Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第4話「旅立ち」 語り:マリナ

 フォーティス爺さんの屋敷の二階で。

 小鳥のさえずりが聞こえる中、私はベッドの中で朝を迎えた。意外にも今朝は曇っておらず、窓からは太陽の光が差し込んでいる。実に久しぶりな、気持ちの良い目覚めであった。

 ベッドから降り、両腕を真上に持ち上げて全身を伸ばす。次に、あまり関心のない化粧台の前に立ち、鏡で短い黒髪を軽く整えて翠の眼を確かめた。

 

「問題ない、今日も体調は万全だ。……しかし」

 

 この清々しい目覚めは、隣の部屋から放たれる公害並の騒音によってすぐに打ち消されてしまう。

 

「寝ている間は気付かなかったが、奴のいびきがこれほどうるさいとは思わなかった。早く起こさなければ、頭がどうにかなってしまいそうだ……」

 

 いつもの衣服――山吹色のジャケットやブーツに赤茶色のハーフパンツ、黒のグローブや拳銃を収めたホルスターなど――を素早く身に付け、耳を塞ぎつつ隣の部屋へ近付き扉を開けた。

 いびきの元凶は寝相も悪かったようで、毛布をはねのけ扉の近くまで転がってきていた。つま先で軽く小突きながら声をかける。

 

「ゾルク、起きろ。朝だぞ」

 

「う~ん……食べ物いっぱい……グフフ」

 

 よだれを垂らし、この上なくニヤけた寝顔。幸せな夢を見ているに違いない。端から見れば微笑ましい光景なのだろう。しかし今の私にとっては苛立ちの元でしかない。

 

「今日が何の日かわかっているよな」

 

「んー……盗み食いしても怒られない日……」

 

 辛うじて受け答えは出来るようだが、救世主としての自覚など皆無の的外れな返事。頭が完全に覚醒していない。ついに怒りが爆発してしまった。

 

「……ええい! 寝ぼけていないでさっさと起きろ!! それでも救世主なのか、貴様ぁ!!」

 

「ふぁ、はい! すみません!! 他人のものまでとったりしませんから許してくださいぃ!?」

 

 私の大声に驚き、ゾルクは上半身をがばっと起こした。

 

「あ、あれ? マリナ……? おはよう。……ふぁあ~あぁ」

 

「……おはよう」

 

 ゾルクは大きなあくびをかまして寝ぼけ眼をこすりながら、ようやっと目を覚ましたようだ。挨拶を返すが、私はすっかり呆れてしまう。どれだけ食欲に忠実な夢を見ていたのだろうか。

 今日から救世の旅が始まるというのに、不安しかない……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第4話「旅立ち」

 

 

 

「今日は朝からいびきと罵声の目覚ましとは。ほっほっほ、久々に騒がしい朝になったのう」

 

 一階の大きなテーブルを皆で囲み、朝食の準備をする中。フォーティス爺さんは温かみのある笑みと共にそう言った。

 思えば私が居候し始めた頃も、どことなく嬉しそうな部分があった。長年を一人で過ごしていたためなのか、こういった賑やかさが心地良いのかもしれない。

 

「すみません……」

 

 ゾルクは肩をすくめて謝った。一応、反省はしているらしい。

 

「全くだ。これからも旅先であんな目に遭い続けると思うと、気が滅入る」

 

 そう言いながら私は台所に立った。引き出しから手頃なビットを取り、念じる。次にビットを火起こし台に設置すると、一呼吸おいてから炎が立ち上り始めた。そして油を引いたフライパンを台に乗せて熱し、その上で生卵をいくつか割る。

 

「何を作ってるんだ?」

 

 この作業を見ていたゾルクが話しかけてきた。

 

「ただの目玉焼きだ。リゾリュート大陸との文化の違いは、ビットの有無以外にはほとんどない。昨晩に教えた通りだぞ」

 

「…………」

 

 そう答えると、ゾルクはテーブルに皿を並べ終えて席に着き、もの珍しそうな目でこちらを見つめてきた。あまり良い気分になれる視線ではなかった。

 

「なんだ、その目は」

 

「いやぁ、マリナって料理できるんだー、って感心してるんだよ」

 

「し、失敬な! 目玉焼きくらい誰でも作れるし、これでも私は料理が得意な方なんだぞ。どうせならビットで生み出した炎にでも驚いておけ」

 

 出来上がった目玉焼きの一つをフライパンから皿に移し、ゾルクの目の前にずいっと突きつける。彼は苦笑いを浮かべて受け取った。

 同時に、フォーティス爺さんが焼いてくれたトーストも、ゾルクが並べた皿に乗せられていく。爺さんはミルクポットとカップも準備してくれていた。

 

「それよりも時空転移のほうに驚いたさ。昨日の夜にビットの詳しい話を聞いて、あのエンシェントビットの強大さを思い知らされたよ。歴史書を読む限り、ここは本当にリゾリュート大陸じゃないわけだし」

 

「まだ信じられないか?」

 

「そういうわけじゃないよ。再確認できたって話さ」

 

 こんがりと焼けたトーストを頬張りつつ、ゾルクは私を見返した。彼の目は嘘をついているようには見えなかったので、少し安心した。

 

「それで、まずどこへ向かうんだっけ?」

 

 トーストを半分ほど平らげたところでゾルクが問う。……旅をする「意思」はあるようだが「意志」はまだまだ薄いようだ。目玉焼きを片付け、カップに注いだミルクを飲み干した後、私は返事をした。

 

「また怒鳴られたいのか? ジーレイ・エルシードという魔術師を訪ねるんだ。彼は魔術や伝説など古代の事象に詳しいと聞いているから、力になってくれるかもしれない。……昨日もこう言ったはずなんだがな」

 

「もうかなり眠かったから記憶が曖昧でさ……。確か、ディクスっていう町の北東にある、スラウの森に住んでるんだよな」

 

 ゾルクはまるで、もう私に怒鳴られまいと思っているような顔をして答えていた。

 

「そうだ。それでは今から道を教えるぞ。まずここからディクスへ行くには、マグ平原を北西に真っ直ぐ突っ切るだけでいい。だがその先のスラウの森に辿り着くには、手前にあるスラウの洞窟を通過しなければならない。つまりマグ平原、ディクス、スラウの洞窟、スラウの森という順序で進むことになる」

 

「エンシェントビットの力を使えば一瞬で辿り着けるんじゃないかって思ったけど、それは……やっちゃいけないことなんだよな?」

 

「当然だ。無闇やたらと聖なる力に頼ってはならないし、並の魔術師でも扱いに困るほどの魔力を有するビットがいつでも素直に効力を発揮してくれるとは思えない。私がリゾリュート大陸に時空転移した際も決死の覚悟だったと、向こうで伝えたはず。エンシェントビットは使用しないことが最善なんだ」

 

「よく覚えておくよ。繰り返し説明させてごめん」

 

「いや、いいさ」

 

 ゾルクは申し訳なさそうに声をしぼませたが、即座に許した。これでエンシェントビットの危険性をしっかりと胸に刻んでくれたはず。とても重要な内容なので、説明を繰り返すことは良しとしよう。

 

「とりあえずスラウの森に行くだけなら、別にどうってことなさそうだ」

 

 彼は余裕の表情でカップに口をつけた。しかしフォーティス爺さんが脅すように補足する。

 

「じゃがのう……道中にあるスラウの洞窟について悪い噂を聞いておる。最近、洞窟へ入ったディクスの住人が相次いで行方不明になるという事件が起きているらしい。しかもそのうちの何人かは、モンスターに食いちぎられたと思わしき無残な姿になって発見されたそうじゃ。魔皇帝の呪いが関わっておるのかもしれんのう」

 

「きょ、凶暴化したモンスターが住みついてるってこと……!?」

 

 ゾルクは、さっきまでの余裕などまるで吹き飛んだかのような顔で息を……いや、ミルクを飲んだ。びびっているのか余裕なのか、よくわからん。

 

「しかし、私達はそれくらいの事で立ち止まってはいられない。スラウの森へ向かうついでに害獣駆除と洒落込んでやろう」

 

「へぇ。急いでるって言う割に、町の人たちのことを考えてるんだなー」

 

 そう言って彼は細目で私を見た。どうやら冗談混じりのようだが。

 

「何を他人事のように言っているんだ。世界を救う存在とその仲間として、人々を助けるのは当然ことだろう。というか救世主であるお前が率先して頑張れ」

 

「そこで救世主の肩書きを出すのはズルくない? だけど困ってる人がいるっていうんなら俺だって見過ごせないよ。やってやるさ!」

 

「なら良かった。頼りにしているぞ」

 

 ゾルクはやる気に満ちている。心配する必要は、あまり無いらしい。

 

「……でも怖いから、マリナも頑張ってくれよ?」

 

 笑顔を取り繕いながら搾り出されたのは、雰囲気を台無しにする弱音。……前言を半分だけ撤回しよう。別の意味で心配を欠かせないようだ。

 

 

 

 朝食の皿をさげ、テーブルの上は綺麗に片付いた。そして荷物や装備を整えてゾルクに促す。

 

「そろそろ出発しなければならないな」

 

「わかった。……フォーティスさん。寝床と食事、どうもありがとうございました」

 

「行ってくるよ、爺さん」

 

 私達は感謝の気持ちと決意を込めて、フォーティス爺さんにそれぞれ挨拶をした。

 

「必ず無事で戻ってくるんじゃぞ、二人とも。そして世界を救ってくれ」

 

「私の心配はしなくても大丈夫だよ。……それよりも問題はゾルクだ。ヘタレだから途中で旅を諦めようとするかもしれない。もっとも、私がついている限りそんなことはさせないが」

 

「おいおい、流石に諦めたりしないさ! っていうか、ヘタレって言わないでくれよ!」

 

 軽い冗談――と言いつつ私は本気だった――を交わしながら屋敷の扉をくぐる。そしてフォーティス爺さんの見送りを受け、キベルナの村を後にした。

 

「久々にお目にかかった青空と太陽。救世主の旅立ちの日が晴れになるとは、幸先が良いわい。これからの世界を暗示しておるといいのう」

 

 私達の姿がマグ平原に消えた後、フォーティス爺さんは空を見つめて静かに祈った。

 

 

 

 村を出発して半日以上が経過した。辺りは夕焼けに照らされて、もうすぐ夜になろうとしている。

 マグ平原は薄茶色の硬い土がむき出しになっている箇所が少なく、一面が小さな雑草で埋め尽くされた広くのどかな草原である。昼には暖かな陽気に包まれるため、快適に過ごせる場所として知られている。

 全体の三分の一ほどを進んだところで、私達はモンスターと交戦していた。襲われた理由など知らないが、もっぱら私達を餌にしようとしているのだろう。

 

「逃がさない! 突連破(とつれんは)!」

 

 鋭い爪を光らせ大きな翼で羽ばたき、上空から急降下する荒鷲のモンスター。それに対して両手剣の先端を向け、すぐさま素早い連続突きを繰り出すゾルク。この剣技は荒鷲を何度も突き刺した。そして奴は力尽き、淡い光の粒となって消滅していく。

 

「よしっ! マリナ、そっちに狼が!」

 

 彼の声よりも先に、こちらに向かってくる敵影を認めた後。

 

「わかっている! 連牙弾(れんがだん)!」

 

 風の弾丸を計四発、喰らわせてやった。風と言っても、その密度は岩をも砕くほど。狼のモンスターは胸部、腹部をいとも簡単に貫通され、光となって消えていった。二丁拳銃を操る私の前では、研ぎ澄まされた爪や牙など何の役にも立たない。

 

「残存敵影、無し。こいつで終わりだったようだな」

 

 周辺を見まわして安全を確認し、二丁拳銃を両腰のホルスターへ戻した。それと同時にゾルクが私の元へ駆けてくる。

 

「ビットの力って本当に凄いな! ただ剣にくっつけただけなのに、剣技の威力が今までとはまるで違うよ」

 

 右手で握った両手剣を見つめ、感嘆の声をあげた。柄には、今までに無かった蒼いビットの装飾を施している。キベルナを出てすぐに私が与えたものだ。

 このビットは操る者の意思に呼応するよう設定されている。ゾルクが繰り出す剣技の威力が増しているのは、これのおかげだ。

 

「体感するのが一番解りやすいだろう? その分、扱いが難しくなる場合もあるので注意しなければならないが……もう何度も戦闘をこなしたからな。私が見るに、お前は充分ビットに慣れて勝手が掴めているはず。これ以上は説明しなくても大丈夫だな?」

 

「うん、大丈夫。で、ビットの扱いがもっと上手くなればリゾリュート大陸の常識では編み出せなかった、魔術みたいな技も使えるようになるんだよな?」

 

「そうだ。剣から炎を生み出したり風を操ったりと、お前の発想と鍛練次第で何でも出来る」

 

「よし、俄然やる気が出てきた! 世界を救うついでに俺の剣の腕も上げてみせる!」

 

「その志はいいんだが、折れるなよ?」

 

 最後の言葉は、彼に届かなかった。私を置いて意気揚々と先に進み始めたからだ。やる気がずっと続いてくれれば一番いいのだが、その可能性は極めて低いと予想する。

 

 

 

 完全に夜へと移り変わった頃。予想通り、ゾルクから弱音が飛び出した。

 

「なぁ、マリナ……いくらなんでも疲れたよ。マグ平原がこんなに広いなんて思わなかった……」

 

「確かに広いが、半分に差し掛かったところだ。残り半分進むだけだと思えばいい。それにこれくらいで弱音を吐いてどうする。鍛えが足りないぞ」

 

 夕方のやる気はどこへやら。「バテました」と言いたげな顔のゾルクを見て一喝した。最前線で力を奮う剣士だというのに、なんとだらしのない。

 

「そんなこと言ってもさ……あんまり休憩せずに歩きっぱなしで、モンスターと出くわすばかりだし……。ずいぶん暗くなったんだから、流石にここらへんで休もうよ」

 

「ふむ……」

 

 ゾルクに説得され、私も考え直してみることに。……確かに休んだ方がいいかもしれない。

 思い返せば、救世の旅について私の方が張り切り過ぎていた節もある。使命感が強すぎるのだろうか。だとすれば、少しでいいからゾルクに分けてやりたいものだ。

 

「済まなかった。お前の意見にも一理ある。今日は、あそこの木の下で野宿にしよう。寄りかかるのに丁度よさそうだしな」

 

「やったぁ~……」

 

 私が野宿を決めるや否や、ゾルクはその場にぺたんと座りこんだ。せめて木の下に辿り着いてからにしてほしい。

 こうして野宿の準備に取りかかり、旅の初日をマグ平原の中央で終えることとなった。

 

 

 

「……あいつら、旅人か?」

 

 マグ平原に生い茂る草木に隠れて私達を見守る、三つの怪しい影。頭に迷彩柄のバンダナを巻いて、黒いボロボロのジャケットと裾の長いパンツを身に付けている。皆が皆、その格好で統一している。

 一言目を放った中背の男は、隣の気が強い屈強な男に確認を求めている。すると屈強な男はニヤニヤと笑いながら答えた。

 

「俺達にとっちゃあ絶好の獲物だぜ。今は装備を外して丸腰だからチャンスだな」

 

「でも、なんだか嫌な予感がするんだよなぁ……」

 

 三人目の背丈の低い男は、打って変わって臆病に発言。

 

「なーに弱気なことほざいてるんだ。さっさと盗るもん盗って、今日を生きるための糧にするぞ」

 

「難しそうな言い回ししても、悪事を働くことには変わりないじゃん。大体、もうすぐ今日も終わるし」

 

 屈強な男は、臆病な男の言葉が(かん)(さわ)ったようだ。固く握った右拳を無言で振り上げ、臆病な男の頭頂部を殴って鈍い音を鳴らした。

 

「いてぇ! グーで殴ることねえじゃねぇかよぉ!?」

 

 臆病な男が頭頂部を両手で押さえ悶える中、中背の男が二人を制止する。

 

「しーっ! 声がデカいぞ! ……盗賊のくせに悪事を拒むな! っていうか、それならなんで盗賊やってんだよお前。ったく……ほら、隙を見て行くぞ」

 

「別に拒んでるわけじゃねぇよ! ただちょっと、ちょっとだけ嫌な予感がしただけだ。……俺だって盗賊なんだから、やることやるに決まってらぁ!」

 

 臆病な男は痛みをこらえ、気を持ち直す。中背の男、屈強な男も神経を研ぎ澄ませ、一瞬で黙り込んだ。茂みの奥の三人の男は行動に移ろうとしている。

 この時。私とゾルクは忍び寄る影に気付かず、事もあろうに口論を繰り広げていた。


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