モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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 いつもは一話完結で更新していますが。この話は二万時を超える長さになってしまったので、前後編を分けて更新します。後編は今書いてる話がまとまり次第更新します。


セキエイに続く日常 126-ドル箱スター誕生 ①

 きっとモモナリは、この提案を断らないだろうな。とカントーポケモン協会理事、オークボは思っていた。身の丈以上のことだから断ると言う発想なんて、一ミリも持ち合わせていないだろう。その事は、モモナリのせいで何度も冷や汗をかくはめになった自分がよくわかっていた。

 忙しい一年だった。イッシュリーグAリーガーの移籍問題もあったし、クロセという神童の登場もあった。モモナリのバカはラジオ番組中にポケモンの孵化を実況中継するし、ドラゴン育成についてのエッセイが物議を醸すし、食いちぎられかけてる右手をぶらつかせながらハナダを闊歩するし、昔に比べたら随分と大人しくなってはいるが、まだまだ目は離せない。

 そこに、これである。

「どうせ私がついていくことになるんだろうな」

 オークボは苦笑いした。『モモナリ担当理事』と揶揄されてしまうほど長い付き合いになってしまっている現状を呪うしか無いのだろう。

 とは言え、別にそれが苦痛なわけではなかった、モモナリは群衆の中の一人として考えれば迷惑極まりない男だったが、個人として考えればこれ以上に面白い男もそう居ない、自分がこうして責任を取る立場でなければ、むしろファンだったのかもしれない。

 いや、今でもファンか、とオークボは思った。心の何処かに、少しだけ期待をしている自分がいるような気がした。

 

 イッシュリーグとカントー・ジョウトリーグ合同のエキシビションイベントの開催は、両地方のファンを喜ばせ、同時に困惑させた。

 エキシビションと銘打ってはいるものの、五対五の勝ち抜き戦、そしてポケモンの総重量やタイプの縛りの無しと言う公式戦と同様のルール、その実態はどう考えても負けたほうが明らかに格下となってしまう『地方対抗戦』だった。

 出場するメンツがまたすごい、イッシュ側はギーマ、レンブ、シキミとAリーグトップ勢をずらりと並べ、去年圧倒的強さでBリーグを勝ち抜いた期待の若手ジャクソン、更に次代のチャンピオンとして名高い『竜の心を知る娘』アイリスときている。

 対するカントー・ジョウト側は、ワタル、イツキ、キリューとこちらもAリーグトップの三人体勢、更に神童として名高いクロセ。

『エキシビションと言っておきながら、実はどっちも本気で勝ちに来ている』と両地方のファンから思われても仕方のないメンツと言えた。ただ一人、カントー・ジョウトリーグ側の一人、モモナリを除けば。

 彼の選出には、イッシュのファンも、カントー・ジョウトのファンも同様に首をひねっていた。Bリーグ上位、決して弱いトレーナーではないだろう、しかし他のメンツを見る限り、不相応と言うより他無い。記録的なペースでのバッジコンプリート、新人戦をぶっちぎりで優勝、公式戦デビューから破竹の十七連勝、若手時代の経歴だけを見れば全く無いというわけではなかったが、現状ではただの中堅トレーナーである。

 イッシュリーグのファン達は彼の名前を知らない者が殆ど、相当にコアなファンでも『天気変更戦術』の流行を実質的に終わらせた男として名前だけは知っているという程度だった。

 しかし、モモナリがカントーを中心に発売されている雑誌内の小さなコラムでリーグトレーナー、シンディアの移籍問題に関してイッシュのファンを悪く書いていることがわかり、その記事が翻訳されると、とたんに彼はカントー・ジョウトリーグ選抜のトップヒールに踊り出ることになった。その他四人はイッシュのファンでもある程度尊敬するべき実力と実績を認知されており、実質的な対抗戦の相手として敵対心が薄かったことが大きく関係していた。

 シンディアの移籍問題に関して、イッシュポケモン協会に全く非がないわけではないことはファンも理解していた。しかし同時に、シンディアの戦法がポケモンに痛みと我慢を強要し、ダラダラと長時間のミス待ち試合だったことに賛否両論だったこともまた事実だった。イッシュリーグのファンならば当然感じているこの葛藤を、なぜ他地方の中堅トレーナーに抉られなかればならないのか。ある種のしわ寄せがモモナリに向かっていたのだ。

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようか」

 ソウリュウシティジム第一会議室、集まった三人に向かって、イッシュリーグ四天王、ギーマが言った。

 ファン達以上に、このエキシビションに関わるトレーナー達のほうが、この状況を重く考えていた。それぞれの協会にどのような思惑があるのかは分からないが、協会もまたこの試合を重要視しているだろうということは、ギャンブラーとしての経歴を評価されチームのリーダーに指名されたギーマが良くわかっていた。

 ギーマはイッシュ協会にカントー・ジョウトチームの映像を中心とした資料を要求し、更にはチームメイトとのミーティングをセッティングした、自身の勝負とチームの勝負を両立しなければならない彼にとって、事前の対策は必要不可欠なものだった。ギャンブラーとは闇雲に勝負に突っ込んでいく愚か者を指す言葉ではない、ストイックに勝負と向き合い、勝利に必要な労力は惜しまず、その上で最後は運否天賦に身を任せそれを受け入れることの出来る度量を持った人間を指す言葉だ。無論、協会も彼が勝負に対して非常にシビアでクレバーな事は理解している。

 一人を除いてメンバーの選出に特に不満はなかった、シキミとレンブとは古い付き合いだし、アイリスとも付き合いがないわけではない。唯一彼らに気を使ったことは、まだ少女であるアイリスのために、ミーティングをソウリュウシティで行うことになったことぐらいだ。

「ジャクソン君が来てないよ」と、アイリスが手を上げて言った。

「あの男がミーティングに来るわけ無いだろう」

 ギーマがふう、と溜息で呆れを示した。

「今頃どこかでド派手にバカンスでもやってるんじゃないのかなあ」

 若手ながら確かな実力者であるジャクソンは、とにかく派手好きな性格として知られていた。また、自信家な面も持ちあわせており、インタビューなどでよく尊大な態度を取ることが多かった。最も、イッシュのファンはそれも彼の一つのキャラクターとして歓迎していた、尊大で弱いなら問題と不快感があるが、有言実行で強ければ何の問題もない。

「まあまあ、彼は一番手だからあまり問題ないじゃないですか」

 シキミが笑顔でギーマを励ます。ジャクソンはエキシビションに選出された時から『一番手』に拘り、半ば一番手出場を宣言しているようなものだった。

「出来れば私達のミーティングが無駄になるくらいの事はしてほしいね」と、ギーマは笑って部屋の電源を落とし、プロジェクターを起動させた。三人がスクリーンに注目する。

「深い話をする前に、まずはざっと向こうさんのメンツに目を通してみよう。ワタルは今更だから飛ばすぞ、まずはイツキだ」

 スクリーンにイツキの対戦が映し出される。今期Aリーグの最終戦、最も新しい資料だった。

「カトレアと同じくエスパータイプのエキスパートだが、そのスタイルは全く違うと言っていい。単純なポケモンの強さに加えて、彼自身の経験と優れた読みの強さも持っている粘り強いトレーナーだ。レンブなんかはコロっとやられるタイプだな」

 小さく笑うギーマに、レンブは憮然とした表情で返した。何でもかんでも真面目に受け取り、真剣に考えてしまうこの武人は、ギーマにとって格好のからかいの的だった。

「彼には私かシキミが出ればいい。さて、次はキリューだ」

 画面が切り替わる、今期のシルフトーナメント予選の映像で、対戦相手の『おにび』を新たに繰り出されたネイティオが『マジックミラー』で弾き返している場面だった。

「どちらかと言えばイッシュ風の力押しをメインの戦法として持っているトレーナーだ、ただし映像を見て分かる通り安易な妨害技は後出しのネイティオに跳ね返される、しかもこのネイティオは『おいかぜ』や『とんぼがえり』などの補助技が非常に豊富だ。『にほんばれ』や『あまごい』などで状況を作った例もある、このポケモンを無償降臨させない事が重要だ。もしくは、補助技に頼らず真正面から叩き潰すかだ、いかにもレンブが好きそうなシチュエーションだな」

「なるほど、任せてもらおう」とレンブが答えた。

「さて、次はクロセだ」

 切り替わった映像は、今期シルフトーナメント決勝戦のキシ対クロセ戦だった。

 少年、と呼ぶのも抵抗があるような年齢のクロセが、弾丸トーナメントの勝ち抜き戦とは言え、現役のチャンピオンを下して優勝したという快挙はもちろんイッシュでも話題になっていた。

「アイリス、今後君のライバルとして立ちはだかることになるトレーナーだ」

 いつも笑顔を絶やさないアイリスも、その言葉は真剣に受け止めていた。共に両地方でその才気を認められ、将来を嘱望されてながらも、その期待よりも数倍早くその実力を発揮しているトレーナーだった。将来的に、海を越えたライバル関係になることはほぼ確実であろうと思われていた。

「フェアリータイプのニンフィアを中心に強力なポケモンを従えているだけではなく、読みや判断力、想像力に至るまで全く隙がない。デビュー以来の公式戦連勝を続けている。興行的に彼は五番手、最後の切り札として登場するだろう」

 映しだされた映像だけを見ても、その強さはイッシュのメンバーにも伝わっていた。レンブはいくつか納得したように唸り、シキミもその感動をメモにとっていた。

「厄介な相手だが、エキシビションは五対五の勝ち抜き戦、確かに神憑り的なトレーナーだが、私だって勝負の駆け引きにおいて彼に負けているつもりはない、シキミが彼に想像力の点において劣っているとも思っていないし、レンブの判断力と対応力が劣っているとも考えていない、もちろん、与えられた天賦の才能という点においても、アイリスが劣っているとは思わない、そのような前提を持ってすれば戦い方も考えられる。だが、最も読めないのはこの男だ」

 そして画面が切り替わる、今期Bリーグ最終戦、映しだされたモモナリの姿はそれまでの映像に比べれば随分と格下に見えた、最も、対戦会場の規模などが一段階落ちているので、そう感じるだけなのかもしれないが。

「モモナリ、調べれば調べるほど訳が分からなくなるトレーナーだ。新人までの経歴ならば世界で見ても稀なほどに飛び抜けている、だがその後は伸び悩み、早熟の天才だったのかとファンから見切りをつけられた時期に当時のトップ戦術を完全に攻略してAリーグに昇格、ところがその後は再び落ち込み降格、世にも珍しい『二度落ちぶれた』トレーナーだ、だが、妙な『怖さ』があるトレーナーでもある」

 映像を切り替え、幾つかの新聞記事がまとめられた写真を表示した。

「これらはすべて、モモナリの『襲撃』を報道しているものだ。この男は強いトレーナーがいると知るとその地に赴き、ゲリラ的に野良バトルを仕掛けるということを何度も繰り返している、その相手もジムリーダーやら他地方の四天王やらチャンピオンやら見境無しだ。そしてイッシュリーグチャンピオンであるアデクさんもその『襲撃』を経験しているらしい、その話はレンブが詳しいだろう」

 レンブはその言葉に頷いた。彼はイッシュリーグチャンピオンのアデクの弟子として、幾つもの手ほどきを受けていた。

「師匠は、海を越えたジョウトの地で、ある少年と手を合わせたと言っていた。その少年こそがこのモモナリらしい」

「アデクさんは、彼をどう分析したんですか」

 興味ありげに声を上げるシキミ。十数年か越しの因縁は、小説家として想像力豊な彼女を刺激していた。

「戦いへの渇望が人一倍ありながら、それでいて強さに飢えているわけではない不思議なトレーナーだったと言っていた。今更自分の強さを誇示することなど微塵も考えていない真の強者、凡俗な言い方をすれば、勝負そのものを楽しんでいるような男だと」

 そこでレンブは言葉を区切り、言いづらさと悔しさに少しばかり沈黙した後「強さ自体が目的と考えていた私を戒めるときに、よく言っていた」と続けた。

「人と言うものは」とギーマが口を開く。

「歳を取り、それを上手く笑顔の仮面の下に隠すことを覚えても、その『本質』は決して変わることがない」

 その言葉に、シキミとレンブは頷いた。ギャンブラーと言うある種非道の道を行きながらも、常にどこか気品溢れ続けるその男の言葉は、確かな説得力を持っていた。

「異端、それでいて貪欲。私はこの男こそが今回の試合における『ジョーカー』だと考えている、もちろん他のトレーナーも十分な脅威ではあるが、予想ができないという点で最も危険なのはモモナリだろう」

 

 

 

 

 

 

 ホドモエシティ、ポケモンワールドトーナメント会場。

 対戦会場としては世界でもトップクラスの規模を誇り、チャンピオンズトーナメントなどの大規模興行の会場として知られる。対戦場と客席前列の距離はかなり近く、基本的に何が起こっても自己責任と明確にされているのにもかかわらず、毎興行ごとにチケットの値段は跳ね上がる。

 初の試みとなった実質『地方対抗戦』は出場するメンツの豪華さもあってチケットも完売済みで、各地方への衛星中継も行われる。

 ホームであるイッシュのファン達はもちろんイッシュリーグ選抜の勝利を願っていた。ある程度客観的な目線から試合展開を予想していたリーグトレーナー達も、ホームアドバンテージと、一人格下のBリーガー、モモナリの存在から、イッシュリーグ選抜有利と予想していた。

 会場内、超巨大なダイヤモンドビジョンに、このエキシビションマッチのプロモーションビデオが映しだされる。

 そのプロモーションビデオも、地方と地方の対決、実力比べを露骨に前面に押し出していた。各リーグのメンバーとエースポケモンが重低音響かせるロックの背景に簡単に紹介される。

 もちろんイッシュリーグ選抜が映されている時には大歓声が沸き起こる。そして、カントー・ジョウトリーグ選抜のメンバー紹介の際にも、先ほどほどではないが歓声が起こった。

 しかし、そのダイヤモンドビジョンにモモナリと彼のエースであるゴルダックの姿が映し出された時には、大きなブーイングが巻き起こった。初めはコアなファンの間でしか起こっていなかったブーイングは、やがて会場全体を巻き込み、大きなものとなっていった。なぜ彼がそのような扱いを受けるのか分からないコアではないイッシュリーグのファン達も、わかりやすいヒール役としてモモナリを受け入れたのだ。

 会場のファン達の耳には、プロモーションビデオで語られたモモナリの経歴は殆ど届いていなかった。だが、彼がBリーグの中堅トレーナーであり、エースのポケモンも決して強力とはいえないゴルダックだと言うことは強烈に認識されていた。

 

 そのブーイングの声は、もちろんポケモンワールドトーナメント会場の選手控室にも会場の震えと共に届いていた。

「名が売れてるじゃないか」

 メンバーの一人、ドラゴン使いのワタルは、中継の映像を見つめるモモナリにそう笑いかけた。

 今更モモナリがそのような事でどうにかなるようなトレーナーではないことはワタルもよく理解していた。

「オークボさん、結局僕はなんて紹介されてたんですか」

 プロモーションビデオの映像が、クロセとニンフィアに切り替わった。同時に地響きとともにブーイングも止み、イッシュリーグのファン達は未知の強豪であるクロセがどのようなトレーナーであるのかと歓声とともにその映像を食い入る様に見つめていた。

 付き添い兼通訳として控室に居たオークボは「いや、大したことは言ってないよ」とモモナリに返す。

「現在の順位は低いが、カントー地方で過去最も脅威だと考えられていたトレーナーの一人、位のことは言ってたけどね」

「まあまあ言ってもらってるじゃねーか」

 キリューが羨ましそうにモモナリに絡んだ、チャンピオン挑戦の経験もなければ、公式戦優勝の経験もない彼は『伝説のトレーナーの愛弟子』と言う程度にしか紹介されていなかった。

「ちなみに今クロセくんを『カントーで今最も脅威だと考えられているトレーナー』だと言ったところだよ」

 オークボがモモナリを不貞腐れさせないためにあえて隠していたその情報を、イツキは笑い混じりに言った。縮こまって座っていたクロセは照れくさそうに頬をかいた。

「しかしまあ、モモナリが憎まれ役になってることで、俺達も随分と楽させてもらってる」

 ワタルの指摘に、イツキとキリューは頷いた。自分達はまだしも、まだ若く感受性豊かなクロセがあのようなブーイングを受けてはどうなってしまうかわからない。リーグトレーナーとして、クロセを倒したいという気持ちは皆持っていたが、今クロセが持っている強さが失われることは、極上のメインディッシュが冷めてしまうことと同じように、防ぎたいことだった。

「まあ、慣れてるからなあ」

 モモナリが笑っていると、プロモーションビデオが終了し、画面がブロンドの女性リポーターの姿に切り替わる。

「お、じゃあそろそろ行きますかね」

 一つ背伸びをして、モモナリは立ち上がった。彼がカントー・ジョウト選抜の一番手を務めることは、他のメンバーとなんの相談せずとも、それが当然だという風に決まっていた。

「あ、そうだ」とモモナリはオークボに振り返る。

「僕がこのメンバーに入っているのって、イッシュ側が僕のエッセイに怒ったからって本当なんですか」

 その言葉に、オークボはフフフ、と含み笑いを返した。イッシュのファンから広がっていたその噂は、カントー地方でもまことしやかに囁かれていた。むしろイッシュ地方のファンよりも、カントー地方のファンの方が、それをより事実に近い事として受け止めていたのだが。

「そういうことにしておけばいい、そのほうが、ずっと面白くなる」

 カントー・ジョウト選抜のリーダーとして真実を知っていたイツキは、オークボと同じように笑いを堪えていた。

 ワタル、キリュー、クロセは、少し不満そうに彼らを眺めていた。そんなに面白いことならば、教えてくれたっていいだろう。

 その視線を敏感に察知し、オークボが口を開く。

「その噂は、半分合っているが、半分外れている」

 彼はさらに続ける。

「イッシュ側からメンバーの一人としてモモナリが指名されたのは事実だ、だがその理由はあのエッセイじゃない。移籍騒動で多少の粗は晒したが、イッシュはそこまで了見の狭い地方ではないよ」

 オークボの答えにモモナリは安心半分がっかり半分といったような表情を見せた。

 長い付き合いでモモナリの考えは手に取るようにわかる、オークボは彼の心情を見越してさらに続ける。

「モモナリを指名したのは、イッシュリーグチャンピオン、アデクさんだ。彼は君のことを覚えていて、ぜひとも今の君を見てみたいと」

 思わぬ大物の名前に、控室は少し緊張感を帯びた。

 ただ一人ワタルだけが「なるほど、あの人なら言いかねない」と微笑んだ。チャンピオンズトーナメントなどでアデクをよく知る男だった。

 当人であるモモナリは、アデクの名前にニヤリと笑った。興奮と喜びを思い出した笑いだった。結果としてモモナリの人生を大きく歪めたかもしれないあの一戦を、当の本人は純粋に良い思い出として胸にしまっていたのだ。

「なるほどねえ」と思い出し笑みを維持したまま、彼は控室の扉を開いた。

「じゃあ、いっちょ楽しんできますよ」

 

 

 

 

「中継をご覧の皆さん、イッシュリーグ選抜一番手、ジャクソン選手にインタビューです」

 スポンサー企業のスタイリッシュなロゴが幾多も印刷されたセットを背景に、イッシュでも指折りの美貌を持つブロンドのアナウンサーがカメラに向かってそう言った。

 そして、同じくブロンドの長髪をなびかせている若きトレーナージャクソンが、当然のようにフレームインし、カメラに向かって軽い挨拶をした。

「ジャクソン選手、この後カントー・ジョウトリーグ選抜一番手であるモモナリ選手との対戦ですが」

 と、彼女がここまで言ったところでジャクソンがそれを遮った。

「そのモモナリってのがどこの誰なのかは知らねえが、残りの四人との対戦についてもインタビューした方がいい。控室の四人にゃ悪いが、今日奴らに出番はない」

 始まった、とインタビュアーは相槌を打たずジャクソンにマイクを向け続ける。テンポよく言葉をつなげてまくし立てるのは、彼の一つの癖だった。

「俺達は永遠の友人と共にどんな苦難をも乗り越えてきた、このイッシュの地はポケモン達と共にある。俺達は勝った。勝ち続けてきた、絆こそが、俺達の最大の武器だ」

 スタジオに、ジャクソンの言葉に同調する観客達の歓声と地響きが届いていた。異なる人々が集まり、協力しあうことでここまでの発展を遂げたイッシュの人間達にとって、ジャクソンの言葉は、普段は心がこそばゆくて口にすることができない大きな信念を代弁しているものだった。

 殆どカメラに向かって叫ぶように、ジャクソンは続ける。

「今日、俺は、海の向こうの田舎者達を倒して、倒して、倒して、倒して、倒して、この俺と、このイッシュの大地こそがナンバーワンだということを世界に証明するんだ」

 言いたいことだけを言って、彼はカメラに拳を向けてその場を去った。イッシュの観客は、彼を歓迎した。それだけのことを言うだけの強さがあることは、十分に理解されていたのだ。

 

「いい若手だね」

 イッシュの言葉を理解できるイツキはすこしばかり声を弾ませていた。

「そうだな、若いうちはこのくらい元気な方がいい」

 ワタルもそれに同意した、彼はイッシュの言葉を完全に理解できるわけではなかったが、ジャクソンのインタビューの勢いと今控室に届いてる大きな歓声を感じていた。

 

 

 

 場を温めるために事前に開催された各地方の代表ジムトレーナーによる交流戦も比較的成功に終わり、温まった観客たちはその時を今か今かと待ち望む。

 やがて、対戦ステージの上にタキシードの老紳士が現れ、マイクを握った。

『皆様、大変長らくお待たせしました』

 対戦会場に、拡声されたアナウンサーの声が響き渡る。イッシュでも有数の美声と知られるその声は、拡声器を通してもその強さを失ってはいなかった。

『これより、本日のメインイベント、イッシュ選抜対、カントー・ジョウト選抜の特別エキシビションマッチを行います』

 観客の歓声を予測し、アナウンサーはそこで言葉を切る。予想通り詰めかけた大観衆の歓声が会場いっぱいに響き渡り、一旦この歓声を途切らせ無ければ、アナウンサーが次の言葉を発することができないと誰かが気付くまでそれは続いた。

『ルールは至って単純明快、イッシュ、カントー・ジョウト共に選ばれた五人の勝ち抜き戦、最後まで勝ち残ったチームの勝利とします。なお、勝利チームには株式会社シルフカンパニーより、各種栄養剤六種それぞれ一年分が送られます』

 これには観客と同様に、控室のリーグトレーナー達もおっ、と身を乗り出した。タウリン、ブロムヘキシン、リゾチウム、キトサン、インドメタシンの六種の栄養剤は、ポケモンの体力を大きく引き上げる効能を持っているものの、それぞれが非常に高価で知られるものだった。

『まずはイッシュ選抜一番手、次代の大物、ジャクソン選手の入場です』

 会場が暗転し、キーの高い電子音が鳴り響く、赤色で彩られた入場ゲートにはスモークが焚かれ、ジャクソンがそれをかき分けて現れた。

 ファン達は、彼にこれ以上ないほどの歓声を浴びせる。ジャクソンもそれは当然だと言わんばかりに堂々とそれを全身で受け止めながら、足を踏み入れるたびに明るく輝くパネルの上を歩いて行った。

 勝ち抜き戦と言う形式上、入場時のこのような演出はお互いの一番手にしか適用されていない。ジャクソンはイッシュ陣営の中でも最もこのような演出が似合う男だった。

 観客がある程度落ち着くのを見計らって、アナウンサーは次を続ける。

『続いてカントー・ジョウト一番手』

 彼はここで一つ言葉を区切った。カントー・ジョウト陣営の一番手は、まだイッシュのファン達には分かっていない。

『皆様どうか拍手でお迎えください』

 彼のこの言葉に、まずは想像力のある察しの良いファンが湧き、ブーイングを飛ばす。そこでようやく大勢のファン達もアナウンサーの言葉の意味を理解し、ブーイングを始めた。

 アナウンサーもプロである。カントー・ジョウト選抜の一番手の男を、どのようにすればより熱気ある会場に送り込むことが出来るか、長年の経験からしっかりと理解していた。

『かつて最も伝説に近づいた男、モモナリ選手の入場です』

 

 入場中のモモナリに浴びせられるブーイングはそれはそれは凄まじいものだった。彼について熱心に理解を深めてブーイングしている者の勢いに押され、なぜ彼がブーイングをされているのかイマイチ理解できないファンたちも、その流れに乗っていた。会場を一体化させるという興奮に、会場中のファンが飲み込まれていた。

「これ、大丈夫なんすかねえ」

 クロセは、心配そうに一人そう呟いた。若くしてカントー・ジョウトの未来を担う逸材と評価されている少年も、この状況で平静を保ち、いつもどおりの戦いができるかと聞かれれば、プライドと恐怖に怯える心がせめぎ合い、すぐに返答することはできないだろう。

「気にしちゃいねえよ、あいつは」

 モモナリと古くからの付き合いのある男、キリューは、戦友に遠慮のないブーイングを送るイッシュの観客を少しばかり鼻で笑いながらそう答えた。

「そうそう、その通り」と、オークボが無駄な心配はするなと言った風に同調した。

「この程度で潰れるトレーナーなら、とっくの昔に潰れてますから」

「全くその通り」と更にワタルも同調する。

「あの男は観客の沈黙をも苦にしないとてつもない精神力の持ち主だ」

「いやそれただ単に馬鹿なだけですから」

 モモナリに対して妙な高評価を見せるワタルを、キリューが諭した。ワタルはモモナリを高く評価する節があったが、決まって少し見当違いの評価になる。

「そもそも彼は対外試合向きな人材なんだよ」

 見かねたイツキがようやくクロセに語りかける。イツキはその経歴の関係上、海外での対外試合の経験が豊富で、慣れない土地での戦い方や心得に自信があった。

「自分が好かれていようが嫌われていようが、知られていようが全くの無名だろうが、言葉が通じようが通じまいが、そんな事は基本的にどうでも良く、ただひたすらに戦いたいと言う視野の狭さは考え方によっては武器だということ。きっと今彼は対戦相手のことしか考えてないだろうし、この雰囲気に恐怖も感じていないだろう」

「馬鹿だから」キリューがわかりやすいようにそう付け加える。

「ここにいる皆がこんな風に評価してるけど、基本的に、馬鹿だから、で全部解決するんだよ。馬鹿で強い、ただそれだけの話なんだ」

 対戦場に到着し審判の説明を受けているモモナリをちらっと見やって、更にキリューは続ける。

「でもまあ、モモナリにブーイングする余裕があるのは今のうちだけだな、多分奴らはモモナリが一人下位リーグだから舐めてるんだろうが、俺達がどれだけ躍起になってあいつをBリーグに叩き落としたのか知らないんだ」

 

 

 

 

 イッシュリーグ選抜一番手ジャクソンは、目の前でニッコリ笑うモモナリを見て、幾つかの怒りの感情を覚えていた。

 まず一つ、自らが創りだしたはずのこの雰囲気に、これっぽっちも飲まれていない、面白くない。

 戯れに、握り拳を天に振り上げてみる。それだけで会場の視線は自らに集中し、飽きることのない声援が自らに降り注ぐ。

 しかし、それでもモモナリは笑みを崩さない、その表情は「君は凄いなあ」と、老人が子供に親しみと余裕を持った尊敬を送る時のそれに良くにており、それが余計にジャクソンを腹立たせる。

 表情を強張らせるなり、こちらに怒りを向けるなりしてくれなければなんにも面白く無い。孤高を気取ったトレーナーがあっさりと場の空気に飲まれ、その不安をこちらに怒りとしてぶつける滑稽な様子が好きだった彼にとって、モモナリの反応は異端であり、不快。

 もう一つ、この男が強いとは到底思えない。

 派手で豪快、華々しく綺羅びやか、ジャクソンを象徴するようなこれらの印象とはかけ離れているが、彼の強みの一つは天性の『観察力』だった。相手の強さに合わせ効率よく戦術を組み立て、相手を自らの領域に誘い込んで有利に試合を進める。もちろんそれを見ているファン達は、ジャクソンが派手に、そしてその豪腕で試合をコントロールしているように見える。ギーマ含めイッシュリーグのトップ層がジャクソンの実力を認めているのも、その強さがトップ層に理解されているからだった。

 その彼の観察眼は、目の前のモモナリというトレーナーをこれっぽっちも強いとは認めていなかった。彼が戦ってきたイッシュリーグの猛者達とは似ても似つかない、そもそもこのトレーナーには、その必死さに思わず笑ってしまうような勝利への執念のようなものがこれっぽっちも感じられなかった。そのようなトレーナーが強くあるわけがない、彼はそう思っていた。

 弱いのにこの場に立っていることが許せなかった。カントー・ジョウトリーグにも腹が立つ。このような数合わせで自らの栄光が汚されることが本当に許せなかった。

 そうして最後の一つ、これは他の二つとは少し毛色が違う怒りだった。

 彼はモモナリをずっと前から知っていた。モモナリが『天気変更戦術』を完成させ、ディープな対戦マニアの中で少しだけ話題になる前から彼を知っていた。

 そしてジャクソンは、モモナリを憎らしく思っていた。

 

 ジャクソンの父は、イッシュリーグAリーグにも所属したことのあるリーグトレーナーだった。

 強いトレーナーだった。特にその観察力と巧みに相手の弱みを攻撃する容赦の無さは世界でもトップクラスと言って良いものだった。地味だが、リーグトレーナーにも実力を認められていた。

 まさにプロと呼ぶに相応しいそのスキルから『イッシュリーグ最強のバウンサー』と評されていた。バウンサーとは用心棒のことで、彼は威勢の良いだけの若手や、腕に自信のあるゴロツキなどをプロの技術、冷酷さを示しながら処理する役割を担っていた。イッシュリーグチャンピオンや要人の付き人として、海外に渡ることも多かった。

 ジャクソンは、そんな父の実力を尊敬していた。ませた子供でそれを直接伝えることはなかったが、リーグトレーナー達からも一目置かれている父は彼の密かな自慢だった。

 しかし、ジャクソンは父のある一部分が嫌いだった。ジャクソンの父はその職人肌な性格からか、自らが勝った武勇伝よりも、自らを負かせた真に技術のあるトレーナーの話を、目を細めて楽しげに語る男だった。

 尊敬する父が負けた話を聞くことは、ジャクソンにとっては愉快なことではなかった。もちろん父が「世界には、このように素晴らしいトレーナーが沢山いる」とジャクソンの見聞を広める事を目的としている事は年齢を重ねるにつれて理解できるようになっていたが、それでもやはり、父の技術が蹂躙された話を素直に受け止めることはできなかった。

 それでもまだ我慢していた、後のイッシュリーグチャンピオンアデクの若かりし頃、泥臭い駆け引きをしながらもどこか気品の溢れるギーマ、儚げに見えて力のトレーナーだったカトレア、豊かな想像力と無限の世界観のもとに戦いを大きく捉えることが出来るシキミ、イッシュ最強のトレーナーとなったアデクの一番弟子であるレンブなど、父が『負けた』トレーナーは後にその実力が大きく評価されることになる人物ばかりだった。だからまだ父の強さを何処かで感じることができていた。

 ある日、アデクの付き人としてジョウト地方に遠征していた父が、現地で負けたモモナリと言う少年について、いつもの様に話した。聞けば、チャンピオンのアデクを襲撃した若手に敗北したらしい。

 ジャクソンにとってそれは衝撃だった。「無謀にもチャンピオンを襲撃する調子に乗った若手を制裁する」事は父の最も得意とするはずの事だったからだ。

 父はモモナリを「才能だけならばチャンピオンに相応しい逸材」と評していた。それはきっとそうなのだろう、父に勝つということは、それなりの才気が無ければ不可能。アデクのウルガモスにも、あと一歩のところまでは食らいついたらしい。

「だが、名を上げようと言う野心に乏しい。その点は、俺とよく似ている」

 父は自らを見上げるジャクソンの頭を撫でながらそう言ったが、しばらく考えてから「いや、それは違うか。俺にはその資質が無いだけだな」と寂しげに言った。ジャクソンは、その時の父の顔を、忘れることができなかった。いつだって強く、頼りになった父が唯一自分に見せた弱みだった。

 そのモモナリと言う少年は、いずれチャンピオン、少なくともリーグのベスト四である四天王にはなるのだろうと思っていた。

 だが、その名を他リーグのトップトレーナーとして聞くことは無かった。シルフトーナメントと言う弾丸トーナメント戦で上位に食い込んだり、海上バトルを専門に開催されるサントアンヌ杯などで結果を残したりしているのを目にしたことはあるものの、その名がイッシュにまで轟いているわけではない。

 次第にジャクソンは彼を憎らしく思うようになっていた、父を倒しておきながら、父に賞賛されるほどの物を持ちながら、その才能にあぐらをかき、不精に生きているに違いない。価値の無い男だ、忘れてしまおう、と彼は自らの記憶からモモナリを抹消した。

 やがて彼は父親譲りの能力を武器に、若くしてイッシュリーグで頭角を現す。同時に名を挙げるために様々なことをした。強気な発言を繰り返し、地味な黒色の髪の毛はブロンドに染め上げ、試合では敢えて自らより格下の相手の力量に合わせ、注目される試合を演出した。元々実力があることもあって、彼はすぐに人気トレーナーの一人となり、特に大きな挫折もないままAリーグへと昇格した。

 

 イッシュ協会からカントー・ジョウト地方とのエキシビションマッチのイッシュリーグ代表の誘いがあった際に、カントー・ジョウトリーグ選抜の中に、モモナリの名前を見つけたジャクソンは、二つ返事でそれを了承した。もし選ばれていなかったとしても、モモナリと対戦できるのならばすぐに自分をねじ込むようにイッシュ協会に掛け合っただろう。

 今更になって、自らの視界に現れたことが不快で仕方がなかった。

 鉄槌を下すつもりだった。トレーナーとして、二度と立ち直れないほどの屈辱を与えるつもりだった。そうすることで、自らの記憶に巣食う煩わしい物を消してしまいたかったのだ。




エッセイ部「モモナリですから。ノーてんきに行きましょう。」の「27-そうだ、イッシュに行った」付近の話です。

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