霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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 だいぶ遅くなりましたが、再開します。この先の展開もある程度書いてはいたんですが、文字化してみたら正直あんまり面白くなかったのでやり直してました。




第9章:紅魔郷④ ―禁忌―
第79話 : 圧倒的ピンチ


 

 

 

 

 一目でわかった。

 甲高い声を発しながら空高く浮かんでいるあれは、何かよくないものだと。

 本気の美鈴や咲夜の前にも立ったし、レミリアと戦う覚悟もできているはずだった。

 なのに、今はそんな覚悟さえも吹き飛んでいた。

 だってあれは多分、強大な力を持っているとか、そういった類の存在じゃない。ただ人知の及び得ない域にまで達した、純粋な「狂気」の塊なのだ。

 故に、それは必然だった。

 

「あははっ――」

 

 その悪魔は、即座に私を見つけた。

 狂気と最も近い存在に、引きつけられているのだろう。

 私の中にある邪神の力、それと共鳴するかのように―――

 

「……とか、冷静に分析してる場合かあああっ!?」

 

 硬直していた私の身体は、その寸前でやっと動いてくれた。

 寸前って、何の寸前かって? 私の身体があそこにあった大岩みたいに木端微塵になる、ギリギリのラインってことね。

 そして同時に、弾丸のようなスピードで大岩に衝突して、高い所から投げつけたトマトのように自分の身体をクシャっと血飛沫に変えたその悪魔みたいに。

 

「うわっ……ぇ?」

 

 そう。そいつは1秒前に原形も留めないほどグロテスクに弾け飛んで、私の目の前で確かに「死んだ」はずなのに。

 次に私が目を向けた瞬間には既に全身を再生させて、その狂気に満たされた目で私を見ていた。

 

「ぅぁぁ、あはっ」

 

 そいつは私を見つけると、笑っていた。

 悪魔が魔力を解放すると同時に視界が歪んでく。灼熱が空気そのものを焼き尽くし、呼吸すらも阻害していく。

 その光景は、意味のある言葉を発せずとも私の脳裏に確実な行動だけを促した。

 

 逃げろと。

 こいつから逃げることは、恥でも何でもない。

 話し合いなど通じるはずがない、ほんの少しでも躊躇すればその瞬間に死ぬと。

 

「い、嫌ああああああああっ!?」

 

 私はそいつに背を向けて、一目散に駆け出した。

何も考えずただ全力で遠くへ、遠くへ逃げようとしたはずなのに――

 

「あはははっ!!」

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 身体能力が違うとかいうレベルじゃない、方向を変えようとか思う間もなく灼熱の鎌が目の前に迫っている。

 ……いや、何これ。いきなり理不尽過ぎて、流石の私もご立腹気味よ?

 これで何度目になるかわからない私の走馬灯、それでも今回ばかりは本当に時が止まっているかのようなレベルの……

 

「とりあえず、状況を説明してくれないかしら?」

「ぁ……」

 

 でも、走馬灯じゃなかった。

 途中まで走馬灯だけど! 走馬灯じゃなかった!

 本当にあの悪魔は止まっていて、代わりに私を抱えて走る見覚えのある姿があった。

 

「さ……咲夜、咲夜あああああっ!!」

 

 私は鼻水とかで顔とかいろいろべしょべしょにしながら咲夜に飛びついていた。

 よかった、本当に死ぬかと思った、ってか咲夜来なかったら冗談抜きに私死んでたわよ!?

 

「うわっ、霊夢、あんまり鬱陶しいとこのまま置いていくっ……!?」

 

 でも、突然私は咲夜から放り投げられた。

 同時に世界の時間が元に戻り、鎌を空振った悪魔の目は再び私に向いている。

 

「えちょっ、冗談やめてよ咲夜、見捨てないで!」

「はっ、はっ……」

「え……咲夜!?」

 

 だけど、咲夜は私を見捨てた訳じゃなかった。

 その場で倒れた咲夜は全身が汗だくで呼吸も定まらず、目の焦点も合っていない。その消耗は誰の目から見ても尋常じゃないレベルのものだった。

 なのに悪魔は、そんなことすらお構いなしに、躊躇なく私たちへ向かって地を蹴っている。

 

「っ――!!」

 

 私の行動はもう、反射的だった。

 助けてくれた咲夜を放って逃げるなんてあり得ない。戦うしかない状況で私が迷わず選んだのは最後の切り札。

 手加減? 方向の調整? いやいや、そんなのやってられるか!

 ぶっ放す方向的に紅魔館が一部消滅するかもだけど……その時はごめんね、誰もいないことを祈ってるわ。

 

 

「――伏せなさい」

 

 

 だけど、既に覚悟を決めていた私の身体はその声を聞いた瞬間、考えるより先に本能が反応していた。

 悪魔の殺気ではない。静かで、心の底まで冷やすような声は、有無を言わさず私の身体をひれ伏させる。

 

「紅符『スカーレットシュート』」

 

 次の瞬間、悪魔の背後から超速で飛んできた紅の光がその身体を正確に弾き飛ばしていた。

 ここでまさかの増援とは。正直、なんというご都合主義と言わざるを得ない奇跡の連続だ。

 だけど同時に感じたのは、私なんかが測れるレベルじゃない次元の違う力の波動。

 

「咲夜を連れてここを離れなさい。一秒でも早く」

 

 その声に導かれるまま顔を上げると、そこにあった視線からはあの悪魔のものとはまた違った恐怖を感じられた。

 

 幼い子供のような容姿とはあまりに不釣り合いなほど暗く、底知れぬ闇に閉ざされた無機質な視線。

 これがきっと、吸血鬼レミリア・スカーレット。私が挑もうとしていたこの異変の黒幕なのだろう。

 私は一瞬で理解した。

 勝てる訳がない。

 私はこんな相手を倒そうなどと思い上がっていたのかと、自分がひどく愚かに思えるほどの覇気でもって君臨していた。

 

「でも…」

「早く!!」

 

 次の瞬間には、もうレミリアはいない。代わりに背後から爆音だけが響いてきた。

 振り返ると、再び蘇った悪魔にレミリアは素手で掴みかかっていた。レミリアの身に纏った魔力は左手一本に乗せられ、躊躇なくそいつを貫き組み伏せていく。

 満月の夜だったら紫より強いという阿求の評価が、誇張なんかじゃなかったことが一目でわかる。

 瞬発力も破壊力も、私が今まで見た中でこれ以上はないってくらい次元の違う身体能力。

 悪魔はあっという間に追い詰められていく。

 

「ぅぅぅ、あはっ、あははははっ!!」

 

 だけど、悪魔は未だ変わらず笑っていた。

 冷静に考えたらわかったけど、相手は恐らくはあのガイドブックにあった危険度SSの禁忌の吸血鬼とやらなのだろう、だとしたら満月の恩恵は同じ条件だし身体能力もレミリアと大差ないか。

 だけど戦闘センスはレミリアが圧倒的、レミリアは一回としてまともに反撃をくらっていない。

 そう、一見レミリアが押しているように見える……なのに、苦しそうなのはレミリアの方だ。

 

「大人しく……しなさいっ!!」

 

 一番厄介なのは、あの悪魔の再生速度だと思う。

 動けないよう磔にされた悪魔の両脚は、それでも瞬きをした次の瞬間には再び再生されている。

 いくら満月の吸血鬼とはいえ、それはあまりに異常だった。

 しかも、その悪魔はレミリアへ攻撃している訳ではない、まるで遊んでいるかのような余裕が見られる。

 一方でレミリアは私たちへと攻撃が逸れないよう一人で守りながら戦い続けているのだ、いくら満月の魔力を受けられるとはいえ消耗は尋常じゃないだろう。

 消耗していくレミリアと一向に衰える気配の見えない悪魔、このままでは戦況は一気に傾きかねない。

 

「霊夢。貴方は逃げなさい」

「……え?」

 

 すると、私の後ろで既に咲夜が立ち上がっていた。

 その能力を使って時間を早回しでもしたのだろうか、咲夜の疲れは既に回復している。

 

「あんたはどうするのよ」

「さあね。でも、言ったでしょう? 私は何があってもお嬢様の味方だと」

 

 咲夜は再び臨戦体勢に入っていた。

 私が泣き叫びながら逃げていたあの悪魔を前にしてなお、決して背を向けなかった。

 

 それを見て、私はやっと咲夜から言われていた「咲夜と私の差」がわかった気がした。

 私なんかとは、覚悟の大きさが全然違うのだ。

 譲れない目的のため、レミリアのためなら命を捨てるような選択さえも全く躊躇わないほど魂にまで深く刻み込まれた信念。

 咲夜と対等になれたと勝手に思い始めていた自分が、恥ずかしくなった。

 

「……あんたじゃ、無理よ」

「そんなこと関係ないわ。霊夢の方こそ、ここから先のことには無関係よ。だから早く…」

「何を勘違いしてんのよ。あんたで無理でも、私ならあいつを倒せるって言ってんのよ」

 

 ……だけど、そんな情けない私のままじゃ終われない。

 私は決意を固めて、咲夜に向き合った。

 

 

 

 


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