Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第46話「()ゆる緋焔(ひえん)」 語り:マリナ

 カダシオ砂漠を抜けて何日かが経過した。時は、昼過ぎを回った頃。空が青く透き通っている。

 

 ……私は、師範から伝授された秘奥義『緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)』を完璧に習得できないまま、エルデモア大鉄橋へと辿り着いてしまった……。

 ここへ来るまでに、秘奥義を放つ機会は何度もあった。しかし、その全てが失敗に終わったのだ。師範の動きを忠実に再現しても威力が伴わない。私なりに動作の改善を試みても、まるで上手くいかないのだ。目前の敵を倒すことに全神経を集中させているのに、どうして駄目なのか。師範は「習得に時間はかからない」と声をかけてくれたが、やはり私の実力では習得など叶わなかったのかもしれない……。いざ大鉄橋を攻略しようと意気込む仲間達を横目に捉えながら、自らの心に芽生えた焦燥を必死で隠していた。

 

 リゾリュート大陸の最南端から東に長く長く伸びる、とてつもなく巨大な鉄橋、エルデモア。軍事国クリスミッドの首都である、リグコードラが所在する島へ直通している。大鉄橋は鋼色の超巨大な直方体のようであり等間隔に監視塔のようなものも建てられている。橋というよりも、まさに要塞設備の一部と捉えるのが相応しい。

 私達が監視の厳しい橋の上を堂々と進めるはずもなく、脇の非常口から大鉄橋の内部に潜入した。金網と鉄骨ばかりの重々しい通路を、規則正しく設置された天井灯が白く厳しく照らしており、こちらに窮屈さを与える。

 居心地の悪い内装もさることながら、それに相応しい厳重な警備と防衛機能で固められている。しかし実は、幼くもクリスミッドの正当後継者であるワージュが居るおかげで、要人専用の非常用通路を利用できたため思ったよりも苦労していない。

 ……けれどパスワード付きの扉や多重にセンサーが設置された部屋などの厄介な仕掛けは素通りできないため、地道に解除しながら慎重に進まなければならなかった。

 ――だがそれも、もうじき終わろうとしている。

 

 ワージュが目前の階段を指し、皆に伝える。

 

「ここを上がると外に出られるよ。ぼくたちが通れそうなところは、もうここしか無いんだ」

 

 首都リグコードラへと繋がる他の通路は、クリスミッド軍兵士によって占拠されていた。だから危険を冒してでも一旦は外に出なければならない。……そしてこれは、敵側の誘導でもあると察した。

 

「私達が外に出ることは向こうも想定しているはず。この先に必ず、師範とクルネウスが待ち構えているだろう」

 

「でもボルストはマリナやワージュを助けてくれたんだし、クルネウスを裏切って味方になってくれるんじゃないかな?」

 

 私の予想を聞いたゾルクが楽観的な考えを示す。しかしこれを、きっぱりと否定した。

 

「それは有り得ない。師範は宣言どおり全力で襲い掛かってくる。……あの人の言葉は、本物だった」

 

「そ、そっか。なんだかごめん……」

 

 ゾルクは苦い顔で言い放つ私を見て、言葉を続けられなくなってしまった。

 ……私だって師範のことを味方だと思いたい。でも、その感情は戦いにおいて甘さとなり、最悪の場合は死に繋がりかねない。師範が鬼となり私達に対峙するというのであれば私もそうせざるを得ないのである。戦いの中で私は、思い悩んでいるであろう師範を救えるだろうか……?

 

 

 

 階段の先、外と繋がる最後の鉄扉を開けた。数時間ぶりに拝んだ太陽はこれから海に沈もうとしており、私達を眩しく照らしている。

 改めて橋の上に立ったことで、わかったことがある。やはり、このエルデモア大鉄橋は要塞だ。橋と呼ぶにしては幅員が非常に大きい。更に、後ろを振り返ればリゾリュート大陸の南端が見えるはずなのだが、遠すぎるのではっきりと目視できない。目前の首都リグコードラへ通じる巨大な鉄門は、嫌というほど目に入るのに。

 ――そして私達を出迎えるのは、不気味な笑みの仮面から発せられる無感情な声である。当然と言うべきか、私達は待ち伏せられていたのだ。

 

「救世主一行よ、待ちくたびれたぞ」

 

 鉄門の前に立ちはだかっていたのは、マントのフードを深く被った咆銃(ほうじゅう)のクルネウス。左手には既にリボルバー式の無限拳銃が握られており、暗い灰色のマントから物々しくはみ出ている。それを確認すると同時に私達も武器を手に取り、臨戦態勢となった。

 彼女の脇には紺の武闘着を纏った師範と、銃剣を肩に担いだコルトナ将軍の二名も。

 

「総帥の読み通り、王妃アリシエルの救出に来たようだな。そして……」

 

 コルトナ将軍は私達に確認をとるかのように振舞うと、わざとらしい口調でワージュを見やる。

 

「これはこれは、ウィナンシワージュ殿下ではございませんか。まさか、この者達と行動を共にしていたとは……所在が不明となるわけだ。丁度いい。あなたには、この場で亡き者となっていただきます」

 

 視線を受けたワージュは怯え、ジーレイが纏う紺色のローブの陰に隠れてしまう。だが彼の幼き眼差しはコルトナ将軍に対して抵抗の意を示しており、鋭く突き刺すかのようなものとなっていた。

 師範も、その重い口を開く。

 

「もはや言葉など飾りにしかならぬ。さあ、始めようぞ」

 

 短く言い終えると体術の構えをとり、じりじりと闘志を燃やし始める。ただそれだけのことなのに、今の師範には寸分の隙も見受けられない。……やはり本気である。本気で私達を……倒そうとしているのだ。

 

 そして戦いは静かに始まった。

 

 敵味方ともに、自らの得意とする間合いにつく。橋が巨大なおかげで位置取りに融通が利くのだ。

 

熱気・錬心(ねっき れんしん)……!」

 

 師範の口にした技名が私の耳に、(おごそ)かに届く。これは、精神を統一して集中力を高める補助の体術だ。両拳に力を(みなぎ)らせ、胴体を守るように交差している。

 

覇気・活心(はき かっしん)ッッッ!!」

 

 その直後。交差した腕を大きく広げ、鼓膜が痛くなるほどに叫んだ。こちらも補助の体術であり、師範が猛攻を決心した時のみ使用する切り札のようなもの。この体術を使用した師範が繰り出す技は、どれもこれも必殺の威力を有してしまう……。

 かつてない気迫を感じ、ゾルクは冷や汗を流す。

 

「ボルスト、ただならない雰囲気だな」

 

「私達も用心してかからなきゃいけませんね」

 

 ソシアも師範から漂う空気を読み取り、胸部のビットに手を添えて詠唱を始める。

 

「備えあれば(うれ)い無しです。この祈りよ、天に届いて……!」

 

 しかし、この大きな隙を師範が捉えてしまった。

 

轟天(ごうてん)……ッ」

 

 右の拳に地属性の闘気を集めて巨大な岩石と成し、ソシアの目前へ躍り出る。その踏み込みの速度たるや、回避力に秀でたジーレイや速攻が得意なまさきの反応が、あと一歩のところで追いつかないほど。今さら詠唱を止めてもソシアは避けられない。

 

「ソシア、危ない!!」

 

 彼女に一番近かったゾルクが、なんとか間に割って入れた。無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを盾代わりに防御の体勢をとる。

 

「リヴァイヴ!」

 

 ソシアの胸のビットがきらりと輝く。術が、邪魔されることなく発動した証拠だ。――だが。

 

烈鋼破(れっこうは)ぁッッッ!!」

 

 師範の奥義、轟天烈鋼破(ごうてんれっこうは)が二人に襲い掛かった。突き出された右腕もとい巨大な岩石が、ゾルクの無創剣の腹に命中。轟音と共に岩石は派手に爆散し、(つぶて)となって砂煙を巻き起こす。礫の飛び散る範囲は広く、私達も咄嗟に防御した。

 同時に、砂煙を突き破るものがあった。――人間が二人分、重なったものである。私達の遥か後方へ……大鉄橋を後戻りするような形で吹っ飛び、遠くへ落下。吹き飛ばされた勢いはまだ死なず、しばらくのあいだ床を転がりながら全身を擦る。完全に止まった頃、二人は傷だらけの姿となり……動かなくなってしまっていた。

 

「ゾルクさん!! ソシアさん!!」

 

 慌ててワージュが二人に駆け寄る。息はしているようだが目を覚ます気配は無い……。ワージュには、このまま二人の側に居てもらうことに。

 

「あ、悪夢だわ……。ゾルクとソシアが、たったの一撃で……こんなにあっさりやられちゃうなんて……」

 

 事態の重さを、ミッシェルは「悪夢」と称した。大筆を握った両手が震えている。しかしこれは現実である。気を抜けば、次にああなるのは私達なのだ。

 

「自分が残る必要は無さそうだな。この戦い、貴公らに預ける」

 

「任せておけ」

 

 コルトナ将軍は師範の一撃を見守り、そう判断したようだ。クルネウスから無機質な返事を受け取ると、専用の通路を使ってこの場から姿を消した。

 敵の戦力が減ったのはありがたい……と言いたいところだが、言っていられる状況ではない。本気を出した幹部を前に絶望しか感じないからだ。皆、言葉を発せずにいる。普段から余裕の態度を崩さないジーレイでさえ、開いた魔本を光らせたまま射るような眼差しをしていた。

 一触即発の戦場が、師範の口上で満たされる。

 

「改めて名乗らせてもらおう。わしこそは戦闘組織エグゾア六幹部が一人、破闘(はとう)のボルスト。……生半可な覚悟でわしと渡り合おうなどと、思い上がるでないぞ!!」

 

 遠くの海に沈みかけた夕日を光輪のように気高く背負う、老武闘家の姿。まさしくそれは、猛々しく燃ゆる緋焔の体現であった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第46話「()ゆる緋焔(ひえん)

 

 

 

 戦いは再開された。

 まさきが斬り込み、私が二丁拳銃で牽制。ジーレイも、魔術で決定打を与えるため詠唱を始める。その間、ミッシェルは紅い長髪を踊らせながら大筆を振るい、ゾルクとソシアを戦線に復帰させようとした。

 

「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の……」

 

 大鉄橋に描かれようとしているのは、生命を司る天使のような絵。これはレイズデッドと呼ばれる筆術であり、力尽きた者に活力を与えて再び戦闘を行えるようにできるのだ。

 

「バーニングフォース」

 

 しかし、エグゾアの幹部がレイズデッドの発動を大人しく見ているはずがない。クルネウスは炎で構成された巨大なビームを発射し、筆術の中断を図る。それは思惑通りとなり、ミッシェルは描くのをやめ、炎のビームを回避する道を選ばされてしまった。

 

「やっぱ、レイズデッドを描くのは時間がかかって難しいわね。そんじゃ、力で対抗させてもらうわよ!」

 

 ミッシェルは現在地点よりも後方へと下がり、より確実に次の筆術を発動できるよう構える。

 

「神々しい絵よりも、荒々しい絵のほうが描きやすいのよねー!」

 

 そう零しながら、大筆に埋め込まれたビットを輝かせる。秘奥義の前触れだ。

 筆先から虹色の絵具が溢れ、大鉄橋を彩っていく。完成したのは、白い直方体の胴体から細長い手足を伸ばし、三日月型の口と虚空を見つめる目をした丸い頭の人形だった。

 

「傑作『ソルフェグラッフォレーチェ』召喚せり。幻惑の魔手(ましゅ)にて暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くせ!」

 

 ミッシェルの命令の下、人形は絵から立体へと変化。細長い手足をバタつかせながら慌しく師範へと迫る。相変わらず不気味な挙動だ。

 

「ふんッ!!」

 

 人形の両手に指はない。四角形の面となっている。師範はそれを鷲掴み、両腕の力で人形と競り合う形となった。力比べは互角らしく、両者とも大きな動きを見せない……と思いきや、徐々に師範が押され始める。人形は、極めて背の高い師範すら見下ろせるほどの巨体であり、加えて充分なパワーを発揮している。競り勝つことも夢ではないだろう。

 私と同じくミッシェルも「勝てる」と確信したようであり、人形に声援を送る。

 

「そのままボルストをやっつけちゃってね、『ソルフェグラッフォレーチェ』!」

 

「笑止! お主の秘奥義を滅することなぞ……」

 

 ――そんな私達の見通しは、甘かった。

 

「赤子の手を捻るに等しいわッ!!」

 

 声を張り上げると共に、師範の両腕の筋肉が一瞬にして膨張。握った人形の手を、いとも容易く握りつぶしてしまった。ダメージは両手から全身へと亀裂を生じさせ、ついには粉々に砕いてしまう。その際の人形の、苦痛に震えた奇怪な表情が脳裏に焼きつく。そして残ったのは、夕日に映える鬼神の如き立ち姿のみ。

 

「ひえぇぇぇ!! うそでしょぉっ!? 『ソルフェグラッフォレーチェ』までやられちゃうなんてぇ~……!!」

 

「無茶は禁物だ! やはり、逃げ回りながら援護に徹してくれ!」

 

「そ、そーするー!」

 

 自信作が文字通り木っ端微塵にされたためショックを受けるミッシェル。すぐさま私は、紅い目を潤ませる彼女へ指示を出し、敵の的になるのを防いだ。それに続いて彼女に頼みごとをする。

 

「ミッシェル。身体強化の筆術をありったけ、私にかけてくれ。意地でも一人で師範を食い止めてみせる。みんなはクルネウスの撃破に専念してほしい」

 

 これを耳にしたまさきが即刻、言葉で制止する。師範の拳撃を刀身でどうにか捌きながら、である。

 

「待て。こやつはゾルクとソシアを一撃で破り、ミッシェルの秘奥義すら捻じ伏せた男。一対一の勝負はあまりにも無謀ぞ……!」

 

「……そうかもしれない。だが、私は師範と戦いたい……戦うべきなんだ。弟子として、秘奥義を受け継いだ者として。それに私の身体は魔力で構成されているから、攻撃を食らっても多少は無理が利くかもしれない。だからみんな、頼む……!」

 

 ここで、懇願する私に対して無慈悲に迫る弾丸があった。クルネウスからの無言の凶撃である。はっと気付くも、もはや私が止めることは不可能だった。――しかし弾丸は到達することなく、上空から落下する闇の大槌によって潰された。代わりに届いたのは、今しがた魔術を発動したジーレイの声。

 

「賭けましょう、マリナの可能性に。迷っている時間も勿体無いですしね」

 

 他の二人も彼に続く。

 

「あたしだってサポートしまくる気満々よ!」

 

「ならば拙者も文句は無い。マリナよ、ゆくがいい……!」

 

「ありがとう、みんな……!」

 

 皆の意思が一つとなった瞬間である。私の無理難題を聞き入れてくれる仲間に対して、感謝の念しかない。

 

「そうと決まれば、大盤振る舞い!」

 

 ミッシェルが張り切り、大筆を振り回す。虹色の絵具が辺りに飛び散っていく。これに即座に反応したのは、やはりクルネウスであった。

 

「私が見逃すと思っているのか?」

 

 不気味な笑みの仮面がミッシェルに接近する。至近距離からの銃撃で筆術を確実に阻止するつもりだ。――しかし。

 

「ははは。ありえませんね」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ジーレイが否定した。

 

紅蓮(ぐれん)(ほう)。宿るは加護の聖炎。……バーニングベール」

 

 そして彼が発動するは、攻防一体の中級魔術。任意の対象者に炎を纏わせて身を護りつつ、炎熱の波動を放射する術である。ジーレイはミッシェルを術の対象に選び、炎熱の波動によってクルネウスの接近および銃撃を阻止してみせたのであった。

 

「ジーレイ・エルシードめ、小癪(こしゃく)な真似をする……」

 

 クルネウスが静かに腹を立てる一方、ミッシェルが炎熱の中で虹色と踊る。

 

「ルビーブレイド! ガーネットアーマー! サファイアディバイダー! エメラルドローブ! トルマリンルーペ! セレナイトスプリング! ラピスラズリラッキー! アメジストウイング! 超豪華、全部乗せ~!!」

 

 レッグガード、鎧、銃、魔導着、虫眼鏡、バネ、星印、羽の生えた靴……。これらが早口で、速筆で描かれていく。色とりどりであり見る者を楽しませるかのよう。こんな状況でもミッシェルの芸術家ぶりが遺憾なく発揮されている。

 八つの絵はすぐに体を起こし、数回飛び跳ねた後、一斉に私へとくっついた。――全身の感覚が研ぎ澄まされ、言い知れぬものが奥底から湧き出てくる。あとは私自身が確固たる意志を保ち続けるのみ……!

 

「マリナ! クルネウスはあたし達に任せといて! 思いっきりやっちゃえー!!」

 

 ミッシェルの声に後押しされつつ準備は整った。それを確認したまさきは無言で頷き、師範の前から退いた。そして遂に私は、師範と対峙する。

 

「仲間の力を借りねば、わしとまともに戦うことすら出来ぬか。この未熟者めが!」

 

 ――リゾルベルリで師範の傷を癒した際、私は「仲間がいてくれたおかげ」だと零し、師範は優しく聞き入れてくれた。その時とは正反対の、仲間を否定するかのような思想……。やはり、師範の真意がわからない。

 

「……確かに私は未熟です。しかし仲間が居てくれたおかげで私は以前よりも強くなり、たくさんの真実を知ることが出来ました。旅の中で育んできた仲間との絆は、私にとって大切な……かけがえのない力なのです。あなたとの決戦で仲間の力を借りることは恥だと思いません。むしろ、未熟な私を支えてくれる仲間の存在に、勇気すら感じています! ……あなたの存在も、同様です」

 

 真意がわからずとも、私は自分の本心を伝えるのみ。この気持ちは師範に届いただろうか。

 

「……マリナよ……」

 

 彼は目を伏せた。だが、それは一瞬のこと。再び鬼の形相をこちらに向ける。

 

「……ほざきおるわ! ならば、馬鹿弟子に教えてやろう。所詮、未熟者は未熟、仲間と信ずる者は他人。絆など何の意味も持たぬということをな!!」

 

 問答は、ここまでだ。

 

「はああああ!!」

 

「ぬおおおお!!」

 

 互いに雄叫びをあげ、夕日に劣らず燃え上がり、闘志と気迫に満ちたまま衝突する。

 

麗迅走(れいじんそう)!!」

 

 まずはこちらから一撃。風と共に師範をすり抜けつつ蹴撃を加えた。しかし彼には魔力の鎧――鋼体バリアがある。この程度では仰け反らせるに至らない。それどころか。

 

八葉連牙(はちようれんが)ッ!!」

 

 師範から手痛い反撃が。拳による連打の後、私の背後に素早く回り込んで蹴り上げに繋いだのだ。

 

「ぐはぁっ!? ……まだです!」

 

 宙に蹴り上げられながらも、私は痛みに耐える。攻撃を止めるつもりはない。師範も油断などしていなかった。

 

氷柱降(つららこう)!!」

 

臥龍空破(がりょうくうは)ッ!!」

 

 空中に飛ばされたのを逆手に取り、師範の頭上から急降下して氷柱のように鋭い一撃を加えようとする。この技を迎え撃ったのは、広範囲に影響を及ぼすアッパー攻撃。ぶつかり合った二つの技は、威力を相殺し合う。

 

「ならば、これはどうだ!!」

 

 着地した私を更に狙う。今度は、見覚えのある蹴り技の構えをとっている。それなら私も、対応する技をぶつけるまで。

 

大輪氷転脚(たいりんひょうてんきゃく)ッ!!」

 

烈火獣吼脚(れっかじゅうこうきゃく)!!」

 

 冷気を帯びた師範の豪脚が三連続で襲い掛かる。触れれば凍りついてしまうこと必至だが、私の技は三回に及ぶ火炎の連続蹴撃。凍ることなく師範の蹴りに食らいついてみせた。

 

獅子戦吼(ししせんこお)ぉぉぉッ!!」

 

 絶え間なく、師範は絶叫と共に次の技を放った。獅子の闘気を全身から発して相手を圧倒する打撃なき体術。これに対抗するのは。

 

虎魂血爪裁(ここんけっそうさい)!!」

 

 猛獣の爪の如き蹴りにて何度も引き裂く奥義である。極限まで研ぎ澄ませた意識を脚に乗せて振るうことで、脚に触れる大気を真空の刃へと変化させ、纏ったまま蹴撃できるのだ。

 

「ぬおぉっ……!?」

 

「師範が揺らいだ……! 鋼体バリアが途切れたか!」

 

 私の奥義は獅子戦吼(ししせんこう)を斬り裂き、そのまま師範へダメージを与えた。状況は優勢か。

 

「ふんッ! ただそれだけのことよ!! こんなもので、わしがくたばるわけがなかろう!!」

 

 ……その通りだ。まだ倒れるはずがない。

 

「目に物見せてくれるわ!!」

 

 師範の最強の体術が――秘奥義が、来る。

 

「我が蹴拳(しゅうけん)、大地の怒りなりぃぃぃ!!」

 

 全力の拳で何度も、何度も鋼鉄の床を殴り、大鉄橋を揺るがす。地震と間違ってもおかしくないほどの揺れであり、まともに立っていられない上、拳撃による衝撃波が幾重にも渡って襲い来る。そして師範は次の瞬間、空高くに飛び上がり……。

 

鉄降(てっこう)超重落(ちょうじゅうらく)ぅぅぅぅぅ!!」

 

 落下の勢いを加えた一点集中の蹴りを、脆くなった鋼鉄の床へ遠慮なく叩き込んだ。

 

「……御免(ごめん)ッ!!」

 

 師範の着地と共に、大鉄橋は音を立てて半壊。地形の崩れは広範囲に渡り、私達は鋼鉄のぶつかり合いに漏れなく巻き込まれ、多大な被害を受けてしまう。……気を失っているゾルクとソシアが既に遠くへ吹き飛ばされていたことは、不幸中の幸いだった。ワージュも二人を繋ぎ止めるよう必死にしがみついて、揺れを耐え抜く。

 ……先ほどまで整えられていたはずの大鉄橋は、瓦礫が隆起および陥没した、足場の悪いガタガタの戦闘地帯へと変貌してしまった。

 

「破闘のボルスト……やってくれますね……」

 

 鋼鉄の瓦礫の上でゆっくりと立ち上がりながら、ジーレイが眼鏡の位置を正す。同じくミッシェルとまさきも、傷だらけだがすぐに起き上がった。私を含めた全員、無事とは言えないが動けるようだ。

 クルネウスは師範の秘奥義が襲い来るギリギリのところで、持ち前の身のこなしを活用して範囲外まで後退していた。……前線に舞い戻ってきた彼女の声色は、怪訝(けげん)さにまみれている。

 

「このエルデモア大鉄橋は首都リグコードラの要塞の一部なんだぞ。わざわざ被害を及ぼすとは、どういうつもりだ。仮にもクリスミッド軍へ加入している身だというのに」

 

 師範は口を閉ざしたまま、クルネウスに顔も向けない。

 

「そして先ほどの秘奥義、明らかに私を巻き込もうとしていた。……ボルスト、やはり貴様は総司令のおっしゃっていた通り……」

 

「隙あり! 刀破刃(とうはじん)……!」

 

魔神線(まじんせん)ー!」

 

 問いかけを続けるクルネウスへ無作法にも、まさきとミッシェルが襲い掛かる。刀の突き出しによる衝撃波と、絵具の波を飛ばす技だ。

 

「ちっ、鬱陶しい」

 

 彼女はギリギリのところで身を反らし、どちらの攻撃も避けてしまった。が、畳み掛けるようにしてジーレイが魔本のページを光らせる。

 

「剣王の意思ここに来たれり。今世(こんせ)にて……」

 

「私の前で詠唱するとは学習能力が無いらしいな。セントラルベースで自らがどうなったか、覚えていないのか?」

 

 不運なことに、ジーレイとクルネウスとの距離は近すぎた。彼女は挑発と共に、銃口から魔力エネルギーを放出して鞭のように形成。暴れる大蛇を彷彿させる動きで、ジーレイへ叩きつけようとした。

 

「しなれ、ランダムブレイバー」

 

「――かかりましたね」

 

 その刹那。ジーレイが眼鏡の奥で、あくどく笑う。

 

魔衝影陣(ましょうえいじん)

 

 なんと彼は、それまでに唱えていた魔術を破棄し、即座に近接用の術を発動した。クルネウスの振るう鞭をその身に受けたと思いきや、それは術による幻。ジーレイ本人は彼女の背後に回り込み、魔本から紫の衝撃波を放って反撃したのだ。

 

「っ! 当て身の魔術だと……?」

 

 クルネウスにとって完全に予想外の展開。ジーレイは、そんな彼女に追い討ちをかける。

 

「そして、魔衝重撃(ましょうじゅうげき)

 

 魔本から地属性の超重力場を展開し、自身に近寄る敵を圧し潰して平伏させる近接魔術。効果範囲がそれほど広いわけではないため、使い道が限られる術ではあるのだが、今に至ってはこの上なく有効な束縛術となる。

 

「身動きが……とれない……」

 

 大鉄橋の瓦礫の上で()(つくば)るクルネウス。彼女を見下ろしながら、ジーレイは大人気なくも得意気に、冗談のような挑発を送り返す。

 

「浅はかですね。偉大なる魔術師であるこの僕が、セントラルベースでの教訓を活かさないとでも思いましたか?」

 

 次の言葉は打って変わって、ひどく冷たく言い放たれた。

 

「……まさき、彼女にとどめを」

 

「承知。成敗いたす……!」

 

 答えるまさきの眼光には、息の根を止めるという明らかな意志が潜んでいた。

 ビットを一つだけ軽く真上に放り、自身の目線ほどに落ちてきたところで真っ二つに叩き斬る。するとビットは魔力の光となり、刀身に吸い込まれていく……。これは、まさきが秘奥義を放つ際の動作である。

 

「なるものか」

 

 クルネウスは無我夢中でもがき続け、ついに超重力場を脱出してしまった。まさきから一気に距離を取ろうとする。

 

「逃しはせぬ……!」

 

 しかし、まさきの眼光は鈍ることを知らず。水色の髪と赤の絆帯(きずなおび)を風に揺らし、彼女を追いかける。

 

「出でよ我が幻影……」

 

 ビットの魔力を用いて、自らの影を分裂させるかのように四体分の分身を生み出した。色や姿かたちは本体であるまさきと全く同じである。分身は、まさきを護衛する形で四方に分散。その直後、それぞれが個々の意思を持つかのように走ってクルネウスの退路を遮る。

 

破邪(はじゃ)刀閃(とうせん)()しきを(ほふ)る……!」

 

 計五体のまさきが、入り乱れながらクルネウスに襲いかかる。ある者は跳躍して上空から斬撃し、ある者はすれ違いざまに斬りつけ、ある者は連続突きを放ち……翻弄しながら着実に追い詰めていく。

 危機を迎えたクルネウスだが、諦めてはいなかった。拳銃によって応戦し、段々と分身を抹消していく。最中、真正面から彼女を目掛けて突撃する、まさきの姿が。他にはもう見当たらない。

 

「貴様が本体か」

 

 このタイミングで勝負をつけに来たか、と彼女は悟る。そして真っ向から突き進んでくるまさきを、得意の速射で撃ち抜いた。

 

「!」

 

 ――正面のまさきは音も無く消滅。クルネウスは自らのミスに気付いたが、手遅れである。

 

「それも分身なり……」

 

「背後、だと?」

 

 本物のまさきは、クルネウスに悟られないよう気配を隠していたのだ。そして彼による真後ろからの一突き。灰色のマント越しにクルネウスの胴体を、刀の根元まで深く貫いた。それだけでなく、刀を捻って彼女の内部を抉った後、力を込めて引き抜いた。クルネウスの傷口はズタズタになり多量の出血を伴わせる。

 

「これぞ、四天覇王(してんはおう)殺陣(たて)……!!」

 

 ――瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)に続くまさきの第二の秘奥義、四天・覇王陣(してん はおうじん)。実直なまさきに似合わない騙し討ちを含めた、必殺の剣術である。

 さすがのクルネウスもこれほどの致命傷を受けてしまっては、身体が言う事を聞くはずも無い。血溜まりの中、うつ伏せに倒れ込む。

 

「き、貴様らごときに……私が……敗れた……?」

 

「許せ。勝たねばならぬのだ……」

 

 そして彼女は無機質に呟いた後、動くのをやめた。まさきの言葉を、仮面の奥で受け取ったかどうかは定かではない。

 エグゾア六幹部の中でも最も恐るべき脅威として私達の前に立ちはだかり続けた、咆銃のクルネウスの終わりの瞬間であった。

 陽は、もうじき沈む。


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