Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第48話「らしからぬ義賊」 語り:まさき

「やってくれたなぁ、コルトナよ」

 

 総帥アーティル・ヴィンガートの穏やかなる怒りの声が、クリスミッド城の一室に満ちる。

 この部屋は、言うなれば手術室だろうか。天井からは大きな複合照明が吊り下げられていて、四角い処置台には細かな器具が揃い、付近では手術機器も稼動している。――そして何より手術台の上には、身体を大の字に固定され、怯えているコルトナ将軍の姿。

 

「…………!」

 

 夜空色の軍服は既に脱がされ、白の手術着を着せられている。それに加えて目や口は拘束され、唸り声すらあげられないようだ。

 

「我が軍事国クリスミッドにおける最重要設備、エルデモア大鉄橋が崩壊した。わかるか? 事の大きさが。大失態を犯したお前でも流石に理解できるよなぁ? 勝手に見切りをつけて撤退したりしなければ、最小限の被害で済み、救世主一行も撃退できたかもしれないのだぞ? クリスミッド存亡の危機……とまでは言わないが、他国に攻め入れられでもすれば、今までより手こずることは確実だろう」

 

 アーティルは医師や手術技師を幾人も(はべ)らせ、返答できないコルトナ将軍を、凍えさせるように責め立てる。

 

「エグゾア六幹部二名の戦死もデリケートな問題だ。戦死そのものはどうでもいいが、総司令殿の機嫌を損なうこととなれば、吾輩の野望が成就しないかもしれぬではないか。……だが、侵攻の用意が予定より早く整ったのは幸いか。まもなく開始するぞ。お前に名誉挽回の機会をくれてやる。指揮を執れ」

 

 左目の片眼鏡を光らせ、次の言葉を付け足した。

 

「なぁに。いざという時が来れば、これからお前の身体に施す『策』が発動し、難を逃れられるだろうよ。だから次こそは、将軍の肩書きに相応しい働きをしろ」

 

 すると、医師や手術技師の集団が、手術台のコルトナ将軍を取り囲む。――これから何が起こるのかは、言わずもがな。

 

「……!? っ……ッ……!!」

 

「ははは! 身悶えるほど嬉しいか。よほど吾輩のために働きたいと見える。そんなお前の献身的な態度に、涙が出そうだぞ。……それに安心しろ。セリアル人と違い、リゾリュート人はレア・アムノイド化しても人格、感情、記憶の消失はほとんど見られないそうだ。吾輩のように成功すれば、の話だがな!」

 

 コルトナ将軍は聴覚で地獄の開始を知ってしまった。抗う術は無い……。

 アーティルは彼を嫌味に笑うと、手術室を後にする。

 

「天空魔導砲ラグリシャの完成は間近だ。これを使い、戦闘組織エグゾアもケンヴィクス王国も、必ず吾輩が支配してみせる。その日はすぐだ。そして、ゆくゆくは世界を……!」

 

 デウスの手の平で踊らされているとも知らず、彼女は、自らの望む明日を見据え続けた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第48話「らしからぬ義賊」

 

 

 

 崩壊したエルデモア大鉄橋から離れ、北へ北へと夜空を飛行する黒き翼――怪翼機ギルムルグ。これに搭乗している拙者達は、咆銃(ほうじゅう)のクルネウスとの死闘、破闘(はとう)のボルストとの和解と消滅を乗り越え、気概を取り戻しつつあった。

 ……ギルムルグで拙者達に助太刀してくれた『漆黒の翼』。しかし……何がどうしたことか、スメラギの里の姫である煌流みつね様が構成員として含まれておられるではないか。どうやら、黒の海賊帽と海賊服を着た橙色の跳ね髪の眼帯少女――リフ・イアードが、原因として絡んでいるようである。彼女は、理由あってスメラギの里に滞在していたと手短に教えてくれたが、それも何かの策略なのではないだろうか、と疑ってしまう。

 姫のお姿は、普段のお召し物から一転。桜色の戦装束を身に纏い、栗色の長髪を後ろでまとめ、母君の形見である伝統の薙刀を握っておられる。まさしく、戦いに身を投じること前提のお姿である。リフに強要されてしまったのだろうか? スメラギ武士団長として、そして許婚(いいなずけ)として、拙者の胸中は穏やかと言えずにあった……。

 

「大鉄橋が壊れて、クリスミッドは大打撃を受けたな。これで総帥アーティルも少しは懲りるだろうよ」

 

 操縦席で自動操縦を見守りながら、首に巻いた緑色のスカーフを弄ぶアシュトン。彼は軽やかに言い放ったが、ジーレイは常時の警戒を続ける。

 

「だといいのですが。彼女の、あの見るからに厄介そうな性格……簡単にへこたれるとは思えません。『天空魔導砲ラグリシャ』という、正体不明の秘密兵器も隠し持っているわけですし」

 

「ラグリシャは、まだ造ってる途中なのよね? ……あ、でもそろそろ完成しちゃう可能性だってフツーにあるか……」

 

「私達に残された時間は少ないですね」

 

 ミッシェルとソシアも、現状についての余裕の無さを痛感していた。気持ちが焦りそうになる場面だが、マリナは冷静に述べる。

 

「だからと言って、無策にアーティルのところへ乗り込むわけにもいかない。休息を取りながら、次の行動を考えよう。……幽閉された側近達のことは心配だが、ワージュもそれでいいか?」

 

「もちろん。クリスミッドも混乱して、立て直す時間が必要だと思うから、きっとまだ大丈夫だよ。慎重に行こう」

 

 ウィナンシワージュ殿下を含めて全員、マリナの意見に納得するのであった。

 

「……ところでだ。リフ」

 

 打って変わり、マリナは海賊服の少女リフへと視線を向けた。

 

「ああ。アタイもアンタに言いたいことがある」

 

 どうやらお互いに用件があるらしい。先に伝え始めたのは、マリナだった。

 

「今になってやっと、お前のことを軽視していた自分に気付いた。知らず知らずのうちに働いた無礼を詫びたい。そして救援に駆けつけてくれたこと、本当に感謝している。リフ、ありがとう」

 

「そんな堅っ苦しい礼なんて要らないさ」

 

 面と向かい、しっかりとした口調で頭を下げるマリナ。これを受けたリフは、困ったような、面倒くさそうな、ただの照れ隠しのような……そんな態度で返事をした。

 次にリフが、複雑な表情で胸の内を明かす。

 

「……後から師範の弟子になったくせに、アタイより可愛がられるアンタに嫉妬して、ずっとムシャクシャしてた。それが理由で何度も突っかかった……けど、実際は違った。師範は、アタイを見てくれてないわけじゃなかった。なのにアタイは早とちりして、逃げ出しちまって……。師範が死ぬ直前になるまで真実を知れなかったなんて、アタイってば、どんだけバカなんだろうね……」

 

 ――何もしてやれず、師として恥ずかしい――。ボルストが遺した言葉である。リフが去ったことで自責の念にかられていたからこそ、出てきた言葉なのだろう。同時に、リフ自身も後悔にまみれていたのだ。

 落ち込むリフを慰めるかのように、マリナが語る。

 

「だが師範の下を飛び出しても、お前はお前なりに成長していた。師範が仰っていたじゃないか。あの時の師範、嬉しい誤算だと言わんばかりに優しい声だったぞ。それに、今まで道を間違えていたとしても……」

 

 右手を、彼女へと差し出した。

 

「これから、やり直すんだろう?」

 

 リフは目を丸くし、言葉を失う。けれども、すぐさま熱く鋭い眼差しとなり。

 

「……はんっ! アンタに言われるまでもないさ」

 

 不敵に笑うと、マリナの右手を勢いよく掴むのだった。

 

「アタイはアタイなりに真っ当な道を行く。『漆黒の翼』としてね!」

 

 固く交わされた握手。二人を隔てていた壁が、完全に取り除かれた瞬間であった。

 

「……さて! 仲直りもできたみたいだし、質問してもいい?」

 

 新たに仕切り、声を発したのはゾルクだった。

 

「みんな気になってると思うんだけどさ……『漆黒の翼』って何なの?」

 

 彼の問いを耳に入れた途端、リフは目を輝かせ、唐突に声を張り上げる。

 

「よくぞ訊いてくれたね、救世主! ……やるよ、二人とも!!」

 

「はい!」

 

「ここでかよ!?」

 

 急な呼びかけに颯爽と対応する姫と、慌てるアシュトン。そして、それは始まった。

 

「激震の海に斬り込み!」

 

「暗黒の空を撃ち抜き!」

 

「混沌の地へ咲き誇る!」

 

「「「我ら、『漆黒の翼』なり!!」」」

 

「お呼びであろうがなかろうが、ここに見参!!」

 

 ギルムルグ機内で反響する、三名の口上。最後の台詞はリフが締めくくった。だが、求めているものはそれではない。

 

「いやいやいやいや、ちょっと待って。名乗り上げるんじゃなくて説明が欲しいんだよ、俺達は。っていうか、どうしてアシュトンとみつね姫がメンバーに入ってるの? みつね姫はノリノリだけど、アシュトンは嫌がってるみたいだし、すんごく謎」

 

 ゾルクが指摘すると、中身のある話がようやく始まった。

 

「『漆黒の翼』ってのは、誰にも縛られることのない自由奔放な義賊集団のことで、アタイが興したのさ。エグゾアを抜けて、スメラギの里で助けられて、色々考えて……その末に、義賊ならアタイでもどうにかやれそうだと思ったから、新しく立ち上げたんだ。これが、アタイなりの真っ当な道ってワケさ」

 

 拙者の目には、姫に無礼を働く不埒者と映っていたが、それは誤解とする。先のマリナとの和睦も含め、こやつの言動は真剣そのもの。心意気は信用に足るようだ。……しかし、義賊が真っ当とは解せぬ。海賊かぶれであったとも聞くし、こやつは常に何かを勘違いして生きているのではないだろうか。

 

「それにさ。弱者を助け、巨悪を挫く、時代の裏で暗躍する黒き翼……! あぁ~……なんてカッコイイんだろうねぇ……♪」

 

 ……やはりだ。こやつは、憧れで義賊に先走った愚か者に違いない。このような能天気な者と姫が行動を共にするなど、断じてあってはならぬ……!

 拙者が密かに震える隣で、ミッシェルは同調していた。

 

「あたし、そのカッコ良さわかるかも……!」

 

「わかってくれるかい!? アンタ、センスあるね……!」

 

「でっしょ~♪」

 

 意気投合する様子を、ウィナンシワージュ殿下とマリナが多少呆れながら見守る。

 

「ミッシェルさんとリフさん、波長が合うんだね」

 

「私より友人関係が似合うかもしれない」

 

 拙者も二人に(なら)い、見過ごそうとした……のだが、怒りにより我慢し通せず。

 

「つかぬ事を伺うが……義賊としての目的のためならば一国の姫を誘拐してもよい、などとは考えているまいな……?」

 

 ぎろりと、リフを睨み抜いた。すると彼女は、狼狽(うろた)えつつも弁明する。

 

「ゆ、誘拐だなんてとんでもない! みつねちゃんが無理矢理アタイに付いてきたのさ! 絶対にダメだって断ったんだけど…………断ったんだけどっ! アタイの言葉を聞いてくれなかったから、仕方なく連れて来ちまったんだ! ……そういやアンタ、若いけどスメラギ武士団の団長なんだってね。どこに行ってもスメラギのお偉いさんが怖い顔してくるなんて……アタイに安息の地は無いのかねぇ……」

 

 姫が自ら同行を願い出た……? まさかの答えを受けた拙者はリフの嘆きを無視し、姫に問い質す。

 

「誠にございますか……?」

 

「ええと……はい」

 

 ばつの悪そうな笑顔を浮かべ、肯定なさった。

 姫の、一度言い出したら絶対に折れない性格……。拙者も幼き頃より無理難題を押し付けられてきたため、言い訳としては筋が通っている。

 

「しかしどうせ、己のかざす義賊の正義で姫を振り回し、止むを得ないなどとほざいて悪事に加担させているのだろう? リフよ、拙者は断じて許さぬぞ……!!」

 

「人様に迷惑をかけることなんてしてないさ! ただでさえ、エグゾア時代に悪いことしまくってきたんだから、もう悪さしないよ。アシュトンはともかく、みつねちゃんに悪いことなんてさせられないし!」

 

「俺はいいんかい。というか、悪事を働かない義賊ってなんなんだよ。中途半端だな」

 

 アシュトンを無視し、拙者の目を真っ直ぐと見つめたリフ。彼女の返事に、揺らぎはなかった。

 

「姫、これも誠にございますか……?」

 

「はい。リフはわたくしにとって、心からの信頼に値する友人でございますから、その辺りの心配は無用。誘拐などされておらず、悪事も皆無にございます」

 

「みづねぢゃぁん……!」

 

 姫の言葉を受け、感涙するリフ。……どちらからも、嘘偽りは感じられなかった。

 

「姫のご意思による行動であり、悪事にも荷担していないことは信じましょう。しかし、これ以上の旅は認められませぬ……」

 

「そんな……! わたくしは一国の姫として、どうしてもこの目で世界を見て回りたいのです! 術技を習得し、戦えるようにもなりましたよ!」

 

「いつの間にやら術技を習得なさっているのは、どうせ父上からビットを受け取ったのが要因でしょう……」

 

「そ、そのようなところまでお見通しなのですね……」

 

「お気持ちは察しますが、付け焼き刃の術技で戦うのは危険です。そしてどうか御身の立場をお考えください。てんじ様やぜくう、スメラギ武士団の者が血眼(ちまなこ)になって探しているはず。そのご様子だと、皆に何も知らせず飛び出してこられたのでは……?」

 

「はい……。けれども手紙は残して参りましたよ?」

 

「そういう問題ではございませぬ……」

 

 なぜ姫が斯様(かよう)な、お転婆と化してしまわれたのだろうか。拙者は姫のこれまでを幼少期より存じ上げているが、ここまで無闇で活発になられたことはない。スメラギの里にリフが滞在したことで、異変が起きたのやもしれぬ。おのれ、リフ・イアード……。

 拙者と姫が押し問答を繰り返すのを余所に、ミッシェルが口を開いた。

 

「で、アシュトンはなんで『漆黒の翼』としてこき使われてるの? リフの言うこと聞かないと爆発しちゃうの?」

 

「するかよ」

 

「じゃあなんで?」

 

「う……それは……」

 

 アシュトンは、彼女の追究にたじろいだ。そこへ、リフが助け舟を出すかのように口を挟む。

 

「アタイとみつねちゃんが首都オークヌスで休憩してた時、ザルヴァルグを修理してるコイツをたまたま見つけてね。丁度よかったから『漆黒の翼』の頭数に加えて、ここまで付いてきてもらったのさ」

 

「そう、そういうこと、ただそれだけのことだ。……あとリフ、コイツ呼びはやめろ。年上だぞ俺」

 

 少々、棒読みに感じられたが、実のところはどうなのだろう。ソシアも怪しんでいる。

 

「なるほど。でも本当にそれだけなんですか? アシュトンさんを強制的に働かせる理由にはならないと思うんですが……」

 

「待て待てソシアよぉ。世の中には、(あば)かない方がいい事だってあるんだぜ?」

 

「つまり、知られたくない理由があるわけですね」

 

 突如、割って入ってきたジーレイに図星を突かれ、暫しの間アシュトンは硬直。……ジーレイが言わずとも、誰もが察したわけであるが。

 直後のアシュトンの行動は、急激な方向転換であった。苦し紛れとも言う。

 

「んなことよりもよぉ! ……まさきと同じで俺も、お姫さんの同行には反対だ。そりゃあ居てくれて助かる場面もあったが、やっぱ旅ってのは危険だからな。今の内にスメラギの里へ帰ったほうが身のためだぜ」

 

「アタイも、みつねちゃんを送り届けたい。寂しくなるけど、やっぱりこのままじゃいけないってのはわかってるしさ」

 

 なんだかんだと騒ぎつつ、二人は常識的な考えも持ち合わせていたようだ。姫は、両者の真面目さを目の当たりにされ、ついに折れる。

 

「……わかりました。まさき様、スメラギの里に帰る決心がつきました」

 

「ご理解いただき、何よりでございます……」

 

「わがままを申し上げていたことは、重々承知しておりました。けれど、異国の方々と触れ合い、治癒の魔力という重荷が消えたことで、外の世界への好奇心が抑えられなくなっていたのです。……皆様。此度は多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした。里の皆にも、わたくしの自省の念を伝えます」

 

 お言葉と共に、深々と頭を下げられた。お心よりの反省が見られ、これで拙者も安堵が叶う。

 

「丸く収まったようだね! 後はみつねちゃんをスメラギの里に送るだけ……なんだけど、アタイは今ごろ誘拐の罪を着せられてるだろうし、てんじ王に処刑されるかもしれないんだよね。次に会ったら……ホントに命が無いかも……」

 

 リフは冤罪で処されることを恐れ、背筋を凍らせていた。そこにジーレイが、奇抜な案を提示する。

 

「では、いっそうのこと、スメラギの里に帰化してみてはいかがでしょうか。姫君を無事に里へ送り届け真実を伝えれば、誘拐疑惑も不問にしてもらえるやもしれませんよ。そして王に今度こそと忠誠を誓い、媚を売るのです」

 

「媚を売るって……アンタ、偉い魔術師なのに卑しいこと言うんだね……。っていうか帰化するにしてもさ、スメラギの里へのメリットが無いと見向きもされないんじゃないかい? そんな都合のいいモン持ってないよ」

 

「いいえ、持っています。あなたが帰化することでスメラギの里が得られるメリット、それは」

 

 ジーレイの言葉を引き継ぎ、拙者は口を開く。利点と言えば、あれしかない。

 

「……ギルムルグか。隠密性能を有するギルムルグが手に入れば、スメラギ武士団の戦力が強化される可能性も大有り。ならば拙者がてんじ様に掛け合えば、不問にもできよう。後のことは、お主の努力次第ぞ……」

 

「勿論わたくしも、リフのためにお父様を説得いたします。絶対に罰など与えさせません」

 

「そういうことなら、帰化するのも案外いいかもね!」

 

 先ほどまでの落ち込みが嘘のように、明るい笑顔となった。その楽観的な様は、ゾルクを困惑させる。

 

「い、いいんだ? 気楽だなぁ……」

 

 しかしリフは、すぐに無念を表情に映した。

 

「けど、どう転んでも『漆黒の翼』は解散だね。惜しいし、ある意味悔しいけど、この三人組がしっくりきすぎてて、新しいメンバーを加えるなんて考えられないよ……」

 

「リフ……本当に申し訳ありません」

 

「気にしないで。みつねちゃんはお姫様なんだから仕方ないよ。元々、アタイに付いてきちゃいけなかったわけだし、『漆黒の翼』のメンバーとして心で認めちまった時点で、アタイの負けだったのさ。……でもなんだかんだ言って、付いてきてくれてすごく嬉しかったし、楽しかったよ。今までありがとうね」

 

 小恥ずかしさを交えた素直な本心が、リフから零れる。姫も感極まってしまわれたのか、瞬間、リフの身体に飛びつかれた。

 

「その言葉、とても感激いたしました! わたくしも、この尊い経験は一生忘れないと誓います……!」

 

「みづねぢゃぁん……!!」

 

 涙を浮かべ、強く、熱く、抱擁を交わす二人。彼女らの世界が始まった。

 

「お前ら、ホント俺のことガン無視で話を進めてくよな。いや、解散で一向に構わねぇんだけども」

 

 その光景を、冷めた目で見つめるアシュトンであった。もう説明の必要は無いと思うが、他の大勢も、二人が生み出した世界から取り残されていた。

 

 ――新たに立てた目標の第一歩が潰えることになろうとも、友である姫を想うリフ――

 

 ――元はエグゾアの者だと知りながらもリフを庇い、信頼を貫き、行動を共にした姫――

 

 もはや疑う余地は無い。二人の友情は本物なのだ。ならば拙者も、リフ・イアードを認めざるを得んようだ。

 

 ……などと考えていた、その時である。

 耳を(つんざ)くような警告音が鳴り響き、機体が大きく傾いた。皆、付近の座席や取っ手に掴まって凌ごうとした。……この機体、急激に降下しているように思える……。

 

「どうなってるんだ……!? アシュトン、何とかしてくれ!」

 

「わかってらぁ!」

 

 慌てるゾルクの要請を受けると同時に、彼はすぐさま操縦席に戻り、自動操縦を解除する。そして操縦桿を握るが……。

 

「……おいおいおいおい、ギルムルグが言うこと聞かねぇぞ!? リフ、何か思い当たることはねーか!?」

 

 彼女は、この場の誰からも目を背けながら、恐ろしい答えを言い放つ。

 

「実は、スメラギの里に墜落した時、応急修理しかできなくてね……。そのせいかも……」

 

「ああああああ!? そういう大事なことは先に言っとけよ!! そんなのでよく今まで飛べてたなオイ!!」

 

 今更リフを責めたところで、解決にはならない。しかしこの状況、どうしたものか。流石のマリナも顔面蒼白となっている。

 

「国家を左右する要人が二名も搭乗しているのに、墜落とは……笑えないな……」

 

「墜落してたまるかよ! このアシュトン・アドバーレ様の名にかけて、不時着させてみせらぁ!! 全員、しっかり掴まってろ!!」

 

 アシュトンは半ば躍起になっているが、この状況ではそれも勇気付けられる一因となった。

 ……ミカヅチ城攻略の際、攻城兵器『逆さ花火』で事実上の墜落を味わったことがある。しかし、まさか人生で二度も墜落を経験しようとは、夢にも思わなかった。


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