モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 189-彼がキレた日 ③

 ヨシダにしろワゴーにしろ、リーグトレーナーとしてできる抵抗は出し惜しみすること無くやったつもりだった。

 だが、時間が経てばヨシダは完敗し、ワゴーもモモナリを突破できてはいない。

 スーツを泥まみれにしながら地面に膝をつくヨシダは、次のポケモンを繰り出さない。

 未だ手持ちが尽きたわけではない、だが、すでに最も信頼の置けるポケモンたちは戦闘不能となっている。これより先は結果の見えている勝負だった。

 

「さて」

 

 ヨシダが両手を上げ戦闘放棄の姿勢を見せたのをしっかりと確認してから、モモナリは体を開いてワゴーとルカリオを正面に捉える。

 

「まだまだ楽しめる」

 

 僅かに巻き上がった砂埃を手で払いながら、彼は口元に手をやり、微笑みを消すように頬を揉む。

 

「『かえんほうしゃ』」

 

 突如として、ピクシーの手のひらから炎が放たれる。

 

「『みきり』!」

 

 弱点である炎の攻撃であったが、ルカリオは両腕で廻し受けを作りあげてそれを無力化。

 しかし、その炎の向こう側から現れたのはアーマルド。

 

「『じしん』」

「『バレットパンチ』」

 

 炎を煙幕として使用したアーマルドがルカリオに手をかけるより先に、ルカリオの迎撃が間に合う。

 目くらましがあったとはいえ、この迎撃を、この引き込みこそが狙いであったのだ。カントー・ジョウトAリーガーであるワゴーとルカリオがそれを見逃すはずがない

 だが、先に体勢を崩したのはルカリオの方であった。

 なっ、とワゴーが困惑の声を上げ、膝を折ったルカリオにアーマルドがのしかかる。

 その背後にいたのは、右手をかかげたピクシーであった。

 

 しまった、と、ワゴーはその現実を受け入れる。

 

 二対二の状況だったので、ヨシダが倒れた時点で二対一になるのは当然だ。

 競技者として慣れすぎた感覚が、未だに足を引っ張っている。

 今から二体目を繰り出そうか、否、間に合わないだろう。

 振り上げられたアーマルドの前足が、ルカリオに『じしん』の衝撃を与えようとした。

 その時だった。

 

「『ひかりのかべ』!」

 

 少し目線を上げたモモナリの指示と、アーマルドを守るように現れた『ひかりのかべ』

 次の瞬間、背後から叩きつけるような『ぼうふう』をワゴーは感じた。

 アーマルドはそれに煽られルカリオから離れた。そしてそのまま、ピクシーのそばにポジションを取り直す。

 何が起こった。

 ワゴーは振り返ってそれを確認したかった。

 だが、それはモモナリ達から目を離すという事。できるはずがない。

 何者かが、自らの背後に立った。

 方向からして、モモナリは何が起こったのか、そして、ワゴーの背後に立つ人物が誰なのか、容易に確認することができるだろう。

 モモナリは口角を釣り上げながら言った。

 

「ピジョットに乗る時には、ハーネスは必須なんじゃなかったかい」

 

 何者かは、ワゴーに近づきながらそれに答える。

 気づけば、ワゴーの視界の中に、スピードを緩めながら地面に降り立つピジョットの姿が見えた。

 

「そりゃあ、競技での話だ」

 

 何者かは、ワゴーの肩に手を置く。

 聞き慣れた声に彼は気づいた。

 

「キリ兄!」

 

 まさに救いであった。

 その男、キリューは、一度ワゴーに目線を向けて頷いてから、再びモモナリを睨みつける。

 

「随分と舐めた真似してくれたなあ」

「そっちこそ、ただ会うのに下っ端二人寄越すだなんて、人付き合いってものがわかってないよ。普通に呼んでくれれば行ったのに」

 

 モモナリはちらりとヨシダを見やる。

 キリューも同じく彼を眺めると、地面にあぐらをかきながら頬杖をついている彼は、そのまま片手を文字通りお手上げした。

 

「無理ど。俺には荷が重い」

「キシと俺を抜けば、お前がウチで一番の実戦派だろうがよ」

「そりゃそうですけど、前より強うなってますもん。こういうのって普通は鈍っていくもんど」

「お前なあ」

 

 そう呟き、ワゴーとヨシダがその先を聞こうとしたところで、キリューが動く。

 僅かな動きで繰り出されたドサイドンが、ピクシーに『ドリルライナー』を振り下ろさんとしていた。

 ワゴーはそれに驚く、らしからぬ奇襲だ。

 だが、モモナリはそうではなかった。

 彼はキリューの僅かな動きを敏感に感じ取ると、すぐさまポケモンたちに迎撃の指示。

 ピクシーは『リフレクター』で、アーマルドは『ストーンエッジ』でその技を受け、ダメージを最小限に抑える。

 バックステップで距離を離すドサイドンを視界の中に収めながら、キリューはワゴーに耳打ちする。

 

「支配されるな」

 

 その言葉に、ワゴーは沈黙をもってその続きを待つ。

 

「自分の考えを疑うな、自分を信じろ」

 

 アドバイスとしては凡庸だった。

 しかしワゴーはその言葉で、自らが今置かれている状況を、そして、キリューがそれを正確に見抜いていることも理解した。

 

「来るぞ」と、キリューが呟く。

 

 それに反応して戦局に意識を戻せば、モモナリがピクシーを手持ちに戻し、新たなポケモンを繰り出していた。

 そして同時に現れる『すなあらし』

 繰り出されたカバルドンは、憎きモモナリをノイズの向こう側に消していく。

 

「相変わらず工夫がねえなあ」とキリューは向こう側に叫ぶ。

 

「これこそが工夫さ、極上のね」

 

 モモナリはその姿が完全に紛れる寸前に、彼らと目を合わせて言った。

 

「こいやあ!」

 

 その姿が見えなくなる。

 ワゴーは身構える。

 警戒すべきは『すながくれ』のガブリアス。

 しかもこの、カントーで最も濃いと言っても過言ではない砂嵐の中だ。

 だが、ワゴーは先程までとは違い、精神が落ち着いている。

 一門の最古参、頼れる兄貴分、この世で最も信頼の置ける人物であるキリューが、自らの横に立っている。これ以上の安心があるだろうか。

 

「合わせろ、ワゴー」

「はい!」

 

 だが、彼の中には、僅かな安堵と共にある違和感があった。

 昨日、キリューはアレほど激昂していた。

 そして、つい先程に電話で挑発してきた舐めた野郎が今目の前にいて、お互いにポケモンを繰り出しているというのに、キリューからは憎しみが、怒りがあまり感じられなかった。

 それどころか、その表情には、僅かな微笑みすら感じられるような気がしたのだ。

 

 

 ハナダの郊外を覆う『すなあらし』は未だに晴れてはいなかった。

 無理もないだろう。天気を変更させようと動くワゴーを、モモナリは徹底的に妨害していた。

『ちょうはつ』『アンコール』『いちゃもん』

 対応するポケモンをうまく入れ替えながら、彼はワゴーのサポートを徹底的に否定する。

 濃い『すなあらし』の中で、モモナリはただ暴れるだけの存在ではなかった。

 だがそれは、あくまでワゴーの対面での話である。

 

「『ドリルライナー』!」

「『じしん』」

 

 強固で巨大な肉体同士がぶつかり合う衝撃音。

 それらはわずかに砂嵐をかき分ける風圧となり、その姿をわずかに顕にする。

 ドサイドンと、アーマルド。

『すなあらし』によってさらに強固となった二匹のポケモンは、それ故に更に遠慮なく体をぶつけ合う。

 力比べは互角か、否。

 

「『アクアブレイク』」

 

 わずかに、ドサイドンの動きが鈍っている。

 そして、キリューはそれに気づくのが少し遅れた。

 その原因、おそらく砂嵐の向こう側のポケモンが、ドサイドンの足元をわずかに妨害したのだろうということに気づいた頃には、すでに水をまとったアーマルドの爪がドサイドンに襲いかかっている。

 類似した役割を持つ二体であるが、その大きな差は水による攻撃だろう。

 尤も、キリューとて無知なトレーナーではない。むしろモモナリの戦略に関しては最もよく知る人間の一人だろう。故に『アクアブレイク』の選択肢を知らないわけではない。

 だが、ドサイドンを妨害してくる存在までには気が回っていなかった。

 それは、彼もまたそれに慣れぬ競技者であったからだろうか。

 否、そうではない。全盛期の彼ならば、つい昨年ほどの彼ならば、それをケアしながらアーマルドの動きに目を光らせることなど造作もなかったことだろう。

 目の衰えか、脳の劣化か、あるいは固定された地位に柔軟な思考が侵されつつあるのか、はたまた昨日の試合の疲労が未だ抜けていないのか。そのどれであるにしろ、それらはすべて言い訳になってしまうだろう。

 新たなポケモン、ハリテヤマを繰り出しながら、キリューはノイズの向こう側にいるであろうワゴーを気にかける。

 

「なにをやっている」と、キリューは小さく呟いた。

 

 動きたいように動かしてもらえず、ヨシダや自分のようにその横に立つトレーナーに戦力を集中されている。

 この意味を、なぜ理解できない。

 この、本能による闘争の擬人化のような人間の戦略を、どうして素直に受け取らない。

 支配されるな、自分自身を信じろ。

 

 

 

「クソッ!」

 

 ドサイドンの断末魔は、そして、ハリテヤマの荒い息遣いは、当然ワゴーにもとどいている。

 だが、彼は未だにキリューに対して思うようなサポートはできていない。

 ピクシー、アーボック、そして、新たに現れたゴルダック。

 様々な搦手を使用するこれらのポケモンを未だに突破できてない。

 否、本来ならば、本来の彼の実力ならば突破できるはずなのだ。

 だが、戦略の中でサポートを出そうとすれば、すぐさまに二匹目のポケモンがそれを妨害しに来る。二対一でありながら、一対二の状況を作られ、目的を潰される。

 モモナリというトレーナーは、そのスイッチ的な運用に優れている。二匹のポケモンを一人で管理するという一見負担の大きそうな立場を、むしろすべての戦略を一人のトレーナーがコントロールすることができるという利点にしているのだ。

 

「『トリックルーム』」

 

 ゴルダックの額の宝石が怪しく煌めく。

 まずい、とそれを感覚的に理解し、ワゴーが動く。

 

「『はどうだん』!」

 

 ゴルダックが集中力を高めるより先に、それを止めようと攻撃を放つ。

 だが、それが届くより先に、ノイズの向こう側から影が揺らめく。

 

「『ドラゴンクロー』」

 

 現れたガブリアスは、爪の一振りでそれの軌道をそらした。

 そして、ゴルダックを中心に時空が歪む。

 

「しまった」と、ワゴーは呟いた。

 

 あのガブリアスはモモナリのエースだ。時代遅ればかりの彼の手持ちの中ではめずらしく、カバルドンと並んで現代バトルでも動ける存在。

 それがここでフリーに動いてくるということは、キリューの旗色が思わしくないだろうということ。

 そして、先程まで聞こえていたバトルの情報から考えれば、キリューはすでにドサイドンとハリテヤマという『遅い』ポケモンを失っているだろう。

 対応できない、と、ワゴーは思う。

 ダブルバトル、砂嵐、トリックルーム。

 今のキリューさんでは対応できない。

 その考えが脳裏に浮かんだ自分自身を、ワゴーは激しく攻め立てた。

 

 あの人を低く見積もるな。

 あの人はそんな人ではない。

 あの人こそがヒーローだ。

 

 だがそれと同時に、ワゴーの中にある戦いのための豊かな感性は、その全てがその考えを肯定している。

 あの人に、この状況を突破できるだけの馬力は、今はない。

 じゃあどうする、どうすればいい。

 サポートに回ろうとも、自分はモモナリに相手にされること無く、状況を硬直させられているだけだ。

 こちらがなにか動こうとすれば、二体がかりで。

 

 そこまで考えて、ワゴーはあれ、と、心の中で首をひねった。

 バトルに参加できないから、自分はモモナリに相手にされていないと思っていた。事実、ヨシダやキリューと激しく戦うその合間に自らが妨害されていた。

 だが待て、何かがおかしいぞと、彼はそれに気づく。

 僅かな時間だ、その僅かな時間で、違和感の正体を探る。

 どうする、自分ならばどうする。

 もし自分が二人組みに絡まれ、一人と二匹でダブルバトルをするような状況になれば、一体どうする。

 その答えはシンプルだ、競技者であるワゴーですら簡単にそれを導くことができる。

 弱い方から叩くに決まっている。

 

「『インファイト』!!!」

 

 睨みをきかせるガブリアスに向かって、ルカリオがその懐に入り込まんとする。

 だがそれを、ゴルダックに変わって入れ替えられていたアーマルドが受け止める。

 

「『じしん』」

 

 状況は『トリックルーム』遅いアーマルドこそが先手を取れる。

 

「『バレットパンチ』!」

 

 しかし、懐まで潜り込ませての『バレットパンチ』は速さに関係なく先手を取る。

 アーマルドの巨体はぐらついたが、その全身で倒れ込むようにルカリオに飛び込み『じしん』の衝撃を与える。

 お互いに懐に潜り込んでの弱点攻撃だ。結果を見ずとも結末は理解できる。

 ルカリオをボールに戻しながら、ワゴーは砂嵐を眺める。

 すでにガブリアスはその向こう側に消えている。だが『トリックルーム』の状況下、恐ろしいほどの脅威ではない。

 状況を複雑にするためにはなった『トリックルーム』が痛手となるか。

 だが、そのような状況以上に、ワゴーはモモナリに怒りを募らせる。

 

 このダブルバトルにおける、モモナリの戦略感は至極単純だった。

 脅威となるトレーナーを極力刺激せず、弱い方のトレーナーに全力を尽くす。

 つまりこの男は、ワゴーよりもヨシダやキリューの方が弱いと踏んだのだ。

 兄弟子二人に対して遠慮のあった自分自身に甘さがあったとはいえ、キリューを弱いと断言するような戦略感。納得はできない。

 

「キリューさん!」

 

 その怒りに身を任せるように、ワゴーはノイズの向こう側に叫んだ。

 

「合わせてください!」

 

 考えられない言葉だ。

 一門の最古参に対して『合わせろ』など。

 だが、ノイズの向こう側から聞こえてきたのは意外な返答。

 

「おうともよ!」

 

 力強く、安心できる返答であった。

 キリューの懐の深さに感動するよりも先に、ワゴーが次のポケモンを繰り出す。

 現れたのはフシギバナ。

 対してモモナリがその対面に選んでいるのは、いわつぼポケモンのユレイドルだ。

 そりゃあそうだろうな、と、ワゴーは驚かない。

 

「『ヘドロばくだん』」

 

 巨大な花弁から、毒の塊を放たんとしたときだ。

 ノイズの向こう側から、重量感とスピードを兼ね備えたポケモンが現れる。

 おそらくは『トリックルーム』でスピードを得たカバルドンだろう。

 だが、その突進はフシギバナにまでは届かない。

 同じくノイズの向こう側から現れたハリテヤマが、腰を落とした状態でその前に立ちはだかったのだ。

 カバルドンは止まらず、ハリテヤマの懐に突っ込む。

 

「『あてみなげ』」

 

 だが、ハリテヤマはその勢いを利用してカバルドンを地面に叩きつけた。

 それら一連の攻防が終わる頃には、すでに『ヘドロばくだん』がユレイドルを襲っている。

 

「くるぞ」

 

 ワゴーはそう指示し、フシギバナは身構える。

 今が『トリックルーム』状況下であることを彼は忘れていない。

 先手を取ったのではない、先手を取らされたのだ。

 それの意味するところは、大技。

 

「『メテオビーム』」

 

 ユレイドルの頭部から、その巨大な光線が放たれた。

 光をため放つ岩タイプ最高クラスの攻撃だ。

 果たしてフシギバナで耐えることができるだろうか。

 だが、そんな事を考える必要はなかった。

 ユレイドルとフシギバナの間に割って入るものがあったのだ。

 

「好きにやれ! サポートは任せろ!」

 

 そのポケモン、洗濯機を模したロトムは、ユレイドルの『メテオビーム』を真正面から受けて吹き飛ぶ。

 そこから、ワゴーは間髪を入れぬ。

 

「『リーフストーム』!」

 

 フシギバナが身を振ることで、幾多もの葉っぱがユレイドルに襲いかかる。

 だが、ユレイドルはどっしりと動かない。

 天候は『すなあらし』その攻撃では倒れない。

 同じく、新たに繰り出されたアーボックが攻撃を守ろうとそれに飛び込まんとする。

 

「やめろ!」

 

 モモナリがアーボックを止めた。彼女はその指示通りに動きを止めてキリューに視線を投げ、ユレイドルは攻撃に耐える体勢。

 襲いかかる『リーフストーム』特別相性が悪いわけではないが、ユレイドルはそれに耐えきれずに体から力を抜いた。

 攻撃が通じたことに安堵しながら、ワゴーは、モモナリの声が久しぶりに聞こえたことに気づく。

 モモナリの声をかき消していた『すなあらし』が晴れつつあった。

 風がやんだのか、否、違う。

 風を晴らしたのだ。

 自らの前方に伸びる影に、ワゴーが気づいた。

 

「『ほのおのキバ』」

 

 大技後のスキのあるフシギバナに、アーボックが襲いかかる。

 

「『エアスラッシュ』!」

 

 同じくアーボックに向けられたその攻撃は、モモナリが新たに繰り出したガブリアスが『アイアンヘッド』で打ち消す。

 首元に炎の攻撃を受けたフシギバナは、流石に膝を折った。

 無理もないだろう。

 この『にほんばれ』の状況で、炎タイプの攻撃には耐えられない。

 完全に晴れた砂嵐の向こう側、モモナリはワゴーから目を離さないが、その小さな太陽は嫌でも目に入る。

 否、むしろその小さな太陽によって、ワゴーらの動きを確認しづらくなっている。

 ロトムをデコイにした後に、キリューはすぐさまにネイティオを繰り出して『にほんばれ』させた。

 砂嵐は晴れ、ユレイドルの耐久性は低下し、なんとか『リーフストーム』がとどいた。

 だが、キリューとてすべてが思い通りだったわけではない。

 あの僅かな時間で、モモナリは『にほんばれ』を理解し、アーボックを温存し、そして『ほのおのキバ』でフシギバナを処理した。

 考えた末の行動、というわけではないだろう。

 その感性の、なんと恐ろしい事か。

 あるいは、それだけの才能が自分にも存在すれば、と、キリューは一瞬だけ思った。

 

「もう、逃げ場はねえぞ」

 

 ワゴーの言う通り、すでにモモナリはカバルドンを失っている。

 ガブリアスを含む他のポケモンが再び『すなあらし』を起こすことはできるだろうが、そんなことを彼らが許すはずがない。

 

 油断するなよ、と、キリューはワゴーをたしなめようとして、辞めた。

 すでに、自らがコントロールする領域に、彼はいないだろう。

 

 フシギバナを手持ちに戻し、ワゴーが新たに繰り出したのは、ドラゴンポケモンのボーマンダであった。

 

「『ドラゴンクロー』!」

「『ドラゴンダイブ』」

 

 両雄、激突する。

 強靭な肉体を持つ二体のドラゴンが、それをぶつけ合った。

 お互いにダメージは大きいが、お互いのタフネス故に、未だ勝負はついていない。

 いける、と、ワゴーは確信する。

 ボーマンダの素早さは、ガブリアスに一歩劣る。

 だが、状況は『トリックルーム』ボーマンダのほうが先手を取れる。

 

「『ドラゴンクロー』!」

「『ドラゴンクロー』!」

 

 だが、モモナリも同じ指示を同じように繰り出した。

 その瞬間に、時空の歪みが、音を立てて元に戻った。

 

「はあ!?」と、ワゴーはそれに驚き声を上げた。

 

 しかし、モモナリはそれに驚きはしない。

 彼は『トリックルーム』解除のタイミングまで、戦略に組み込んでいたのだ。

 

 ワゴーは敗北の予感を感じた。絶望的な展開だった。

 二体のドラゴン、再び相まみえる。

 それぞれの前足が振り下ろされる。

 速さで勝ったのは、ボーマンダの方であった。

 それをまともに食らったガブリアスは、一瞬地面を踏みしめてこらえかけたが、膝から崩れ落ちるように地面に横たわった。

 

「『こおりのキバ』」

 

 だが、まだ終わってはいない。

 すでにネイティオを倒したアーボックが、ボーマンダの弱点攻撃でその羽根に牙をつきたてる。

 大きなダメージだった。

 しかし、ボーマンダはギリギリのところでそれをこらえ、尻尾を振り回してアーボックを引き剥がす。

 

「『じしん』!」

 

 そして、その体を無遠慮に踏み抜いてダメージを与える。

 戦闘不能は明らかだった。

 

「なるほど」と、モモナリは倒れている二匹をボールに戻す。

 

「負けたな」

 

 彼はワゴーとキリューをそれぞれ見やった。

 ワゴーとボーマンダは、未だに警戒の体勢を解くことができていない。

 だが、その肩をキリューが叩く。

 

「終わりだ。もう大丈夫」

 

 その言葉で、ワゴーはようやく緊張が溶け、ようやく大きな呼吸を始めることができた。

 何が起こったのか、ワゴーはまだわからない。

 なぜあの時、ボーマンダは速度でガブリアスを上回った。

 気合とか、根性とか、そういうもので結論をつけたくはなかった。

 そして、彼を案じて目を合わせようとしてくるボーマンダの動きを見て、彼はようやく気づいた。

 

「『トリックルーム』」そう、呟くしかなかった。

 

 そして、逆算的に何が起こったのか理解する。

 キリューがそれを使ったのだ。

 時空の歪みが元に戻ったことを瞬時に察知し『トリックルーム』で再び次元の歪みを元に戻した。

 何という戦略感。と、ワゴーは戦慄する。

 

 だが、事実は少し違う。

 ガブリアスとボーマンダが激突したその瞬間、アーボックはネイティオに猛然と向かっていた。

 その瞬間、キリューは違和感を覚えた。

 毒タイプのアーボックでネイティオに突っ込む。いくら『こおりのキバ』で弱点をつけるとはいえ、らしくない特攻だ。

 それに合わせて『サイコキネシス』でアーボックを鎮めるのは簡単だろう。だが、その安易な行動こそが、モモナリの狙いであるのではないかと、確証は無いが感じたのである。

 確信はなかった、だが『トリックルーム』を撃った。

 モモナリならば、トリックルームの消滅を戦略に組み込みかねないと、その長い付き合いから思ったのである。

 故にネイティオを犠牲にした。最後の『トリックルーム』に全てをかけ、そして、それは正解だった。

 

「どうせ満足してるんだろう?」

 

 モモナリと距離を詰め、キリューはそれを見上げながら呟く。

 

「キリ兄、俺達、勝ったんですよね」

 

 ワゴーはそれに確証が無かった。

 形としては三人がかりである。それも途中までは押されていたと言ってもいい。

 結果としてモモナリは抵抗の意思を示していないが、それを果たして勝利と呼んでもいいのか。

 

「ああ、お前の勝ちだよ」と、キリューはワゴーに呟き、更に続ける。

 

「俺達の勝ちでもある」

 

「それはどうかな」と、モモナリは笑った。

 

「来たのはキリューだ、僕じゃない。僕は一歩たりともキリューには近づいていないよ」

「わけのわからないことを」

 

 その人を喰ったような言葉に、ワゴーはモモナリに抱いていた怒りの感情をようやく思い出した。彼に一歩踏み込み、その胸ぐらを掴まんとする。

 しかし。

 

「そのへんにしとくんだね」

 

 聞き慣れた、それでいて力を持つ声だった。

 ワゴーはそれに背筋を伸ばし、キリューも敬意のこもった視線をその方に向ける。

 唯一モモナリだけが、微笑みのままその方を見た。

 

「随分と、派手にやっていたじゃないか」

 

 車椅子に腰掛けた老婆が鋭い目でそれぞれを見やりながら言った。

 その横にはヨシダだ。泥だらけのスーツなどお構いなしに「あーあ」とその表情が物語っている。

 そして、その車椅子を押しているのは、カントー・ジョウトAリーガーにして、チャンピオン経験者でもある男、キシであった。

 必然的に、その車椅子に座る老婆が、殿堂入りトレーナーのキクコであることは説明に難くないだろう。

 

「先生に、キシ兄、なんで」

 

 断片的な言葉だが、ワゴーの混乱はわかりやすい。

 

「かわいい弟子たちのことでわからないことなんて何一つ無いさ」

 

 吐息を含むような笑い声。

 

「先生、これは先生の思ってるような私闘ではなく」

 

 僅かな緊張感でそう説明しようとするヨシダに、キクコはやはり笑って答える。

 

「ああ、わかってるさ。キリューが怒れば、あんた達としては動かざるを得ないだろうねえ。これが弱いものいじめならあたしの機嫌も悪くなるが、この男じゃあ」

 

 キクコはモモナリをちらりと見やった。

 

「少なくとも、弱い者いじめにはならないだろうね」

「いやあ、そりゃどうも」

 

 手を振って照れるモモナリに、キシは露骨にため息を付いて呆れ、ワゴーは驚いた。

 この男は、あのキクコにこうとまで言わせるトレーナーなのか。

 

「そして」と、キクコはワゴーに視線を移す。

 

「あんたもよくやった、見事な立ち回りだったよ」

「あ、いや」

 

 ワゴーは慌ててキリューの方を見る。

 

「キリ兄がいたからです」

「おい、俺わい」

 

 ヨシダの悪態を無視し、彼は続ける。

 

「キリ兄が来なければ、多分、俺達は」

「ふうん、まあ、そう思うならそれでもいいさ」

 

 キクコはしばらく沈黙してから「さて」と、今度はキリューとモモナリの方を見る。

 

「あんた達、もっとこっちに来なさい」

 

 その言葉に、モモナリは揚々と、キリューは僅かに緊張を持ちながらキクコに近づく。

 

「なんです?」

 

 そのまま軽口を続けようとしたモモナリの足の甲を、キクコは杖で思い切り突いた。

 叫ぶこともなく、ただただ悶絶しながらうずくまるモモナリを横目に、キリューは覚悟を決めるように目をぐっと閉じる。

 そして、そのまま予想通りに彼の足にも杖が突き立てられた。

 

「さて」と、キクコは立ったまま悶絶する一番弟子を横目に続ける。

 

「喧嘩両成敗さ、これで手打ちだよ」

 

 キシ、そしてヨシダはその言葉に異論を挟まなかった。弟子のトラブルに対しての、その元締の決定である、横槍を入れることができるはずもない。

 ただ一人、ワゴーを除いては。

 

「だけど先生、こいつは」

 

 ようやく痛みが引き、足の感覚を確かめるように立ち上がり始めたモモナリを、ワゴーは指差した。

 彼の中では未だに収まっていない。

 最も尊敬すべき兄弟子に対する不敬。

 礼儀を欠いた発言だけではない、キリューを格下とみなした戦いでの立ち回り。許されるべきものではない。

 

「いや、これで終わりだワゴー」

 

 痛む足を振りながら、キリューは言った。

 

「勝負はついた。お前たちの勝ちだ」

「だけど」

 

 ワゴーはモモナリを見やる。

 痛みが我慢できるものになったのか、涼しい顔を見せ始めたその男は、未だに謝罪していないではないか。

 手持ちのすべてが戦闘不能になったわけでもない。その口から明確な敗北の言葉が出たわけでもない。

 彼の思う勝利とは、程遠い結果である。

 だが、ワゴーは未だに気づいていないのだ。

 当事者であるはずのモモナリが、その言葉を否定していないということを。

 キリューは続ける。

 

「先生の言う通り、手打ちだ」

 

 彼はキシとヨシダをみやって続ける。

 

「付き合わせて悪かった。埋め合わせは必ず」

 

 その言葉を皮切りに、ヨシダは一つため息を付いてから彼に背を向け、キクコの車椅子を押すキシも、それに続かんとする。

 

「ああ、キシくんちょっと」と、モモナリは彼らに声を上げた。

 

「なにか?」

「いや、今日はなんでキシくん来なかったのかなって」

 

 その問いに、キクコは僅かに声を上げて笑い、キシは大きくため息を付いた後に鼻を鳴らして答える。

 

「僕はAリーガーですよ、怪我でもしたらどうするんです」

「へえ、そりゃあ残念」

「リーグでならいくらでも相手してあげますから」

 

 そう言ってキクコとキシも彼らに背を向ける。

 一人、ワゴーだけは未だに視線をモモナリらに残している。

 

「キリ兄はどうするんです」

「ああ、少しこいつと話すべきことがある」

 

 親指を向けられたモモナリは、それを拒否しない。

 ワゴーは、何となくそれを危険だと思った。何を考えているか、何をしでかすかわからない人間だ。

 だが、彼は視線から彼らを外した。

 それを指摘することは、彼の中で一線を越える行為だった。

 

「ワゴー」と、背を向けかけた彼にキリューが投げかける。

 

「今日の感覚、忘れるなよ」

 

 その言葉が、何のことを指しているのか。ワゴーはわからなかった。

 否、わからないわけではなかった。

 だが、それを理解することは、彼には心苦しいことだった。

 

「はい」と、彼は僅かばかりに嘘を含めながらそれに答える。

 

 視界の隅にあった兄弟子の姿は、普段より小さく見えた。




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