花の名前   作:高嶺 蒼

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第二話 現代・帝都~女心の難しさ~

 舞台に着くとその中央になんだか不審な大きな物体が置いてあった。

 一見、それは人一人やっと入れるくらいの木の箱にしか見えないーと言うか、一見も何も、見たとおり巨大な木箱そのものである。

 

 (俺にあれをどうしろと……?)

 

 ほんの一瞬、絶句して言葉もでない大神。

 そんな大神の様子に気付き、紅蘭は頭一つは上にある彼の顔を仰ぐ。

 

 「どないしたん?大神はん」

 

 そんなふうに尋ね、それに対する大神の答えも待たずに、独り合点をした紅蘭は、ハハーンとその眼鏡を鋭く光らせた。

 

 「さては大神はん、驚いて声もでないんやな?」

 

 まあ、確かにその通りではあるのだが、今の大神自身の現状と紅蘭の考えている状況の間にはかなりの隔たりがあるような気がするのは気のせいだろうか…?

 大神は首をひねり、考えた。

 が、その疑問に答えをくれる第三者がここに存在するわけもなくー結果大神は紅蘭の多大なる誤解を正すこともできずただ沈黙する。

 その間にも紅蘭は大神から離れて箱のすぐ脇で誇らしそうに胸を張り、隠しきれない笑みを刻んだ口元から漏れるのは、

 

 「ふっふっふっ」

 

 とそんな妖しすぎるくらい妖しい含み笑い。

 

 「まあ、その気持ちもわからんでもないけどな。これこそ李紅蘭、今世紀最大の大発明!」

 

 そんな前振りを聞かされてしまえば、嫌でもその装置に対する興味が高まってくる。

 もちろん不安なことに変わりはないが、それでも何となく身を乗り出して紅蘭の次の言葉を待ってしまう。

 

 

 「その名もー」

 

 「そ、その名も…?」

 

 

 ごくりとつばを飲み込んだ。

 その不安と期待が入り交じった思いが最高潮に達したとき、満を決して声も高らかにそ紅蘭がその名前を告げる。その名もー

 

 

 「うっかり逆行君一号やー!!」

 

 「う、うっかり……?」

 

 

 それ以外の、言葉がでなかった。

 期待していた分だけ大神の落胆は大きい。もう、地の底まで一気に沈み込むほどの勢いだ。

 

 (紅蘭、君はそんなうっかりしたような装置を俺で実験するつもりなのか…?)

 

 うっかりーうっかりと言えばあれだろう。

 花組のみんなが俺に向かってよく使うあの言葉だ。

 ついうっかり間違えてーとか、ついうっかり失敗してーとか、ついうっかり爆発……考えるだけでも恐ろしい。

 

 そう言えばついこの間もさくら君の口からその言葉を聞いたようなー大神は遠い目をして、その時のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 その日はマリアが夕食を担当すると言うことで、一人では大変だろうから少しでも手伝いになればと大神も厨房へ向かった。

 別に他意はない。

 それが他の誰であったとしても、大神は手伝いを申し出たであろうし、本当にただの親切心からでた行為だったということははっきりと言っておきたい。

 厨房についた大神は、そこにマリアがいることを疑いもせず、軽やかにその中へと足を踏み入れた。

 

 「マリア、何か手伝うことあるかい?」

 

 にこやかにそう言った大神が感じたのは紛れもない殺気。

 はっとした大神が身構える間もなく、その頬をかすめて何かが後ろの壁に突き立った。

 それは一本の研ぎ澄まされた包丁。

 ぎこちない動きでそれが飛んできた方を見る。

 そこにはに妙に凄みのある笑みを浮かべたさくらがいた。

 

 「さ、さくら、君?」

 

 うわずった声で彼女の名を呼ぶ。

 

 「マリアさんなら、今、いませんけど?」

 

 と、彼女はごく自然に、にっこりと可愛らしく笑って言った。が、その目はちっとも笑っていない。

 

 

 「そ、そうか。で、そ、その、あの…」

 

 「なにか?」

 

 

 またまたにっこり。笑っているのに怖い…。

 大神は壁に刺さったままの包丁を指さし、おそるおそる尋ねた。

 答えを聞くのが、恐ろしいような気はしたが。

 

 

 「-これ、は?」

 

 「あぁ、それですか?いやだわ。私ったら、つい、うっかりー」

 

 「つ、つい、うっかり…?」

 

 「はい。つい、うっかり、手を滑らせてしまって…。ごめんなさい、怖かったですよね?もちろん、大神さんをねらった訳じゃないんですよ?もう、本当に、うっかり手からすっぽ抜けちゃって…ほら、私ったらドジだから。うふふ♪♪」

 

 「はは、ははははは…」

 

 

 一見、まるで邪気の無いように見えるさくらの笑顔を見ながら、大神もまた引きつった笑顔で乾いた笑い声をあげる。

 彼女が怖かった。それはもう、今すぐ回れ右をして逃げ出してしまいたいくらいに。

 だが、大神にも隊長としての意地がある。

 仮にも部下である(しかも女性の)一隊員に怯えて逃げ出すことなど出来ようはずもない。

 

 (うっかりとばした包丁が、果たしてあんなに的確に飛んでくるものだろうか?)

 

 大神は思う。

 だが思いはしたものの、それを口に出して彼女に質すつもりにはなれなかった。

 なぜだかとても恐ろしい答えが返ってきそうなーそんな嫌な予感がしたから。

 もちろん、ただの直感にすぎなかったが。

 野生の本能と言うべきか、こういうときの直感はやけに良く当たるものなのだ。

 

 大神は怯え混じりの眼差しをさくらの顔に向ける。

 その視線を受けたさくらはにっこりと見事なまでの笑顔で大神の、そんな眼差しを退けた。

 

 その完璧な笑顔の奥に、大神は女性というものの奥深さというかなんというかー恐ろしさを、かいま見たような、そんな思いがした。

 

 (女心は難しいなぁ、大神ぃ)

 

 そんな親友の声が、どこからともなく聞こえた気がして、大神は疲れ切ったようなうつろな笑みをその面に浮かべたのだった。

 

 

 

 


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