モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 128-三人の大人達 ⑤

 その大会は、大会と呼んで良いのかとすら思える、彼女がこれまで戦ってきた、カントーやジョウトで行われるアマチュア大会と比べて大分規模の落ちるそれらに比べても更にもう一枚落ちる、大会というより催しと言って良いようなものだった。

 スクールの校庭を町内会が借りて行われている小さな祭りのような催し、怪しい団体を排除し町内会のメンバーのみで賄われる出店は清潔だが味気ない。

 

『町内会わんぱくポケモンバトル』

 

 校庭の中央に簡易的に白線を引かれただけの小さな対戦場では、毎年、地元の少年少女が小さな相棒たちとじゃれ合うようなバトルを、健やかな成長をコミュニティ内に示す、そんな場だ、リーグでもなく、トーナメントでもない。列に並んだ子どもたちが、一戦行ってすぐに交代する。そんなバトル。時たまに我儘なきかん坊が大人たちを和ませることもあるが、基本的には穏やかに進む催しだ。

 故に、不敗を理由にその場を引かぬ『きかん坊』は、人の動きの少ないその町では珍しい光景だった。

 

「はい、じゃあ次の人」

 

 朝から校庭に居座るその男が、カントー・ジョウトリーグトレーナーであるモモナリであることは、その男が繰り出しているゴルダックの風貌から、そのコミュニティの中では若い男が携帯端末から割り出し、本人も確認済みだった。

 ワタルやキシのような超ビッグネームではなかったが、それでも、カントー・ジョウトリーグトレーナーの来訪は彼らに混乱をもたらした。誰もが少し背伸びをしたオファーを出したのだと思ったが、責任者いわくそうでもないらしい。彼らは本人から聞いた「あー、ファンサービスです」と苦笑い混じりに出てきた言葉を信用する他なかった。リーグのないこの地方の少年少女たちが、まさか現役のリーグトレーナーと手を合わせることができるなんて、何と幸運なことだろう。

 やがて対戦を待つ列の中には、若者や大人も混じり始めていた。

 

 

 ユズとその両親がその催しに現れたのは、ちょうど夕方ほどだった。

 彼らは『わんぱくポケモンバトル』にモモナリが現れていることを当然知っていた。狭いコミュニティである。バトルで結果を残すユズに対し、その来訪を告げるのは、純粋な善意以外の何物でもないだろう。

 一応、彼らはイツキとトモヒロに連絡を取った。「大馬鹿者だが、ギリギリの部分で倫理を踏み外すことはない」と言う前情報を聞いていたとしても、一人の親として、彼らは不安だった。

 

 校庭に現れたユズに対し、地元の人間たちは期待と感性をもってそれを受け入れた。すでにポケモンバトルを嗜む人間の殆どは、文字通りゴルダックに片手で転がされていた。だが、彼らはそれを悔しいとか、悲しいなどとは思わない。ただただ、リーグトレーナーと戦えることは名誉であり、初めから勝てるはずもないという『思い込み』を共有しているからだ。

 

「やあ、来たね」

 

 対戦場、ユズとサンダースを受け入れたモモナリは、彼女らをそれぞれ見やった後に笑顔を見せた。

 

「少し、離れるように言ってもらえませんか」

 

 モモナリは、自分とユズの間に立つその男に、微笑みながら言った。

 その男、突然に現れて審判をすると言ったその男、ユズの両親から「ライセンスを持つ知り合い」と紹介された、田舎に似合わぬ洗練されたファッションのその素顔の男は、モモナリの言葉に頷き、対戦場の周りに群がる観客たちに、危険だから下がるようにと伝えた。

 

「さて」と、モモナリは首を二、三度捻ってから、ゴルダックをボールに戻した。

 

「君がここに来てくれたことに、感謝するよ」

 

 彼はユズとサンダース、そして、彼らの両親と目を合わせた。

 

「今はまだわからないだろうけど、君達のような才能と感性は、貴重だ」

 

 左手で腰のボールを手に取る。

 

「足の遅いポケモンに何をしてやれるか、どうすればそれをカバーできるか。多くのトレーナーが、知識と取捨選択によってそれを成すのに、まだ若い君達は感性のみでそれを成している」

 

 モモナリはボールを投げると、両手を後ろ手に組む。

 現れたガバイトは、明らかに目の前にいるサンダース達に視線を合わせた。これだけ絞られていれば、自分が対峙するべき対象がわかるようだった。

 最終進化形ではないとは言え、めったに見ることの出来ないドラゴンポケモンだ。観客達は少し前のめりになった。

 

「どうするつもりだ」と、その男、素顔のイツキはモモナリにだけ聞こえるように呟く。

 

「彼女は優れたトレーナーだが、君に敵うはずがない」

 

 それは、当然の理屈だ。

 信頼のできるパートナーがサンダースのみであるユズと、その気になれば六体以上を揃えることのできるモモナリとでは、そもそもの戦力が違う。

 加えて、ユズの才能を鑑みたとしても、落ちぶれたとは言え天才と称された男との差は歴然であった。

 モモナリは、それに普通の声量で答える。

 

「求めているのは勝利じゃない、バトルですよ」

 

 そして彼は、ユズに語りかけるように、周りの観客たちのざわめきに負けぬように声を張り上げて言った。

 

「残念だけど、タイプ相性の不利は大きい」

 

 ドラゴン、じめんタイプのガバイトに対し、でんきタイプのサンダースでは、相性の不利は無視できないだろう。サンダースが『めざめるパワー』を使うことができれば話は別かも知れないが。

 

「君達が、一度でもこの子の膝を地面につかせることができれば、君の勝ちを認めよう」

 

 その提案に、観客は戸惑った。

 それは、感覚的に言えば、あまりにも低すぎるハードルのように思えた。

 だが、つい先程まで、子供はともかく、この地方のちょっとした腕自慢でさえ、文字通り手のひらで転がされていた光景を目の当たりにした彼らは、それがあまりにも高すぎるハードルのように錯覚する。

 否、実際にそれは、あまりにも高すぎるハードルであるのだ。

 何故ならば、それを聞いていたイツキですら、そう思ったのだから。

 

「何を馬鹿な」

 

 イツキはモモナリに詰め寄った。

 

「壊す気か、彼女を」

「まさか」

 

 モモナリは恐れることなくイツキの瞳を覗き返しながら続ける。

 

「壊れるのは、俺たちかもね」

 

 彼がイツキから目線を切ったその瞬間に、それは始まった。

 

「『たいあたり』」

 

 地面を蹴ったガバイトの攻撃を、サンダースはすんでのところでかわした。

 そこにユズの指示はない。

 彼女は感覚的に理解している。

 迫りくる脅威を、リスクなくかわせるのであればポケモンでなくとも、それこそ、知性と言えるものを持ちえぬ単細胞細菌ですらそうするだろう。

 だから本来『かわせ』などという指示は必要がない。そのような指示がなくとも、かわせるのならば、かわすのだ。

 必要なのは『まもる』のか、それとも『迎撃するのか』そのような指示だ。

 

「『でんこうせっか』!」

 

 その言葉の後に、サンダースが地面を蹴った。

 ユズの指示と、サンダースの攻撃は、素人目に見れば、淀みがないように見えた。

 だが、この場にいるわずか数人は、それを理解している。

 早い、だが、遅い、致命的に。

 その証拠に、ガバイトはすでに、地面に足を踏ん張り迎撃の姿勢を、覚悟をとっている。

 後はそこに、ポケモンのマインドを理解できる優れたトレーナーの指示があれば良い。

 

「『たいあたり』」

 

 サンダースの『でんこうせっか』を、ガバイトが全身で受け止めるような『たいあたり』で迎撃する。

 先手を取ったように見えたのはサンダース、だが、その激突で弾かれたのは彼女の方であった。

 無理もない話だ。サンダースの足が一瞬遅れていたが故に、その一瞬でガバイトが迎撃の体制を整えた。本来ならば一瞬の不意をつくはずの『でんこうせっか』がその不意をつけていない。サンダースの攻撃の資質は間違いなく最高だが、その相手であるガバイトもまた、最高の資質を持ったポケモンであったのだ。

 サンダースの着地を視界の端で感じながら、ユズはその光景に驚いていた。おそらく彼女が初めて対峙した、サンダースの足の遅さを的確に咎めてくる相手であった。

 だが、サンダースの考えは違う。彼女にはその経験がある。自らの足の遅さを的確に咎めてくるポケモンとトレーナーの、経験がある。

 だが、そのような相手にどうすれば良いのかを彼女は知らない、それを知らぬまま、彼女はリーグを去ったのだから。

 

「『きりさく』」

 

 ガバイトが地面を蹴った。

 振り下ろされた爪を、サンダースはすんでのところでかわす。

 だが、その後ろからユズの声。

 

「『まもる』!」

 

 その指示の後に、地面に踏み込まれる後ろ足が見えた。

 本命は二撃目。それも、ガバイトのデタラメなパワーを武器にした、常識外の二撃目。

 サンダースは体の周りに電撃をほとばしらせ、弾けるようにその攻撃から身を『まもる』

 見えなかった、そして、それに反応して動くことが出来なかった。

 ユズの指示がなければ、彼女はその攻撃を食らっていただろう。

 

「よく見ている」

 

 そう、微笑みながら呟くモモナリは、足元を気にしながら自らに背を向けるようにポジションを取るガバイトを眺めた。

 その足元には、えぐれた地面。

 果たして校庭というものは、そんなにも簡単にえぐれるものだろうか。

 踏み固められた地面は、彼女にとって柔らかすぎた。

 もし、彼女が『柔らかい地面に足を取られていなければ』その攻撃は届いていたかもしれない。

 未だに底見えぬ。

 モモナリはじっとサンダースを見つめながら、その視界の中にユズを捉える。

 そして、何も言わなくなった。

 何をしている、と、観客が思うよりも先に、ユズが動いた。

 

「『でんこうせっか』!」

「『アイアンヘッド』」

 

 突っ込んできたサンダースを、ガバイトが頭突きで迎撃する。

 先ほどと同じだ。与えるダメージは小さく、受けるダメージが大きい。

 ならば。大技。

 

「『すてみタックル』!」

「『たつまき』」

 

 サンダースが地面を踏みしめたその瞬間に、ガバイトが起こした小さな『たつまき』が、その足を掬う。

 

「『まもる』!」

「『ドラゴンクロー』」

 

 視界の外から迫り来ていたであろう爪から逃れながら、あるいは、逃れたサンダースを見つめながら、ユズとサンダースは同じ思考を巡らせる。

 通用しない。

 自分たちがやってきたことが、全く通用しない。

 速さを武器に、相手の先手を取る。それが全く通用しない。

 むしろその逆だ、速さを武器に、先手を取られてる。

 誘い出したこちらの攻撃を、わずかに上回り、的確な攻撃を打ち込んでくる。

 サンダースは、気を強くパートナーの指示を待った。

 パートナーであるユズは、大した人間だ。足の遅い自分をうまくコントロールし、勝たせてくれる。ユズならばこの難局を突破するだろう。それには、自分自身の献身こそが最も重要なのだ。年長者の自分が動揺してどうする。

 今はじっと指示を待つ。

 

「『こうそくいどう』!」

「『こわいかお』」

 

 その指示は、ほとんど同時だった。

 足に力を溜めたサンダースを、ガバイトが恐ろしい表情でにらみつける。

 動けない、溜めた足を自由に放てない。

 その一連の動きにユズが戸惑うより先にモモナリが動いた。

 

「『たいあたり』」

 

 蹴られる地面、迫り来るドラゴン。

 サンダースは、それをモロに受けた。

 与えられすぎた衝撃に、彼女は吹き飛び、地面をボールのように転がる。

 ユズの息が上がる。

 追い詰められている。

 

 

 

 それらを眺めていたイツキは顔をしかめた。

 子供相手に何やってる。

 速さに劣ると判断した相手に、それを上回るための『こうそくいどう』その選択は全くもって自然だ。だが、自然すぎるがゆえに、プロの目線から見れば、それは稚拙。

 それを的確に読んでいたモモナリが一枚上手だったと言えばそれまでだが、その読みがあまりにも的確すぎる。

 元々、モモナリはユズを単なるアマチュアとは扱っていなかったはずだ、これまでのバトルからは、ある意味で彼女を一人のトレーナーとして扱うような動きがあった。

 それがどうして、今ここに来て、彼女がそこまでぬるい動きをすることを読み切れるのか。

 まるで逆なのだ。

 しょうもないアマチュアとして扱いながら、突然に見せられたキレに圧倒されるような、二流の強者のまるで逆。蝶よ花よと扱い、突然に舐め腐る。

 モモナリというトレーナーは、逃げに回る相手を狩る読みが冴えすぎている。それこそ、本当に心を読んでいるのではないかと思えるほどに。

 気づけ、と、イツキは持ちえぬテレパシーを彼女に送る。

 そいつからは逃げられない。

 必要なのは、立ち向かう勇気なんだ。

 

 

 

 ガバイトは後ろ歩きで彼女たちと距離を離した。

 そして再び、待ちの姿勢。

 その動きに、ユズはわずかばかりの違和感を感じた。

 待ちの姿勢に違和感を感じたのではない、それは現時点で自分たちに有効な手段のはずだ。

 だから、分からない。

 その違和感が何であるのか、分からない。

 だがそれは、縋る価値のあるような違和感であるように、まだそのような情緒的な感覚を理解することの出来ないユズが、本質的に感じた希望。通すのならば、そこ。

 だが、どう通せば良いのか。

 彼女の理屈はその答えを出せない。

 

「『スピードスター』!」

「『ドラゴンダイブ』」

 

 ほとばしらされた電撃が、星の形を作り出す。

 だが、それと同時に、ガバイトが踏み込んでくる。

 作り出された彗星を爪で、胸で、頭で受けながら。今は無防備だろうとあざ笑うかのように、それは踏み込んでくる。

 ユズは、それに指示を出さない。

 出しても、間に合わない。それを成すには、サンちゃんの足は、少し遅い。

 理屈ではない、感覚。

 思い浮かぶことを、実行する。

 そうしてきたはずだ。

 それが届くよりわずかに前に、サンダースの足が、わずかに、わずかに動いた。

 次の瞬間、サンダースの中を突き抜ける、経験したことのない衝撃。

 何という衝撃。

 思わず漏れ出した絞られたような鳴き声を上げながら、サンダースは地面を転がった、否、叩きつけられた衝撃で、地面を擦っているといったほうが良いかもしれない。

 あの時代にだって、この衝撃はなかった。

 だが、生き残った。

 視界の最端にユズを捉えながら、サンダースは立ち上がる。

 信じた、ユズは信じた。

 自らの足を信じた。

 それに答えた。

 かわすとまではいかなくとも、わずかに直撃を免れた。

 すでに、ガバイトはこちらに振り返りつつある。

 地面を踏みしめ、それを柔らかいと言わんばかりにバランスを取りながら、すでに目線をこちらに向けている。

 さあ、なんだって出来る。

 

「『かげぶんしん』!」

 

 そら来た。

 足は遅くとも、スプリントには自信がある。

 えぐる程ではないが、地面を踏みしめて身を翻す。電撃による残像を残しながら。

 そうすれば、相手は残された影に攻撃するはずだった。

 だが、空を切るはずの攻撃が、来ない。

 地面に着地したサンダースが見たのは、冷静に自らを追うガバイトの視線、そして、その背後にちらつくユズ。

 緩めた。

 ここで、このタイミングで、この絶好のタイミングで、相手は様子見した。

 影分身に攻撃を向けさせ、スキの生まれた相手に、攻撃を打ち込む。

 それが、彼女の想定していた動きだった。

 だが、それは読まれていた。

 駄目だ、無理だ。

 どう考えても、ガバイトが先手を取る。

 彼女はユズに目線を向けた。

 助けてくれ。

 

「『からげんき』!」

「『ドラゴンダイブ』」

 

 遅れる、その指示では先手を取られる。

 だが、サンダースは地面を蹴った。

 ユズに、献身を誓ったのだ。それを裏切ることはあってはならない。もう二度と。

 遅れながら、覚悟しながら、彼女は地面を蹴った。

 だが、覚悟していたタイミングで、その衝撃は現れない。

 遅れていた。

 ガバイトの一歩目が遅れている。

 なぜだ、と、サンダースはその理由がわからない。

 だが、その一歩めの遅れは、この場面では絶望的で。

 中途半端に踏みしめられたガバイトの、その胸元に、サンダースの決死の『からげんき』が直撃した。

 大きな衝撃ではない。だがそれは、その体のバランスを、未だ成長途中で重心の高いその体のバランスを崩すのには十分な力であった。




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