霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第80話 : 最悪の結末

 

 

 

 

 一歩前に踏み出した私を、咲夜は怪訝な目で見ていた。

 それはそうだ。まだ咲夜にすら届かない私があんな化物を倒すとか、普通は恐怖で気が狂ったとでも思われるだろうしね。

 

「咲夜にはまだ伝えてないけどね、私には切り札があるの」

「切り札?」

「ええ。成功すればどんな奴でも一撃で消滅させられるはずよ」

 

 でも、咲夜は私の本当の力を詳しくは知らないのだ。

 たとえ相手がどれだけ化物じみていようと、それを超えるほど化物じみた力があればいい。

 私の中には――風見幽香すらも退けた、究極の力が眠っているのだから。

 うまく説明して咲夜の協力さえ得られれば、きっとなんとかできるはずだ。

 

「そう。で、私は何をすればいいの?」

「え?」

 

 と思っていろいろ説得の策を考えてたけど、咲夜は即答だった。

 

「……ちょっとくらい、疑わないの?」

「逆に聞くけど、この状況で霊夢に冗談や虚勢をはる余裕があるの?」

「それは……そうね」

「それにね、さっきの霊夢が内包してた力の量はお嬢様以上だったわ。霊夢が何か隠してた証拠は、それだけで十分よ」

 

 ……あー、なるほど。つまりは邪神の力が咲夜センサーに反応してしまったと。

 さっき咲夜が倒れたのはそういうことだったのね、やっと理解したわ。

 

 この前、咲夜に興味本位で聞いたことがある。

 咲夜がレミリアと一緒に時間停止の中を動けば無敵なんじゃないかと思ったけど、それはできないらしい。

 咲夜と一緒に停止時間の中を動いた者がいた場合、その内包するエネルギーの分、咲夜に強い負荷がかかるという。

 要するに止まった時間の中でレミリアを動かすということは、吸血鬼の魔力の全てが咲夜へ襲い掛かり、あっという間に限界になってしまうのだとか。

 

 そして、前に止まった時間の中で私を動かしてもらった時は大して咲夜の負担にはなっていなかったことから、普段あの力は私の力としてカウントされていないのだろうことがわかる。

 なのに今回は、あの悪魔の狂気にあてられて力を表出させる準備段階の分だけで咲夜の力を根こそぎ奪っていたという。

 つまりは、私の中にあるエネルギー量はほんの一端だけでもあのレミリアを超えるレベルということなのだろう。

 ……何それ怖い。閻魔様から聞いてはいたけど、ちょっとシャレになんないわよね。

 だけど、要するに私がこれを完全に使いこなせればあの悪魔だって倒せる可能性があると、そう予測するには十分だ。

 

「じゃあ、お願い咲夜。その切り札をコントロールするには少し集中しなきゃいけないの。だから、30秒だけ時間を稼いで」

 

 咲夜の返事を待たず、私は静かに自分の心を研ぎ澄ました。

 暴走させずにあの力を制御して使うためには、私の感情を完全にコントロールする必要がある。

 だから、私はこの瞬間に心の奥底から湧き出している自分の気持ちを全て理解したうえで循環させる。

 あの悪魔から逃げ出したいという、本能から湧き上がってくる恐怖。

 それでも、咲夜をあの悪魔から守りたいという願い。

 そして、この幻想郷を背負い、異変を解決するんだという決意。

 それらを強く、強く巡らせていく。

 

「30秒ね、そのくらい余裕よ。まぁ、頑張ってるのはお嬢様な訳だし私が何をできるわけでもないけど」

「……集中途切れるから、そういうことは思ってても言わないで」

 

 冗談交じりに言いながらも、咲夜はさりげなく私へと逸れる攻撃を受け流してくれている。

 軽口たたいたおかげか私の気持ちもなんとなく落ち着いてきたし、その辺は咲夜の計算なのかしらね。

 魔理沙といい咲夜といい、どうしてこう私の周りの子供は気遣いのスペックが高いのだろうか。私の周りの大人、特に母さんや紫には是非とも見習ってもらいたいものである。

 

「咲夜。私が合図したら、レミリアを連れてここから離れて」

 

 あの悪魔の狂気に引きずり出されているのだろうか、今はあの力が簡単に湧いてくるのを感じられた。

 咲夜は私を守るかのように静かに気を張り巡らせている。

 こちらを振り返りはしない、だけど咲夜は肩で息をしながら、その身体は微かに震えていた。

 この至近距離だ、私が使おうとしているものの危険性も肌で感じ取っているのだろう。

 だからこそ決定的な一打になると、咲夜も確信してくれている。

 あとの問題は、あの悪魔以外に攻撃を当てないよう私がコントロールできるかだ。

 

「……落ち着いて、落ち着くのよ」

 

 私は今この瞬間、かつてないほど緊張していた。

 だって、これは私にとっても人生の岐路になることだろうから。

 

 美鈴に向けて放った時とは違う。

 本当に自分の意思で相手を消滅させるつもりで放つのは、これで二度目だ。

 一度目は閻魔様が止めてくれた、だけど今回はそうはいかない。

 きっと次の瞬間、これが成功すれば私は初めて自分の意思で誰かを殺めることになるんだろう。

 それが怖くないと言えば嘘になる。けど、やらなきゃいけないんだ。

 紅魔館の奥深くにいたという禁忌の吸血鬼、恐らくはレミリアでも倒しきれずに封印していた危険な存在。

 あいつはどう見ても危険すぎる。ここで消滅させなきゃ紅魔館にいる全員が皆殺しに……いや、幻想郷の平和そのものが脅かされかねないから。

 

「……いくわよ、咲夜」

 

 私は覚悟を決めた。

 そして、目の前の一切を灰燼に帰す力が私の奥底から湧き出てくる。

 

「今よ!!」

 

「――――」

 

 その瞬間、私の視界から咲夜とレミリアが消えた。

 悪魔が私に気付いて地を蹴る。

 私の直線上にいるのはただ一人、あの悪魔だけだ。

 ドンピシャ、最高の位置関係! これならきっと――――

 

 

「――――ダメっ!!」

 

 

 同時に辺りは真っ白な光に包まれる。

 放たれた私の力は、目の前にある全てを問答無用に飲み込んでいく。

 辺りには何も残らず、あの悪魔は消滅したと――そう、私は確信していた。

 

「……え?」

 

 だけど、悪魔は無事だった。

 私が方向を誤った訳じゃない。ただ、悪魔は何かに突き飛ばされたかのように視界の端へと移動していて。

 代わりに、咲夜が連れていたはずのレミリアの姿だけが、世界から忽然と消えていた。

 

「お嬢、様……?」

 

 何が起きたかも、理解できない。

 いや、本当はわかっているのだ。

 この場から消えたのは……あの力に飲み込まれてしまったのは、一人だけ。

 

「ぁ……? ……ぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 その事実を受け入れられないまま、発狂したようなその叫びだけが私の耳に響いていた。

 

 だけど、それは動けずいる私ではなく。

 呆然と膝から崩れ落ちた咲夜でもなく。

 ただ、その悪魔から。狂気ではなく、確かな憎しみという形でもって私へと向けられていた。

 

 

 

 


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