あっけなく扉をぶっ壊した先にあった地下への階段は、寒かった。
気温的な意味だけじゃなくて、何か寒気のするような雰囲気が漂っている。
それに、さっき小悪魔から聞いた謎が心に引っかかってるのかもしれない。
「……どういうことだよ、今日が満月って」
満月といえばまず狼男と並んで吸血鬼が思い浮かぶくらい、吸血鬼にとって満月は力の源なんだ。
今から吸血鬼に立ち向かうのなら、今日の月の状態はマジで死活問題になりかねない。
「わからないわ。ただ、今はまだ修行前から数時間しか経ってないってのは確実よ」
「つまりは、アレは時間の経過じゃなくて、誰かが恣意的に満月にしたってことかよ」
咲夜が時間操作をミスって半月から満月の状態まで時間が経過したとかの方がまだマシだ。
月の状態を満月に変えるなんて芸当は紫でも無理だろう、本当に神の仕業レベルの出来事だからな。
そんな得体の知れない何かが介入してるとしたら……
「……ここから先は別に来なくてもいいわ、魔理沙」
「はあ!? ちょっと待てよ、どうして…」
「震えてるわよ、貴方」
「っ!!」
……そりゃあ、怖いさ。
なんだかんだ言って私はただの人間だ、今この紅魔館にいる中で一番弱いのが私だってことくらいわかってる。
それがこれから、紅魔館で一番危険な……いや、もしかしたら幻想郷でも最強クラスの相手をぶん殴りに行こうってんだ。
確かに私はちょっとビビリかもしれないけど、むしろこれでビビらない方が神経イカレてると思う。
「そんな怖がりなアナタに! 本日ご紹介する商品は……こちらあっ痛あああいっ!?」
……そう、こいつみたいにな。
懐から勢いよく何かを取り出そうとした小悪魔を、パチュリーがグーで殴ってた。
最近パチュリーの小悪魔へのツッコミがどんどんキツくなってる気がする。
パチュリー曰く、アリスが来る前までは小悪魔は流石にここまでウザくはなかったという。
それが、たった数日でこの有様である。
小悪魔のことをアリスに任せたのを、今では少し後悔しているとか。
「ぅぅぅ……最近ツッコミに愛がないですよパチュリー様ぁ」
「ツッコミに愛なんていらないわ」
「こんなに苦しいのなら悲しいのなら……愛などいらぁぃ痛ああぁぃっ!?」
分厚い本の角で殴られた小悪魔は、うずくまって涙目になりながら今度こそ大人しくなった。
マジで緊張感ねーのな、こいつ。私と同じくらい弱いくせに。
まぁ、それもある意味で一種の強さなのかもしれないけど。
「……それで、少しは緊張は解けたかしら、魔理沙」
「え?」
「まぁ、あの子もアホだけど何の考えも無しな訳じゃないのよ」
「アホとは何ですかアホとは!?」
アホみたいな小悪魔を見てる内に、いつの間にか私の手の震えは止まってた。
……いや、ぶっちゃけまだ恐いんだけどね。
ただ、何かこいつ見てたら真面目に考えるのも馬鹿らしくなっただけだ。
「あの扉よ」
薄暗い廊下の奥に、微かに扉が見えた。
少し頑丈そうに見えるけど、一見普通の扉だ。
だけど、開かなくてもそれがとてつもなく危険なものだと、私の本能が警告していた。
「……何だよ、あれ」
止まったかと思っていた私の身体の震えは、背筋を凍らせるほどの冷汗へと変貌していた。
あれはもう、冗談とかで紛らわせるレベルのものじゃない。
これ以上前に進むことすら躊躇わせるような、そんな得体の知れなさを感じる。
「……ありがとうね、魔理沙。やっぱりこの先は私が一人で行くわ」
「えっ!? 私はっ!?」
「貴方は、魔理沙のことを頼んだわ」
「あ……」
また何か言おうとしてた小悪魔だったけど、パチュリーの声は本気だった。
本当に真面目に、ここから先に冗談は許さないと、背中が語っていた。
「なあ、パチュリー。本気で行くのかよ」
正直言うと、私はパチュリーを止めた方がいい気がしていた。
きっとパチュリーもわかってると思う。
この先にいるのはきっと、私たちとは別世界の住人であるかのような何か。
これ以上関われば本当に命が危ないような、そんな雰囲気があるから。
「ええ、私は本気よ。だから――」
だけど、パチュリーは止まらなかった。
ただまっすぐに、前を見据えて。
「――そこをどいてくれないかしら、レミィ」
「え?」
そこには、いつの間にか一人の小さな子供が立っていた。