死ぬかもしれないんだぞ」
「お兄さんが私に蓮太郎さんを頼むと言いました...まぁそれだけではないんですが、流石に知り合いが死にそうな場面に直面するって言うのに何も出来ないのは嫌ですからね」
夏世ら淡々と言う、それを聞いた蓮太郎は苦笑を浮かべる
「...お前だけは守ってやるよ」
夏世はぽかんとした後クスリと笑う
「何故私を守るんですか...まぁ期待はしておきます、お互いがお互いを守るとしましょう」
「...だな...行くか」
「はい、行きましょう」
話が終わった2人はそのまま病院を出て終電の列車に乗り外周区に向かった
蓮太郎と夏世が降りたのは第三十九区
ティナとは一度、ここを訪れていた
お互いが不倶戴天の敵だなどとは、夢にも思わずに...
駅から離れるにつれて、周囲から音が消えていき、2人の靴音や呼吸音が大きく聞こえる
気温は暑くも寒くもない。
風は強いが、あの狙撃手にとってこれくらいハンデにもならないだろうと思いながら歩を進める
街灯がないせいか目が慣れるまで少し時間がかかったが、やがて視界に死に絶えた外周区の廃墟が浮かび上がってくる
舗装路を割って伸びてきた蔓が絡んでいる建物、火災で全焼している建物
火災はガストレアの仕業ではなく、都市部などは人間がいなくなった後集めるもののいない枯葉や落ち葉が堆積し、それに雷が落ちれば、容易に大災害に発展するのだ
人工的な環境は人間が手を入れないと容易に崩壊していく
錆だらけになった自動車は玉突きになっていたり、乗り捨てていったものがそこかしこに見られた
自動車や携帯電話の中には白金やパラジウム、金などの希少金属が微量ながら含まれているので『都市の鉱脈』とも呼ばれ、外周区のマンホールチルドレンの貴重な財源になっている
三十九区の都市中心部に足を踏み入れた頃、不意に蓮太郎の携帯電話が震える
あっちがこちらを見つけてくれるまで外周区を歩き回るつもりだったが、案に相違して、かなり早い
当然、電話のヌシが誰なのか迷うことはなかった
チラリと夏世を見ると夏世はすでに準備万端なようで目が赤く染まっていた
『やはりここはスカでしたか...一杯食わされましたね』
蓮太郎は携帯電話を耳に当てながら周囲を見渡すがティナの姿は見えない
夏世も首を横に振っている
だがおそらくあの幼き狙撃兵からはこちらの姿が見えているだろう
蓮太郎は正面に屹立する牌ビル群に視線を据える
『あなたはこれで狙撃を防いだつもりですか?非公式会談が行われている場所は掴んでいます
今からならまだ、聖天子が会談場所から出たところを狙えます』
「俺たちの依頼はそれをさせないことだ」
『私の依頼は聖天子を殺すことです』
「どうしてだティナ!なぜ人を殺す!」
ティナがわずかに言い淀む
『もう、私はこうすること以外、自分の存在理由を証明できない』
「悲しいなティナ、お前...悲しいよ、お前それで良いのかよ?」
『ッ.....』
「俺たちが戦わなきゃ、お前が聖天子様を殺しに行くって言うなら...行かせられねぇよ!
あのお姫様の両肩には、この国の未来がかかっているんだ!
あいつを殺したいなら俺を殺してから行け!!」
蓮太郎は制服の右腕と右足の裾をまくり、腕をピンと伸ばす
僅かな痛みのあと、みしりと音がして右腕と右足に亀裂が走り、人工皮膚が反り返りながら剥落、月の光を反射するブラッククロームの義肢が現れる
夏世は溜息をつきつつも肩に提げていた大きなケースを解放し中からライフル銃を取り出した
『わかりません、剣士・天童木更の敗北
エース・藍原延珠の敗北...そして古畑真莉さんはここには来ない、それはアカネさんも一緒です...
残りはあなたたち2人です、そしてあなたたちでは私は倒せない』
「やってみなけりゃ...わかんねぇだろ!」
同時に義眼を解放、左眼に仕込まれた義眼内部が回転、黒目内部に幾何学的な模様が浮かび上がる
鼻の奥がつんとして、身体が熱い
力を解放し終えると蓮太郎は腰を落とし静かに構える
天童式戦闘術『百載無窮の構え』天地は永久無限の存在であることを意味する攻防一体の型
「さぁ、決着をつようぜ!ティナ!!」
構えをとったまま闇見据える
「蓮太郎さん、連続での援護射撃は出来ません、私の技量では全ての弾丸を弾くことはまず不可能です、その事を忘れないでくださいね」
夏世はライフルを構えながら蓮太郎に言う
蓮太郎はこくりと頷いた
蓮太郎は息苦しいまでに殺気に襲われ、歯を食いしばりブーツの裏でしっかりと土をにじる
敵は思考駆動型インターフェイス『シェンフィールド』のビットを用いてこちらを偵察してくる
ビットをさに捕捉された瞬間、正確無比な狙撃弾が飛んでくると見て間違いない
決戦の舞台は廃ビルが立ち並んな一画だ、三十九区の中でも都市部にあたり、当然全て廃墟なので暴れても周囲に被害が及ばない
蓮太郎はありったけの秘策を未織に授けてもらってきた
だがティナも丸腰できたわけではあるまい
五感を研ぎ澄まし、個を滅し自然と一体化
ひゅうひゅうと風が首筋から頬にかけて撫でていく
蓮太郎は身じろぎもせず触覚と聴覚に全神経を集中させる
「初撃は任せてください」
凛とした声が聞こえる
蓮太郎はこくりと頷いた
チカっと一瞬、遠くの摩天楼屋上が光る、かすかに大気が振動し、大気を切り裂いて飛翔する弾丸を...
「ッふ!」
ッドン!!...バギィィン!!
静かな夜に大音量の破砕音が響いた
本来聞こえるはずがないが蓮太郎は確かにティナが驚愕に息を飲む音を聞いた
夏世は飛翔してくるライフル弾を見事相殺して見せたのだ
蓮太郎は左眼のレンジファインダーを作動
射撃方向から射手の位置を割り出す
ティナまでの距離.....正面一.五キロ
信じがたい超遠距離狙撃だ
蓮太郎はおもむろに両手を地面につき、尻を上げ、スプリンターのスタートダッシュのごとく構えると、視線を上げ轟然とそびえ立つ摩天楼を睨み据える
「蓮太郎さん...行ってください!」
蓮太郎はその言葉を聞いた次の瞬間、脚部カートリッジ底部を疑似伏在神経内部のストライカーが叩き、炸裂
空薬莢をイジェクト、脚部稼働型スラスターが火を噴き、吹き飛ばされるような加速感のともに前方を疾る
「行くぞ!ティナ・スプラウト!!」