モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 42-その言葉は呪いでもあり ②

 二人きりになれる場所、というのは、モモナリにはあまり馴染みのない施設だった。

 パネルから部屋を選び、顔に仕切りのされた受付に鍵を手渡され、後は誰にも会わぬままに部屋に直行する。

 鍵を開けて中に入ればベッドはキングサイズのものが一つしかなく、それでいて清潔感は自分達が止まっているホテルよりもあるように思えた。

 だが、別にモモナリはそれに動揺することはなかった、飲み直すというのだから、飲み直すのだろう、そのくらいの認識だ。

 

「なんか、狭いなあ」

 

 部屋をぐるりと見回しながらモモナリが呟く。

 

「一番大きい部屋にしたんだけど」

「そうですか。じゃあ、俺買ってきますよ」

 

 上着を当然のようにベッドに放り投げ、モモナリが言った。買ってくるのがアルコールであることは聞かずとも分かるだろう。

 だが、サイダはそれを否定する。

 

「冷蔵庫に入っていると思うからそれから飲みましょ」

「良いんですか?」

「後で払えばいいのよ、さ、とってとって」

「人使いが荒いなあ」

 

 無駄に大きなテレビの下に埋め込まれるようにしてある冷蔵庫を開けようとモモナリがかがむ。

 サイダは、少しばかり緊張に唇を震わせながら。

 腰のモンスターボールに手をやった。

 

「ねえ、サイダさん」

 

 モモナリは、缶ビールを二本手に取りながら、ゆっくりと振り返る。

 

「そういうことをするには、やっぱり狭いですよ」

 

 三体のポケモンが、繰り出されていた。

 一匹は、エネコロロ。

 低い姿勢を取りながら、モモナリに向かって牙を向けている。

 一匹は、アーボック。

 モモナリの前に立ちふさがるように、胸に描かれた恐ろしい模様を広げている。

 一匹は、ゴルダック。

 彼はサイダの背後に回っており、前足の爪を一本、首筋に添えている。

 

「油断させたつもりだったんだけど」

 

 首筋の冷たさを感じながら引きつり笑いを浮かべるサイダに、モモナリが答える。

 

「俺を油断させたとしても、後の六匹はどうですかね」

「ベルトを外させれていれば違ったかしら?」

「さあ、俺のモンスターボールは開閉スイッチ切ってあるんで」

「はあ、敵わないわね」

 

 ため息を付いて、少しばかり沈黙した後に彼女が続ける。

 

「良かった。モモナリくんで良かった」

 

 その言葉の意味をモモナリが理解するよりも先に、彼女が顔に両手をやる。

 

「あたし、とんでもない事しようとしてた。モモナリくんじゃなきゃ、多分、あたし」

 

 彼女はそれ以上を告げることができず、顔を抑えたままに膝を折る。

 その息遣いに嗚咽がまじり始めていることには、誰だって気がつけるだろう。

 

「ごめんなさい、ありがとう、ごめんなさい、ありがとう」

 

 その様子に、モモナリは先程よりも強く戸惑い、ゴルダックに目線を向けた。

 ゴルダックも彼の意図を理解し、ボールに戻る。

 すでに彼女は脅威ではないように見えた。

 同じく「いいぞ」とアーボックにも声をかける。

 彼女はエネコロロとサイダをそれぞれ睨んだ後にボールに戻る。

 残されたエネコロロは、一つモモナリに睨みを効かせた後にサイダの方に振り返り、両手から溢れてきているものを舐め取ろうとした。

 

 モモナリは、手にしていた缶ビールを冷蔵庫に戻してから、一人でベッドに腰掛けた。

 時間が必要だと思ったのだ。

 彼女が冷静を取り戻す時間ではない。

 狼狽する彼女に同じく狼狽している自分自身を落ち着かせるための時間が必要だった。

 あまりにも、彼は人間とのコミュニケーションを相手に任せすぎてきた。

 

 

 

 

 

「嫌になったの」

 

 ひとしきりの謝罪の言葉の後に、ベッドに腰掛けた彼女は横にいるモモナリにそう漏らした。

 エネコロロは彼女の傍に寄り添い、不安げに彼女を眺めている。

 

「あたし達にできる最高の状態であなたに挑んだ。結果、ダメだった」

 

 泣き腫らした目を、三つ下の弟分に向けながら続ける。

 

「もう本当に、何もかもが、嫌になった。だからといって、許されることじゃないけどね」

「良いですよ、別に」

 

 モモナリはベッドに座り直して続ける。

 

「こんな事これまでにも何度かあった。そして、謝ってくれたのはサイダさんだけです」

「モモナリくんは優しいよね」

「嫌なことはしないようにしてます」

 

 その言葉に何も言わず、ふう、と息を吐いてから彼女はモモナリに問う。

 

「どうすればいいのかな? もう、あたしわからなくて」

 

 モモナリは、それに対する答えを持ってはいた。

 だが、それを提案することは、果たしていいことなのだろうか。

 それを言うことは、何か彼女の大切な部分に、嫌な部分に踏み込むことなのではないかと、モモナリですらそう思っていた。

 だが、彼は意を決して言った。

 

「パーティの編成を考え直しましょう」

 

 サイダは、それに表情を上げ「そうか」と、その言葉に二、三度頷いた後に答える。

 

「やっぱり、そうなるよね」

「エネコロロを外せと言っているわけじゃないんです。主軸に据えるのではなくサポートに徹せれば役割を持てるはずです」

 

 そう。

 彼女のパーティには、誰の目にも分かる明確な弱点がある。

 それは、エネコロロをエースに据えるという構造そのものだ。

 残念ながら、リーグを勝ち抜くという観点からすれば、エネコロロというポケモンはエースには物足りない。元々美しい見た目が人気なおすましポケモンである。彼女をエースにしてバッジをコンプリートしたという事実自体が、本来ならば称賛されるべきことなのだ。

 

 少しばかり長く、彼女は沈黙し、空いた手でエネコロロの背中を撫でる。

 

「すみません」と、モモナリはその沈黙を嫌って頭を下げる。出過ぎた真似をしたのかも知れない、それは、不必要なアドバイスだったのかも知れない。

 

 じゃあお前は、ゴルダックを外せと言われて外せるのかよ。

 

「いいの、違うの。モモナリくんが悪いわけじゃないの」

 

 彼女は首を振って続ける。

 

「むしろ君はこれまでずっとあたしにそれを言わなかった。いつもいつも、あれが良かったとかあれがダメだったとか。あたし達に向き合ってくれた」

 

 モモナリにとって、それは当然だった。

 自らのスピードに付いてくるからこそ、自らの読みについてくるからこそ、自らのアイデアに返してくるからこそ、彼女らの素晴らしさというものを、モモナリは対面から眺めてきたのだ。

 だが、この世の人間すべてが彼女の対面に立つわけではなく、彼女の対面に立つ人間すべてが、モモナリのように彼女らの才能を受け止めるだけの度量があるわけでもない。彼女らの才能と努力を感じることができる人間は、少なかった。

 だからこそ、人々はサイダに『エネコロロ』を外す選択を平気で投げつけてくる。

 そんな軽い言葉と、弱み痛み全てをさらけ出した自分に対して投げかけられたモモナリの言葉を、誰が同じ熱量だと思えようか。

 

「でもごめん。それはできない」

 

 その決意と、助けを求める自らの言動が矛盾していることくらい、彼女にも判っている。

 彼女はエネコロロを引き寄せるように腕に力を込めて続ける。

 

「本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるように頑張らないと」

 

 その言葉に、モモナリは表情を固める。

 有名な言葉だ。あるいはポケモントレーナーが発した言葉、理念の中で最も有名であるかも知れない。

 ジョウト出身のトップトレーナーカリンのその言葉は、彼女を追い詰めるのには十分な強さをはらんでいる。

 

「違う、そうじゃない」

 

 モモナリは、咄嗟にそれを否定する。

 だが、その否定には説得力がなかった。

 モモナリもまた、その言葉のファンであった。そして、サイダもそれを知っている。

 だが、モモナリはそれでもその先の言葉を続けた。

 目の前で底なし沼に足を取られている友人を救うために、彼はなりふり構わず手を差し伸べる。

 

「あんたが、あんたが一番エネコロロを知っているはずなんだ。だから、だから、あんたがエネコロロにその力がないと思うのなら。エネコロロをパーティから外したって良いはずなんだ」

「それはできない」

 

 サイダは首を振る。

 

「君は手持ちをパーティから、弱さを理由に外したことはある?」

 

 その言葉に、モモナリは押し黙る。

 その経験は、モモナリには、無い。

 その沈黙が、質問の否定であることを理解しているのだろう、彼女は無理やりな笑顔を作りながら続ける。

 

「何なんだろう。君と、あたしの違いって、何なんだろう」

 

 モモナリも、それを考える。

 一つ、答えらしきものはある。

 確かに、モモナリのエースであるゴルダックも決して強いポケモンではないだろう。だが、その逆に、決して弱いポケモンでもないのだ。

 だが、果たしてそんなことを告げることができるだろうか。

 あなたのエースであるエネコロロは、弱いポケモンなんですよ。

 言えようはずがない。

 モモナリは気づかない。

 あまりにもバトルを日常と考えすぎる彼の元に、弱いポケモンが集まるはずがない。そんな簡単な理屈に、まだ彼は気づけ無い。

 サイダも同じだ。

 彼等は、同じ目線を持っていない。

 その単純な理屈を、お互いが同じ目線を持っていると盲信している二人が気づけるはずがない。

 

「ごめんね」と、今日十何度目かの謝罪。

 

「こんなこと言っても仕方がないって、判ってはいるんだ。だけど、どうしても、どうしても。あたし、怖いの」

 

 彼女はエネコロロの背を撫でながら続ける。

 

「一緒に勝とうって頑張って、色んなことを調べて、特訓している内に、あたし、この子の事、だんだん嫌いになりそうで、怖いの」

 

 再び、彼女の目にそれが貯まり始めた。

 モモナリは、何とかしなければならないと思ってはいる。

 だが、その質問に答えることができないのだ。

 彼には無い感覚だった。

 なぜならば彼は、事バトルにおいては、大体のことが出来てきたから。

 満足の行く戦いをしてきた、彼が思う動きはポケモンたちもできるし、彼が出来ないと思う動きは、ポケモンたちも出来ない。出来ないことにポケモンへの怒りつのらせることなど、これまでの人生で何度あっただろうか。

 だから彼は、同じ言葉を紡ぐしかなかった。

 

「サイダさんほどのトレーナーがエネコロロをパーティから外すことも、ポケモンを理解しているということだと思います。だから、だから、多分、そうしても良いんです」

 

 何故か胸にこみ上げてくるものを感じながら、彼は続ける。

 

「だから、勝つためには、エネコロロを外しましょう。もしそれでなにか言ってくるやつがいたら、俺がぶっ飛ばしますから。何があっても、俺がサイダさんを守りますから」

 

 サイダは、その言葉を、少なくともこれまで同じように言われてきた言葉と同じだとは当然思っていない。自分以上に、ここまで自分達について考えてくれた人間が、父以外にいただろうか。

 彼女はエネコロロの背を撫で、目線を合わせる。

 エネコロロは、微笑みかけるように彼女の瞳を覗き込む。

 サイダには分かる。

 彼女は、サイダの決断を尊重するだろう。

 戦いたくないとか、戦いたいとか、安堵とか屈辱とか、そういうことではない。

 とにかく彼女は、どのような形であろうとも、サイダと共にありたいのだ。

 そういうところが。

 サイダは、彼女のそういうところが愛おしくてたまらないのだ。

 バトルが好きな自分についてきてくれた。

 難しい連携の練習も頑張ってくれた。

 どんなに巨大なポケモンが相手でも立ち向かってくれた。

 勝ちたいからか。

 勝ちたいから、そうしてたのか。

 違う、違う、違うだろう。

 一緒にいたいから。

 サイダも、エネコロロも、一緒にいたいから。

 彼女らは群れではない。

 彼女らはパートナーであった。

 

「ごめんね」と、サイダは呟く。

 

 それがエネコロロに対してのものなのか、それともモモナリに対してのものなのか、それともそのどちらにも向けられたものなのかは、わからない。

 だが、彼女の決断は、次の言葉から明らかだった。

 

「あたしは、この子と一緒に道を歩きたいから」

 

 彼女はエネコロロをボールに戻し、ベッドから立ち上がる。

 

「ごめんね、今日は一緒に飲めないや」

 

「ええ」と、モモナリもそれに答える。

 

「またいつか」

「またね」

 

 静かに、サイダはドアを締めた。

 しばらく、モモナリはそのドアを眺め、その後、ベッドに体を預けて天井を眺めた。

 天井には、星空と星座があった。

 何も、考えていないはずだった。

 だが、様々な言葉が、浮かんでは消えていた。

 それは時折文章となってモモナリの脳裏を巡ったかも知れないが、彼はそれに気づかない。

 しばらく、彼は天井の薄汚れた星空を眺めていた。

 やがて、モモナリの脳裏に言葉が浮かぶ。

 

「いいのか?」

 

 その言葉を聞いた後に、モモナリはバネ細工のように跳ね上がった。

 上着を手に取り、かけるように部屋を後にする。

 廊下を見回し、非常階段の方に目をやった。

 エレベーターでは、あまりにも時間がかかりすぎるような気がした。

 彼は非常口から飛び出し、簡素な鉄階段を音を立てて降りていく。

 

「サイダさん!」

 

 彼は叫んでいた。

 

「サイダさん!」

 

 酔っ払っているわけではない。

 むしろ、夜風が冷たく感じるほどに、酔いは覚めている。

 

「サイダさん!」

 

 二階から飛び降りるように地面に着地し、彼はその路地に出る。

 

「特訓しましょうよ! サイダさん!」

 

 切れかけた電灯と、建物の下品なネオンだけが照らす路地に、彼は続ける。

 

「まだまだエネコロロでもいけますよ! 特訓して、皆を見返しましょうよ!」

 

 だが、それに返してくるものは居なかった。

 

 もう二、三度、彼は同じようなことを叫んだかもしれない。

 だが、誰もそれに返してくるものは居なかった。

 

「サイダさん! サイダさん!」

 

 彼はその名を呼びながら、ネオンライトから離れていく。

 段々と暗く、暗くなっていく路地に吸い込まれるように足を踏み入れながら、彼は珍しく息を切らし、汗をかいている。

 一人だけであった。

 暗い暗い路地の中に、自分一人だけであった。

 誰も居ない、誰も居ない。

 

「サイダさん」

 

 小さくそう呟いた後に、彼は立ち止まり、すでにサイダは遠くに行ってしまっているのだろうことに気がついた。

 置いていかれる。

 そう思った。

 何か漠然と『置いていかれる』と、そう思った。

 

 

 サイダが今季限りでのリーグ引退を表明したのは、それからほんの少ししてからだった。

 それを『才能あふれる友人がリーグから去った』と捉えた人間は、果たしてどれほど居たであろうか。




この話をきっかけにモモナリの破滅行動が始まり『50-アリアドスの糸』に繋がります。



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