霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今回はパチュリー視点です。



第76話 : 唯一つの願い

 

 

 

 まだ魔法使いとして駆け出しだった頃の私は、自分の弱さもわからないほど未熟だった。

 ただ自分の使ってみたい魔法のために必要な素材を持っているからという理由なんかで、竜に挑んだ。

 勝てるはずがないのに。

 亜種とはいえ伝説上の種族、鬼以上の力を持つとされる最強クラスの存在なのに。

 

 それでも、そんな無謀な戦いを挑み死にかけていた馬鹿な私を、一人の少女が助けた。

 全身をボロボロにしながらも、私を守りながらたった一人で竜を殺して立っていた。

 私にも竜の死骸にも、そしてこの世界にすら興味を抱いていないような冷たい目をしたまま、何も言わず立ち去ろうとしていた。

 

「……なんで、助けたの?」

「……」

 

 少女は何も答えてくれなかった。

 助けたことに意味などないのだと、そう言われている気がした。

 少女にとっては本当にそれで終わりの、特に意味のないことだったんだろうと思う。

 だけどその時の私は馬鹿で、未熟で、そして図々しかった。

 

「待って、何かお礼をさせて! 私はいずれ世界一の魔法使いになる女よ、貴方の望むことなら何でも叶えてあげるわ!!」

 

 当時の私は、いつか自分が何者にでもなれるのだと思っていた。

 もっと魔法を覚えれば誰に頼らなくても一人で竜に勝てただろうし、持病の喘息だって治せると思っていた。

 だから私は、望みを何でも叶えるだなんて馬鹿なことを、本気で主張していたのだ。

 だけど、その時に返ってきた言葉は、当時の私には予想もしていなかったものだった。

 

「……それなら、貴方がほんの少しでも身の程を知ってくれれば十分よ」

 

 その時の私は、一言で言うとカチンときていた。

 無表情で、なんて癪に障ることを言うんだと。

 なんて冷たい奴なんだと。

 ちょっと前にその少女に命を救われていたはずの私は、なぜか怒りに燃えていた。

 

「なっ……馬鹿にしてるでしょ、私のこと!」

 

 それは、今考えると本当に自分勝手で身の程知らずな怒りだと、思い出すだけで呆れてしまうような記憶。

 だけど、正直言うとその時の馬鹿だった私には感謝している。

 そのおかげで、かけがえのない繋がりができたのだから。

 

「いいわ、決めた。だったらいつか私が、貴方の度肝を抜かせるような魔法を見せてあげるんだから!!」

 

 返事はなかったけど、私は勝手にそいつについていった。

 頼まれてもないのにそいつの屋敷に押しかけて、食事を作ったり身の回りの世話をしたりもした。

 ボロボロな服を着てるそいつにオシャレをさせたり、悪戯を仕掛けたりもして。

 だけど正直言うと、私はそいつに恩返しをしていた訳ではない。

 私には目的があったのだ。

 怒らせてもいい、驚かせてもいい、泣かせてもいい。

 私は何でもいいから、そいつの仏頂面を崩してみたいだけだった。

 

 だけど、その館で百年近くも生活している内に、私の心には変化が生じていた。

 数十年前に喧しい妖怪が増えて、その後に使い魔を召喚して、何年か前に人間の子が増えて。

 その頃には、既に私の願いは一つになっていた。

 笑顔を見てみたいと。

 いつも無表情な、それでも私にとって一番大切な親友をいつか笑わせること。それだけが私の目的になっていた。

 

 

 だから、貴方にはわかってほしい。

 命令なんてしない貴方が、たった一つだけ私たちに科した禁忌。

 この場所に来ることは、貴方との約束を破ることだって、貴方を裏切ることだっていうのはわかってる。

 

 それでも、我が儘を言うようで悪いけど、貴方にはわかってほしい。

 先代巫女たちが攻め入ってきたあの日。

 貴方が私たちに初めて垣間見せたあの涙が、どれだけ私の心を奮い立たせたのかを。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度だけ言うわ。そこをどいて、レミィ」

 

 貴方を苦しませる元凶を潰せるこの日を、私がどれだけ待ち続けたかを。

 

「断るわ」

 

 それが、たとえ貴方の望むことではなかったとしても。

 

「この先に行くというのなら、私は相手がたとえパチェでも殺すわ」

 

 そして、たとえその結果、私が貴方の手にかかって死ぬことになろうとも。

 

「……望むところよ」

 

 それに、後悔はない。

 たとえどんな形になろうとも、その決意だけは決して変わらない。

 この手の魔法は、ただ貴方を救うため。

 私の大切な友人の――レミィのためにあるんだって、そう決めたんだから!!

 

 

 


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