モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
「それでね! これも綺麗なの!」
「ああ、そうだな」
「これもこれも! 綺麗なんだよ!」
「ああ」
モモナリがジバコイルのボディを乾拭きしている背後で、一人の少女と一人のガタイのいい男が、あまりにもファンタジー過ぎる冗談のような宝箱を前に談笑している。
尤も、それは『談笑』という言葉を使うにはあまりにも一方的であった。
「これも綺麗! これも綺麗!」
「ああ、ああ」
宝箱から次々に小物を繰り出す少女に、男は相槌を打つのみだ。
「あまりおじさんを困らせるんじゃないぞ」
鏡面仕上げによりジバコイルの背面に映されるその光景を目にしながら、モモナリは振り返らずにその少女をたしなめた。
その少女、今は人の姿となっているガブリアスは、その言葉に首を傾げながら男の顔を覗き込む。
「困ってなどいるものか」と、その男は傷のついた頬をモモナリに少し向けて答える。
「続けなさい、ワシは何も困ってはいないぞ」
尤も、その言葉は半分ほど嘘だった。
その男、今は人の姿となっているアーマルドは、彼なりになんとか会話を続けようとはしているのだ。
だが、矢継ぎ早に小物を繰り出すガブリアスのスピードに、彼の動きと思考が追いつかない。
これが例えば戦いなどであれば彼もそれなりの対応というものが出来たかもしれぬ。
しかし、ひたすらに興味のある光り物だけを繰り出されるだけでは、元々光り物にさして興味のない彼はついてはいけない。
彼にとって孫娘に近しいガブリアスが相手ではなければ、普段はしない『あくび』をしてもおかしくはなかった。
ウンウンと相槌を打つことによって孫娘との会話を楽しんでいた彼にとって、水を差すようなモモナリの言葉であったが、それによって止まった彼女の動きのスキに考えが回る。
「そうじゃ」と、彼は宝箱の中にあった『だれかのきんのたま』を拾い上げて言った。
「丁度いい、これを磨いてみんか? もっともっと綺麗に光るかもしれん」
それは、彼が考えられる限りで最大の、尤も彼女の気を引くことができる選択肢だった。
孫娘は光るものが好きだ、それならばお気に入りのそれをもっともっと光らせれば喜ぶに違いない。事実、彼女は磨かれたジバコイルの背面を眺めるのが好きなのだ。
だが、彼の予想と違って彼女は「駄目!」と、素早く彼の手にあった『だれかのきんのたま』を奪った。
「これはこのままがいいの!」
完全なる作戦ミス。
光り物にこだわりの強い彼女は、只々ピカピカと光るだけの品のない輝きだけを求めているわけではない。
その反応を見てから、彼もそれに気づいた。いつもお土産を持って帰るときにそれは考えていたというのに、喜ばせたいという目先の欲望に囚われたか。
「ああ、いや、すまん」
機嫌を損ねてしまった。
こうなれば、この体のまま川に潜って彼女が気に入りそうな光モノを取ってくるほか無いだろう。
彼が居た堪れない感情のままそこから立ち上がろうとした時、モモナリが声を上げる。
「そうだ、この間アーボックに言われたことをおじさんにも聞いてみなさい」
何だそれは、と、アーマルドは思った。立ち上がろうとした足が止まる。
ガブリアスはそれに覚えがあるようで「うん」と元気よく答えてから、手にしていた『だれかのきんのたま』をそっと宝箱に戻した。
☆
「それで、アーボックはなんと言っていた?」
何のことはない。
ガブリアスが問うたのはバトル中の動きについてだ。
対戦相手とモモナリの間に入ったことで、一瞬モモナリの視界を塞いだ。
目ざとい蛇だ、と、アーマルドは唸る。だが、その目ざとさこそが認めるべきあの蛇の強さの一つでもある。
「私達が少し考えるだけで、お父さんが自由に動けるって」
「なるほどのう」
アーボックの結論が的を得た正しいものであることに感心しながら、アーマルドは乾拭きを続けるモモナリをちらりと見やる。
お父さん、ねえ。
その言葉に含まれる、ガブリアスからモモナリへの愛情を自らのそれと比較しながら、彼は小さくため息をつく。
その男が、愛情を込めてそう呼ばれるようになるなど、果たして想像できただろうか。
自分を含め、そして、ゴルダックを筆頭に、有り余る血の気と、持ち得た力の解消の仕方のわからぬハグレモノをまとめ上げ、力の使い方を示し、極上の闘争に導くハグレモノ。まさかそんな男が、ドラゴンとは言え子供を育て上げるとは。
だが、モモナリにその資格がないとは思わない。
彼は、モモナリの腕にある傷跡を思い出した。
あの時、フカマルが腕に噛み付いたその瞬間。
モモナリは、フカマルを一瞬たりとも敵だと認識しなかった。
肉を裂き、血が流れ、あるいは骨にまで至っていたかもしれない、痛みに顔をしかめ、それでもその傷をフカマルに見せまいと彼女に向けたその背中。
果たして自分に同じことができただろうか。
そういう意味では、モモナリは自分よりもガブリアスの父としてふさわしいのだろう。
そこまで考えて、アーマルドはガブリアスの頭に手を伸ばす。
「蛇の言うことは正しい」
その頭を撫でながら続ける。
「ワシも、お前に言いたいことがある」
「なあに?」
「我々は『すなあらし』を有効に使える」
それは、今更確認するほどでもない。
岩タイプであるアーマルドと、特性『すながくれ』を持つガブリアスにとって『すなあらし』という環境は理想的。
当然のことを言われたガブリアスは首をかしげるが、アーマルドは更に続ける。
「油断しろとまでは言わんが『すなあらし』ではいつもより傲慢に動いてもいい」
「なんで!?」
ガブリアスは驚きながら問うた。アーマルドのその言葉は、自分達が勝つために行うべきものに反すると思ったのだ。
だが、それを耳にしているはずのモモナリはそれを咎めない。
「我々の対面に立つ群れは『すなあらし』を恐れている」
一拍おいて、ガブリアスがそれに納得していることを確認してから続ける。
「だからこそ、我々がその状況を活かすように傲慢に動けば動くほど、相手は『すなあらし』に縛られる」
「うん」
「そうなれば、あいつが生きる」
アーマルドは、窓辺で瞑想している青髪の青年を指差した。彼は人の姿になっているゴルダックである。
「相手が『すなあらし』に縛られれば縛られるほど、ゴルダックの特性が生きるのだ」
「そうなの?」
「ああ、我々にはわからないかもしれないが、そこの塩梅はモモナリがよく知っている」
説明するアーマルドを、モモナリは否定しなかった。
☆
トントン、庭側の窓がノックされた。
瞑想を続けるゴルダック青年は反応なしであったが。乾拭きを終えていたモモナリと、バトルについての議論が一段落していたアーマルド、ガブリアスはそれに顔を向ける。
そのノックは、庭先に出ていたユレイドルが器用に触手を使って行ったものだった。
同じく触手で指さされる方向を見れば、庭に隣接しているハナダの川の向こう側から、大きな水しぶきと共にこちらに向かって来るものがあった。
「帰ってきたか」と、モモナリは立ち上がって窓を開け、サンダルに履き替えて外に出る。
あとに続くようにアーマルドが、その後ろから恐る恐るガブリアスが続く。
先程まで遠くにいたはずのその水しぶきは、すでに大分近くまで来ている。
見れば、それはあまりにもダイナミックなフォームでバタフライを行う海パン男であった。
やがて、一度深くまで潜水したその男は、水面に跳ね上がる勢いそのままに跳び上がり、両の足を揃えて庭に着地した。
「わーっはっはっはっはっは!!!」
水に濡れ、肩にまで張り付いてた黒の長髪を両手でかきあげながら、その男は家主に遠慮のない大声で笑った。
その声の大きさに、アーマルドは顔をしかめ、ガブリアスはモモナリの背後に少しだけ身を隠した。
反面、ユレイドルは歓迎するように触手を打ち合わせて拍手している。
「本日も、ハナダの河川に異常なし! 物足りぬが、歓迎すべきことでもある!」
二の腕、太もも、ふくらはぎを膨らませながらポーズを取るその男は、一言で表すならば『歪』な男であった。
水に濡れた黒髪は艷やかではある、そして、自信ありげに微笑むその顔は、まだ幼さの残る美少年と言ってもいいかもしれないが、それに不釣り合いな大きな傷跡が二つ三つ。
そして何より、その首から下は筋肉によって膨らみに膨らんでいた。
天然のギプスを巻いているかのように太い首。
小さな重機でも乗せているのかと問いたくなるような肩。
その胸筋を見ればカイリキーも存在しない尻尾を巻いて逃げ出しそうであるし、腹筋は板チョコのようだ。
パンパンに張った太ももはただでさえ際どい海パンの面積を狭めているし、ふくらはぎは『ひっさつまえば』程度では傷一つつかなそうである。
先に顔を見れば、その下についている肉体に脳がバグを起こし、先に肉体を見れば、その上についている顔に脳がバグを起こしてしまいそうな、そのようないびつさを持った男であった。
「体に問題はなかったか?」
「無論! 息継ぎをしなければならないのが気にはなるが、人間の泳法も悪くない!」
その男、人の姿となったアズマオウは、今度はモモナリ達に背を向け、アーボックの胸の模様の様に表情を作りながら続ける。
「貴方に見出していただいたこのハイパーに美しい肉体も変わりなしだ!」
ある意味で、現時点で人間となったポケモンの中で、彼がもっとも分かりやすいかもしれない、と、モモナリは思った。
元々、トサキントらしくない短い尾びれと激しい攻撃性。アズマオウとなってからはやはりアズマオウらしくない筋肉質な肉体となっていたのだから。
アズマオウは更にポージングを変え、今度は足を見せつけながら続ける。
「何より! この足というものが素晴らしい! これで私も陸を楽しむことができるというもの! いずれはヒレが恋しくなるだろうが、今は今を楽しもう!」
彼はその視線をアーマルドに向けて続ける。
「ミスターアーマルド! 時は来た! この陸地でも、力比べを行おうではないか!」
突然に指名されたが、アーマルドはさして驚かなかった。ため息はついたが。
元々、アズマオウとアーマルドはハナダの河川で散々力比べを行っていた仲であった。アズマオウは持て余した力の解放先として、アーマルドは彼に河川にある光り物を取っておいてもらう礼として行っていたそれは、いつの間にか人間の見学者が現れるほどの催しになっている。
「まあ、仕方ないか」
人間の肉体となって興奮冷めやらぬ気持ちがわからぬわけではない。
アーマルドはちらりとガブリアスを見やった後に、Tシャツを脱いで上半身をあらわにしながらアズマオウの前に立つ。
アズマオウほどではないがアーマルドの肉体も負けず劣らず鍛え上げられていたが、適度に脂肪が乗り、多くの傷跡が確認できる。
「まあ、怪我しない程度にな」と、モモナリは呆れ気味に言い、ガブリアスは控えめに「がんばれー」と言う。
唯一ユレイドルのみが、嬉しげに頭を振りながら触手を打ち鳴らしていた。
「わーっはっはっはっはっは!!!」
艶のある黒髪と肉体を泥に塗れさせながら、アズマオウは天に向かって吠えていた。
傍らには、地面に寝転がって空を見るアーマルド。
「体力がありすぎる……」
決して、アーマルドが一方的に負けていたわけではない。戦績としては五分五分と言って良かったかもしれない。
だが、何度戦っても体力の尽きぬアズマオウに、流石に根負けしていた。
「さあ、次はミスガブリアス!!!」
ビシッと、アズマオウの人差し指がガブリアスに向けられる。
「いつもいつも地上での君の戦いを見ていた! メスでありながらあの力強さ! さあ! 力比べといこうではないか!!!」
「ひえ」
その指名に、ガブリアスは小さく悲鳴を上げながらもう一歩モモナリの背後に踏み込んだ。
彼女はアズマオウが嫌いなわけではないが、彼の顔と肉体と思想のギャップに、出会い以来脳が混乱し続けているのだ。
流石にモモナリはアズマオウを注意しようとした。ガブリアスが乗り気ではないし、何よりお互いに人間の姿になっている今の状態では、なんだか倫理的にマズいような気がした。
だが、彼が声を上げるよりも先に、彼とアズマオウとの間に入る男があった。
「お兄ちゃん!」
「おお!」と、アズマオウはその男の登場に嬉しげに笑う。その男は、彼が何度力比べを熱望してもなびかない過去があった。
「ミスターゴルダック! なんと珍しい!」
その青髪の青年、ゴルダックは、誰に言われるでもなくシャツを脱ぎ捨て上半身をあらわにする。
鍛えられていないわけではなかったが、アズマオウやアーマルドに比べると多少劣るか。
「あのハンテールとの戦い! いまだに思い出して心躍る! 是非とも、力比べを!」
腰を落とすアズマオウに、同じく腰を落としてそれに備えるゴルダック!
「お兄ちゃん頑張れ!」
応援するガブリアスに、やはりどちらも応援するように触手を打ち鳴らすユレイドル。
モモナリは、静かにゴルダックの背中を眺めていた。
ストックはこれで終了です
感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
ここすき機能もご利用ください!
マシュマロ
また、現在連載している『ノマルは二部だが愛がある』もよろしくおねがいします!
また、暫定版ではありますがこの作品の年表を作成しました。なにか矛盾などあれば遠慮なくコメントよろしくおねがいします
【挿絵表示】
このような形式はいかがですか?
-
良い
-
悪い
-
その他(感想でよろしくおねがいします)