Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第56話「打倒の時、迫る」 語り:マリナ

 コルトナ将軍を倒した私達は、軍事国クリスミッドの首都リグコードラを目指して飛行中である。

 しかし、このまま首都まで素直に飛んでいってもクリスミッド城の迎撃設備が敵機を、即ち私達の搭乗する大翼機(たいよくき)ザルヴァルグを撃墜しようとするだろう。だからと言い対岸の陸地に降りたところで、首都へ繋がるエルデモア大鉄橋は以前の戦いで沈んでおり、船も無い。海を渡れないのだ。

 私達にとって手も足も出ない問題。それを解決できるのは……彼ら四人のみ。

 

「たった今、団長からの新たな信号を受信いたしました。こちらへ向かって接近中の模様にござります」

 

 クリスミッド城の南東部、迎撃システムを制御する銀色の管制塔の目前にて。濃紺色の忍び装束(しょうぞく)で顔ごと全身を包む者――スメラギ武士団隠密部隊所属の忍者が三名おり、その中の一人が、忍者ではないとある男性へ動向を伝えている。

 

「おお、ついに来たのですな。では皆さん、管制塔を一気に制圧しましょう。決して少なくない数を相手にしながら上ることになりますが、よろしくお願いします」

 

 男性は清潔感の漂う薄黄色の短髪であり、小さな丸眼鏡をかけている。物腰は柔らかだが「制圧する」という発言に相応しく程よい緊張感を放っていた。けれども彼の防具は充分な強度があると言えど両腕の籠手(こて)のみであり、左腰に携えた両刃片手剣も一般流通の安価な量産品。あとは戦闘から程遠い服装なのだが、制圧に向けて支障は無いのだろうか。

 忍者達は、なんと男性の姿について一切不安を感じていなかった。それどころか信頼を置いているらしく、尊敬の念を抱きながら返事をしている。

 

「とんでもない、こちらこそ。手際よく参りましょうぞ」

 

「ええ。今ごろ彼らは空を移動しながら『城からの迎撃をどう攻略すればいいのか』と悩んでいるに違いありませんから」

 

 そう言いながら男性は鼻の上の丸眼鏡の位置を正した後、右手で片手剣を引き抜いた。すると、先ほどまでの適度な緊張感が見る見るうちに膨れ上がっていく。そして雷雲のように刺激と非情さの込められた気迫を込め、忍者達と共に管制塔を上り始めるのであった。

 

 彼らの奇襲に無駄は一つも無かった。

 管制塔を守るクリスミッド兵を圧倒し、次々に気絶させていく。この時、主に狙っていたのはヘルメット左側に備わった通信機ユニット。これを率先して破壊することで、他の兵士との連絡を妨害しようと図ったのだ。その丁寧さが功を奏したのか、最上階の兵士を無力化して縄で縛った後も増援の影は見えなかった。

 

 管制塔を封鎖し、制圧はスムーズに完了。四人それぞれがコントロールパネルを操り、目的を達成する。最終確認した後、丸眼鏡の男性が再びパネルを操作し、誰かへ通信を繋げた。その相手とは一体……。

 

「こちら、ヘイル・シュナイダー。聞こえていたら応答してほしい」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第56話「打倒の時、迫る」

 

 

 

 今、まさに私の隣の座席についているのは水色の長髪の武士、蒼蓮(そうれん)まさき。彼は、ピピピピと着信音の鳴り響く通信機を懐から取り出して受話したのだが、次の発言に驚かされた。

 

「お待ちしておりました、ヘイル殿……」

 

 なんと通信機の向こうに居るのはゾルクの叔父のヘイルさんであり、しかもまさきは「待っていた」と言う。ヘイルさんとはケンヴィクス王国の首都オークヌスで別れたきり。更に、私達は現在のようにザルヴァルグで各地を飛び回っていたので接触の機会など一切なかったはずだが、まるで打ち合わせしていたかのような口振りだ。

 

「えっ、ヘイルおじさん!? なんで!? どういうこと!?」

 

 無論、ゾルクも何も知らない様子。後ろの席から身を乗り出し、通信機に向かって大声で疑問をぶつけた。

 

『おお、ゾルク。無事のようだな。理由なら落ち合ってから話す』

 

 声は向こうに届いていたが、答えは先延ばしにされてしまう。

 

『まさき君。手筈(てはず)通り、首都と城の迎撃システムを一部解除することに成功した。南東からクリスミッド城を目指して真っ直ぐ突っ切ってくれればいい。わたし達は、その地点にある管制塔で待っている。それと、ウィナンシワージュ殿下にもご同行をお願いしたい。危険は承知だが、殿下がいらっしゃらなければ皆を救えないんだ』

 

「殿下も……? 承知しました……」

 

『では、通信を終了する』

 

 まさきは通信機を懐に仕舞うと、操縦者であるアシュトンに航路を指示した。予期せずして悩みの種を取り除けたが、どうしてヘイルさんがワージュの存在を知っているのだろうか。裏で何が起きているのか見当がつかなかった。

 

 

 

 当然だがクリスミッド城には、ザルヴァルグのような航空機専用の発着場など存在しない。よって、ある程度は強引な方法を用いて城へ辿り着かなければならないが、無闇に攻撃を仕掛けたくないためビームキャノンでの整地は行わない。そこでアシュトンがとらざるを得なかった行動は……。

 

「準備は出来たな!? 突っ込むぜ!!」

 

 石造りの城壁に対して最低限の推力で激突を実行し、乗降口となっている機首を城内に捻じ込む、というものだった。ワージュによればクリスミッド城は壁の鋼鉄化を進めているらしいのだが、目的地点は着工に至っておらず石壁のままであり構造的に他より脆いので、突破口を開くならこれしかないという。その脆さと、ザルヴァルグが頑丈だからこそ可能な、掟破りの荒業なのである。

 ……しかし最低限だろうと激突は激突。城壁の崩壊音と機体の摩擦音が耳をつんざく。地震のような揺れが起こり、悲鳴が飛び交った。ワージュはゾルクにしがみつき、ミッシェルは気絶しているメリエルを必死に庇い、ジーレイも格好つけずに眼鏡を死守している。座席に座って身体をしっかり固定していても、再起不能になるかと思ってしまった。

 

「ミカヅチ城へ進攻した時の経験が生きたな……」

 

「ちっとも喜べない……。というか、これっぽっちも生かされてないだろ」

 

 全ての音と揺れが止んだ頃。肝を冷やすまさきへ、ぐったりしながらもゾルクが指摘を深く突き刺していた。まさしく『逆さ花火』の再体験だった。あんな悲劇をまた味わうことになろうとは……私も無念である。

 

「えぇぇぇ……。ゾルクさんたち、前にもこんなことしたの? カダシオ砂漠に不時着したのとは別件で……? 今回は仕方ないから協力したけど、命がいくつあっても足りないよ……」

 

「待ってワージュ。お願い、ドン引きしないで。あの時だって、城に突っ込みたくて突っ込んだわけじゃないから」

 

「突っ込んだんだ……」

 

 未だゾルクにしがみつくワージュ。青ざめた顔は、なかなか元の色に戻らなかった。

 

 

 

 ようやく、クリスミッド城へ乗り込めた。ザルヴァルグは気絶中のメリエルを乗せているためソーサラーリングには収納できない。そのためアシュトンとはここで一旦別れ、テクノロジーベースの時のように安全な空域まで退避してもらった。

 私達はワージュを含めた七人で行動。城内庭園と通路を抜けた先にある、銀色の管制塔へ近づく。するとすぐに、塔の前に立つ彼らの姿が見えてきた。

 

「よく来てくれた。派手な到着だったから、少し心配したぞ。……そしてウィナンシワージュ殿下、お初にお目にかかります。わたしの名はヘイル・シュナイダー。危険を顧みず、よくぞおいでくださいました。心より感謝を申し上げます」

 

「団長、久方振りにござります。よくぞ御無事で」

 

 ヘイルさんと、スメラギの忍者が三人。こちらへ労いの言葉をかけてくれた。まさきは頷きながら「よく果たしてくれた」と忍者達に返した。

 

「おじさんも忍者の人達もありがとう! クリスミッド城の迎撃設備をどうするか困ってたんだ。でもなんでここに? 天空魔導砲ラグリシャを止めにきてくれたの?」

 

 ゾルクの問いに、ヘイルさんは首を傾げる。

 

「天空、魔導砲……ラグリシャ? なんだそれは。空には何も浮かんでいないが……。城内なら一通り調べているが、そんな兵器など影も形も無い」

 

「でしたら、海中で建造しているとしか考えられませんね。完成と共に浮上させるつもりなのでしょう」

 

 ジーレイの予想は、私の考えと同一のもの。上空から首都リグコードラの市街地を眺めた時も相応な建造スペースは見当たらなかったので、もうそれしかないだろう。

 今度はソシアが口を開く。

 

「海の中で大掛かりな兵器を造るなんて、可能なんでしょうか?」

 

「とてつもない建造技術が必要となるはずですが、ナスターが建造補佐として絡んでいるので、どうとでも説明がつけられます。酔狂でも腕だけは確かな技術研究者ですからね。例えば、実は海流を遮断して内部空間を生成する技術を開発しており案外、手間取らずに建造できているのかもしれませんよ」

 

「無理のありそうな例え話なのに、すんなりと納得できるのが悔しいです……」

 

 彼女は複雑な表情を浮かべながら、ジーレイからの答えを受け取っていた。

 ゾルクは、もう一度ヘイルさんに尋ねる。

 

「ラグリシャが目的じゃないなら、王妃様救出のほう?」

 

「正解だ。ケンヴィクス国王から直々にお達しがあってな。お前達が救出の本隊で、わたしが別働隊という位置付けになる」

 

「なんで俺達に内緒だったの?」

 

「万が一にもクリスミッド軍に知られてはいけなかったからな、無用の接触を避けていたんだ。それに皆さんはともかく、ゾルクには昔からどこか間抜けなところがある。敵の前で口を滑らせるかもしれないから、この瞬間まで何も伝えない方が良いと判断したんだ」

 

「故に拙者も、何者にも口外しなかったのだ。悪く思うでないぞ……」

 

 ヘイルさんとまさきの暗躍は、用心に用心を重ねてのことだったらしい。だが真実を知った彼はいじけてしまう。

 

「理由はわかったけどさ、久々に間抜けって言われた……。ちょっと懐かしい気もするけど、ひどいよおじさん……。俺だって頑張ってるんだから」

 

「……すまん、悪かった。どうやら心配するあまり、昔のお前のイメージが再燃してしまったようだ。旅を経て(たくま)しくなっているというのにな……。今後は、お前の成長をもっと意識して確かめることにするよ」

 

「頼むよ、ほんとに」

 

 ムスッとしたゾルクが軽く睨む。ヘイルさんは薄黄色の短髪を不自然に撫でながら、ぎこちない笑顔でその場をやり過ごすのであった。

 

「話を戻そう。……わたしが首都リグコードラに潜入できたのは、つい最近だ。エルデモア大鉄橋が陥落しても守りが堅かったため、非常に苦労したよ。やっとの思いでクリスミッド城の牢屋まで辿り着き、王妃様のご無事を確認した。殿下の側近と思わしき方々もいらっしゃった。しかし事情があり、わたしだけでは救出できなかった。そんな状況の中、残留していたスメラギの隠密部隊と出会い、ウィナンシワージュ殿下が救世主一行に同行されているとの話を伺った。そしてゾルク達が来るのを待っていたというわけだ」

 

 これを聞いたミッシェルは違和感を抱いたようだ。

 

「あら? ねえ、まさき。隠密部隊はみんなリグコードラから撤退して、リゾルベルリで合流したんじゃなかったっけ?」

 

「実は部隊に通信連絡した際、念のために精鋭を数名のみ残していた。『もしもクリスミッド領内でヘイル・シュナイダー殿と邂逅(かいこう)したならば必ず助力せよ』と命じてな。そして邂逅が現実に叶ったのだ……」

 

「うそ~ん? 何もかも知ってなきゃ出来ないレベルの命令でしょ、それ」

 

「そうでもない。『ヘイル殿が国王から特命を受けた』との報せをこの耳に入れたのは、拙者達がケンヴィクス城を発ったのとほぼ同時期。あの時点で、もしやと思っていたのでな……」

 

「すっご……。あたし、舌巻いちゃったわ」

 

 ほとんど最初からヘイルさんの動向を察していたとは。「見事」の二文字が相応しい。

 

「まさき君が抜け目ないお陰で、忍者の皆さんの力を借りることが出来た。さすがスメラギ武士団の団長だ、と感心したよ」

 

「勿体無きお言葉にございます。……しかし、あなたが王妃アリシエル様救出の別働隊を本当に務めていると知った際は、一驚(いっきょう)しました……」

 

「別働隊と言っても、隊員はわたし一人だがね。ははは」

 

「その点に驚いたのです……」

 

 他愛ないことのように笑い飛ばすが、まさきは真剣に(おのの)いている。……私もてっきり、合流していないだけでまだ他にケンヴィクス王国軍兵士を連れているものだと思い込んでいた。大人数が潜入に適さないのは解るが、一名のみで行うにはクリスミッド軍は強大すぎる。私がバールン刑務所に忍び込んだ時とは、比較にならないほど危険なのである。

 甥のゾルクでさえ、自らの叔父がここまで規格外だったとは把握していなかったらしい。

 

「……おじさんの凄さ、なんかもう次元が違うかも。俺の知ってるヘイルおじさんじゃない。退役してるなんて嘘だと思っちゃうよ……」

 

「それはさて置き」

 

「置いちゃうんだ……」

 

「ウィナンシワージュ殿下。事は一刻を争います。王妃様と殿下の側近の救出には、殿下のお力が必要なのです」

 

「ぼくが必要というのは、なぜ?」

 

 通信でも聞いた、救出の条件。どうしてワージュが関わっているのだろうか。それをヘイルさんが説明しようとした、まさにその瞬間。

 

「管制塔前にて、城壁を突き破ったとされる侵入者を発見!」

 

「貴様ら、例の救世主一行か!? コルトナ将軍の仇をとらせてもらう!!」

 

「ウィナンシワージュもいるぞ! 身柄を拘束しろ!」

 

 塔の前の広がりに、ヘルメットを被った大勢の緑色の兵士が駆けつけてしまった。先端に短剣を装着したクリスミッド式のライフルを携えており、一斉に銃口をこちらへと向ける。

 

「……少し、話し込み過ぎたか。まずはこの場をどうにかしなければならんな」

 

 逃げ道は兵士達の向こうにしか無い。ヘイルさんが片手剣を引き抜くと同時に、私達も武器を手に取った。

 一触即発の空気が漂う中、クリスミッド兵のベテランらしき男がヘイルさんを見て何かに気付く。

 

「む? 貴様の顔、どこかで……」

 

 そして彼は思い出した。クリスミッド軍にとって身の毛もよだつ事実に。

 

「……ひえぇっ!! せ、聖雷(せいらい)だ!! あの丸眼鏡の男、『ケンヴィクスの聖雷(せいらい)』だぞぉっ!!」

 

「聖雷だと!? 伝説の化け物がどうしてクリスミッド城に……!?」

 

「き、聞いたことがある。昔、とある戦いにおいて個人の武力で我が軍を圧倒したケンヴィクス兵がいる、と。そのあまりにも人外じみた強さに戦慄を覚えた同胞達は、あえて蔑称(べっしょう)を用いず聖雷と呼んで崇め敬い、戦場で二度と出くわさないことを震えて祈ったという……」

 

「すげぇ……。俺、軍に入って初めて見た……」

 

 どうやらヘイルさんは現役時代、『ケンヴィクスの聖雷』という異名を付けられるほどの恐怖的存在としてクリスミッド軍に認知されていたらしい。兵士達の心に尋常ではないほどの動揺が走り、ライフルを握る手にも震えが生じ始めた。

 強行突破するなら今しかない。私とまさきで目配せを交わし、共に先陣を切ろう……と考えていたら。

 

「その名を覚えてくれていたとはね。わたしは退役しても有名だったようだな。ならば敬意に応え、一瞬で決めさせてもらうとしよう!」

 

 以前に渡していたビットをどこからか取り出し、短時間で精神力を集中するヘイルさん。輝くビットから全身へ落雷のような激しさの魔力を受けた後、片手剣をゆらりと構える。

 

「ゆくぞ! 全てを焼き斬るこの雷撃!」

 

「いかん、撃て!!」

 

 ベテランの兵士が叫んだが、どのライフルの引き金も引かれはしなかった。そして私達の目に映ったのは、ヘイルさんが消える様と光の線のみ。

 

「ディバイン成敗(せいばい)!!」

 

 剣技の名称を叫ぶ彼の姿は、包囲網を抜けた先にあった。そして兵士は全員、物言うことなくバタバタと倒れていく。おそらくだがヘイルさんは、雷の魔力で全身の筋肉を刺激して運動能力を高め、まさしく光速で駆け抜けながら剣を振るったのだろう。そして雷の魔力だけを兵士達に浴びせることにより、斬り裂くことなく気絶させたのだ。

 通常時から、稲光(いなびかり)にも似た軌跡を描くほどの速さで戦闘を行えることは、既に知っている。彼にとって基本的な、その稲光のスピードを極限まで上げた堅実的な必殺の剣技、という印象を強く受けた。

 

「いつの間にか秘奥義を編み出してたなんて。ますますおじさんの強さに追いつけなくなる……。っていうか、強過ぎるせいで異名を付けられてたことも知らなかったし」

 

 ゾルクが落ち込むのも無理はない。私がゾルクの立場だったとしても「あの強さをどうやって超えればいいんだ」と絶望したはずである。

 

「せっかくクリスミッド軍がくれた聖雷の名だからな。技の動作もそれになぞらえてみた」

 

「でもさ、『ディバイン成敗(せいばい)』は駄目だよ。ダジャレみたいだし。例えば……そうだなぁ……『電光石火斬(でんこうせっかざん)』なんてどう?」

 

「ほほう……! 気に入った、それに変更しよう。ゾルクの名付け感覚はしっくりくるな。いつも感服させられる」

 

 二人の会話を聞いた皆は、言い知れぬ倦怠感(けんたいかん)に襲われた。微妙な空気が流れ始める。

 

「安直気味なネーミングセンスは血筋によるものだったのか……」

 

「ん? マリナ、なんか言った?」

 

「いや別に何も」

 

 思わず、小声ではあったが心の内を零してしまったようだ。私としたことが……。

 ――この会話で妙に冷静にさせられた直後。私の眼に映ったゾルクは、自らをそこはかとなく奮い立たせているように感じた。まさか、冗談めいたことでも口に出していないと疲労で押し潰されそうなのだろうか。……そうであっても不思議は無い。激戦続きであり、エンシェントビットの力を使ってから時間もそれほど経過していないのだから。アーティルの顔を見る前に倒れてしまうのではないかと、内心では気が気でなかった。

 

 

 

 王妃アリシエルとワージュの側近達が囚われているのは、城の地下牢だという。クリスミッド兵を蹴散らしつつ急行しながら、ヘイルさんから詳細を聞いた。

 

「殿下の存在が必要不可欠な理由、それは地下牢の仕掛けにある。ただでさえ破壊不能なほど堅牢なのに特殊な識別装置が組み込まれていて、クリスミッドの重要人物にしか解錠できないようになっていた。だからゾルク達の到着を待つしかなかったんだ」

 

「城の地下にそんな仕組みの牢屋があったなんて、ぜんぜん知らなかったよ……。きっとアーティルが極秘に設置していたんだと思う」

 

 ワージュの幼い瞳に怒りが籠もった。途端、ジーレイの表情も険しくなる。

 

「それは僕がグリューセル国を治めていた頃に考案された、個人の魔力の波長に反応して開閉を行う施錠技術……。なぜ大昔の仕掛けがクリスミッド城内で使われているのでしょうか。魔力を使用する技術全般は国の滅亡と共に失われたはずなので、現代のリゾリュート大陸に残存しているのはおかしい」

 

「これもデウスの入れ知恵なのでは?」

 

「……かもしれませんね」

 

 私の言葉で納得したかと思われたが、心の晴れた声色ではなかった。

 

 

 

 暗い地下階層の奥。半透明で巨大な一枚の壁に遮断された、無機質で無菌的な空間。そこが、王妃や側近達を閉じ込めた牢屋であった。

 ワージュが壁へ一番に駆け寄り、声をかける。

 

「みんな、助けに来たよ! 遅くなってごめんなさい」

 

「お……おお……!? 殿下であらせられますか!? 幻覚ではなく、本物の……!?」

 

「アーティルの魔の手より逃げ延びられたのですね……! ずっと案じておりました……よくぞ、よくぞ御無事で……!!」

 

「優しいおじいさんが逃がしてくれたんだ」

 

 あちこちが傷んだ、元は規律の正しさに満ちていたであろう衣装に身を包んだ彼らが、ワージュの側近である。お互いの無事を確かめ合い、感極まっていた。

 

「殿下、こちらへ」

 

「……はい!」

 

 ワージュはヘイルさんの誘導に従い、牢屋前に備わった認証盤へ手の平を乗せた。すると半透明の壁はスゥッと消えていき、遮るものは何も無くなった。

 側近達が一目散にワージュの元へ向かう。その後ろではヘイルさんが、座り込んだままの女性へ近付き、(ひざまず)いた。

 

「王妃様、お迎えに参りました」

 

「シュナイダー名誉騎士長……! ありがとうございます。よく戻ってきてくれました」

 

 所々が汚れてしまっている銀のドレスに身を包んだ、薄桃色のショートヘアの女性――王妃アリシエル・ウレン・ケンヴィクス。過酷な環境下にあったが、今日この瞬間まで何とか生き延びてくれていたのである。ヘイルさんの補助ありきだが、立ち上がることも出来ていた。

 

「力及ばず一度は退き、救出に時間をかけてしまったこと……どうかお許しください」

 

「とんでもありません……! わたくしもウィナンシワージュ殿下の側近の方々も、あなたが一度ここへ訪れてくれたからこそ、希望を捨てずに耐え忍ぼうと思えたのですよ」

 

 おもむろにワージュの側近達が近付いてくる。

 

「その通り。あなたを良き意味で聖雷と思える日が来ようとは。心地の良い心境です」

 

「まさに、クリスミッドとケンヴィクスを繋ぐ英雄。この御恩、一生忘れは致しません」

 

「過分なお言葉、既に退役している身としては恐れ多い……。勇気を振り絞りここまでいらっしゃった殿下のほうが、英雄とお呼びするに相応しいでしょう」

 

「ぼ、ぼくはみんなを助けたくて必死だっただけで、英雄だなんてそんな……!」

 

 王妃のみならず側近達からも謝辞を述べられ、少々照れ臭そうなヘイルさん。そのこそばゆい気持ちは、ワージュにも飛び火するのだった。

 ジーレイとソシアは牢屋前の認証盤を調べていたのだが、ここでも不思議な事実が。

 

「どうやらこの牢屋そのものが、魔力計測と変換を兼ねていたようですね」

 

「えっ!? 皆さん、ずっとここに入っていたんですよね? 王妃様の変換には時間がかかるとは聞いていましたけれど、それにしたって……。どうして魔力に変換されずに済んだんでしょうか……?」

 

「ヘイル氏の存在が皆の心の支えとなり絶望しなかったおかげで耐えることが出来たのかも、としか。これ以上の推測は僕でも不可能です」

 

 賢明な彼に推測不能と言わしめたヘイルさんは、やはり英雄の器なのかもしれない。

 

「奥の牢屋にも大勢、収容されているようだ。特殊性のない普通の牢屋に見える」

 

 私が気付くとゾルクが恐る恐る覗き込む。牢屋に入っていたのは、緑の軍服を着た男達。

 

「クリスミッドの兵士がこんなにたくさん……! なんで囚われてるんだ?」

 

 するとこの場へワージュの側近の一人が来て、次のように述べる。

 

「できれば、あの兵士達の解放もお願い致します。彼らに敵意はありませんから」

 

 その台詞で私は全てを察した。

 

「いわゆる、ワージュ派の兵士か。それだけではない。本心からアーティルの思想に賛同し付いて行った者がいれば、あの遠隔操作魔術で脅され付いて行かざるを得なかった者がいてもおかしくないからな」

 

「そして総帥に反抗した者は容赦されず、牢屋行きになったのだ……」

 

 一番手前で座り込んでいた兵士が、私の言葉へ付け足した。彼の軍服は、ひしめく緑の中で目立つ赤色。隊長格のような風貌だが……。

 

「あなたは?」

 

「間違いの多い、無様な部隊長さ」

 

 自虐的な彼は力なく笑っていた。

 

 仲間と協議し、牢屋の錠前を破壊。囚われていたクリスミッド兵の全員を解放した。ワージュより「クーデター以前から信用に値していた兵士の姿が何名も見えた」との証言があり、それも考慮した上での解放である。

 牢屋を出た彼らに武器を隠し持っている様子はなく、私達を騙すような素振りも全く見せなかった。むしろ衰弱した兵士がちらほらいて、互いに助け合っている状況だった。こちらで治癒術をかけると、涙を流して感謝する兵士もいたほどに。

 先ほどの部隊長も深々と頭を下げ、誠意的な態度をとってくれた。そしてこちらの事情を掻い摘んで伝えると、部隊長は重い空気を漂わせながら次のように言った。

 

「救世主一行よ、総帥が駆使するあの異様な術はグラップルキネシスという……。総帥自身の『欲するがまま掴み取る』という野心に影響されて発現したかのような、とてつもない能力だ。防ぐ方法が無いうえ一方的に対象を蹂躙(じゅうりん)できる、まさに無敵の術。それでも君達は立ち向かうのか?」

 

「当たり前さ。今さら引き下がるつもりなんてないよ」

 

 ゾルクの真っ直ぐな返事に、何か希望のようなものを見たのかもしれない。だからなのか、部隊長の言葉の続きはほんの少しだけ、こちらに未来を託すかのような想いが込められているように感じた。

 

「だったら急いだ方がいい。もうすぐ総帥はラグリシャを南西の海から浮上させ、攻撃準備に入るつもりだ」

 

 予想通り、ラグリシャは海中で造られていたようだ。しかし彼は牢屋に囚われていたはず。どうして浮上のタイミングがわかるのだろうか。裏を取るため、私は追究した。

 

「確かな情報なのか?」

 

「ラグリシャによる作戦の開始日が今日なんだ。そしてオレは、総帥に中止を直接提言して牢屋にぶち込まれたばかり。王妃達の魔力変換が終了予定日を大幅に過ぎても終わらなかったこともあり、総帥の虫の居所は最悪。激情しやすい性格だから、間違いなく実行するだろう」

 

「……わかった。信用する」

 

 ならば、海中へ潜る手段をすぐに見つけなければ……と考えている途中。部隊長は改まった様子で願いを発した。

 

「オレは一度、総帥に賛同した身。頼み事を言える立場ではないが、恥を忍んで頼みたい。……どうか総帥を止めてくれ。やはり、大勢の犠牲を払った上でケンヴィクス王国を侵略するなんて、いくら軍事国だとしても……あってはならない。前総帥は正しかったんだ」

 

 その願いは、ゾルクがしっかりと受け止めていた。

 

「ああ。絶対にアーティルを止めてみせるよ。……みんな、急いで外に出よう!」

 

「道中、オレ達が援護しよう。れっきとした軍事国の兵士なんだ、丸腰でも心得はある。……動ける者はオレに続け!」

 

 こうして一時的に大所帯となった私達は、執拗(しつよう)に迫る敵方のクリスミッド兵を撃退しながら、一気に階段を駆け上がっていくのであった。

 

 

 

 日の当たる場所――城内庭園まで全員が出てこられたのと時を同じくして。突如、大きな揺れが起こった。ザルヴァルグで城壁に突撃した際と同程度の、激しい揺れである。

 

「おおおおおお!? なんだなんだ!?」

 

 ゾルクが慌てているのを尻目に南西の海を見てみると……海面からどんどんせり上がってくるではないか。天使と悪魔を模したような羽が四方に一対ずつ生え、下部に頂点を向けた三角錐(さんかくすい)型の純白で超巨大な建造物が。

 完全に空中へと浮かんだそれは、順調に高度を上げていく。揺れは収まったが建造物のあまりの貫禄に圧倒され、私達の足は無意識の内に止まっていた。

 

「あれが、天空魔導砲ラグリシャなんですね……!!」

 

「テクノロジーベースに匹敵しうる大きさと見受けられる。しかし砲身も砲口も見当たらぬぞ。兵器などより空中要塞と呼んだほうが、まだ合点がいく……」

 

 ソシアもまさきも見上げながら冷や汗を流し、そう零していた。しかし、ミッシェルとジーレイは怖じ気付いておらず。

 

「デザインからなんとなく悪趣味な香りが漂ってるんだけど、デウスとナスター、どっちの趣向かしらねぇ?」

 

「案外、アーティルかも知れませんよ。厄介な性格をしていますし」

 

 大人の余裕……のようなものを見せていた。私としては、もう少し緊張感を持ってもらいたいのだが……。強いるものでもないしリラックス出来ている証拠でもあるから、あえて何も言わないことにする。

 

「海に潜る手間が省けたな。ザルヴァルグで殴り込もう。すぐにアシュトンを呼ぶ」

 

「航空機を呼ぶのか? だったら、この城内庭園を着陸地点とすればいい。広さは問題ないはず。襲い掛かってくる兵士はオレ達で食い止め、乗り込む際の隙を埋めてみせよう」

 

「助かる」

 

 部隊長達の助力を受け入れた後、私はジャケットの内側から通信機を手に取った。

 一方で、ゾルクはミッシェルに何かを尋ねていた。

 

「ラグリシャってあんなに真っ白だけど、塗りたくならないの?」

 

「……もうならないわ。そんなことよりも真面目にいきましょ! 王妃様達は救出できたけど、ここからもあたし達にとってのメインイベントなんだから!」

 

「ちぇっ! 自分だってさっき関係ないこと言ってたくせに~!」

 

 ――やはり、なんとなくだがゾルクが空回りしているように見える。冗談を言うことは今までにも何度となくあったが、年長者二人と違って、こんな状況で自ら積極的に言うような奴ではない、と私は思っている。ただの考え過ぎならいいのだが……。彼の疲労がピークに達していないことを祈るばかりであった。

 

「ゾルク。あのデカブツのところへ行くんだな? 聞き飽きたかもしれんが、無茶はするなよ。命を大切にするんだ」

 

「……うん。ありがとう、おじさん」

 

 ヘイルさんも私と同じく、彼から低迷した雰囲気を感じ取っているのだろうか。いつにも増して、強くゾルクの身を案じているようだった。

 

「皆さんも、どうかお気を付けて。わたしは隠密部隊と共に王妃様や側近の方々を護衛し、リグコードラからの脱出を図る。さあ、殿下もこちらへ」

 

「えっ、でも……」

 

 名を呼ばれたワージュは困惑した。事の決着を自らの目で見届けたいのだろう。しかしラグリシャには更なる危険が待ち構えている。残念だが、ワージュを守りながら戦うのは非現実的だ。そのことを諭すように、ヘイルさんは語った。

 

「ここから先、ゾルク達への同行は決してなりません。あなたはクリスミッドの未来を担うことができる、唯一の正統後継者。アーティルに見つかれば即刻、命を奪われてしまうでしょう。ですので、殿下の使命は『無事に生還し、新たな総帥となってクリスミッドを導くこと』。……わたしが言わずとも、おわかり頂けているはず」

 

「……はい」

 

 肩を落とす彼へ、ゾルクが優しく伝える。

 

「心配しないで。俺達、必ずアーティルを止めてみせるからさ」

 

「そのこともだけど、ぼくはゾルクさん達が心配で……そばで見守りたかった。だけどヘイルさんのおっしゃるとおりだよ。……ぼく、待ってる。みんなが無事に帰ってくるの、待ってるから……!」

 

 幼き眼を僅かに潤ませながらの宣言。ゾルクの返事は、笑顔と共に。

 

「約束するよ、ワージュ」

 

 丁度、こちらへ接近するザルヴァルグの姿が目視できるようになってきた。いよいよ、あの仰々(ぎょうぎょう)しい風貌の天空魔導砲へ殴り込むのである。

 様々な想いを背負って、いざ、総帥アーティル・ヴィンガートの元へ……!


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