モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
バウタウン、ガラル地方で最も海が身近な街。有名なシーフードレストランがあり、有名な釣りスポットには世界各地から釣り好きが集まる。当然バウジムも水タイプのエキスパート揃い。
ジムリーダーのルリナは、住民達の要請を受け、釣りスポット兼船着き場となっている足場に向かっていた。
何でも、不審なトレーナーが出たという。
一人と一匹がひたすら海を眺めているだけで何もしない、身を投げるのかと案じてはみるが、とてもではないがそのような負のエネルギーは感じない。
時折興味心から声をかけるトレーナー達は軒並み倒され。ジムトレーナーもやられてしまった。相当な手練のようだ。
足場に降り立った彼女は、たしかにそこに佇む一人のトレーナーと一匹のポケモンを確認した。
「ああ、どうも」と、その男はルリナに挨拶する。危険そうな男には見えなかったが、足元のベロバーはじっとルリナを見つめている。
「何をしているんです? ジムチャレンジャー……ではないですよね」
ダイマックスバンドを腕にはめ、未進化のポケモンを連れている。捉えようによってはジムチャレンジャーに見えなくもないが、それにしては老けすぎている。年齢を理由に差別をするわけではないが、それほどまでに熱意あっての挑戦者がいるならば、多少話題にはなっているだろう。
「釣りですよ」と、その男はニッコリと笑って答えた。
ルリナはそれに一瞬身構えた。その男はそこに立っているだけであり、釣り竿を持っているわけではない、その言葉は、含みを持った比喩だ。
「ジムリーダーのルリナさんだね?」と、男は言った。
「いつかのサントアンヌ杯に出場してたね?」
ルリナはその質問に「ええ」と警戒を解かないままに答える。
サントアンヌ杯とは、世界一周クルーズ客船であるサントアンヌ号が停泊地で主催する特別なポケモンバトル大会だ。
陸上戦が主なポケモンバトル業界において数少ない完全水上戦をルールとするその大会は、水上のエキスパート同士のレベルの高い試合が見ることができると人気がある。
ルリナはそのカロス大会に招待され、出場したことがあった。
「僕はサントアンヌ杯の殿堂入りトレーナーだ。モモナリって名前聞いたこと無い?」
彼女はそれに首をひねった。聞いたことがあるような気もすれば、無いような気もする。
その反応に特に何かを思うこともなく、まあまあ、いいよ、と、モモナリは手をふる。
「君のバトルをひと目見たときにね、若いのに大したもんだと思ったんだ。水というものをよく心得てるとね。その後にジムリーダーをやってると聞いて納得したし、君に鍛えてもらえるトレーナーは幸せものだ」
「ありがとうございます」と、ルリナはひとまず言った。
さらにモモナリは続ける。
「僕は川の流れるハナダって街の出身でね。ジムリーダーのカスミは知っているだろう?」
ルリナはそれに頷く、カントー地方の水のエキスパート、知らぬはずがない。
「恥ずかしい話、僕はジムバッジを集めるまでは海というものを見たことがなかったし、川で十分だと思っていた。初めてクチバシティに行って海を見たときには、そりゃ驚いたね、向こう側が見えないんだもの」
モモナリは目の前にある海を指差して言う。
「良い海だ、深い深い青色で、どこまでも潜っていけそうな、僕たち人間が知らぬ世界を持っているような、そんな海だ」
一拍置いて続ける。
「君ならわかると思うけど、海というのは不思議なものなんだ。だってそうだろう? 海は一つしか無いはずなのに、いろんな地方にいろんな海がある。僕は真っ青な海を見たことがあるし、真っ赤な海を見たこともある。どす黒い海を見たこともあるし、深い緑色の海を見たこともある。透明な海だって見た。遠浅の海も見たし、この海のように深い海も見た」
そして、と、モモナリはルリナを覗き込んで続ける。
「どんな海にも共通していることは、必ずと言って良いほど、その海で一番強いやつがいる」
彼は海に向かってモンスターボールを投げた。
現れたのはアズマオウ、そのポケモンは音を立てて海に飛び込むと、波に逆らうように力強く泳ぐ。
「あ」と、ルリナは声を上げた。モモナリの名にピンとこなくとも、そのアズマオウは知っている。
巨大なホエルオーを『つのドリル』一撃でのし、電撃を操るランターンを相手にしたときには角の『ひらいしん』で電撃を吸収し、『ドリルライナー』で弱点をつく。器用にして力強い、水上のバトルで最も気をつけなければならないポケモンの一つ。
「ジムリーダーとしての君は求めない」と、モモナリが言う。
「ただ、サントアンヌ杯の時のように、水上のエキスパートとして、この海の女王として、僕達と戦ってほしい」
海に潜ったアズマオウが、重力に逆らいながら高く高く飛び跳ねた。
「相手をするのはこの僕、サントアンヌ杯三度優勝の殿堂入りトレーナーモモナリと。水上で最も強力なポケモンの一つであり、ポケモンコンテスト発祥の地ホウエンでハイパーに美しいポケモンの一つとされるアズマオウだ」
ルリナは、得意げに語り終えたモモナリと、海を跳ねるアズマオウを交互に見比べた。
相手に不足はない。自分の実力をすべて出しても、ついてくるだろう。
「わかりました」と、ルリナはモモナリを見据えて言った。
「あなたとその自慢のポケモン、私達がカントーまで流しさってあげましょう」
遠くからその様子を見守っていたギャラリーがわっと湧いた。
モモナリはその様子をぐるりと眺めながら言う。
「ギャラリーを気にしないことだ。少しでも気を抜いたら、僕がこの海も支配する」
「まさか、人が見てるから集中できないとでも?」
ルリナも海に向かってボールを投げる。
現れたのはくしざしポケモンのカマスジョー、彼女のサントアンヌ杯での活躍を支えた海上でのエース。
「そんなことでは、このガラルでは生き残れない」と、腕を組みながらルリナが呟く。
カマスジョーは着水するなりとんでもないスピードで海に潜った、スクリュー状の尾びれは、彼にスピードを与える。
「『じごくづき』」
「『メガホーン』」
槍のように尖ったカマスジョーの顎と、同じくやりのように鋭いアズマオウの角が海上でぶつかり合い、行き場をなくしたエネルギーが水しぶきを吹き上げる。
水上では地上のように踏ん張ることができない。アズマオウとカマスジョーは共に尾びれを最大に使い、相手を押し切る力を得ようとする。
勢いは互角、共々、ポケモンもトレーナーもそれに驚く。
そうなることなんて、想像もしていなかったからだ。まさか俺が、まさか俺が、まさかカマスジョーが、まさかアズマオウが、この海上で互角の力を持つものに出会うだなんて。
そこからどうなるのか、どう選択するのか。意地を張り切るのはどちらか、余力を残して次に備える賢さを持っているのはどちらか、こんな戦いをジムチャレンジャーが見てしまったら参ってしまうだろう。自分たちが飛び込もうとしている世界の過酷さを、これでもかと表現している。
それと同じように、モモナリの足にしがみつくベロバーはクラクラと参っていた。
☆
リーグトレーナー、モモナリの手持ちの一匹であるジバコイルは、彼の住居であるハナダシティの一軒家の中で、電源が切れてしまったかのように部屋の真ん中にドスンと鎮座していた。
死んでいるわけではない、体力を温存するための、彼なりのリラックスだ。
じっとすること自体は、彼の得意中の得意なことだった。元々控えめな性格で、あまり自分から自己主張するタイプではない。あの時のあれや、その時のそれなどに考えを巡らせている間に、大抵はその仕事が終わっている。
だが、侵入者には容赦ない。一度モモナリの留守中に押し入った強盗が、全員麻痺した状態で見つかったことがある。彼の手持ちの中で、最も留守番に向いているポケモンだ。
だが、彼にも我慢の限界というものがある。今回の留守は長くなるかもしれないし、流石に我慢ができなくなったら、自分の意志で外に出て、色々と楽しもうと思う、野生に帰ってもいいし、新しい主人を探してもいい。
彼は数を数え始める、モモナリを見限るカウントダウンだ。そのうちに眠ってしまっても、聡明な彼の記憶力はそれを記憶しているだろう。
彼がモモナリを見限るまで、残り三十一億五千三百六十万秒。
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