霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今回は霊夢視点です。



第78話 : ま た お 前 か

 

 

 

 静かだった。

 随分と長い廊下なのに、何も見かけることはなかった。

 最初に来た時にはメイド妖精とかの姿がちらほら見られたのに、今は全く誰もいない。

 ただまっすぐ、まっすぐに道が続いているだけ。

 

「……何か、嫌な予感がするわね」

 

 それはただの直感だけど、最近の私の勘はだいたい当たるのだ。

 紅魔館の空気が、何かおかしい。

 何が、というのがわからないから対策なんて立てらんないけど、それでも強い警戒だけは解かずに飛んでいく。

 やがて私は二階奥の部屋の前に辿り着いた。

 いかにもって感じの大きな扉だ。

 私はそっと、扉に手を触れた。

 

 ――いる。

 

 その一瞬で十分なほどに伝わってきた。

 荒々しい力の波動じゃない、想像以上に静かに研ぎ澄まされた覇気を感じる。

 だけど私が感じている感情は、予想していたものとは全く違った。

 次元の違う力に恐怖してる訳でも、吸血鬼の強大な気迫に怯んでる訳でもない。

 ただ、もっと得体の知れない何かに引きずり込まれるような、そんな感覚が私を襲っていた。

 

「……ビビってんじゃないわよ、やっとここまで来たのよ」

 

 でも、ここまで来て逃げる訳にはいかない。

 私は覚悟を決めて、その扉を強く開け放った。

 

「邪魔するわ! 私は博麗の…」

「じゃじゃーん! アリスちゃんでしたー」

 

 ……はい。

 ごめん。さっきまでの全部なかったことにして。

 静かに研ぎ澄まされた覇気とか何恥ずかしいこと言ってんだ私。

 でも確かに得体の知れない何かに引きずり込まれたよ、そこだけピンポイントで当たったよ!

 

「……何してんのよ、あんた」

「私もレミリア待ちよ。暇だったしティータイムしてるだけね」

 

 アリスは図々しくも椅子に腰をかけながら優雅に紅茶を飲んでいた。

 レミリア待ちとか何その馴れ馴れしさ、こいつはいつの間にレミリアと仲良くなったんだろうか。

 でもまぁ、ここがレミリアの部屋だというのならちょうどいいわ、私もここでレミリアを待って……

 

「ほら、霊夢も座ったら? 紅茶のおかわりもあるし」

「……アリス。レミリアはどこ?」

「もう、焦らないで。見て霊夢、月が綺麗よ」

「とぼけないで! 生憎、私にはあんたとラブコメするような趣味はないわ」

 

 違う、何かが違う。

 確かにこいつはおちゃらけキャラだったし、敵陣の中心で勝手にティータイムに入ってても別に驚かない。

 だけど、アリスは別に馬鹿でも鈍い奴でもない、むしろ本質的な鋭さは紫と比べてなお劣らないと思う。

 だからおかしいのよ、今のアリスは……

 

「答えなさい。あの月は何なの? どう見ても普通じゃないでしょ」

「それな」

 

 ……やっぱり、アリスは気付いている。

 っていうか、気付かない方がおかしいのだ。

 そもそも今日は満月ではない、半月だったはず。

 咲夜が時間の調節を間違えて1週間近くも経ってしまったというのも考えにくい。

 そんなに長い間帰ってこなかったら、紫たちが不審に思ってもおかしくはないはずだ。

 そして極めつけは、ここから見える月の異常なほどの巨大さ。

 普段と比べても直径で5倍はあるように見える、普通そんなことはあり得ない。

 しかもアレは本当に月の……いえ、普段の月より遥かに大きな魔力を感じるわ。

 こんなの、妖怪にとっては過剰すぎる魔力供給よね。

 ましてや月の魔力の影響を最も受けやすい種族の一つである吸血鬼なんかにとっては……

 

「それだけじゃないわ。さっきまで、レミリアはここにいたんでしょ」

「そうよ。だから言ったじゃない、レミリアを待ってるって」

「どこに行ったかも、本当は知ってるんでしょ?」

 

 アリスは答えない。

 でも、答えなくても窓から少し見えるテラスの惨状が物語っていた。

 切り割かれて朽ち果てた館の残骸は、そこで暴れていた者の獰猛さと強大すぎる力を如実に物語っていた。

 そして……

 

「あんた、よくのん気にお茶なんてしてられるわね」

「あら、レミリアの紅茶って意外とおいしいのよ? 霊夢も飲んでみたら?」

「結構よ。あんた鏡見てみなさいよ、今のあんたの隣に座っててそんなのが喉を通る訳ないでしょ」

 

 部屋に入った時は正面から見てたから見えなかったけど、微かに血の匂いがした。

 近づいて見てみると、アリスの背中は真っ赤に染まっている。

 それは骨にまで傷跡が達しているような、人間だったら致命傷になりかねないほど酷い有様だった。

 

「……大丈夫なの、あんた?」

「平気よ平気。私は霊夢と違って、妖怪で魔法使いで人形使いで容姿端麗才気煥発天衣無縫の…」

「そんだけ喋れるなら大丈夫そうね」

 

 ……まぁ、アリスが大丈夫って言ってるなら、多分大丈夫なのよね。

 割と余裕そうに自分に治癒魔法を使いつつ人形に背中の縫合をさせながら紅茶を飲んでるから、別に傷の手当とかも考えなくてもよさそうだ。

 ま、治療とかそういう繊細な技が必要な時点で私にできることなんて何もないけど。

 

「その傷は、レミリアに?」

「そうね。一応パチュリーに協力を頼まれたから足止めしてたんだけど、やっぱり満月の吸血鬼は半端じゃないわね」

「満月ってレベルじゃないでしょ、アレ。一体何なのよ本当に」

「……さあね。どこかの誰かさんが、レミリアに味方でもしてるんじゃないの?」

 

 ……それは本当に、微かな感情の変化だと思う。

 それでも確かに、私はアリスの心からの苛立ちというのを始めて感じたと思う。

 アリスの話では、いつの間にか満月になっている謎の状況をつくった誰かがいるかもしれないという。

 でも、レミリアの味方って言っても、咲夜の能力でもあんなこと無理でしょ。

 ってことは咲夜以上の、紫クラスかそれ以上の誰かがいるってこと?

 あり得るとすれば……例の、危険度SSの禁忌の吸血鬼とやらかしら。

 やめてよー、お願いだからこれ以上難易度上げないでー。

 

「それで、結局レミリアはどこに行ったのよ」

「さあね。でも、多分もうすぐ戻るでしょうから大人しく待ってたら?」

「そんなの待ってらんないわよ」

 

 アリスと話してても話が進まない。

 こうなると次の行き先は手あたり次第ってことになりそうだ。

 私は一人、外の様子を窺おうとテラスに足を踏み入れて――だけどその景色は、既に私の知っている紅魔館とは全く違うものになっていた。

 

「……これは、ひどい」

 

 正直言うと、この惨状を見ただけで異変を放り投げて逃げるには十分な理由だと思う。

 私は今、紅魔館全体を見渡せるような、本来であれば見晴らしがいいはずのテラスにいる。

 そのテラスから見えるのは紅魔館の庭。私と美鈴が戦っていた場所に、砕けた正門があるはずだった。

 だけど、その戦いの痕は既に存在しなかった。

 地殻を変動させるほどに大きな四本の地割れ。ここから見える景色はそれに何もかも飲み込まれて、絶望的なまでに一変している。

 何があったのかは知らないけど、それは文字通り月の魔力を得たレミリアの「爪痕」なのだろう。

 こんなのをまともに相手にしたら勝てる勝てないとかいうレベルじゃない、即死は免れない自殺行為だろうことは一目でわかった。

 

「それにしても、あんたよく生き残れたわねアリス…」

 

 だけど、振り返ると既にアリスの姿はなかった。

 アリスのことだし、どうせ気まぐれに出歩いてるんだろうから別に気にする程のことじゃないはず。

 なのに、私は体の奥底から湧き上がってくる気持ち悪さに耐えられなかった。

 

「血の跡が、ない?」

 

 そこにはさっきまで確かにアリスがいた、それは間違いない。

 背中から血を流して、座っている椅子に血の跡がべったりと付着しているのも確かに見た。

 そして、あそこで紅茶を飲んでいた。

 

 だけど、アリスがそこに存在した痕跡の一切が、既になくなっていた。

 

「……何なのよ。何が起こってるのよ」

 

 何か言葉にできない嫌な予感が、私の本能に警告を発している。

 私はいてもたってもいられなかった。

 ここは一旦退いて、紫たちに状況を伝えよう。

 いきなり満月になってる時点で、もはや一種の異変だしね。

 流石に同時に2つ以上の異変が発生したとなったら、紫も黙ってないでしょ。

 呼びに戻ってる時間もないし、ここは紫が様子を見ていると信じるしかない。

 

「紫っ!! ちょっと聞きたいことが…」

 

 だけど、そう叫んだ私は違和感しか感じなかった。

 間違いなくその声が紫に届いていないという、変な確信があった。

 だって、気になって門の前まで来てみると……

 

「嘘、でしょ?」

 

 もう、逃げられないことだけがわかった。

 紅魔館の周囲を結界が覆ってて先に進めず、しかも普通の結界じゃないってことが私にもわかる。

 そして、こんなものが張られていたら普通は紫が気付いて対処しているはずなのに、それすらもできていないのだ。

 つまりこの結界は、紫の力の範囲さえも超えた何かなのだと、改めて確信するのに十分だった。

 

「勘弁してよ、もう……っ!?」

 

 そして、危機的状況は往々にして重なってしまうものだ。

 しかも今度のは危機的ってレベルじゃない、本当に私にとっては致命的な事態。

 

「はっ、はっ……何よこれ…っ!?」

 

 初めて感じる、うまく立てないほどの息苦しさとともに、何かが私の底から湧き上がってきた。

 何かなんて、わかってる。

 私の中に眠る邪神の力が。

 それがまるで何かに共鳴するかのように、無理矢理この世界に引きずり出されているような感覚。

 

「――――ぐっ!?」

 

 気付くと、凄まじい衝撃波とともに紅魔館の中庭が天まで昇る火柱に飲み込まれていた。

 辺りは灼熱と化し、まともに呼吸すらもままならない。

 同時に私の中には得体の知れない感情が渦巻いていく。

 

 そして、私の中に眠っていた力が目覚めたような感覚とともに、空を見上げると――

 

「…………あははっ」

「ぁ――」

 

 

「あははははははははははははははははっ―――」

 

 

 そこに、悪魔がいた。

 

 

 


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