Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
第0話
――ある晴れた暖かい日の出来事である。
蒼いブーツ、体を守る胸当て、左腕だけに装備する手甲、動きやすさ重視の腰当て。これらは今しがた身に付けたものだ。最後に、自分の身長の半分よりも大きい鋼色の両手剣を、褐色の鞘に収めて背負う。
ここまで、いつもどおりのこと。……ボサボサになったまま直らない金髪も、前髪からピンと跳ね上がった主張の激しい毛も、いつもどおり。
よし。出かける準備は全て整った。
「ヘイルおじさん。そろそろ行ってくるよ」
くすんだ赤い屋根が特徴的な、木造の古ぼけた小さな家。それが俺の家だ。屋根からは煉瓦造りの煙突が可愛らしく頭を出している。近所には、色こそ違えど似た風貌の家々が、空き地や畑を挟みながら存在する。
俺は自宅の扉をくぐり、太陽の下へ躍り出ようとしていた。それに気付いたおじさんが返事をくれる。
「おお、もうそんな時間か。今日も気を付けてな。お前はどこか間抜けな所があるから」
使い古しの木製テーブルで食後のコーヒーを口にしているのは、俺の叔父であり育ての親でもある、ヘイルおじさん。清潔感のある薄黄色の短髪、ひょろっとした体躯に白いセーター、鼻の上には小さな丸眼鏡、というのが普段の格好である。
俺の両親は、俺が生まれてすぐに事故で亡くなったという。だから顔も声も覚えていない。だけど寂しくはなかった。俺を引き取ってくれたヘイルおじさんはとても良くしてくれて、まるで本当の子供のように育ててくれた。しかし……。
「おじさーん、一言余計だよ!」
「ははは、すまんすまん。いってらっしゃい」
たまにこういった風なことを言われる。もちろん心配してくれているのであって、決して嫌み等ではない。ヘイルおじさんとはそういう人だ。
……それにしても、「間抜け」という部分を完全に否定することが出来ないのが悔しいところなんだよなぁ……。
一つの世界。
地図に見立てると左半分は海原で、右半分は大陸だ。
世界の半分を占める大陸の名は、リゾリュート。
リゾリュート大陸には幾つもの国が栄えているが、その中にケンヴィクスという名の王国が存在する。
王国が治める沢山の町の一つ、田舎町バールン。俺が住んでいるのは、なんの変哲もないこの町だ。
「っあ~……いい天気だなぁ」
外に出ると日の光に照らされた。両手を真上に突き上げ、身体を伸ばす。……とても気持ちが良い。心が晴れやかな気分になる。
今日も空は青く、浮かぶ雲は白い。
‐Tales of Zero‐
バールンの住民は大多数が農業や牧畜を営んでいる。田舎町と呼ばれるだけあり自然が豊富で、そういう仕事に環境が適しているのだ。
だが、俺の仕事は農業や牧畜ではない。背負った両手剣や蒼の
「今日はどんな依頼が来てるかな。できれば楽なのがいいけど」
俺の職種は剣士業だ。バールンの中央には小さな町役場があるのだが、そこに転がり込む様々な依頼をこなすことで仕事を営んでいる。この町には俺の他にも剣士業を営む人間がいるが、数はそう多くない。
依頼は様々……とはあまり言えず、大体がモンスターの駆除に絞られる。最近、町の周りに出没するモンスターが増加の傾向にあるので、食べていく分には困っていない。しかし当然、町の人々が襲われたり畑の作物が荒らされたりと被害も増えるわけだが……。
ごく稀に人間を相手にする依頼が来ることもあるらしいが、それは別の町の話であり、バールンの役場にそんな依頼が舞い込んだことは一度も無い。むしろ、あってほしい依頼でもない。
剣士業は危険な仕事だが、ヘイルおじさんに叩き込まれた剣技のお陰で危なげなく依頼をこなしている。農業をするよりも単純に人の役に立てて感謝されるという点から、俺は剣士業を気に入っている。剣の腕前そのものも、この仕事のおかげで着々と上がっているように思う。
……でもやっぱり手強いモンスターとは戦いたくない、っていうのが本音かな。おじさんからは「まだまだだ」とよく言われるし……。
「何にしても、今日も張り切って行くか」
甘い考えを捨てて…………厳密に言うと捨て切れないが、両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。
そうしている内に、とある場所へ通りかかった。役場の手前に建っている白壁の大きな屋敷である。屋敷の周りは塀で囲われているのだが、その全周は目測では測り切れない。塀の隙間からは屋敷に比例した広大な庭が覗け、整えられた芝生が美しかった。
この屋敷はバールンの住民のものではなく、都会の金持ちが所有する別荘らしい。よくもまあ、こんな辺鄙な田舎に別荘を建てたものだ。いや、都会の喧騒から離れたかったからこそ田舎に建てたのだろうか。
「しっかし、いつ見ても凄い屋敷だな」
歩みを止め、そんなことを考えていた。……しかし後々、俺はこう思うことになる。こんな場所で立ち止まらなければよかった、と。
「おわあぁっ!?」
突如として耳に無理やり入り込んできたのは、大気を震わせ轟く爆発音。思わず悲鳴をあげ、反射的に両腕で頭を抱えた。
腕をゆっくり下ろして目の前を見ると、先ほどまでボーッと眺めていた白壁の屋敷は、もうほとんどが瓦礫の集合体と成り果てていた。緑の芝生も吹き飛び、庭は悲惨な状態と化している。至近距離にいた俺が爆発に巻き込まれなかったのは奇跡に近い。
「な、なんだよ今のは! どうして屋敷が爆発したんだ……!?」
誰がこんなことをやらかしたのか。すぐに辺りを見回した。俺以外の人間は誰もいない……と思ったその時。怪しげな風貌の男と目が合った。
「ん!? 誰だろう」
「あ、やべ……」
一時、俺達は視線を合わせたまま硬直する。
男の纏う衣服は砂漠色のフード付きマント。火薬の都市ヴィオの民族衣装である。顔は、目から下を灰色のスカーフで隠しており確認できなかった。
「さては、お前だな? 屋敷を爆破した犯人は!」
「面倒が起きる前に……逃げる!!」
怪しい男は問いかけを無視し、一目散に駆け出した。
「あ、こら! 面倒を起こしたのはお前だろうが!」
すぐさま俺も追いかけ始める。しかし、男の足は非常に速い。捕まえるのは至難の業か。
「怪しい奴め、止まれー!」
と、そこへ。町の自衛を務める二名の兵士が駆けつけた。鉄の鎧兜と槍を揺らし、ガッチャガッチャと金属音を響かせている。
なんと丁度いい所に現れてくれたのだろう。俺は兵士にこう伝えた。
「あいつだよ! 屋敷を爆破したのは、あいつなんだ! 一緒に追いかけて!」
……だが。兵士の反応は俺の予想とは違うものだった。
「何を言っている? 我々が呼び止めたのは、金髪のお前のことだぞ。大人しくしろ、爆発魔め!」
「はあっ!? いや、俺じゃなくって! 犯人はあいつ……」
例の男が駆け抜けた道を必死に指すが、そこには……。
「誰もいないじゃないか。そんな姑息な手に引っかかるほど、我々も落ちぶれちゃあいないぞっ」
一瞬、目を離した隙に男は逃げ切ってしまったようだ。予想以上の逃げ足の速さだった。
「だーかーらー! 屋敷の爆発は俺のせいじゃないんだってば! 怪しい奴でもないし! 俺はこの町で剣士をやってる、ゾル……」
「話なら尋問所で聞いてやる。さあ来い!」
聞く耳を持たないとは、まさしくこのこと。名乗りも出来ない。しかも尋問所に向かっても、まともに話を聞いてくれる保証はない。
ついでに感じたことだが、こちらの言い分に構わず人違いを犯している点から察するにこの兵士達、やはり相当落ちぶれているに違いない。
俺は兵士二人に両腕を掴まれて、ずるずると引きずられながら連行される羽目になってしまった。思わず情けない声が漏れる。
「そ、そんなぁ……」
斯くして俺は、屋敷爆破の犯人という不名誉な肩書きを背負わされることに。
……っていうか……。
「こんな展開、嘘だろー!?」
――ある晴れた暖かい日の出来事であった。