時は少し戻って、今回は美鈴視点です
「痛たた……何なのよ、もう」
起きた瞬間に死にかけた件について、後で咲夜さんに文句言っても許されますかね。
……いや、たとえ許されなくても今回ばかりは私の方が怒っていいと思う。
「ぅぅぅぁぁ、ぅあっ」
ああもう、なんか怖いよあの子、さっきから何言ってるかわかんないし。
いきなり咲夜さんに連れ出された先で、時間停止が解けると同時に何か変な子が飛びかかって来たんで勢いを殺そうかと思ったけど後ろに跳んだら勢い余ってそのまま紅魔館激突ルートというね。
気づいたら壁ぶっ壊れてて部屋の中もメチャクチャ、瓦礫に埋もれたかと思ったら割と平然と出てきて。
でもそれとは関係なく、なんでこれで生きてるのか不思議なくらい腹部が焼けただれて死にそうになってるし。
多分内臓がやられてるのかな、見た感じたとえ妖怪でももってあと2~3分の命くらいで。
だけど、確かに咲夜さんは言っていた。
必死の形相で、この子を「守ってあげて」と。
あれは冗談とか抜きの本気の目だった。
ならば――
「ほ、ほーら、こっちでちゅよー」
「……ぁ、ぁ」
仕方ない。今は咲夜さんと目的は別なんですけど、ここは一つ休戦といきますか。
ま、たまには咲夜さんに頼られるのも悪くないですからね。
小さな子をあやすくらい、私にとっちゃおちゃのこさいさいです!
こう見えて私、意外と子供好きなところあるんですよねー。
……え? ちょっと前に子供たちボコボコにしてただろって? いやー、あの2人は子供にカウントするのはちょっと……それにボコボコにされてたの私ですからね!?
でも、ああいう厄介な子じゃない限り大丈夫…
「あー、いい子でちゅねー。ほら、手当てするからゆーっくりこっちに…」
「う゛あ゛あああああっ!!」
「いやああああっごめんなさいいいいいっ!!」
いやいやいやいややっぱ無理いいいいっ!! 冷静に考えてさっきの子たちの方がまだマシだよ!?
ああ、一体どうしてこうなったんだろう。誰か助けて……
「……あれ?」
…って、襲ってこない?
だって今、確かに溜めに溜めまくった謎の力が凄まじい音を鳴らして、今度こそ私は消し飛ばされるのかと…
「――え、ちょっと何してるの!?」
返事はなかった。
ただ、さっきまで瀕死だったこの子の身体は、目の前で胸部から下が消し炭になっていく。
あれだけの力が暴発でもしたのか、どう見ても即死だった。
嘘……咲夜さんから頼まれてたのに、これじゃもう私じゃどうしようも…
「え……っ!?」
だけど次の瞬間、私の予想に反してその子は再生していた。
ほとんど元通りに……なのに、前からあった腹部の傷だけはそのままの状態で再生していた。
っていうか待って、この再生力ってもしかして、お嬢様と同じ吸血鬼……?
「ぅ、う゛あ゛あ゛あ゛…あ゛っ!?」
「っ……ちょっとごめんっ!!」
秘技、首筋手刀一閃!
完全に正気を失ってる以上、危険だし野放しにする訳にはいかない。
それにちょっと私にも冷静になる時間が必要だ、全然状況が掴めないし。
まぁ、本当に吸血鬼だとしたらこんなことで気絶はしないとは思うけど…
「ぅぁぁっ――――ああああああっ」
「やっぱり。って待っ――!?」
そして、今度ははっきりと見た。
失敗した訳でも暴発した訳でもない、筋繊維をブチブチと切るような音ともに無理矢理動いたこの子は、再び手を振り上げて自らの意思で消し飛んだ。
そして、再生し――また自分を攻撃していた。
「……何? どうなってるの、これ?」
何度も何度もその繰り返しを、私はただ茫然と見ていることしかできなかった。
恐らくは自殺、だけど不死者の自殺とはこんなにも痛々しいものなのかと心苦しくなった。
次第に再生速度は遅くなりながらも決して止まることなく。
時間が経つにつれて、どんどん苦しそうになっていって。
「ああもう、見てらんない!」
秘奥義、秘孔連打! 相手は死ぬ……いや、動けなくするだけなんだけどね。
これで気絶するか眠ってくれればいいんだけど、そう簡単には…
「ぅぅ、ぁあっ…」
あれっ、効いてる?
ちょっと隙ができればと思っただけで、まさか本当に動けなくなるとは思わなかった私。
よっぽど消耗してたのかな……っていうか、冗談じゃなく現在進行形で死にかけだものこの子!
えっと、こういう時はまず安静に、私のベッドで大丈夫かな、あとは急いでこぁを呼んで…
「……ぅぁ、ぁ……ぇさま」
「え?」
「ぃゃだ……なないで、」
だけど、さっきまでうめき声を上げていただけの子が、少しだけ言葉と思える何かを発した。
そして、その目から一筋の雫がこぼれると同時に、遂に気を失った。
「この子……」
……何だろう。理由はわからないけど、私はこの子を放っておけない。
理解の及ばない狂気に満ちたその目からさっき流れていたのは、きっと普通の涙で。
何かの病気や発作があるのかはわからない、だけど本当はこの子は普通の子供なんじゃないかと思った。
それに……よく見るとどこか似ていた。
髪色や狂ったような瞳は似ても似つかなかったけど、それでも顔立ちはどこかお嬢様の面影があって。
確証なんてない、それでも気付くと私は一人で誓っていた。
「大丈夫だよ。貴方のことは、私が命に代えても守ってあげるから――」
◆
そう、私は今度こそ守ると誓ったんだ。
咲夜さんの頼みだから?
それとも、お嬢様を守ると言いながら何もできなかった償いから?
多分そうじゃない。
この子はきっとお嬢様にとって大切な子なんだと、そして私にとっても大切な子になるんだと、根拠のないそれでも確信ともいえる直感があるからだ。
「この分からず屋が。ならば、力ずくでもついてきてもらうぞ!」
「やれるものならっ!!」
だから私は再び地を蹴った
この消耗しきった状態で九尾と戦う。それがどれほど愚かな行為かくらい、わかっているつもり。
だけど、私はもうどんな状況で誰が相手だったとしても負けられない。
ただ守るだけじゃない。この子が生きる道は――私が切り開く!
「華符――『彩光蓮華掌』!!」
さっきの一撃が効いてるのか動きにキレがない、多分この一瞬が勝負だ。
一度は否定された捨て身の業、それでもあの時とは違う。
戦うためじゃない、格上相手に勝つために。
この一撃に、私の全てを懸ける!
そして――直撃した。
「弾けろ」
「か、はっ……!?」
九尾の鳩尾に私の気を一気に収束、そして断末魔と……九尾が力なく地に落ちた音が響いた。
……だけど、私は以前に味わった苦汁を忘れるほど馬鹿ではない。
弱すぎる、ここまで手応えがないはずがない。
ならばこれも恐らくは幻術なのだろう、この隙にもこいつは何か企んでいるはずだ。
だから私は、周囲の気配に全神経を集中する。
何も気配は感じない、だけどきっと何か――
「――やはりかっ!!」
突如、空気が一変したような感覚とともに背後に現れた3つの気配……なるほど、3人がかりの不意打ちという訳か。
以前であれば光栄にも思えていたかもしれないが、今は卑劣にしか思うことはないな。
だから、私も容赦しない。
少なくとも、初撃で一人は仕留める!
「そこだっ!!」
「わたぶ゛っ!?」
振り向き様に、一番背の高い敵の顔面に正確に回し蹴りを入れた。
驚いている内の一人は見覚えがある。確か橙とかいう、この九尾の式神だ。
ならば当たったのは九尾に間違いな――
「え? ……って、わあああああ先生っ!?」
「へ?」
「……きゅう」
だけど、私が蹴り飛ばして気絶させたのは九尾ではなく。
少しだけ見覚えのあるようなないような、二本の角を生やした女性だった。