モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 128-三人の大人達 ③

 地方対戦場。

 さして緊張している様子もなく、主催企業の役員からトロフィーと賞状を受け取るユズの姿を、いくつものフラッシュが捉えていた。

 

 もちろんそれは、スポンサー付きの大会を制した少女に対するものとしては少ないだろう。だが、一匹のポケモンと一人のトレーナーがパートナーとして戦うそのレギュレーション、さらに、ポケモンリーグの機構が存在しないという地域性からは、その規模の大会が行われていると言うだけでも珍しいと言えるだろう。

 しかし、ユズがこれまで戦ってきた大会と比べれば、その知名度は大きく異なる。

 十と少しの少女が、一応年齢制限のないその大会を制したということは、先の暗いその小さな地域のマスコミにとっては、是非とも手にしたい希望であった。

 彼女の名前は、そして、彼女が成すやもしれぬ偉業に対しての期待は、少なくともこれまでよりかは、その地方に響くだろう。

 

 

 

 

「これはこれは」

 

 ボロボロの観客席、そこに腰掛け携帯端末に指を滑らせていたトモヒロは、これみよがしに視界に入ってきたそのサングラスの男に軽く会釈した。

 

 その男は、自分たちの周りにすでにほとんど人が居なくなっていることを確認してからサングラスを外す。

 トモヒロは、その男、イツキの素顔を知る業界人の一人であった。

 

「こういう場で会うのは、随分久しぶりじゃないかな」

 

 イツキはそうつぶやきながら、一つ席を挟んで、トモヒロのそばに腰掛けた。

 彼らの口ぶりから想像できるように、彼らは顔なじみであった。だがそれは、決して友好的な関係のみを表わすものではない。

 

「お互いに、ですね」

 

 トモヒロは、あえて吐き捨てるようにそう言った。

 育て屋スタッフであるトモヒロにとって、イツキは、そして、彼が実質的に面倒を見ているジョウトのリーグトレーナー達は、彼にとっては商売相手であるかもしれない。

 だがそれ以上に、トモヒロにとって彼らは、最大の顧客であり最高の誇りである弟の敵でもあった。

 

「だがまあ、今回はお互いに目的は別だろう」

「よくご存知で、心でも読みましたか」

「まさか、彼女の家族から連絡があってね」

「ああ、なるほど、そちらが先に手を付けていましたか」

「何かがあれば相談してくれとは言ったさ」

「なるほど、そりゃあ、良いことですね」

 

 意外にも、トモヒロはイツキの言葉を肯定した。

 

「この地方でトレーナーとして生きて行くのは難しいかもしれない。悪いことに、家族もトレーナーに理解のある方ではなさそうだ」

 

 彼は、トレーナーがトレーナーとして生きることの難しさを、少なくともリーグトレーナーよりは知っているつもりであった。

 

「プロにするつもりなんで」と、トモヒロはイツキに問うた。

 

「『イツキ』が出てくるということは、そういうことでしょう」

 

 イツキは、その言葉にわずかに沈黙した。

 そして、トモヒロは嘘をついても仕方のない相手だと、二、三度頷いた。

 だがそれは、決して彼に対する好意的な信頼からではない、トモヒロと言う立場が、リーグトレーナーという機構の酸いと甘いを知り尽くし、自分の言葉をすべて信じる純粋な人間ではないという、極めて客観的な信頼からであった。

 

「望めば、それなりの道は用意するつもりだ」と、彼は答えた。

 

「望めば、ね」

 

 トモヒロは一つ伸びをしてそう繰り返す。

 

「あれだけの才能を持っている上に、その強さが一般人にもバレつつある。望む望まないの話じゃないでしょうよ。だからあなたが出てきた、あなたが手を付けているのなら、少なくとも邪な山師は近づけない」

 

 彼は自虐的に微笑みながら続ける。

 

「『イツキ』がその気になれば、私だって、手を引かざるをえない」

 

 イツキはその言葉に笑いを吐き出しながら「まさか」と答える。

 

「『Aクラスファーム』の代表がよく言うね」

 

 リーグトレーナーと、そのポケモンたちを管理する育てやスタッフ、一見するとその力関係は一方的であるように思えるかもしれない。

 だが、すでにそのような段階は過ぎていると言って良い。

 優れたトレーナーの傍らに優れたポケモンがいることが当然となった今、優れたポケモンを供給する、否、供給しない権利を持つ優れた育て屋スタッフが持つ力というものは、例えば二流のリーグトレーナーよりも強いかもしれなかった。

 

「我々ジョウト勢だって、君には頭の上がらないトレーナーがいる」

「我々としては、貴方やシバタのようなAリーガーにも頼ってほしいと思っているんですがね」

「悪い話ではないと思うが、カントーのキシ君がチャンピオンであることを考えると難しい話だね」

 

 その返答に、トモヒロはため息を付いた。

 

「ジョウトの人達は考え方が硬すぎですよ。目の前のトレーナーに勝ちたい、それを考えれば、絶対に、絶対に私達の力が必要なはずです。ジョウトに私達以上の育て屋がいますか。いないでしょう」

 

 その自信は、虚勢でもある。結果が出ているうちは、自らを騙すような虚勢こそが身を守るただ唯一の防衛手段であることを彼は知っていた。

 

「生まれるさ、これからね」

 

 イツキのそれも、また虚勢であった。

 

「あのサンダースに気づかないのにです?」

 

 挑発的に、トモヒロが呟いた。

 最もそれは、自らの虚勢を維持するための負けん気ではない。

 トレーナーとして、育て屋として、もしくは、優れたポケモンに目を光らせなければならない人間としての、業界の先駆者として。ジョウトの育て屋たちの不勉強、プロ意識の欠如に対する僅かな怒り、それ以上の老婆心であった。

 

「それなりに見る目というものが備わっていれば、あのサンダースのポテンシャルには気づけたはずです。リーグのないこの地方でも、ジョウトの人間ならば少し足を伸ばせば見ることが出来た」

 

 イツキは、その言葉に何も返さなかった。

 そこに怒りや対抗心はない、それに関しては彼にも思うところがあった。

 その発想において、トモヒロはジョウトの育て屋たちを遥かに上回っていたのだ。

 

「ウチの若いのも言っていましたよ」と、トモヒロは目を細めて続ける。

 

「あんなに『足の遅い』サンダースをどうするんですってね」

 

 イツキはその言葉を否定しなかった。否、否定できる要素がなかった。

 ユズのサンダースの致命的な弱点、それは『足が遅い』ことであったのだ。

 もちろん、それは絶対的な話ではない。

 例えば彼女はカビゴンよりかは確実に早く動くことができるだろう。

 だが、彼女は同族のサンダース達に比べて、明らかに『足が遅い』のだ。

 サンダースというポケモンは、もちろん電撃での攻撃が強みのポケモンではあるが、同時に、その電撃のような素早さこそが最大の強みでもある。大抵の真面目なポケモンに対して先手を取ることのできるその能力は、未だにトップクラスの強さを持つポケモンの一匹と考えられても不思議ではない。

 故に、逆を返してしまえば『足の遅いサンダース』という存在は、必ずしも歓迎される存在ではないのだ。

 

「まだトレーナーとしての感覚の抜けきらない若手でね」と、トモヒロはその後輩を思い浮かべながら続ける。

 

「気づかない、その可能性に。サンダースのかつての相棒と同じでね」

「だから、君が出てきたんだね」

 

 イツキの言葉に、彼は頷く。

 

「素早さと、電撃での攻撃力はいまいちだが。フィジカル、タフネス、メンタル。どれを取ってもイーブイ属のポケモンとしては最高レベル」

 

 そう言ってわずかに言葉を区切った後に「いや」と続ける。

 

「最高、と言っていいでしょう。あれ程の逸材、見たことがない。もし彼女が『サンダースでなければ』必ず歴史に名を残したでしょう」

 

「変わりますよ」と、彼はさらに続ける。

 

「イーブイ属のポケモン達の歴史が、ひっくり返る。彼女の名は、世界一有名な母親として歴史に名を残す」

 

 トモヒロはそこで一旦言葉を切った。そして、イツキがその意見に沈黙をもって同意を示していることを確認してから「譲りませんよ」と再び呟く。

 

「あのサンダースは譲れません」

「ああ、構わない」

 

 自らより年下の育て屋の意見を、イツキは肯定した。

 イツキにも、ジョウト地方を本拠地とする育て屋の知り合いはいるだろう。そして、その中には、その気になりさえすればトモヒロとのマネーゲームを有意に制することのできる経済力を、スポンサーを有しているものだっている。

 だが、自らの権力を持ってして、その手柄をジョウト側に引きずり込もうなどとは、少なくともイツキは考えていない。

 そこには、トモヒロこそがそのサンダースの力を、価値を最もよく理解しているのだろうという確信と、そして、自らがそれに足を運ぶ彼の誠意に対して、僅かな尊敬があった。

 

「だが、こちらもトレーナーの方は譲れない」

「もちろん、今更そこをどうこうしようとは思っていませんよ。貴方が彼女を気にかける理由だってよく分かる」

 

 目を細めて続ける。

 

「今日、この大会で、バトルをいっちょ噛みしたトレーナーとの戦いを見て確信しましたよ。まだほんの子供だというのに、ポケモンの速さをカバーできる程の才能を持っているんでしょう」

 

 彼の言葉通りだった。

 サンダースの『足の遅さ』は、当然元々足の遅いポケモンとの対面で目立つことはないだろう。だが、同じような、もしくはサンダースよりもわずかに遅い能力を持つポケモンとの対面では、たちまちのうちにそれは致命的な弱点となりかねない。

 だが、彼女らのペアは、この大会においてそれを感じさせることはなかった。オオスバメやフーディンとの対面においてもそれが目立つことなく、恐ろしいことに、サンダースを上回る素早さを持つと言われるテッカニンとの対面においても、相手の速さに翻弄されることはなかったのだ。

 それは、彼女の持つ才覚が、少なくともアマチュアのそれとは比べ物にならない事を意味していた。そしてそれは、トップトレーナーであるイツキが一目置くほどの。

 

「もし」と、トモヒロは呟く。

 

「もし私にそれがあれば、今頃、ライチュウが歴史に名前を残していたんですかねえ」

 

 イツキは、それに安易な言葉をかけることはしなかった。

 リーグトレーナーとしてのトモヒロを、イツキは僅かな情報でしか知らない。

 皮肉なことに、それこそが、トモヒロが持ち得ていた才覚がどのようなものであったかの証明でもあった。

 イツキの沈黙に、トモヒロは自らの自虐的な言葉が気遣いにかけたものだということに気づいた。これまで投げかけてきた挑発的な言動よりも、それは恥じるべきことだっただろう。

 

「失礼しました」と、彼は観客席から立ち上がった。彼自身は特に巨体というわけではないのに、それは軋んだ音を出す。

 

「お互いに目的はバラけているようで安心しましたよ」

 

 そう言って背を向けようとした彼の耳に、聞き慣れたポケギアの着信音が入ってきた。

 一瞬、彼はそれが自分のものであるのかとポケットを探ったが、自らのそれはマナーモードにしていたことを思い出す。

 そして「もしもし」と、イツキがそれに出る声が聞こえた。

 帰らない理由はなかった、イツキが電話するのならば電話すればいいし、自分がそれの終わりを待つ必要など微塵もない。

 だが、その向こう側から聞こえてきたのが、明らかに慌てた様子の女性のものであったから、彼はつい後ろを振り返った。




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