Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第52話「ねえ、メリエル」 語り:ミッシェル

 ――それぞれが分かれて、すぐのこと。

 

「マシンバレット!」

 

 ナスターが義手を銃に変形させ、こちらに連射を浴びせてきた。けれどもゾルクは怖気づくことなく、落ち着いて無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを盾にする。

 

「メリエルのことはもちろんだけど、天空魔導砲ラグリシャだって俺達が必ず止めてみせるからな!!」

 

「救世主がラグリシャを知っている? どこから情報を……と思ったら、そうでした、ボルストが離反しましたっけ。それなら隠しても仕方ありませんねぇ。僕がラグリシャの建造補佐です。主任は総帥アーティル殿ですよぉ」

 

 どこまでもベラベラと情報を追加してくる。ここであたし達を始末するのが目的なら、数々の余計な会話は冥土の土産のつもりなのだろうか。

 

「そうだ、アーティル殿と言えば。マリナ・ウィルバートン……いや、そこの『ゼロノイド』が必死に倒したはずのクルネウスは、エルデモア大鉄橋から回収して修復中です。まだ死んではいないのですよぉ」

 

 わざわざ「ゼロノイド」と言い直すあたり、これは挑発である。さすがのマリナも眉をひそめてしまう。奴は攪乱の天才か。こちらのメンタルを引っ掻き回す作戦か。

 ……信じ難いのは、咆銃のクルネウスが生きているということ。彼女は、マリナによる緋焔の一撃を受けてエルデモア大鉄橋の残骸へ突き刺さり、力尽きたはず……。「修復中」という言い回しにも違和感があるが、ナスターが自信満々に知らせたからには、事実なのだろう。

 ナスターへ対抗するように、マリナが叫ぶ。

 

「メノレードでは私の記憶の事情について『何も知らない』などとほざいて、よくも騙してくれたな。その借りを、今日この場で返す!」

 

「騙してなどいませんよぉ。ゼロノイドについては全て総司令がなさったことですからね。ボクは真実をお伝えしなかっただけぇ。あの時期は救世主をおびき寄せるために口止めされていましたし。あ、ちなみに六幹部でゼロノイドの件を知っていたのはボクとクルネウスだけでぇす」

 

「……ゼロノイド、ゼロノイドとうるさいぞ! 口を慎め!!」

 

 マリナは「自分の正体が人間ではなく魔力集合体」という事実を、素直に受け止めていると語っていた。しかし、こうも無闇に指摘されては腹が立つのも当然。彼女は奴を睨んで、二丁拳銃を向けた。

 

「ストリームビート!」

 

 最初に銃口を向けて相手を身構えさせ、その隙にバックステップで間合いを広げて牽制射撃を行い、一歩ずつ不規則に前進しながら更に連続射撃を見舞う銃技である。長所は、射撃の間隔をわざとずらすことで回避するタイミングを相手に与えない所。すばしっこいナスターにも命中させることができた。

 

「なんですかぁ、そのへっぽこな銃撃は? 出来損ないで空っぽ人形のゼロノイドなどに、脅かされるボクではありませぇん」

 

「私が空っぽの人形だと……!?」

 

 それなりの手傷を負わせたと思ったが、構わず奴は減らず口を叩いた。その上、まだマリナを煽ってくる。どこまでも救えない男だ。

 だが、ナスターの嫌味な発言は、ゾルクがストレートにぶった斬った。

 

「マリナは空っぽじゃない。人形じゃない。ゼロなんかじゃない! 身体が魔力で出来ていても、確かな心を持った人間なんだ! そんなこともわからないお前に、俺達は負けない!!」

 

 武器を構えたまま、まるで自分のことのように激怒するゾルク。仲間を想ってここまで怒れるからこそ、あたし達は彼を信頼するのだ。

 

「ゾルク……! ああ、その通りだ!」

 

 マリナの戦意が、更に燃え上がった。この勢いに乗って、ゾルクが勝負を決めようと動く。

 

「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」

 

 胸に秘めたエンシェントビットの魔力を解放し、背の二か所から翼を生やすかのように魔力を放出。推進力を得た彼はすぐに上空へと舞い上がり、遥か下方のナスターへ狙いを定めた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第52話「ねえ、メリエル」

 

 

 

「必殺奥義! 双翼(そうよく)飛翔剣(ひしょうけん)!!」

 

 無創剣の切っ先を突き出して、最大推力で直進する。――けれども奴は、三日月の口を一段とニヤつかせていた。

 

「ほぉら、こちらですよぉ」

 

 小声で何か呟きながら後ずさる。まるで、どこかへ(いざな)っているかのような……。

 

「……まさか!? やめろ、これは罠だ!!」

 

 察したマリナが制止しようとしたが、遅かった。

 ナスターの身体へ突貫しようとした瞬間、奴の目の前――ゾルクから見て真下の床から、巨大な猛獣の顎のような鮮血色の物体が出現したのだ。顎の内部には、獲物を噛み砕くため数多の牙が。飛来したゾルクの胴体を左右からキャッチする形で、乱暴に噛み付いた。

 

「ぐああああああ!?」

 

 背の魔力放出は止まり、無創剣が両手から滑り落ちる。そのまま胴体を咀嚼(そしゃく)され、牙が自然消滅するまでゾルクは悶え苦しみ……蒼の軽鎧ごと血まみれになって、その場に這いつくばった。

 悲惨な光景を目の当たりにし、マリナが激昂する。

 

「貴様ぁ、よくも!!」

 

「あらかじめ仕掛けるようメリエルに命じておいた設置型のトラップ筆術、バーミリオンファングでぇす。高速飛行する秘奥義の存在は総司令から伺っておりましたから、対策済みだったのですよぉ! グフフフフフ」

 

 得意げに語るナスターは義手を光線銃に変形させ、エネルギーをチャージ。瀕死のゾルクにとどめを刺そうとする。無論、マリナはそうさせまいと銃撃を行い、光線銃の狙いを逸らさせるのだった。

 

銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)!」

 

 すかさず、治癒の銃技による魔力弾をゾルクの負傷部位へ撃ち込んだ。しかし回復量は少なく、応急処置にしかならない。ゾルクは依然として満足に動ける状態ではなかった。それでも彼は無創剣を拾い、必死に体を起こそうとする。

 

「ちっ……くしょうっ……!」

 

「すまない、ゾルク……。私が迂闊だった。もっと奴の動向に注意していれば……」

 

 責任を感じるマリナに、彼は痩せ我慢の笑顔を見せた。

 

「アシュトンの悪口が、本当になっちゃったよ……。後で文句……言ってやらないと……」

 

「今は喋るな……!」

 

 唇を噛み締めても、後の祭りである。

 負傷したゾルクと、彼を守りながら戦わなければならないマリナ。彼女だけでは、ナスターと戦闘を続けるには荷が重い。このままでは負けてしまう。

 ――絶体絶命の危機に、何かが迫る。

 

「ごはぁっ!?」

 

 それはナスターの意識外から飛び込み、為す術なく自身の左横腹に激突。右方向へ派手に吹っ飛んだ。横たわったまま視線の先を見ると、自分にぶつかったそれの正体がわかった。

 

「これは……先ほどメリエルが描いたイービルスケッチ!」

 

 まさきと対峙していたはずの人形は、鎧装束(よろいしょうぞく)ごと四肢を切断されて見るも無惨な塊となっており、まもなく消滅した。

 遅れて、人形を斬り伏せた本人がやってくる。

 

「『己の敵は己』とは、よく言ったものだ。少々、骨が折れたぞ。秘奥義までは真似できぬと見抜けなければ危うかった……」

 

 人形には連続で斬り刻まれた痕跡があった。秘奥義、四天・覇王陣(してん はおうじん)で分身して決着をつけたのだろう。

 まさきは肩で息をしており、やはり激闘だったことが(うかが)える。人形の顔が塗り潰されていたとはいえ、自分で自分の身体を斬ったようなものなのだから、それによる精神的ダメージも含まれているのかもしれない。

 

「お主達も無事とは言い難いようだな……」

 

「残念ながら、な」

 

「二人とも、ごめん……」

 

 いくら疲弊しようと、四の五の言っていられない。ナスターは、もう立ち上がってゆっくりと歩んできている。ゾルクを守るため、二人は奴の前に立ちはだかるのだった。

 

「あっちはゾルクがヤバイみたい……。あたし達もこれ以上は時間をかけてられないわね」

 

 向こうの戦況を知って、あたしの焦りは加速する。おもむろに汗を拭っていると……不意にソシアが発した。

 

「……こうなったら、やるしかありません」

 

「何か秘策が?」

 

 ジーレイが短く訊いた。

 

「私が秘奥義を発動して、メリエルを一点に留めます。その間にジーレイさんが魔術で捕らえてください。……もしも距離の調整に失敗して秘奥義が彼女に直撃したらと考えてしまって、今まで提案できませんでした……」

 

 不安そうな声だったが、内容を教えてくれた。そんな彼女へ、あたしは次のように優しく伝える。

 

「大丈夫よ。メリエルは嫌と言うほどあたし達の攻撃を避けまくってるし。それにギルムルグだって宣言通りバッチリ撃墜したことあるじゃない。ソシアなら出来るわ。自分を信じて!」

 

「……ミッシェルさん、ありがとうございます!」

 

 自信を取り戻したのか、ソシアの目から憂いが消えた。ジーレイも静かに頷く。――ならば決行するのみ。

 

「今頃になって、こそこそと作戦会議? もう諦めたほうが身の為よ」

 

 未だ余力を残すメリエルが忠告する。下級筆術のレッドアグニスを発動しながらである。「火」の文字を描いて長い尾を引く炎を幾つも生み出すと、あたし達を追いかけさせた。

 

「生憎と、どれほど困難な状況に陥ろうと最後まで抗うのが、うちの救世主の方針でしてね。……現在も、ボロボロな身体で戦っているのが目に映っているでしょう? 彼のそういったやり方は好きではありませんが、嫌いでもないのですよ」

 

 それを、ジーレイが全てしっかりと相殺する。踊り狂う水流を上空から打ちつけ、何度も地を跳ねる中級魔術、ダンシングアクアを使ったのだ。

 この隙にソシアは秘奥義へ集中していた。新緑色の弓に備わった二つのビットが、一段と輝きを増す。

 

「天空の覇者達よ、我に(つど)いて閃光となれ!」

 

 ビットから生まれた色彩豊かな七矢が、ぽっかりと開いた天井を通過して黒雲の空へと、ソシアの手により放たれる。黒雲を突き抜けた矢が再び姿を現した時、七本とも荒々しき龍に変化していた。

 

七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)!!」

 

 秘奥義の名を叫ぶソシアに呼応し、七頭の龍は大口を開けて全方位からメリエルを取り囲んだ。内へ外へと物凄い速度で入り乱れながら、範囲を狭めていく。

 そんな空間の中で、思惑通りメリエルは回避に専念していた。

 

「ウフフ。そんな大味な技、かすりも……」

 

 しないのなら安心した。傷付けるためではないのだから。

 メリエルの言葉で包囲成功を確認したソシアが、ジーレイに目配せする。そして彼は最高のタイミングで、開いた魔本のページを輝かせた。

 

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い」

 

「なにっ!? それは……!!」

 

 メリエルは詠唱を耳にして初めて、自らの足元に展開している紫色の魔法陣に気付いた。次に聞こえたのは、締めくくりの術名。

 

「レストリクション」

 

 闇の力を宿した魔法陣から、鎖のような影が素早く伸びる。逃がれようにも、七頭の龍によって遮られている。八方塞がりとは、まさにこのことだった。

 

「まんまと引っかかるなんて、私も堕ちたものね……」

 

 全てを諦めたメリエルは、四肢や胴体や大筆(たいひつ)を鎖のような影に巻きつかれる。影は、メリエルを封じる結界を作り上げた後、動きを止めた。これでもう彼女は、結界に外部からの衝撃が加わらない限り、指先すら動かせなくなったのである。それを見届けるようにして、七頭の龍も光の粒となって消えていった。

 

「それで、どうやって息の根を止めるの? 私の心臓を貫く? それとも首を飛ばすのかしら」

 

 早く殺せ、という意味を内包した台詞を、無理に作った笑みで述べた。あたしは、困った笑顔をして溜め息をつく。

 

「そんなこと、するもんですか」

 

 大筆を構えるのをやめ、結界のすぐ近くまで近寄ると、今度は精一杯の満面の笑みで彼女を見つめた。

 

「ねえ、メリエル。あたし達しか知らない話、しましょっか」

 

 この言葉に、いち早く反応を示したのは……。

 

「う、嘘でしょう!? まさか本当に説得する気なのですかぁ!? やめなさい、ミッシェル・フレソウム!! やめなさい!!」

 

 ナスターだった。三日月型の口が波打って崩れるほどの、とてつもない様子でうろたえている。どうやらマリナとまさきと、満身創痍のゾルクにすら阻まれて、こちらに来られないらしい。

 ……何が「縁者の影響で洗脳が揺らぐジンクスを払拭する」だ。やはり詭弁だったのだ。奴は、あたしを本気で恐れている。つまりこれから行うことは分の悪い賭けにはならない。完全に確信へと変わった。「懸命に話をすれば、絶対にメリエルを取り戻せる」と!

 

「みんな、後はよろしくね」

 

 振り返らずに奴のことを任せ、ついに……説得の時を迎えた。もう戦闘の様子など頭に入ってこない。あるのは、目の前に居る大切な家族のことだけ。

 

【挿絵表示】

 

「夢の話、覚えてる? あたし達が筆術師(ひつじゅつし)を目指すようになったきっかけ。あなた最初は筆術師になるのを、めちゃくちゃ嫌がってたのよ」

 

「何を急に、そんな話……。私が知っているはずないでしょう」

 

 不遜な態度で否定したが、構わず続ける。

 

「確かあの日は、東の森へ行ったっけ。前の日はあたし達の八歳の誕生日だったんだけど、母さまから『筆術師と画家になりなさい』って強制されたメリエルは反発して、不機嫌になっちゃって。それで気晴らしにと思って、こっちから遊びに誘ったの。あたしが木に登って危ない虫を採ってる時、あなたはちゃんと注意してくれたわ。……それでも構わず採ったんだけどね」

 

「……馬鹿じゃないの?」

 

 その呆れたジト目、注意してくれた時にそっくりだ。

 

「遊び疲れたあと、お互いの将来の夢の話をしたの。メリエルは、自分が何になりたいって言ったか覚えてる?」

 

「だから、覚えているとかそういう問題じゃなくて、私は最初から何も知らな――」

 

「『ドレスのデザイナーになりたい』って教えてくれたのよ」

 

「…………デザイ、ナー? ドレスの……?」

 

 紅い目を、大きく見開いた。今までとは明らかに反応が違う。彼女の深層意識に届いたのだろうか。

 

「おいたが過ぎますよぉ、ミッシェル・フレソウム!!」

 

 ……突如。声をあげてナスターが急接近する。小癪(こしゃく)にも、仲間の包囲網を掻い潜ってきたらしい。だが、あたしは焦らなかった。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

「なんとぉっ!?」

 

 ナスターに向かって飛んできたのは、無創剣の振り下ろしで作り出した衝撃波。ゾルクが得意とする飛び道具系の術技であり、奴に命中して足止めの役割を果たした。ソシア達の治癒術のおかげで満身創痍を脱し、戦える程度まで体力を回復できたようだ。

 

「間違うなよ。お前の相手は俺達だ。ミッシェルにもメリエルにも、手は出させない……!」

 

 ……戦える程度とは言っても、完全ではない。顔からは不自然な汗が流れており、呼吸も荒かった。傷が癒えても、溜まった疲労はすぐに解消できないのだ。ゾルクの後ろでは、ソシアが不安そうな顔をしていた。きっと、彼を止めたが聞かなかったのだろう。

 

「どいつもこいつもボクの邪魔ばかり……!!」

 

 こちらはこちらで、滝のように冷や汗を流している。そしてナスターは再び皆に包囲された。

 あたしはメリエルに向き直り、説得を続ける。

 

「しかもただのドレスデザイナーじゃなくて、世界中の人を幸せにするドレスデザイナーっていう、素敵な夢よ? ちょっと恥ずかしそうに言ってたけど、胸を張れる立派な夢だと思ったわ」

 

「ドレスデザイナーになる夢…………うっ!? ……どうして急に、頭痛が……」

 

 ――始まった! それを待っていたのだ。

 以前、フレソウムの館であたしが説得した際も、メリエルは頭痛に見舞われた。直後にナスターは、電撃を浴びせて彼女を気絶させた。その理由はただ一つ。洗脳が解けるのを回避するため。つまりあの頭痛は、洗脳が解けようとしているサインなのだ。つらいとは思うが、どうか耐えてほしい……。

 

「ちなみにね、あたしの夢は『みんなを笑顔にする最高の筆術師になる』こと! 昔から変わってないわよ」

 

「別にあなたのことなんか……尋ねて、ないし……!」

 

「でもこの夢は、メリエルの夢を応援するための副産物みたいなものなのよね。『ドレスデザイナーも画家も筆術師も、全部なっちゃえば母さまは文句言わないだろうから』ってあたしが言い始めて。それを応援するために、あたしはメリエルと一緒に筆術師になるって決めたの。あの時『ミッシェルと一緒なら頑張れそうだ』って言ってくれたこと、本当に嬉しかったわ」

 

「一緒に……筆術師……」

 

 言葉は響いている。水底に深く沈んだ彼女の心へと、手が届こうとしている。

 

「十二歳の頃には、爺さまから大筆を託されたわね。あたしの大筆の名前は『魔筆(まひつ)ディフポース』で、あなたのが『魔筆(まひつ)オフェトラス』。合ってるでしょ?」

 

「何故か……合って、いる……」

 

「二人で旅に出たのは十五歳の時だったわ。父さまの嘘に釣られたあたしが、あなたを強引に連れて行ったの。あの時はゴメンね? でも旅から帰ってきたあなたは『なんだかんだ楽しかった』って(ささや)いて、あたしに笑顔を見せてくれたわ」

 

「なんでこんなに、苦しくて……懐かしいの……?」

 

「あ! 『ソルフェグラッフォレーチェ』は納得できるクオリティで描けるようになった? 昔から『私のセンスにそぐわないから苦手』って、よく愚痴ってたじゃない。でもずっと婆さまに習ってたんだから、絶対に成果はあるはずよ。よかったら、後で描いてみせてね」

 

「うっ……ぐぁっ……! 頭が、割れそう……!!」

 

 着実に進展を見せている……のだが、ここであたしは失態を犯してしまう。

 

「……なんか、いざ話そうと思ったら、考えがなかなか纏まらないわね。話したいこと、もっといっぱい用意してたはずなのに。もしかしてあたし、嬉しすぎて舞い上がってるのかしら? 落ち着いて、改めて話をしたいわね」

 

 ここぞというところで頭の中が真っ白になってしまった……。真っ白なのはキャンバスだけでいいのに。

 けれど大丈夫。話題を続けられなくても、この「気持ち」はずっと昔から続いているのだから。

 

「とにかく! あたしが一番伝えたいのは……」

 

「痛い、痛いから……もう喋らないでぇっ……!!」

 

 彼女の顔をじっと見据えて。

 

「せっかく素晴らしい夢を持ったんだから、叶えたいでしょ? 少なくともあたしは、あなたと叶えたい。きっと母さまも……応援してくれてる。だから……!」

 

「やめて……!! 何かが、来るっ……!!」

 

 あたしの全てを――声に乗せた。

 

 

 

「一緒に家へ帰りましょう、メリエル……!!」

 

 

 

「あああ……ああああ!! ああああああ!!」

 

 結界の中から飛び出した絶叫が、皆の鼓膜を激しく震わせる。彼女がこれほどまで苦しむ姿を、あたしは見たことがない。すぐにでも目を逸らしたくなった。……だが見届ける。これなら、これならメリエルはきっと――

 

「ナスターキィィィック!!」

 

 ……不覚をとった。ナスターがまた仲間の網をすり抜け、レストリクションの結界に飛び蹴りをかましたのだ。その衝撃で術は解除され、メリエルは気絶して床に伏せてしまう。

 

「ちょっと、ナスター!! なんてことを……」

 

「ふざけるなメリエル!! 揺らぐんじゃあない!!」

 

 怒るあたしを完全に無視し、奴は気絶したメリエルへ怒鳴りつけた。しかも、様子がおかしい。

 

「何度も、何度も! 何度も何度も何度も何度も!! 細心の注意を払って調整したというのに、どうして洗脳が解けかかるんだ!? そんな他愛もない語りかけごときで……!!」

 

 尋常ではない憤慨の仕方だ。地団太を踏み、土色の癖毛をクシャクシャに掻きむしっている。

 

「これ以上ない!! ボクの洗脳は完璧なんだぞ!! メリエルといいボルストといい、ボクの技術力を嘲笑(あざわら)っているのか……!!」

 

 早口に変わりは無かったが、周りをイラつかせるような気だるい口調は消え去っていた。頭から湯気を立てる現在の姿こそが、ナスターの本性なのだろう。

 

「そう、最も不可解なのはボルストだ!! メリエルはともかく、ボルストには家族など居なかったのにどうして洗脳が揺らいでいたんだ!? ……あああああ理解不能だ!!」

 

 黒雲に向かった叫びを聞いて、小さく笑みを零したのはマリナだった。

 

「ふふっ……感謝するぞ、ナスター。それを聞いて活力が湧いてきた」

 

「どうしてだ!? 教えろ!!」

 

「やめておく。教えたところで、貴様には理解不能だろうからな」

 

「グヌヌヌヌ……!!」

 

 マリナとボルストには師弟としての信頼、絆があったのだ。それも、血の繋がった肉親に迫るほど厚く。あたしの説得を「他愛もない語りかけ」として受け取ったナスターには確かに理解できないだろうと、大いに納得した。

 唸り声をあげている内に、どうやら奴は頭が冷えてきたようだ。次の瞬間には、いつもの調子を取り戻していた。

 

「……ボクとしたことが、見苦しいところをお見せしてしまいましたぁ。お詫びと言ってはなんですが、ボクもメリエルにならって奥の手を披露いたしましょぉう」

 

「まだ私達と戦う気なんですか? さっきまであんなに取り乱していたのに。メリエルが気絶した今、あなたに勝ち目なんてありませんよ」

 

 弓を引き絞ったソシアが淡々と忠告した。

 

「これじゃあ『狂鋼(きょうこう)』のナスターじゃなくて、『強行(きょうこう)』のナスターだな」

 

「上手いことをおっしゃったつもりですか。状態がよろしくないのに、くだらない発言で体力を消耗させないでください」

 

 戦意の失せないナスターを、ゾルクがからかう。ジーレイは隣で呆れていた。

 ――その通り、ふざけている場合ではない。よく見ると奴の目は据わっていた。だから訂正する。いつもの調子を、単純に取り戻したわけではないらしい。

 

「そろそろ顕著(けんちょ)になる頃ですねぇ」

 

 なに? 奴はまた企んで…………と考えるまでもなく、すぐに体感した。

 

「身体中が……だんだん痛くなってきた……!? さっきの怪我は治してもらったはずなのに……疲労のせいかな……」

 

「いいえ……疲労などという安いものではないようです。ほとんどダメージを受けていない僕でさえ……激痛が……」

 

「くぅっ……! 私の治癒術が効いていなかった……? そんなはずは……!」

 

 ゾルクを皮切りにジーレイ、ソシア、以下全員が身体の痛みを訴え始めたのだ。

 ――あたしがメリエルを説得している間、ソシアは仲間の陰に隠れて満遍なく回復を行い、万全を期していた。それなのに身体の芯から痛みがどんどん浮上し、大きくなっていく。どうやら治った傷とは別の由来の痛みのようだが、一体どういうことなのか。

 ナスターは、今がチャンスだと言わんばかりに懐から注射器を取り出して……針を自分の腹部に刺した。

 

「増強剤導入ぅ。ドーピングシリンジ!」

 

 謎の液体を自らに注入した後、更にたくさんの注射器を取り出し、両手に掴んだ。そして勢いよく足を踏み出す。

 

「てぇぇぇい!!」

 

 すると、あたし達の視線の先に居たはずのナスターは……全員を通り過ぎて後方に立っていた。一呼吸も、まばたきも終わらない内に。元から異常な俊足だったが、まさきには及んでいなかった。しかしこの瞬間だけは、まさきすら抜き去ると言っても過言ではないほどの速さで駆け抜けていったのだ。

 あたし達の身体には、突き刺さった複数の注射器が。中身は注入され、既に空となっている。感知できぬ間に奴が投げつけたようだ。気付いたそばから、どれもこれもすぐに抜き捨てていく。

 

「ふぅぅぅ……。ドーピングの効果は一瞬で消えましたが、十分でしたねぇ。だってアナタ方はもう……」

 

 脱力し、皆の足元に散らかった空の注射器を見つめたまま、奴は憎たらしく笑った。

 

「動けなぁい」

 

 ……なんだ、これは。頭痛、目眩(めまい)嘔気(おうき)麻痺(まひ)、重圧感、倦怠感(けんたいかん)……様々な症状が一挙に身体を蝕んできた。悔しいがナスターの言う通り、動ける状態ではない。声を出すのもしんどいくらいだ。

 

「気になると思うので種明かし致しましょぉう。まず一つ目。ここを訪れるまでに、青い霧を見かけませんでしたかぁ?」

 

 青みを帯びた妙な霧……心当たりはある。基地の至る所で目にした。この広間にも霧はかかっていた。

 

「それが激痛の原因ですよぉ。肉体を徐々に蝕んでいく霧を生み出す罠の筆術、ウィスタリアミスト。霧は、対象者が触れた時点で魔力微粒子となり、ずっと肉体へ纏わり付きます。たとえ無傷であろうとも、いくら回復しようとも、魔力微粒子となった霧の効果で勝手にダメージが蓄積していくのですよぉ。これも事前に、メリエルに命じてテクノロジーベース中に撒き散らしておいたのでぇす」

 

 まさか、あれも筆術だったとは。戦う前から既に、術中に(はま)っていたのか。そしてウィスタリアミストは、あたしが知らない筆術である。メリエルが六幹部の一員として洗脳された後に創り出した筆術なのだろう。

 

「そして二つ目。今しがた打ち込ませていただいたのは、毒薬混入のポイゾニックシリンジ、麻酔注入のパラライズシリンジ、薬品処方のケミカルシリンジ、病原体投与のヴィールスシリンジ……。数々の状態異常物質です。最高の気分でしょぉう?」

 

 ふざけるな。最低最悪に決まっている……!

 

「未検証のままゼロノイドにこれを打ち込むのは本意ではありませんでしたが、アナタにとってもこの手の状態異常は通用するのですね。これで一安心でぇす」

 

「何が一安心だ。私達は、まだ、戦えるぞ……!」

 

 膝を突くも、無理やり両腕を持ち上げて二つの銃口を向けるマリナ。どこまでも気丈である。

 

「いえいえ、安心しましたよ。一網打尽にできるのでねぇ」

 

 そんな彼女に対し、ナスターは絶望を贈るように悪笑を見せる。そして……。

 

「マシンロケット!!」

 

 仰天の攻撃を繰り出した。奴は両義手の肘から下を、砲弾のように発射したのだ。備わったビットから魔力燃料が供給され、その噴射でパワフルに突き進む左右の義手。これらは、異常をきたして動けない皆をひとまとめに挟み込むと、休む間もなくある方向へ押し始める。

 

「これって、まさか……!?」

 

 行く先を見て、ソシアが息を呑んだ。

 

「多少、身体が飛び散っても使えるパーツがあれば研究は可能。ひとまず奈落へご招待でぇす!」

 

 背筋も凍るほどの恐怖が全員に訪れる。身体が言うことを聞かないまま、足場のギリギリまで迫り…………いや、もう駄目だ。

 

南無三(なむさん)……!!」

 

 小石を蹴飛ばすように呆気なく、突き落とされてしまった。

 まさきは目を閉じ、祈るように声を上げた。それに応えるかの如く、ゾルクが決死の行動に出る。

 

「みんなを助ける……! 天翔来(てんしょうらい)!!」

 

 僅かに残された体力で気合いを込め、胸のエンシェントビットに意識を向ける。自由飛行できる補助の術技を使おうとしたのだ。……しかし、奴に打ち込まれた混沌がゾルクの体内を掻き乱す。

 

「駄目だ、集中できない……!?」

 

 光る二対の翼が彼の背に現れることはなく……皆は、奈落の闇に消えていくのだった。




(絵:まるくとさん)

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