霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第89話 : 不可能よりも残酷な

 

 

 

 ……はい。そして前回けっこうカッコつけて終わったくせに、地下室前でアリスさんに見つかって一瞬で計画が狂ってしまった哀れなピエロが私です。

 そういえば地下室前に魔理沙さんいたんだったなー。そりゃアリスさんもいる確率高いですよね、なんでこっち来ちゃったかなー私。

 

「どうしてあんたたちがここにいるの? 地上での作業を頼んでたはずだけど」

「あー、それが実はパチュリー様が地上で気絶しちゃってまして……かなり疲れてると思うので、寝かせといてあげてもいいですか?」

「……そう。でも、そんな余裕はないから起こしてくれる?」

 

 ですよねー。こんな大変な状況で寝かせとくとか、普通に考えてあり得ないですもんね。

 今この瞬間にも咲夜さんや美鈴さんは死にかけてるかもしれないし、お嬢様の妹とかいうあの子もそろそろ限界だろうし、本当に一分一秒を争うような状態ですからね。

 ま、それでも今のパチュリー様に無理させる訳にはいかないんですけど。

 

「パチュリー様はもう限界です。無理矢理起こそうっていうのなら、たとえアリスさん相手でも容赦しませんよ」

「……なるほど。それなら、死ぬ覚悟はできてる訳ね」

「当然です」

 

 あーあ、言った。言っちゃいましたよ、私。

 私はアリスさんのことも大好きなので本当は戦いたくなんてありませんし、何よりパチュリー様が一目置く大魔法使いに勝てる未来なんて全く見えませんけど……でも、こんな脅しに屈する訳にはいかないですからね。

 さあ、来るならどんとこい!!

 

「はい、じゃあお願い」

「え?」

「パチュリーの代わりをするんでしょ? 私は他にやることあるから、あとの術式展開よろしく」

 

 よく見ると、巨大な魔方陣が二重に張り巡らされてるみたいですけど……何ですかこれ、天体魔法?

 っていうかうわっ、これパチュリー様の魔法の強化版ですよね!?

 

「ちょっ、どうしてアリスさんがこれを…」

「計画にどうしても必要なのよ。本当は地上でパチュリーにやってもらう予定だったんだけど、こういうイレギュラーがあった時の保険で私なりに途中まで組み立てといたの。時間ないから、5分であとの準備よろしく」

「いやいやいやいや、こんなの私には無理…」

「無理ならパチュリーを叩き起こしなさい」

 

 あー、そういう「死ぬ覚悟」ですか。

 確かに私程度のレベルじゃ、こんなの途中で魔力が空になって消滅しかねないですからね。

 つまりは死ぬ気でパチュリー様の代わりを務めるか、パチュリー様を起こすか選べと。

 

「……私が代わりにやれば、パチュリー様は休んでていい訳ですね」

「ええ。あんたが代わりにやれるなら、一旦パチュリーのことは計画から外しとくわ」

「わかりました。それなら、やれるだけやってみます」

「よろしくね。多分すぐ戻ると思うから」

 

 そうして背を向けて例の地下室に歩いていくアリスさん。

 私は一度、深く深呼吸した。

 そして決意を固めた目で集中し、その魔方陣を……とみせかけて逃げる一択ですけどね。

 

 日符『ロイヤルフレア』と月符『サイレントセレナ』を組み合わせたパチュリー様の高等魔術、日月符『ロイヤルダイアモンドリング』。

 元々が強力なパチュリー様の必殺技を更に掛け合わせたものな訳ですから、そんなの使い魔の私なんかには不可能な術式ってことくらいわかりますよ。

 だとすれば、どうせ私が失敗した後は結局パチュリー様の仕事になる訳じゃないですか。今の状態でこんな消耗激しいのやらせたら冗談抜きに死にますよ本当に。

 っていうか正直言うと私は、アリスさんの計画……というか、お嬢様の妹だとかいう子の救出なんてどうでもいいんですよね。

 確かに私はお嬢様のことは好きですけど、その妹なんてさっき初めて見たくらいで関わりなんてないし、それを助ける暇があるのなら危険な状態にある美鈴さんや咲夜さんを助ける方が先ですから。

 なので一見薄情にも見えますけど、私はこのまま別の部屋にこっそり避難を…

 

「……え?」

 

 でも、何かわからないけど突然辺りの空気が変わった気がして……同時に何かが激しく折れたような嫌な音がしたので振り返ると、アリスさんが倒れていました。

 腕が変な方向に曲がって、本当に何か…

 

「って、アリスさん!? どうしたんですか、大丈…」

 

 慌てて駆け寄ると、私はもう何も言えなくなってしまいました。

 袖の隙間から微かに見えるアリスさんの腕はどす黒く変色して、前に見た時とは見違えるほどに痩せ細り、簡単に折れてしまっていて。

 なのに血の一滴さえも出ていない状況は明らかに普通じゃありませんでした。

 

「あれ? 私……っ!?」

 

 アリスさんが気が付いて飛び起きると次の瞬間、その手に大きな本が現れて、同時にまた周囲の空気が変わったような感覚。

 あれは確かパチュリー様も気にしていた、以前は厳重に鎖で縛られていたはずの本。

 その鎖が外されていてこの状況があることからも、きっとそれが高度な禁呪の魔導書で、アリスさんのこの状態がその副作用だということはすぐにわかりました。

 

「ヤバ……小悪魔、私どのくらい寝てた…?」

「あ、あの、それは…」

「いいから、私が倒れてた時間。どのくらい?」

「えっと、だいたい5秒程度だと…」

「5秒……そう、ありがと」

 

 なのに、アリスさんは少しだけ険しい顔をしたかと思えば、次の瞬間には本当に何事もなかったように歩き始めて。

 どれだけ我慢してるんだろうか予想もつかないくらい、腕の骨折の痛みにさえ眉一つ動かさずに。

 多分もう痛覚とかもないんでしょうか、なのにどうして、どうして…っ

 

「どうして、そこまでするんですか!!」 

 

 わからない。

 私たちが命を懸けるのは当然ですけど、アリスさんはそんなことないはずなのに。

 まだ会って間もない私たちの問題のために、ましてや助けようとしてる吸血鬼になんて直接会ったこともないのに。

 

「何が?」

「そんなになるまで……だって、あんなのどうでもいいじゃないですか! お嬢様の妹だか何だか知りませんけど、どうしてアリスさんがそこまで一生懸命になる必要があるんですか!?」

「……んー。何をいきなり熱くなってるのかは知らないけど……まぁ、強いて言うならそうした方が面白そうだから、かしらね」

「なっ……面白そうって、こんな時にまでふざけないでください!!」

 

 どうしてこんな状態で悪ふざけができるんですかこの人は。

 珍しく私が真面目に聞いてるのに、ちょっとくらい空気読んでくださいよ!!

 

「ねぇ小悪魔、知ってる? レミリアの笑った顔って、普通のクソガキみたいなのよ」

「え……?」

「そう、憎たらしいほど普通。正直言うと、どんな下手くそで気持ち悪い笑い方するか期待してたのに、気が抜けるくらい本当に普通なのよ」

 

 ……お嬢様が、笑った?

 いやいやいや、それはパチュリー様が何十年も頑張ってきたのに、今までずっとできなかったことなんですよ!?

 

「だけどね。この計画が失敗すれば多分レミリアはもう二度と笑えない……心が壊れて、今までのレミリアさえ戻ってこないと思う。そしたらもう、パチュリーの願いが叶うことは一生ない。そんなの、つまらないでしょ」

 

 ……え? 確かにパチュリー様がお願いしたのかもしれないですけど。

 本当にそんな口約束のために、ここまでやってくれたっていうんですか…?

 

「でもまぁ、成功すれば今度はそんな普通のものを人生をかけて求め続けたパチュリーのアホ面っていう、それなりに面白いものが見られそう。理由なんて、それだけで十分じゃない?」

「……だけど、それで誰かが代わりに犠牲になったら意味ないじゃないですか。そのせいで代わりにパチュリー様が死んじゃったら、アリスさんが死んじゃったら、誰ももう心から喜ぶことなんてできないじゃないですか!」

 

 この計画がうまくいけばお嬢様に笑顔が戻るかもしれないのなら、確かに魅力的に見えるのかもしれません。

 だけど、それは本当に今必要なことなんでしょうか。

 危険な状態にある人も、死にそうな人まで巻き込んでいいほどの理由にはならないじゃないですか。

 

「別に、誰も死ななきゃいいだけの話じゃない」

「アリスさんだって、今の自分がどんな状態かくらいわかってるはずです! これ以上無理をしたら本当に……それに、あんな複雑な術式は私なんかにはできない。だけど今のパチュリー様の状態じゃ無理なんです、本当に死んじゃいますよ!」

「あーもう、ゴチャゴチャうるさいわね。時間ないから私はもう行くわよ」

「待ってください、話はまだ終わってません!!」

「……はぁ。なら、一つだけ言っとくわ」

 

 そしてアリスさんは、フラフラの足取りで私の額を小突いて、

 

「確かに私は適当だけどね。感情に引っ張られて不可能なことに無駄な時間を割くほど酔狂じゃないの。あんたに対してもね」

「え……?」

「ちょっとくらい、覚悟見せなさいよ」

 

 それだけ言って私を振り払い、アリスさんはまた歩いて行ってしまいました。

 ……私に対しても?

 もしかして、私なんかにあんな術式を完遂させられるとでも、本気で思ってるんですか?

 これは根性論でどうにかできるようなものじゃない、謙遜とか抜きにサポートが専門の私じゃ不可能なんです。

 こんな魔法、たとえパチュリー様でも全快の状態じゃないと…

 

「あ……」

 

 ……そういうこと、ですか。

 これがパチュリー様にしかできないと知ってて、もう叩き起こすしかないと知ってて。

 きっとアリスさんは、パチュリー様が起きれば死ぬまで頑張り続けちゃうことをわかってて言ってるんだ。

 でも、そんなの……

 

「……あのっ、もしも――」

「それでも逃げたいっていうのなら、私はもう止めないわ。ただ、今この瞬間に命を懸けてるのがあんたたちだけだと思わないことね」

 

 振り向かず、そして問いかけさせないまま、アリスさんは小部屋に入ってしまいました。

 本当は逃げ出したい私の心さえ見透かすかのように。

 もし逃げたらどうなるかも、失敗したらどうなるのかも、何も教えてくれないまま。

 

「……情けないな、私」

 

 私のやるべきことは、わかってる。

 アリスさんの想定しているだろう私の仕事は多分、術式展開中のパチュリー様が死なないように回復し続けること。

 でも、それは言うほど容易なことじゃないんです。

 言ってしまえば、毒薬を飲んでいる人を服毒中に解毒し続けるようなものですからね。

 成功する可能性なんてほぼ皆無だけど、他に方法はない。

 このまま私が逃げればパチュリー様は助かるけど、皆さんの頑張りが全部無駄になって、もう二度と紅魔館に笑顔は戻らない。

 逃げなければハッピーエンドも見られるかもしれないけど、私の目の前で高確率でパチュリー様が死ぬ、そういう賭け。

 覚悟っていうのは何も、私の命を懸ける覚悟だけじゃない。

 自分の実力に自分の命を懸けることなんて、その気になれば簡単なんでしょう。

 だけど、今の私には自分の命を懸けることさえ許してもらえない。

 未熟な自分の実力に、大切な人の命を……パチュリー様の命を懸ける覚悟を決めろと、そう言われてるんだ。

 こんな残酷な選択をする日が来るなんて思ってもみなかったけど、もう他に選択肢も時間もない。

 ここで私が逃げたら、全部が無駄になっちゃうから。

 

 

「だったら、私の選択は……」

 

 

 

 

 

 


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