モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ ⑦

 バリケードは無慈悲に破壊され、バリヤードも無慈悲に倒される。

「早く何とかしろ!」

 仲間の誰かがそう叫んだが。誰も何とかは出来ないでいた。

 

 

 彼らの目的は終わったはずだった。

 寂れたシャッター街である地元を盛り上げるため、地元出身のトレーナーがチャンピオンへの挑戦者になるように力を尽くしていた。

 その為にオリジナルのタオルや応援グッズを作って行く先々でエールを送ったし、他のジムトレーナー達への妨害工作も行った。最終的には地元の出入り口を封鎖し、物理的にスパイクジムを難攻不落のジムにもした。

 

 

「絶対にこの奥にはいかせるな!」

 二人がかりでそれを止めようとしても、相手は躊躇なく、そして苦労なく彼らをなぎ倒す。

 戦況をかき回すべロバーと、パワーとスピードで押し切ってくるドリュウズは、トレーナーの数が一人増えたとか、二人増えたとか、そんなことはお構いなしだ。

 

 

 ところが、彼らの目論見はことごとく失敗に終わった。

 応援していたトレーナーはそのような工作は望んでおらず。また、ある別のトレーナーがバリケードの抜け道からスパイクタウンに侵入、スパイクタウンを物理的に難攻不落にする作戦は失敗に終わり、ジムリーダーとその妹の指示によって、地元の出入り口を開放した。

 彼らエール団の活動はここに一旦終了した。もう彼らはジムトレーナーを妨害しないし、物理的にジムを封鎖しない。

 

 

 恥も外聞もない、三人がかりでの防衛は、ドリュウズの『じしん』によって失敗に終わった。

 彼らエール団にしてスパイクジムトレーナー達は、そのトレーナーを何が何でもその先に進めさせないように力を尽くしていた。

 だが、そのトレーナーは止まらない。ジムトレーナー達の実力を持ってしても。

「やばい、やばいやばいやばい」

 倒された女性トレーナーは、その先に進むトレーナーの背を見ながら声を震わせて呟く。

 そのトレーナーと、ジムリーダーのネズを会わせるわけにはいかない。

 彼女らはそのトレーナーの目的を知っている。

 だが、それを阻止するのに彼女らの力は足りなさすぎた。

 

 

 

 

 スパイクタウン、スパイクジム。

 そのトレーナー、カントージョウトリーガーモモナリは、対戦場のど真ん中に立っていた。その足元にはベロバー、薄暗いスパイクタウンの雰囲気を、彼は気に入っている。

 その向かい側には、ボロくて小さいがステージがあった。ジムのシンボルロゴのネオンライトは、その上で歌っていたであろうトレーナーを、妖しく、そして神々しく輝かせている。

 それに夢中になっている観客たちは、侵入者であるモモナリに気づいていなかった。壇上に立つ男、スパイクジムリーダーのネズが持つカリスマは、たかだかちょっと強いだけのトレーナーの比にはならないということだろう。

「ノイジーな野郎ですね」

 その一声で、観客たちは一斉にネズの視線の先、モモナリに目線を向けた。当然そこには、神聖なライブを邪魔されたことに対する怒りや憎しみの視線がある。

 ネズは壇上を降り、観客たちが割って作る道を通りながらモモナリの対面に立つ。

 だが、先に口を開いたのはモモナリだった。

「君が『あくタイプの天才』『哀愁のネズ』だね」

 圧倒的なアウェイに怯まないモモナリにネズは答える。

「自分で名乗ったことはねえですよ、そんな大層な二つ名。『ハナダのノーてんきエッセイ野郎』だって、自分から名乗り始めたわけじゃねえでしょ」

 モモナリはその言葉に苦笑した。久しぶりに聞いた自身の二つ名が面白かったのもあるし、ネズが自分を知っていることに少し驚いている。

 ネズはモモナリを見下ろしながら続けた。

「キバナの野郎から連絡がありやがりました。気をつけろとね。俺は別に戦っても良かったんですがね、エール団がやたら張り切っちまって」

「そうだね、あそこまで徹底的にやられたのは久しぶりだったよ。良いリーダーなんだろうね」

 その時、モモナリの背後から「ネズさん!」と女の大きな声。

 ネズとともにその方に目線を向けると、そこには自分が先ほど倒した女エール団がいた。

 女エール団は息を切らしながら叫ぶ。

「気をつけてください。そいつ、ネズさんを誘拐しようとしてる!」

 彼女の口から出てきたその単語に、モモナリは思わず笑い声を漏らし、ネズは首をひねり、観客たちはざわめいた。

「曲解がすぎるよ」と、モモナリは呟く。

 だが、モモナリがある意味それを肯定するような呟きをしたせいで、観客たちはやはり敵意を向けたままモモナリを見るし、ネズは更に首をひねる。

「戦う分ならいくらでもやってやっていいですが、野郎に連れ去られる趣味はねえですよ」

「やめてくれ気持ち悪い」と、モモナリは手を降る。

 そして、こみ上げる笑いをきちんと殺してから続ける。

「僕が言いたいことはだね。カントーリーグに来ないかってことなんだよ、気が向けばね」

 観客たちはそれに悲鳴のような拒絶反応を示した、そして、その後に、女エール団の言葉に納得する。たしかにそれは、彼らからすれば誘拐も同義だった。

 ネズもその提案には少し驚いているようだった。歌手らしくなめらかに出てくるはずの言葉が、今は出てこない。

 だが、モモナリはマイペースに話をすすめる。

「聞いたよ、ダイマックスを使わないそうだね、一体どうして?」

 質問の矛先が変わって気が楽になったのか、ネズは少しだけ考えてからそれに答える。

「……それが、この町を代表しているということなのですよ」

 スパイクタウンは、ダイマックスの使えない町だった。

 否、正確には、ダイマックスと迎合することを拒否した町だ。

 チャンスはいくらでもあった。

 ダイマックスが発見されたその時、ダイマックスを得たジムリーダー達が栄光を掴み始めた時、ネズがジムリーダーとなってローズが接触してきた時。それを受け入れる事はできただろう。

 だが、スパイクジムはそれを拒否してきたのだ。

 それを愚かだという人間もいただろう。他の町への移住を決意した住人もいるだろう。だが、それでもスパイクタウンは今日まで残っている。ネズがそれを拒否するのには十分すぎる理由だった。

「残念だな、カントーに来ればポケモン勝負本来の醍醐味を楽しめると思うのに。君にとっても悪い話じゃないと思うけど」

「……本気でそう思っているなら救えない野郎ですね。この土地でダイマックスを持たない俺が戦うことにこそ意味があるというもんなんですよ」

 ネズはそこで一拍置いた。そして、似合わぬことと思いながらも続ける。

「『俺達』がガラルで戦うことを諦めたら、一体誰がダイマックス無き町の希望になるんです?」

 ネズの返答に、モモナリは「なるほど」と頷く。

「『あくタイプ』の天才だね」

 更に続ける。

「そうとも、ダイマックスを持たないことは、不幸なことではない。君の考え方そのものや君自体のことは、僕は好きだよ……友達としてだけどね」

 モモナリの冗談に、ネズは苦い顔を見せる。

 そして彼は右手を振り、観客とリーグトレーナーたちを対戦場から追い出した。

「話が早くていいね」と、モモナリはボールを構える。ベロバーはやる気なようだったが、彼はそれを制した。

 ベロバーの『いたずらごころ』はあくタイプには通用しない、モモナリはそれをよく理解している。

「俺、耳が良いんでね。うちのジムトレーナー相手に随分と暴れてくれやがってましたね」

 いつの間にか現れたマイクスタンドを振り回しながら、ネズが続ける。

「まだ俺はこの町のジムリーダー、決まりは二つ。一つ『アンコールはなし』一つ『家族の仇は取る』」

 ネズがボールを投げた。

 

 

 

 

 カレーが食べたい。

 彼女の雄叫びの内容は、要約すれば大体そんな内容だった。

 だが、人間たちにその内容がわかるはずがなく、彼女の周りを飛び回るプロフェッショナルなポケモン達はそんな事を気にしない。

 彼女は厳重に固められたバリケードを『ドラゴンダイブ』で破壊しながらその女を追う。

 カレーが食べたい。

 もう一つ古城を振動で破壊するかのような声を上げた彼女は、侵入者である女を確実に追い詰めていく。

 その古城の主である彼女にとって、侵入者は悪だ。

 自身に噛み付いてくるトリミアン達を身をよじるだけで振り払った彼女は、雑魚に用はないと言わんばかりに彼らから目線を切った。

 カレーが食べたい。

 ついに女を追い詰めた彼女は、とりあえずそんな感じのことを叫んでおく。

 そして、ついに彼女の爪が女の顔にかかろうとしたその時。

「待て!」

 よく通る低い声と共に、その男がギルガルドと共に現れた。

 男は彼女と女を交互に見やってから言う。

「彼女に指一本でm」

 だが、台本通りのその台詞がすべてカメラに収められることは無かった。

 なぜならば、その男が一瞬だけ女に目線を向けたその瞬間に、彼女は体勢を低く力を込めて一歩踏み込み、男がそれに気づいたときにはすでにギルガルドに『じしん』を打ち込めてしまう体勢になっていたからだった。

 彼女こと、ガブリアスはそれに困惑していた。このままでは打ち込めてしまう、打ち込めてしまうよ? いいの? 駄目なんでしょ?

「カット!」

 監督の声が古城の中に響き渡る。

 その瞬間、先程までガブリアスに怯えていたはずの女がクスクスと笑った。

 男の方はその瞬間に何が起きたのかわからず未だに困惑の表情のままだ。無理もない、今日はじめて自分が『共演』すべき相手の恐ろしさをその肌で感じたのだ。当然事前に様々な予習はしておいたつもりだったが、予想以上だった。

「少し休憩しましょう」

 女がそう言った。本来ならば彼女はそれを決定する立場にないはずなのだが、その場にいる人間は全員それを受け入れる。それがカルネという女優、そしてトレーナーが積み上げてきた実績の力だった。

 

 

 

 先程まで撮影が行われていた古城の一室で、モモナリの友人であるクシノはガブリアスをなだめていた。

「あれは俳優が悪いで」

 ガブリアスにきのみを与えながら、クシノはそう呟く。

「『誰も生きて帰ってこない古城の主』相手に目を切ったらあかんやろ」

 ガブリアスはきのみに不服気な表情だ。仕方ない、クシノが所有する農園で作られたそのきのみの味そのものに不安は欠片もないが、如何せん彼女の口はもう『カレーの口』になってしまっているものだから、その美味しさも半減するというものだ。

「昨日モモナリから旅先の写真が送られてきましてな、それに写ってたカレーに完全に心奪われてるんですわ」

 流暢なカロス語でそう言うクシノに、同じくその場にいたカルネは微笑む。

「それでもあれだけの迫力が出せるんだから素晴らしいですね」

「よー言いますわ、すぐに笑ってたのに」

 カルネや元リーグトレーナーほどにポケモンに精通すれば、あの時のガブリアスの雄叫びが、少なくとも怒りから来るものではないことくらいすぐに分かる。

 悲しげで悔しげなそれに気づいても『誰も生きて帰らない古城の主』相手に追い詰められる無力な女を演じられるカルネがより素晴らしいだけだ。

 世界中で楽しまれるあるスパイ映画の新作、意欲的な監督は『よりリアリティを』をテーマに掲げ、作品内最大のアクションシーンにはより実践的な動きを求めていた。だが、シンオウリーグチャンピオンのシロナを含め、自分のポケモンをそうやすやすと貸してくれるトレーナーなどいない。第二候補第三候補第四候補とまで下がっていって「友人が世話役につくのなら」と、それを了承したのがモモナリだった。

「しっかし」と、クシノは首をひねる。

「『よりリアリティを』と言ってるのに、あなたがただただやられてるだけってのはおかしな話ですわな。しかもあの俳優がガブリアスを倒す台本とはね」

 その疑問はごもっともだった。

 主演の若手俳優も決してポケモンの扱いが苦手なわけではない。むしろその年齢でそのルックスの俳優の中ではポケモンの扱いには長けている方だ。本拠地ガラルでは一応バッジを七つ集めている。

 だが、それでも第一線で戦っているポケモンを追うにはいささか力不足だ。

 その一方でカルネは誰もが知るポケモンチャンピオン、それがただただポケモンにやられるだけの役とは、こちらはいささか役不足だろう。

「それは違いますよ」と、カルネは首を振る。

「リアルとリアリティは違います。作品というリアリティの中では私が力ないことがリアルであり、あの子がクールで勇気のある若者であることがリアルなのです」

 それに、と続ける。

「あの子ならばきっと出来ます。プロですもの」

「そんなもんですかねえ」

 クシノは首を捻りながらも、その言葉の持つ説得力には抗えないでいた。

 事実、その俳優はすぐさま演技指導のリーグトレーナーの元に赴き、熱心に実践的な感覚を身に着けようとしているらしい。遅いような気もするが、それだけガブリアスの動きのキレが良かったということなのだろう。

「まあ、頑張ればなんとかなるんかなあ」

 かつての自分とその俳優を重ね、クシノはため息を付いた。

 傍らのガブリアスは、今度は小さく鼻を鳴らした。カレーが食べられないことに対する憤りが、今度は悲しみとなっていたのだ。

「分かったわ、これが終わったらホテルでカレーおごってやるわ」

 クシノの提案にも、彼女は渋い顔。

 そういうことじゃない。

 彼女は単純にカレーが食べたいわけじゃない。

 皆とカレーが食べたいのだ。

 あの写真にあったように和気あいあいと、皆と笑顔でカレーが食べたいのだ。ぶっちゃけ美味しいとか美味しくないとかそんな事はどうでもいいのだ。

 その意図を理解したのかどうかはわからないが、カルネが提案する。

「それじゃあ、明日辺りに皆さんで作りましょうか。カレー」

 その提案に、ガブリアスは一瞬だけ表情を変えるが、それで機嫌が全面的に治るわけではない。

 その提案により驚いたのはクシノの方だ。

「ええんですか?」

「多分大丈夫でしょう。撮影現場の交友を深めるのって大事なんですよ。私も久々に食べたくなってきましたし」

 ね、どう? と、自身の顔を見上げるカルネに、ガブリアスはやはり多少の不満顔は残しながらも、それに頬を擦り寄せた。

 メイクが落ちることを気にせず、カルネが呟く。

「本当に、あの人とは似ても似つかないのね」

 ガラル伝説のキャンプマスターを祖父に持つ若手主演俳優が、それまでに培ってきた技術とその才覚を最大限に覚醒させて作り上げたとんでもないリザードン級チーズまみれカレーにガブリアスを含む撮影スタッフ全員が舌鼓を打ち、厳しいことで知られるその監督からは信じられないくらいに朗らかに撮影が進むこととなるのは、その翌日のことだった。




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誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

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