モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
ベロバーはその『いたずらごころ』を利用して『ひかりのかべ』を作り出す。
だが、対面のドサイドンにその壁はあまり意味がない。
「『じしん』」
ガラルリーグチャンピオンダンデの指示通り、ドサイドンはベロバーに『じしん』の衝撃で攻撃する。
ベロバーの小さな体格ではそれを受けきれない。衝撃をモロに受けた彼は吹き飛び戦闘不能になる。
観客の中にはそれを不思議に思う人間もいた。小さなポケモンだ、攻撃なんて相手に届きそうもない、かと言って相手を掻き回せるようなスピーディな攻撃があるわけでもない、カントーからきた挑戦者は、なぜそのようなポケモンをパーティに組み込んだのか。実績だけのロートルなのか、いや、それならばもっと質の良いレンタルパーティだってあるはずなのに。
「よくやった」
モモナリは本心からそう呟いた。彼は大きな仕事を成した。今のモモナリのパーティの中で、唯一彼のみができる仕事だ。
戦闘不能になったべロバーは抵抗すること無くボールに戻った。彼がボールを嫌うことはモモナリも知っていたが、そういう事を言っている場合ではない。
「さあ、行くぞ」
最後のボールを握る。それを放り投げる。
繰り出された『砂の王』は、対面のドサイドンを、そしてその向こう側にいるダンデを見た。
こりゃあ、やっかいだ。と彼は思う。
風格のある『群れ』だった。自分たちが負けるはずがないという根拠のない自信を、勝ち続けてきた事実が支えている、そんな。
そして、背後にいるであろうモモナリの気配を感じる。こちらも到底負けるなどと考えてない。
いい経験だ、と彼は思う。
厄介なトレーナーだ。
現れたドリュウズの動きに警戒しながら、ダンデはモモナリの瞳を眺めようとした。
緊張感がないわけではないが、それでもすました顔だ。見ようによっては笑顔のようにも見えるかもしれない。
まるで、朝方ふらりと入ったレストランでモーニングメニューを眺めているような、そんな感じ。自然体、この戦いを特別なものだとはきっと思っていない。
だが、だからといって勝利を捨てているわけではない。確かに緊張感にあふれているわけではないが、試合を捨てて諦めているわけではない。
これまででモモナリが作り出してきた状況に、ダンデは考えを巡らせる。
先程ベロバーが作り出した『ひかりのかべ』
自陣を特殊な引力で浮遊する『ステルスロック』
だが、ダンデはそれらを厄介だと思っているわけではない。
彼を最も混乱させているのは、モモナリの腕にはめられているダイマックスバンドだ。
てっきり、彼はそれを使わないものだと思っていた。カントー出身の彼にはそれを上手くは扱えないと思っていたし、何よりモモナリはカントー流で戦うことに特別な使命感を持っているような気がしていたからだ。
いつ使う?
どのタイミングで使う?
ダンデがその考えをまとめるより先にドリュウズが動いた。ダイマックスではない。
「『じしん』」
ダンデとドサイドンはドリュウズの出先を潰そうとする。
ドリュウズは厄介なポケモンだ。リザードンの最大の弱点である『いわなだれ』を扱える上に、『こうそくいどう』でリザードンの先手を取るようになることもできる。絶対に自由な状態にしてはならないポケモン。だから先に潰す。
低い体勢をとったドリュウズに、ドサイドンが襲いかかる。
だが、彼らはそれを待ち構えていた。
「『つのドリル』!」
自身を潰しにかかるドサイドンの巨体に、ドリュウズは自慢の角で立ち向かう。
ドサイドンからすればかなり小さな体であるはずなのに、ドリュウズはその重量に踏ん張って角を振り上げる。
彼にとって生涯で二度目のその攻撃は、今度は人間との的確なコンビネーションによって、打つべき相手を的確に捉えた。
もちろんそこには運も絡む、だが、大事なのは結果だ。
体の中心を的確につかれたドサイドンは、嘘のようにあっさりと宙を舞った。その高さからの地面を、彼は初めて目の辺りにする。きっとただではすまないだろうなと思った。
そのまま地面に叩きつけられたドサイドンは、この星の重力と自身の重量を全身に受け、そのまま戦闘不能となる。
まだ意識はあるのに、体が言うことをきかなかった。生まれてはじめてのその衝撃に、彼はやがて意識を預ける。
観客達はどっと湧いた。終始劣勢であったように見えた挑戦者が、ついにチャンピオンのエースを引きずり出したのだ。
お互いに五体で始まったエキシビションは、挑戦者がずっと押されているように見えた、そりゃ当然だ、そのうちの一匹はボールにも入っていなかった小さなベロバーだったのだから。
観客達は少し興ざめしていた。このままではチャンピオンのダイマックスを見ることが出来ないのではないかと、あの強く美しい龍を見ることが出来ないのではないかと。
だが、その挑戦者は引きずり出した。ガラルリーグチャンピオンが誇る最強の相棒を、彼は引きずり出したのだ。
ダイマックスのないカントーのトレーナーも、なかなかやるじゃないか。
そんな声がスタジアムを支配しているようだった。
「おいおい」
その光景を関係者特別席で眺めていた色黒で長身の青年が呟く。
「やべえんじゃんねえかそりゃあ」
彼と、戦いというものを理解している数人は、その状況のまずさをすでに理解している。
戦闘不能となったドサイドンをボールに戻し、ダンデは状況を確認するようにぐるりと見回してからボールを投げる。
「頼んだぞ!」
観客たちと違い、ダンデのつぶやきは緊張をはらんでいた。
この戦いは、どちらにも転びうる。
だが、その上で勝つのは自分たちだ。
ボールから繰り出されたリザードンに観客達が歓声を上げるよりも先に、対戦場に浮遊していた『ステルスロック』が一斉にリザードンに襲いかかる。
歓声をあげようとしていた観客たちの喉は、一転して焦りの悲鳴となる。
そして、ようやく気づき始めた。
この状況が明らかにダンデに不利であることに。
モモナリ陣営が序盤にはなった『ステルスロック』と、終盤に敷いた『ひかりのかべ』は、ダンデのエースであるリザードンを徹底的に意識したものだった。
そして、察しのいい者たちは気づく。
カバルドンが巻き起こした『すなあらし』や『あくび』も、アズマオウがいたずらに戦況を引き伸ばした『アクアリング』も、『てんねん』なピクシーが自分だけ『ちいさくなる』しながら場をかき回したのも、全てはこのための布石だったのだ。
その男はこうなることを見越していた、そして、こうなることを見越しながら、それに打ち勝つにはどうすれば良いのかも考えていた。
だが、それはダンデも同じ。
彼だってそのくらいのことは理解している。そのような対策を取られたことが皆無なわけではない、むしろ彼を苦しめたのはその単純な対策を突破しようとした自分と徹底的に渡り合ったモモナリの大局観。
ある意味で彼は、ガラルリーグチャンピオンダンデが持つ唯一にして最大の弱点をついてきている。
ダンデが腕にはめているダイマックスバンドが光り輝く。
そして『ステルスロック』によって大きなダメージを受けたリザードンをボールに戻す。
その時、モンスターボールが赤紫色に光り輝き、大人のダンデが両手で抱えるほどの大きさに変形する。
「なるほど」と、モモナリはその光景を見て呟いた。
ダンデが後ろに放り投げたその大きなボールからポケモンが繰り出される。
それは、とてつもなくキョダイなリザードンだった。
いや、厳密にはそれはリザードンではない。
それはダイマックスの力を得て巨大化し、姿を変えたリザードンだ。キョダイマックスと呼ばれるその変化は、ガラルでも希少な、限られた人間しか使うことの出来ない大技。
そのキョダイなリザードンにとって『ステルスロック』などダメージにならない。それは弾き飛ばされ、再び対戦場を浮遊する。
普通ならば、それを目の当たりにしたことに感動するだろう。だが、モモナリはそうではない。
「『いわなだれ』」
彼は現れたものが『リザードンっぽい』ことを確認するやいなや指示を出す。
ドリュウズは地面にその爪を突き立てる。地盤ごとそれを放り投げ、リザードンの上から攻撃しようとする狙いだ。
だが、その動きをダンデとリザードンが見逃すはずもない。
「『キョダイゴクエン』!」
巨大化したリザードンは、はるか上空から叩きつけるように炎を吐き出す。
その炎はやがて巨大な火ノ鳥のように形作られ、ドリュウズに襲いかかる。
その攻撃を遮るものがあった。小さなベロバーが作り出した『ひかりのかべ』だ。
だが、キョダイマックスから放たれたその攻撃はそれを貫き、ドリュウズに直撃した。
モモナリは、じっとそれを眺める。
ほんの少しでいい、ほんの少しでも良いから『ひかりのかべ』がその攻撃の威力を弱めてくれたら、勝利はこちらのものだ。
ダンデもまた『攻撃が来るかもしれない』と、それに身構える。『ひかりのかべ』によって、勝負はわからないものになっている。
そして、燃え盛る炎の中から、その攻撃は繰り出される。
剥がされた岩盤が『いわなだれ』として宙に放り投げられた。あれだけのドサイドンを放り投げたポケモンだ、そんな事ができても不思議ではない。
その光景に、観客は悲鳴を上げた。たしかに彼らはダンデがピンチになることを望んでいた。だが、彼が敗れることは『この試合』では望んでいない。
それが起こりそうだった。
重力に身を任せ始めたそれらが、リザードンに降りかかる。
巨大化したリザードンは身を捩ってそれをかわそうとした。だが、大きすぎる的はそれをかわしきらず、炎でかたどられた片翼が、その餌食となる。
リザードンは片膝をつく。
だが、もう片翼はまだ燃え盛っている。
願うだけの観客たちのエールが、彼に届いているだろうか。
やがてリザードンは残る片翼を力強く羽ばたかせながら再び立ち上がった。彼はダンデを悲しませまいと持ちこたえたのだ。
しかし、ダンデはそれは当然と思いながら、対戦場を睨む。
モモナリは、すでにボールを片手に持っていた。
『キョダイゴクエン』が作り出した炎の渦が晴れた時、そこには前のめりに倒れたドリュウズの姿があった。
モモナリが彼をボールに戻し、審判員がダンデの側を示す旗を掲げる。
勝者を称えるアナウンスが、スタジアム中に響き渡った。
しかし、モモナリはそれに愛想を振りまくことなく対戦場を後にし始めている。本来ならば対戦後には握手があるはずだが、知ってか知らずか、彼はそれに興味がないようだ。本来ならば礼を欠く行為としてブーイングモノだが、観客はダンデにエールを贈ることに夢中なようだった。
その姿を眺めながら「良いポケモン達だ」と、勝者であるはずのダンデは彼らを称えるように呟く。
戦いが終わり元の姿に戻ったリザードンの痛々しい傷を眺めながら、彼は思う。
あの攻撃が正確にヒットしていたらどうなっていたことか。
野生から数度の対戦のみでこの場に踏み込んだドリュウズは、初めて目の当たりにする『キョダイゴクエン』に、ほんの僅かであるが手元を狂わせていた。
その僅かな狂いが『いわなだれ』を外させた。直撃ならば『ステルスロック』のダメージも合わせて確実に戦闘不能になっていただろう。
だが、ドリュウズは初めて目の辺りにする『キョダイゴクエン』攻撃に、ほんの僅かに手元を狂わせるだけだったのだ。彼は勝利を信じ、自分自身を信じ、前のめりに倒れていた。素晴らしい胆力を持ったポケモンだ。
そして、対戦場から消えようとしているモモナリを眺めながら彼は思う。
勝者は自分だ、それは揺るぎない。
だが、もし彼がダイマックスを使っていたらどうなっていた。
そして、なぜ彼は、ダイマックスを使わなかった。
「モモナリ選手、どうしてダイマックスを使わなかったのです?」
控室。シャワーを浴び終えたモモナリを待ち構えていたローズは、感情の読めない表情で問うた。彼にしては珍しく、その背後に秘書の女性はいなかった。
「使えばよかったですか?」
モモナリは首をひねった、すでに回復を終え彼の足元でタオルを動かすベロバーも同じ様に首をひねる。
「ダンデくんのように」
「そうすれば、勝てた試合ではないのかね?」
「ダイマックスをしなくても勝てた試合だったでしょ? もう少し僕がうまく指示を出せていればね。彼が経験不足であることを考えれば、もっと上手くやれる状況だったかもしれません」
「だったらなおさら、ダイマックスをすれば、勝てたかもしれないだろう」
それに、と、ローズが続ける。
「お客さんは、それを望んでいた。カントー出身の君が、それをどう操るのかね」
その意見はごもっともだった。
エキシビションマッチ、その勝敗に何の拘束力もなく、それでいてそれを見る観客たちを夢中にしなければならない『興行』
「でも、十分に盛り上がってましたよ」と、モモナリは悪びれもなく答える。
「それに」と、彼は手早く着れるからと言う理由だけで長年愛用しているブランドに袖を通しながら続ける。
「もしそれが僕のクセになっちゃったらどうするんです?」
身支度を整えたモモナリは、足早にローズの横を通り過ぎようとする。
「ああ、そうだ」
彼はポケットからダイマックスバンドを取り出した。
「これ、お返ししますよ。どうもすみません、なんだかんだ言いましたけど、結局は使いこなせなかったんですよ」
それを受け取りながら、ローズはぼうっとモモナリの全身を眺める。
それがモモナリの本心でないことを、ローズは見抜いている。
それがなくても十分に盛り上げることができるから、クセになったら困るから、使いこなせなかったから。
だったらわざわざそれをつけて試合に臨むはずがない、そういう『悩み』を見せるような人間ではないだろう。
だが、ローズはそれ以上を追求しなかった。
どうせそれ以上を追求したところで、モモナリから本心を引き出すことは出来ないだろう。
なぜならば、トレーナーという人種は。
「トレーナーというのは、どうも頑固者が多いようですなあ」
過ぎ去ろうとしていた背中に、ローズが語る。
モモナリは振り向きながらそれに答えた。
「僕達は『自由』ですからね」
それに、と続ける。
「お互い様でしょう、それは」
ベロバーを連れ、彼は歓声から離れていく。
感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。