Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第35話「平穏へ別れを」 語り:ソシア

 火薬の都市ヴィオの、煉瓦造りの宿屋の一室から窓の向こうを見た。昨日までとは違い、空は灰色の雲に覆われている。そのうち雨でも降りそうだ。

 

 ジーレイさんは依然として意識を失ったままであり、二日が経過した。生命活動が停止する兆しは無いが、目覚める気配も一向に無い。定期的に治癒術をかけて魔力を与えてはいるのだが……これをいつまで続ければいいのだろうか。

 二日も目を覚まさないのは今回が初めて。脳内に浮かぶ『最悪の結末』を必死に消去しながら、皆で看病を続けていた。

 

「ジーレイは、俺達を混乱させないために魔皇帝だったことを隠してた、って言ってたけどさ……やっぱり寂しいよな」

 

「ああ……。それにもし事前に真実を知らせてくれていたら、事態も好転していたかもしれない」

 

 ゾルクさんとマリナさんは揃って肩を落とした。仲間でありながら正体を明かしてもらえなかった……つまり信用されていなかったと同義だからだ。

 いつか私も二人と同じ意見を抱いていた。しかし今は違う。そこでミッシェルさんと共に、ジーレイさんの気持ちを伝えようとした。

 

「あたし達もね、それを本人にビシッと言ったことがあるのよ。そしたらジーレイ、『申し訳ありません』って何度も頭下げてきて。謝られるこっちが逆に申し訳なくなっちゃったわ」

 

「あの時のジーレイさん、すごく心を痛めていました。私達を信頼しきっていなかったのを悔やんでいたんです。だからこそ『自分の不始末に決着をつけるため、今度こそ皆と協力してデウスの野望を阻止する』と決心していました」

 

「そんなやりとりがあったのか……。だったら私はこれ以上、何も言わない」

 

 マリナさんは理解を示してくれたようだ。ゾルクさんも静かに頷くが、どこか神妙な面持ちとなった。そして小声で言葉を漏らす。

 

「みんなと協力……か」

 

 すると続けて、こんな質問を繰り出した。

 

「みんなはさ、ジーレイみたいにこれからもエグゾアと戦っていくつもりなのか?」

 

「もちろんよ! メリエルを助けるのが、あたしの一番の目的だし!」

 

「拙者も戦う所存。姫を傷つけた元凶を成敗するため、お主達との旅を願ったのだからな……」

 

 開口一番に肯定したのはミッシェルさん。まさきさんも意思を述べた。その後に、私とアシュトンさんとマリナさんが続く。

 

「アムノイドにされたお母さんが実際にどうなってしまったのか、安否を完全に把握できていません……。それを確かめたいので、私はエグゾアに立ち向かっていくつもりです」

 

「俺だって、世界の破壊に巻き込まれるのはごめんだからな。出来ることをしながら抗ってやるぜ」

 

「私も自分が何者なのか知るために戦う必要がある」

 

 答える各々の眼には、確かな覚悟や想いが宿っていた。

 そんな私達を前にしたゾルクさんは。

 

「そっか」

 

 無表情のまま小さく呟き、後の言葉に繋ぐ。

 

「俺さ、一つ決めたことがあるんだ。みんなには悪いけど……もうエグゾアとは戦いたくない」

 

「えっ……!?」

 

 私は思わず息を呑んだ。

 

「元の身体に戻れたら、戦いから遠ざかる。バールンに戻って静かに暮らすんだ。後はみんなに任せるよ」

 

 いつも活発に突き進むゾルクさんが、まさかこんなことを言い出すなんて。皆も絶句している。

 

「この前は、スメラギの里の人達に助けて貰ったから恩返しだと思って頑張ったけど……ミカヅチ城でキラメイやボルストと戦った時、正直すごく恐ろしかった。自分を誤魔化しながらヤケクソで剣を振ったんだ。もうあんな思いはしたくない。暴走する可能性だって抱えてるし、みんなみたいに気を強く持って戦うなんて……俺には出来ないよ」

 

 覇気のない抑揚で喋り切ると、最後に力無く笑った。

 今までどんな困難にも果敢に立ち向かっていたゾルクさんの姿は、そこには無い。旅を通して彼のことを理解したつもりでいたが、それは大きな間違いだった。彼も普通の人間。超人などではない。常に前を向いて生きるなど無理なのだ。

 しかもゾルクさんだけはエグゾアに大敗を喫しただけでなく、身体にエンシェントビットを埋め込まれている。いつまた暴走するかもわからない不安定な状態と、エンシェントビットとの融合が進みレア・アムノイドと化す可能性。そこから募る恐怖は、私には想像できない……。

 皆は口を(つぐ)み、部屋が静まり返る。でも誰かが返事をしなければならない。そう考えていると。

 

「それがお前の本心なんだな?」

 

 翡翠の瞳で真っ直ぐ見つめ、マリナさんが問う。対するゾルクさんも、嘘偽りの無い眼差しを返した。

 

「うん。それに俺、救世主じゃなかったし。何の力も目的も無い、ただの被害者さ」

 

 マリナさんは少しの間、(うつむ)いて視線を逸らす。そして再び彼を見ると。

 

「……わかった。私は止めない」

 

 意思を受け入れた。

 

「マリナさん!?」

 

「引き止めなくていいの!?」

 

 思わず、私とミッシェルさんは口を挟んでしまう。しかしマリナさんだって、理由も無しに受け入れたわけではない。

 

「いいんだ。ゾルクが苦しみ悩む姿を近くで見てきたからわかる。『戦いたくない』と本気で言っているんだ。これ以上、無理強いしたくはない」

 

「そ、それは……」

 

「確かに、そうかも……しれないわね……」

 

 説得力のある言葉。そして私達もゾルクさんの状態を知っている。……反論の余地は無かった。

 答えるマリナさんの表情は穏やかでありつつ、暗いものだった。一番長くゾルクさんの傍にいた分、彼の抱える痛みが伝わってくるのだろう。だからこそ苦しみから解放される道を彼が選んだことに喜び、微かに安堵しているのかもしれない。

 

「ゾルク……私は、お前を情けないとも臆病だとも思わない。デウスから受けた仕打ちを考えれば、その選択は当然とも言える。……巻き込んでしまって、本当にすまない」

 

 面と向かい、深く頭を下げた。突然の行為にゾルクさんは慌てふためく。

 

「待って待って、頭を上げてよ! マリナのせいじゃないんだってば! ……俺を責めてこないなんて、なんだか調子狂うなぁ。あはははは……」

 

 ゾルクさんは苦笑して空気を和ませようと努める。その陰で、マリナさんが伏し目で何か呟いた。

 

「…………責められるわけがないだろう。お前は私のせいで苦しんでいるんだから」

 

 苦笑に紛れていたため聞き取れなかったが、おそらくまだ責任を感じているのでは……。

 

「あー暗い暗い! お前らが陰気だと俺まで影響受けちまいそうだ」

 

 突然、アシュトンさんが大きな声をあげた。首に巻いた緑色のスカーフをばたつかせながら、ゾルクさんを視線で刺す。

 

「ったく、救世主! お前のせいで空気がじめじめしてきやがったんだからな?」

 

「うっ……。はいはい、どうせ俺は暗い話題しか出せないよ」

 

 そんなにきつく言わなくてもいいのでは、などと思いながらやりとりを眺めていると。

 

「ジーレイには俺が付いといてやる。……だからお前ら、外の火薬臭い空気でも吸って気分を入れ替えてこい。いいな?」

 

 無愛想に提案した。アシュトンさんの妙な言動は私達への気遣いだったようだ。

 不器用な優しさに、ゾルクさんは感謝する。

 

「……わかったよ。ありがとな、アシュトン」

 

「うるせえ。さっさと行きやがれ」

 

 アシュトンさんが素直に受け取るはずもなく。それでも皆、彼の厚意を嬉しく思っている。そして提案通り五人で、ヴィオの町中へと歩き出すのだった。

 

 私達が宿屋を出た直後。アシュトンさんはおもむろに椅子に座り、目覚めないジーレイさんに声をかける。

 

「救世主の奴、相当まいってるみたいだぜ? なあ、そろそろ起きてやったらどうなんだ、魔皇帝のジーレイ様よぉ。早く色々教えて、ちっとでも安心させてやれってんだ。俺を助けてくれた時の無鉄砲な元気さも、どっかに置いてきちまってるくらいなんだからよ」

 

 喋る内に、工業都市ゴウゼルでの出来事を思い出していた。

 

「……あの時の救世主は本気で世界を救うつもりだった。『自分の気持ちを信じて貫く』だの『世界を救うなら人も救いたい』だの、くっせぇ台詞も大真面目に叫んでたっけな。だってのに、ひでえ現実に負けてあのザマだ。可哀想ったらありゃしねぇ……。あんたもそう思うだろ?」

 

 まるでジーレイさんを起こそうとするかのように語りかけたが、変化は見られない。それを確認すると大きな溜め息をつき、天井を見上げるのだった。

 

「……ったく。総司令もやることがえげつねぇんだよ。命の恩人のシケた(つら)は、見れたもんじゃねぇぜ」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第35話「平穏へ別れを」

 

 

 

 曇り空の下、商店街の散策を開始。

 道行く人々は決まって、フード付きのマントのような衣服を着用していた。全身をすっぽり包み隠せるほどの大きさである。

 ゾルクさんによると、これは火薬の都市ヴィオに古くから伝わる民族衣装なのだという。火薬の爆発事故から身を護るために作られたのがこの民族衣装の起源であるため、耐火性及び耐衝撃性に優れているのだとか。形状は共通だが色や柄などには個人の好みが表現されている。

 そして、この町には火薬に関する研究施設や古びた製造工場しかないだろうと思っていたが、そうでもない。普通の町のように飲食店や雑貨屋、新鮮な食材の市場まである。都市と呼ばれるくらい大きな町なので、商店が一通り揃っていても何ら不思議は無いのだが。

 様々な店を見て回りながら、ゾルクさんとマリナさんが会話する。

 

「いつか俺が夢で聞いた『謎の声』……あれもエンシェントビットに関係してるのかな?」

 

「アロメダ渓谷で気を失った時のか。どうだろうな……。やはりジーレイが意識を取り戻してくれなければ、何もわからない」

 

「だよな……。いま思えば『謎の声』が言ってたことは正しかったんだ。『今すぐ引き返せ』とか『あなたは救世主ではない』とか。デウスの本当の目的も知ってたみたいだったし」

 

 今までに起きた謎の現象についての考察。気持ちが落ち着いて少し前向きになれたのだろうか。……そう思ったが、すぐ後に。

 

「『謎の声』を信じて引き返しておけばよかったなぁ……なんて、今更こんなこと言ってもしょうがないけどさ。やっぱ……後悔しちゃうよ」

 

「ゾルク……」

 

 切なさを表に出し、ゾルクさんは無味な笑いを浮かべた。マリナさんも、かける言葉が無い様子。

 気分を入れ替えるため外出したというのに、これでは一新できない。何とかならないか模索していたところ……何者かが近寄ってきた。

 

「ちょいとちょいと、そこの方々」

 

「あたし達に何か用かしら?」

 

「ええ、そうですそうです、麗しいお嬢さん」

 

「あら、麗しいだなんて……♪」

 

 今時、誰も使わないような簡単なお世辞に引っ掛かり、ミッシェルさんは一瞬で上機嫌になってしまう。……確かに麗しいですけれど、それでいいんですかミッシェルさん。

 ――私達に接触してきたのは、マリナさんと同じか少し低いくらいの背丈の中年男性。砂漠色の民族衣装に身を包みフードを被っている。顔付きは、いかにも悪事を働いていそうな、あくどい印象を与えるものだった。

 首元には、くしゃくしゃになった灰色のスカーフを巻いている。顔を隠す頻度が高いので整える暇も無いのだろう。シーフハンターとして盗賊を取り締まっていた頃、似たような格好の連中をよく目にしていたため察しがついた。

 人を見かけで判断してはいけない……のだが、あまりにも胡散臭過ぎるので疑う気持ちを捨てられずにいる。

 

「わたしはドステロと申します。しがない商人です。あ、決して怪しい者ではありませんよ」

 

 何を言うか。とても怪しい。

 

「お見受けしたところ、旅をしていらっしゃるようですね。そんなあなた方にうってつけの商品がありまして」

 

「聞くだけ聞こう」

 

 マリナさんもドステロを信用していないらしく、きつくはないが彼を睨んでいる。それでも最初から突き放さず話だけは聞いてあげようとするあたり彼女は寛大だ。

 もちろんドステロはそれに甘え、どこからか黒い物体――商品を取り出した。

 

「これですこれ。この火薬の都市ヴィオで開発された、最新型の携帯爆弾! コンパクトな見た目に反して威力は絶大! 戦闘中、敵陣に放り込むもよし。時限装置付きなので嫌いなアイツの荷物に忍ばせるもよし。覚悟を決めた自爆特攻の際にも遺憾なく効果を発揮します!」

 

 自信満々、意気揚々と携帯爆弾をアピールする……が、釣られるわけがない。私は大きく首を横に振った。

 

「だめですだめです! 涼しい顔で物騒なものを押しつけてこないでください! この町ではこんな商品が当たり前のように売られているんですか……!?」

 

「とんでもない! あなた方を見込んで、特別にお売りしようとしているのですよ~。…………あのー、ほら。ここだけの話、この商品は一般には出回らないタイプの……ね? スペシャルなやつですから。ね?」

 

 急に声を小さくし、通行人に聞こえないようこっそりと教えてきた。……この男、第一印象の通り真っ黒である。俗に言う『裏のルート』から仕入れた危険な商品を売り捌く、闇の商人だったのだ。

 

「さあさあ、欲しくなってきたでしょう? この最新型携帯爆弾ひとつ、今ならたったの十万ガルド! お買い得ですよ!」

 

「見込み違いぞ。拙者達には無用の長物なり……」

 

「百歩譲って必要だったとしても、十万ガルドじゃ買う気にならないわねぇ。高すぎでしょ」

 

「いやいや、きっとお役に立つ日が来ますって! 十万ガルド分の価値もありますって!」

 

 すっぱり斬り捨てるまさきさんとミッシェルさんであったが、ドステロに諦める気配は無い。粘り強く食い下がるその姿勢、さすが商人と褒めるべきか。

 面倒な人間に絡まれたものだ。どうやってこの場を逃れようか頭を悩ませていると、ドステロを黙って見つめていたゾルクさんが――

 

「ああああああああ!! お前は!!」

 

 ――破裂するかの如く絶叫した。思い切り指を差し、震えている。

 

「ドステロって名前だったのか!! その砂漠色の民族衣装と灰色のスカーフ、どうりで見たことあると思ったわけだ……!!」

 

「えっ……金髪のお兄さん、どうしたんです? わたしとどこかでお会いしましたっけ?」

 

「会ったさ! バールンでな!! お前、金持ちの屋敷を爆破した犯人だろ!?」

 

「へあっ!? な、何故それを……!?」

 

 図星を指されたらしく、ゾルクさんを凝視しながら過去を振り返った。すると、どんどん顔が青ざめていく。

 

「金髪と蒼い鎧と大剣……もっ、もしかしてっ! あの時の間抜けそうな剣士!?」

 

「間抜けって言うなーっ!! ……じゃなくて、お前のせいで俺は濡れ衣を着せられて刑務所に放り込まれたんだぞ!? この場でとっちめてやるからな!!」

 

「おれの代わりに捕まったと風の噂で聞いたけど、もう出所してたなんて!」

 

「そ、その辺は事情があるんだけど……とにかく! 真犯人め、おとなしく捕まれ!!」

 

 まさに一触即発。ゾルクさんがじりじりと詰め寄る。余裕を無くしたドステロは一人称が「わたし」から「おれ」に変わり、ゆっくりと後退りする。

 

「こういう場合はもちろん…………逃げる!!」

 

「あっ、こら!!」

 

 意を決したドステロ。振り返って全力逃走を開始。しかしゾルクさんも真犯人を逃がしたくはない。血眼になって砂漠色の民族衣装を追いかけていく。

 ぽかんと見ていた私達は、そのまま見送ってしまった。が、流石に放置は出来ない。

 

「……とりあえず、ゾルクさん達を追いかけましょうか」

 

 見えなくなりつつある背を追跡し始めた。

 

 

 

 二人は、人生を賭すかの如く風を切っている。

 

「ドステロー!! 待てー!! 逃がすもんかぁぁぁ!!」

 

 商店街を駆け抜け。

 

「ひぃー!! あの剣士、間抜けそうなのに意外と足が速い……!!」

 

 工場区域も通過し。

 

「また間抜けって言ったなぁぁぁ!!」

 

 住宅地までやってきた。

 

「しかも地獄耳ぃぃぃ!?」

 

 ここまでで距離はかなり縮まったのだが、あと少し届かない。

 

「はぁ、はぁ……! くっそー、やっぱりあいつ逃げるのが上手いな。でも絶対に捕まえなきゃ……!」

 

 汗だくになりながらもゾルクさんは諦めない。……そして。

 

「そうだ! これならどうだ!」

 

 ピンと閃いた。立ち止まらず、背の鞘から器用に両手剣を引き抜き、全力で振り下ろす。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 斬撃と共に衝撃波を飛ばす剣技、裂衝剣(れっしょうけん)が炸裂。衝撃波は何よりも速く突き進みドステロの背中を捉える。

 

「どわあああ!?」

 

 とにかく走って逃げることのみを念頭に置いていたドステロ。背後からの攻撃を避けるなど不可能。衝撃波に当たってバランスを崩し、派手に転んでしまう。そしてゾルクさんは追い付き……。

 

「よっしゃぁぁぁ!! 捕まえたぁぁぁぁぁ!!」

 

 勝利の雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 私達が現場に到着すると、ドステロは観念していた。逃げようとする素振りも無い。

 

「なあ、ドステロ。どうして金持ちの屋敷を爆破したんだ?」

 

 ゾルクさんが動機を尋ねると、曇り空を眺めながら語り始めた。

 

「……おれは昔、爆弾屋の店長として真面目に働いてたんだけど、あの金持ちが経営してる会社に客を奪われて店が潰れてな。その腹いせに、バールンに建ってた別荘を爆破してやったんだ! 建物が吹っ飛ぶ光景を見れて気分は最高だった……!」

 

「同情できなくもないけど、やっぱり爆破は駄目だろ……」

 

「何とでも言えよ! おれは満足したからそれでいいんだ! ……そう。満足したから、もう逃げも隠れもしない。捕まる日が来る予感もしてたしな」

 

 しょぼくれつつもドステロは覚悟を決めた。罪を犯した自覚はあったのだ。

 

「迷惑かけて悪かったな、剣士さん。王国軍に突き出してくれ」

 

「心置きなくそうさせてもらうよ。この町の詰め所に行くぞ」

 

 ドステロはゾルクさんに従い、一歩踏み出した。

 ――その時だった。突風と共に、駆動機械から発せられるような高音が響く。

 

「なんの音でしょうか? それにどこから……?」

 

 ここは住宅地。工場区域でもないのに機械音が鮮明に聞こえるのは解せない。

 私が不審に思っていると、まさきさんが音の正体に気付いた。

 

「空を見よ……!」

 

 雲に覆われた空を全員が見上げる。すると……。

 

「巨大なカラスのモンスター? ……いや、違う! 黒いザルヴァルグだ!? しかも一機だけじゃない……!!」

 

 ゾルクさんが言った通り、漆黒に染め上げられたザルヴァルグが五機も、空中で停止していたのだ。

 ……それだけではない。黒いザルヴァルグは信じ難い光景を私達に叩きつける。

 

「な……なんなのよ、あの光は……」

 

「町の人々を……誘拐しているのか!?」

 

 ミッシェルさんとマリナさんは戦慄した。空中停止した黒いザルヴァルグの腹部から円錐(えんすい)型の光が降り注ぎ、逃げ惑うヴィオの住民を捕らえて機内へと取り込んでいるのだから。

 

「うわあああ!? なんなんだよこれ!! でかい鳥に食われる……!? だ、誰か! 誰かぁぁぁ!!」

 

「なんで!? どうして身体が浮いていくの……!? やめて、やめてよ!! いやあぁぁぁ!!」

 

 円錐型の光に触れた住民はゆっくりと上昇し、どんなに足掻こうとも意味を成さず発狂しながら、黒いザルヴァルグに取り込まれていく。それも一人や二人ではない。一機につき二百人以上は確実で、そこからまだ数を増やしている。

 しかしザルヴァルグは多くても五十名程度しか収容できないはずだが、何故あそこまで取り込めるのだろうか。仕組みがどうであれ、見るに堪えない現象だ。

 理解し難い要素ばかりだが、これは現実に起きていること。しかも間違いなくエグゾアの仕業である。誘拐を阻止しなければ。

 ……意気込んでみたものの、冷静に考えてみれば私達も円錐型の光に捕まる危険性がある。どうするべきか。

 

「む、黒の巨鳥がこちらに!? 回避すべし……!!」

 

 案じている内に、もう危機が訪れた。けれどもまさきさんの合図のおかげで、私達は建物の陰に隠れる。これで難を逃れた……と思いきや。

 

「あっ、ドステロが!?」

 

「ひ、ひえぇ~! 皆さん、助けて……!」

 

 自由を奪われ徐々に昇っていくドステロを、ゾルクさんが指差す。更に、円錐型の光に捕まったのは彼だけではなかった。

 

「おかあさーん!!」

 

「こわいよぉーっ!!」

 

 お揃いの黄緑色の民族衣装を着た……双子だろうか。澄んだ水色の髪も顔の形も瓜二つの男児と女児が泣きじゃくっている。

 

「ティオッ!! エリスーッ!!」

 

 円錐型の光の外には、双子と同じく澄んだ水色の髪をした母親らしき女性。必死に子の名前を叫んでいた。

 ぼうっと眺めている場合ではない。すぐに手を打たなければ。そこで私は提案する。

 

「マリナさん! 黒いザルヴァルグのお腹……光の発振源を攻撃してみるのはどうでしょうか?」

 

「やってみる価値はありそうだな。同時に撃つぞ、ソシア!」

 

「はい!」

 

 素早く武器を構えると、光の円錐の頂点部分に狙いを定める。

 

「ペネトレイトカノン!」

 

呪闇閃(じゅあんせん)!」

 

 マリナさんが強力な徹甲弾を、私が闇属性の矢をそれぞれ発射した。そして狙いの一点へ同時に命中。思惑通り、円錐型の光は消失した。

 

「キャッチはあたしに任せて!」

 

 落ちていく、双子とドステロ。ミッシェルさんは三人を筆術で受け止めるべく大筆を走らせた。描いたのは、道いっぱいに広がる巨大なクッションの絵。説明するまでも無いが、筆術であるため絵は瞬く間に立体化する。

 三人は描かれたクッションの上に落ちると何度か弾んで勢いを和らげ、うまく着地した。

 

「双子ちゃん、怪我は無い?」

 

「う、うん……!」

 

「おねえちゃん、ありがとう!」

 

 ミッシェルさんは笑顔を浮かべて双子の頭を優しく撫でた後、母親の元へ帰した。親子は泣きながら抱擁し、無事を喜ぶ。

 

「ティオ、エリス……本当に良かった……! どこのどなたか存じませんが、助けてくださりありがとうございます……!」

 

「いいのいいの。それより早く逃げてちょうだい! ……元気でね、双子ちゃん」

 

 母親はミッシェルさんの言葉に従い、双子を連れてこの場を離れていく。見えなくなる直前、私達の身を案じるかのように一礼するのだった。

 

「何してるんだよ、ドステロ! お前も逃げるんだ!」

 

「でも剣士さんは? 一緒に逃げないんですか……?」

 

 ゾルクさんが避難を促しているが、ドステロは困惑しておりなかなか動こうとしない。すると砂漠色の背中を突き飛ばしながら、次のように宣言する。

 

「逃げ遅れてる人がいないか確認しなきゃいけないからな。……とにかく逃げろ! お前が無事じゃないと王国軍に突き出せなくなるじゃないか!」

 

「……す、すみませんっ!」

 

 ドステロは罪悪感に苛まれながらも、逃げ惑う人々の流れに飛び込んでいくのだった。

 一方、腹部を破壊された黒いザルヴァルグは未だ空中に位置している。飛行に支障は無いらしい。なんという頑丈さだ。

 そして私達以外にも地上から破損箇所を眺めている者が。逃げ遅れたヴィオの住民だろうか。そう思い、目を凝らして見てみると……。

 

「あーあ。トラクタービーム発振器、壊されちゃったみたい。でもギルムルグはまだ四機のこってるし、別にいいよね?」

 

「ええ。それに今の時点でもかなりの量が確保できたわ。総司令もきっとお喜びになるはずよ」

 

 一人は空色の瞳と藤紫色の髪、縦巻きにカールしたツインテール、白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレスが特徴的な少女。

 もう一人は真紅の長髪をなびかせ、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な女性。手には身の丈に匹敵するほど巨大な筆を掴んでいる。

 どちらも服の左肩にエグゾアエンブレムを刻んでいた。

 

「あの二人は……!」

 

 私が捉えた姿。それは、フィアレーヌ・ブライネスとメリエル・フレソウムであった。


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