霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第8話 : 今日も元気だ特訓だ

 

 

 はい、突然ですがここで問題です。

 私は今、逆さ吊りにされています。

 真下には焚火があって、後頭部には重りが付けられています。

 さて、私は今何をしているのでしょうか。

 

 正解は、腹筋と背筋の修業でしたー。

 え? 不登校になったあの金髪はどうしたかって? だから、私は別に興味がないと何度も言ったはずよ。

 ってかそんなこと言ってる場合じゃないホントにこれ熱い、ってか死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 ただ逆さに吊るされただけの楽な姿勢だと、真下にある焚火でめっちゃ熱い上に髪が焼ける。

 だから、腹筋と背筋を交互に酷使してしゃちほこのような体勢でひたすら火の熱を避け続けるというアホみたいな修業である。

 

 紫は、外の世界と幻想郷を勝手に行き来することのできる唯一の妖怪で、気まぐれに外の世界の知識を取り入れてくる。

 芸人って人たちのネタや物語のセリフなど、紫が持ってきた知識を面白いと言って母さんも昔から時々使ってたらしい。

 かく言う私も、時々そのせいで言動がおかしくなってしまうことがある。

 基本的に私が口に出すことはないが、一度クラスで何かのネタをうっかり漏らしてしまった時は、それが一カ月くらいブームになって本気で頭を抱えたものだ。

 さて、なぜ突然こんな話をしたかというと、この修業も実は外の世界にある漫画とかいう娯楽本に書いてあったもので、それを読んだ紫が面白そうだからと私で試したものであるからだ。

 霊力の修業はそれはそれで別にあるけど、それを支える体の修業メニューは、だいたいこんな感じに紫の気まぐれで行われる。

 紫が幻想郷のどこかに投げた石を重い亀の甲羅を背負いながら拾ってこれるまで断食する修業とか、空を飛ぶの禁止で崖に突き落とされて生き残る修業とか、もう意味がわからない。

 だが、それでも必ず何かしら効果のある修業だけをチョイスしてくるので、文句が言えないからたちが悪い。

 そんな修業に四苦八苦している私を見ながら笑っている紫を見ていると、本気で殺意が湧いてくる。

 

「はーい30分よ。 お疲れさま~」

 

 そして、「はーい」って言う前に足に括り付けたロープが切断される。

 自分の体内時計で30分を計りながら紫の言葉に耳を傾けていないと、そのまま焚火の中に真っ逆さまというドSっぷりだ。

 だけど、1年も経つとそれはだんだん慣れてくる。

 むしろ最近は私の腹筋とかが硬くなってきたことの方が辛い。

 こんな子供の時からマッチョになるのとか絶対に嫌よ。

 私は母さんとは違って、もっとスラっと身長が高くてボンキュッボンでナイスバディな大人になる予定なのよ。

 そこ、発想がオヤジ臭いとか言うな。

 

「さーて、最後は実戦訓練ね」

 

 そして、こんなアホな修業は昼間にやってるかと思いきや、実はもう深夜なのだ。

 さっきの修業の休憩はなしで、一日の最後を締めくくる1対1の真剣勝負。

 さて、今日の組手相手は母さんか藍か紫か。

 紫は……やだなぁ。

 だって、ホント容赦ない上に性格悪いんだもの。

 母さんは少しくらいは優しく手ほどきを加えながらやってくれるし、藍は一思いにボコボコにしてくれる。

 でも紫は私が気絶するギリギリのところで寸止めしてそれを永延と繰り返すから、本当にやめてほしい。

 あと、大穴で嬉しいのは……

 

「じゃあ……そろそろ経過を見たいと思うし、今日は久々に橙にやってもらいましょうか」

「は、はい紫様!!」

 

 ちぇええええん!! きたああああっ!!

 橙(ちぇん)というのは、藍の式神の化け猫だ。

 二尾の妖獣で低級妖怪と思われがちだが、流石は藍の式神ってだけあって、この前は六尾の妖獣を仕留めてた。

 あの時ばかりは、尻尾の数が格を決めるって話はあんまりあてにならないねってのを痛感したわ。

 ま、主である藍からの霊力供給が強力すぎるってのもあるんだけどね。

 確か初めて勝負した時は、二尾と思って軽い気持ちでやったら話にならないくらいボロ負けしたのよねぇ。

 

「じゃ、よろしくね橙」

「うんっ! 今日も本気で行くよ、霊夢!」

 

 そんな強敵との実戦がなぜこんなに嬉しいかと言うと、この4人の中ではまだ一番勝てそうってのもあるけど、橙は割と私の実力のバロメーター的な存在となっているからだ。

 紫や藍は言うまでもなく強いけど、意外なことに母さんがメチャクチャ強い。

 私の最初の勝手な予想だと、普通に戦ったら多分紫が一番強くて藍がいて、母さんはだいぶ劣るんだろうなーって思ってた。

 だけど母さんが紫と組手をしているのを見た時は、互角どころか体術においては多分藍や紫以上で、本当に母さんは人間なのかと疑ったものだ。

 今までの私との勝負は全然本気じゃなかったんだなーと、私は自分の未熟さを改めて痛感した。

 そんな母さんや藍や紫が相手の勝負ではひたすら手加減され続けてるので、手加減の程度が変わったとしても結局はただのボロ負けであり、私自身は成長を実感できない。

 だけど、あまり手加減をしてこない橙にどれだけ食らいついていけるかというのは、私自身も成長を実感できる成果なのだ。

 つまり、橙と私が戦うことになる時は、私が何らかの成長を経ているという判断を紫がしたということなのである。

 ま、これだけ死ぬような特訓を続けておいて成長を実感できないってんじゃやってられないしね。

 さーて、今日こそは勝つぞー。

 張り切って私と橙が構えると、紫がそのまま合図をする。

 

「じゃあ、2人とも準備はいい? レディ……ゴー!」

 

 すると、ドウンって感じの轟音と同時に橙の立っていた場所の地面が大きくえぐれた。

 加速をつけるために地面を蹴っただけなんだろうけど……力強いよねぇ~。

 チーターなんかよりよっぽど速いね、うん。

 これを目の前で見ると、人間が妖怪に敵わないと言われる理由が一瞬で理解できる。

 人間の格闘家なんかが10人くらい集まったところで、その鋭い爪で数秒のうちに全員が首を切り落とされて終わってしまうだろう。

 

 だけど私は、そんなことを冷静に分析できるくらいにはその速度に慣れていた。

 最近の私は、修業の一環として妖怪の山にいる天狗の飛行を目で追ったりもしている。

 ちなみに、天狗というのは本当に速い奴だと音速を軽く超えてくる化け物みたいな種族だ。

 その成果もあって、私は橙のスピードくらいなら割とはっきり見えるようになっていた。

 まぁ、見えるのとそれに合わせて動けるのはまったく別なんだけどね。

 私も本気で応戦しないと、本当に一瞬で死にかねない。

 

 『封魔陣』!

 

 私は心の中で技名を叫びながら、上空に飛び上がった。

 最近は割と慣れてきたけど、戦いの最中に技の名前叫ぶのってやっぱりけっこう恥ずかしいのよね。

 こういう代々受け継がれた技の名前とかだとまだ何とかなるけど、自分が命名した技名を最初に口に出すときはけっこう勇気がいる。

 私以外は普通に技名叫ぶのに慣れてるのでいちいち照れる私が異端みたいな風潮になってるが、あえて言おう。 私は悪くない。

 

 とかバカなこと考えてる間にも、戦況は進んでいく。

 手に持ったお札の束に霊力を込めて放っていくけど、移動術はまだ筋力だけで行っているせいで橙と比べると私の速度は明らかに遅い。

 なぜ移動に霊力をつぎ込まないかというと、お札と自分の両方に同時に霊力を使うのは、実戦ではまだ許可されていないからだ。

 あの一件以来、例の邪神の力とやらは暴走していないが、それでも暴走したらシャレにならない被害が出かねないことは身に染みてわかっているので、私がある程度の実力を身に付けるまでは無茶な霊力の使い方をしないよう、紫も慎重になっているようだ。

 ま、霊力のこと以外は無理難題を平気で押し付けてくるんだけどね。

 

「そんなんじゃダメダメ、どこ狙ってるの!」

「っ!!」

 

 橙は私の放った多くの札の隙を一瞬で察知して、私に叱咤しながら近づいてくる。

 そのまま、私の前に配置した防御の要となっている一枚の札を切り裂いて跳び上がってきた。

 

「反応が甘いっ!!」

 

 そして……うおおおおおっ!? 死ぬかと思った、本当に死ぬかと思った!

 私の首擦れ擦れのところで、橙の爪が空を切る。

 とっさに私が身体を逸らしていなければ頭と胴がサヨナラしていた気もするが、恐ろしいので考えないことにする。

 橙はけっこう本気で私を殺しにかかってくる。

 本当に危なかったら流石に紫が止めるとは思うけど、下手をすれば死ぬ。

 驚いている私に向かって、橙は追い打ちをかけるように振り返って飛びかかろうとするが……

 

「って、わわっ!?」

「よしっ!!」

 

 橙が手足をじたばたさせながら空中に留まっている。

 ……成功した? 

 ……成功、したんだよね!

 ふっふっふ、この私が何の秘策も無しにそんな危ない橋を渡ると思うてかっ!!

 とか余裕の表情を浮かべながら橙にドヤ顔を向ける私だったけど、ギリギリの作戦すぎて背中が冷や汗でびっしょりと濡れていた。

 この封魔陣という技は代々博麗の巫女に伝えられている術の一つで、霊力を流し込んだ札を結界のように配置することで、それにかかった者の動きを封じることができる。

 今回私は、橙の私への道筋が一本道になるようにわざと隙を配置して、本命である私の後方の結界に橙を誘導したのだ。

 ま、橙が私に手ほどきをするかのように油断をしてなければ、成功してたか怪しいんだけどね。

 橙は必死にもがくけど、妖怪用に練られた結界に完璧にはまってしまえば脱出は困難を極める。

 やがて、動けない橙に向かって紫が声をかけた。

 

「はい、そこまで。 今回は霊夢の勝ちね」

「ええっ!? そんなぁ……」

 

 きたああああああっ! 初・勝・利!!

 苦節1年、何度も何度も死ぬ思いを続けてきた。

 報われず、挫折を繰り返しながらもそれでも私は諦めなかった。

 そして今日、遂にその努力が実ったのだ!

 私の1年間は無駄なんかじゃなかった。 私はもっと修業したい、私はもっと修業していいんだ!

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「……ありがとう」

 

 そんな私に、紫が拍手をしながら祝福の声をかけてくれる。

 どこからともなく現れた母さんも、同じように私に拍手をしてくる。

 珍しく紫からねぎらいの言葉をかけられたことは素直に嬉しかったが、私がお礼を言った途端に何か成功したと言わんばかりにノリノリで母さんとハイタッチしてるところを見ると、これもまた紫の仕入れた新たなネタなのだろうことがわかる。

 くそっ、私がせっかく念願の初勝利を決めたというのに、こいつら全く別のところで楽しんでやがる。

 だけど、今大事なのはそこじゃない。

 うやむやにされる前に、確認しておかなきゃいけないことがあるのだ。

 

「……それで紫。 約束、ちゃんと守ってよね」

「ま、霊夢も1年間頑張ったからね。 少しくらいいいでしょう」

 

 ぃいいやっほぉぉぉう!

 遂に私に修業をしなくてもいい日がやってくる。

 私が4人の内の誰かに一度でも勝ったら、休みをもらえる約束になっていたのだ。

 まぁ、橙の場合は3日間だけだけどね。

 さて、何をしようかなぁ。

 何でもいいんだ!

 どんなことでもできるぞぉ!!

 例えば日向ぼっことか、昼寝とか、えっと、えっと……

 

 ……ダメだ、何も思いつかん。

 

 





 8話以外にも他作品のネタがちょいちょい入ってきてますが、だいたい紫のせいです(笑)
 いちいちタグ付とかするとキリがないので、軽く流していただけると幸いです。


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