霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今回は魔理沙視点です。




第74話 : 待ちきれない瞬間

 

 

 

 私はパチュリーに紅魔館の廊下を連れまわされて、とある一室の前に立っている。

 一見なんの変哲もない部屋の扉は、押しても引いてもビクともしない。

 

「……なにがあるんだよ、ここに」

「詳細は後で教えるわ。だから今は集中しといて」

 

 どうやらパチュリーの目的は、この部屋を開けることだったらしい。

 何でも、咲夜がこの部屋の時間を止めているらしく、鍵を使っても決して開けられないという。

 そこで咲夜の時間結界を出し抜くために、パチュリーは紅魔館の中から、小悪魔は今は紅魔館の外から咲夜の力に干渉しているらしく、咲夜の能力が弱まったところを力ずくで打ち抜くことでドアを破ろうって作戦みたいだ。

 この作戦の片棒を担がせることも、パチュリーが私を育てた理由の一つっぽい。

 

「こんな大事な役目、私じゃなくて美鈴かアリスに頼めばよかったじゃねーか」

「美鈴と私も目的は別なの。それに、アリスはいつの間にかいなかったのよ、魔理沙を育ててくれたら協力するとか言ってたくせに」

「それは、何か……ごめん」

 

 アリスはその約束を守らずに、いつの間にか消えてた訳だ。

 まぁ、師匠の不始末は弟子の責任だ、アリスに代わって私がパチュリーをサポートしてやらないと。

 っていうか、実際にパチュリーにいろいろ教えてもらって助かってるのは私なんだから、普通は私が手伝うのが筋だろうしな。

 

「でもさ、何してるのかちょっとくらい事前に説明してくれてもいいじゃねーか。パチュリーの本当の目的は一体、なんなんだよ」

「それは……」

「お嬢様を助けたいんですよね、パチュリー様は」

 

 どこからともなく、外にいるはずの小悪魔の声が聞こえてくる。

 なんて便利な魔法だ。悪戯とかにむっちゃ使いやすそうだし、今度私にも教えてくれないかな。

 

「お嬢様ってのは、ここの吸血鬼のことだよな」

「……そうね。私の目的は、レミィ……この館の主、レミリア・スカーレットを救うことよ」

「それが、よくわからないんだよ。お前らは一体何からレミリアを守ろうとしてんだ?」

 

 少なくとも私には、進んでレミリアを脅かそうとする奴がいるとは思えない。

 幻想郷の王とまで呼ばれた吸血鬼、それと敵対するメリットは果たしてそのリスクに見合うのか。

 

「……そしたら、とりあえず順を追って話すわ。まず、レミィの目的が、異変を自分の敗北という形で無事に終結させることってところまでは大丈夫?」

「ああ。そんで、紅魔館が幻想郷に溶け込めるようにってやつだろ?」

「ええ。今の紅魔館は幻想郷でほぼ孤立状態、それを解消するきっかけがほしいのよ。多分、私たちのためにね」

 

 まぁ、吸血鬼とその配下って言われたら、誰だって警戒以上の感情なんて抱かないわな。

 吸血鬼なんて普通のイメージじゃ、全てを暴力で解決する暴君でしかないからな。

 だからこそ、新たなルールに積極的に従う理性的な側面を見せつつ自分が泥をかぶり博麗の巫女に負けることで、パチュリーたちが吸血鬼の支配から抜け出して幻想郷の一員となったように見せていこうということらしい。

 ……マジで理想的な上司ってヤツじゃねーか、カリスマの塊だろそいつ。

 

「で、咲夜はレミィの言いなりね。私や美鈴を含めた全てからレミィを守る、忠実な従者よ」

「はあ? なんだよ、お前らレミリアの敵なのかよ」

「意見が分かれることと敵であることとは、別に一致することでも何でもないわ」

 

 要するに、パチュリーや美鈴はレミリアを守るために、それでもレミリアと意見の食い違いがあると。

 んで、咲夜だけは完全にレミリアの側についてると、そういうことか。

 

「でね、美鈴の敵は八雲紫と藤原妹紅。レミィの抱える心的外傷を抉ろうとした2人とその関係者から、レミィを遠ざけようとしてるの」

 

 藤原妹紅? ……あの妹紅のことだよな、それって。

 っていうか何だよ、あいつらレミリアの心的外傷を抉るとか、そんなえげつないことしてたのかよ。

 そりゃ美鈴に拒絶されんもの無理ないか。

 

「でもよ、そんなん霊夢は関係ないだろ。どうしてあそこまで…」

「美鈴は美鈴で、いろいろ難しいのよ。レミィとの関係も、私や咲夜とはちょっと事情も違うし」

 

 ……まぁ、確かに美鈴の事情なんて私たちが簡単に踏み入っていいことでもなさそうだしな。

 私も大してよく知りもしない奴に自分の大事なもんを土足で踏み荒らされたら怒ると思うし。

 

「なるほどね、なんとなくだけどあいつらの目的はわかったよ。んで結局、そんならパチュリーと小悪魔は一体何と戦おうとしてんだ?」

「……それは、わからないわ。でも、レミィを苦しめる何かがこの館に……この先にいるはずなのよ」

 

 ……待てよ、それってまさか、アレか?

 ガイドブックの最後に載ってた、

 

「もう一人の、禁忌の吸血鬼ってヤツか」

「っ!! どうして、それを…」

「いやなんかさ、実はこういうのをもらっててな」

 

 私がガイドブックを渡すと、パチュリーはそれをひったくるように取ってめくっていく。

 パチュリーの顔色が変わっていた。

 ……そりゃそうだろうな、自分たちのことがこんな風に既に伝えられてたなんて普通は考えねーだろうし。

 それに、「まるわかり! 異変ガイドブック」……とか、題名の時点でこいつらにとったらふざけてるようにしか見えないもんな。

 

「そう。これはまた随分と、ナメた真似してくれるわね」

「それについては私から謝る、すまなかった」

「……どうして、貴方が謝るの?」

「いや、多分これはあいつらなりの、霊夢や私にくれた愛情みたいなもんだと思ってるからさ。私がそれを自分のものとして話すのは当然のことだろ」

 

 だけど、私や霊夢にとって大事なもんなのは間違いない。

 正直、このガイドブックがなかったら私がここまで来れたかは怪しいんだ。

 アリスだけじゃない、なんだかんだ言って紫たちがこうやって私たちのためにいろいろしてくれてるからこそ、今の私たちがあるんだよな。

 

「……そう。まぁ貴方に当たってもしょうがないことよね、ごめんなさい魔理沙」

「え、いや、なんでパチュリーが謝るんだよ!?」

「だから、それもお互い様でしょ」

「あ」

「何?」

 

 少しだけ微笑を浮かべるパチュリー。

 

「ははっ。やっと、笑ってくれたな」

「何よ? 私そんなに不愛想だった?」

「いや、ただ今日はちょっと表情が硬いと思ってな。そうやっていつも笑ってた方が可愛いと思うぜ」

「……ガキんちょが、調子に乗んじゃないわよ」

「あたっ!?」

 

 おぉ痛、くもねーな。

 アリスの殺人デコピンくらってばっかだったから、だいぶ石頭になってきたか。

 まぁ、パチュリーのツッコミが優しいだけなのかもしれないけど。

 

「話が逸れたわね。とにかく、この前の八雲紫たちの襲来で、紅魔館の地下にそいつがいることが初めてわかったの」

「初めて? なんだよ、ずっといた訳じゃないのか」

「ずっと、いたのかもしれないわ。でも、私が紅魔館に来て百年近く、そんなのがいるなんて話は一度も聞かされてなかったわ」

 

 何だそれ、つまりそいつは百年近くも引き篭ってたってことか?

 もしくは何かしらの形で、封印されてたとか。

 

「でもよ、百年も害がなかったのならもう放っときゃいいじゃねーか。今さらわざわざ会いに行く必要なんてあるのか?」

「……あるわ。それが、私が今まで紅魔館にいた本当の理由なんだから」

「え?」

 

 紅魔館にいた理由?

 あまりに自然に図書館の管理とかしてるから普通に住んでるのかと思ってたんだけど、違うのか。

 

「貴方は会ったことないのよね、レミィに」

「そうだな。そのガイドブックに書いてある情報くらいしか知らねーな」

「だったら、先に会っといた方がよかったかもね。多分、違和感を感じるだろうから」

「違和感?」

「……感情がないのよ、レミィには」

 

 感情がない?

 吸血鬼ってすごい高笑いしてたりするイメージがあるんだが、そういうのがないってことか?

 

「実際、私はレミィと初めて会ってから百年近くになるけど、レミィが怒ってる顔も悲しんでる顔も、笑った顔すらも見たことがなかったわ」

「……何だよ、それ」

 

 100年も笑ったことがない?

 なんだそいつ本当に生きてんのかよ、藍ですら顔に出さないだけで割と感情豊かなのに。

 ってかそれって生きてて楽しいのか、想像できないしよくわかんないんだが。

 

「でもね。私はこの前、この先の地下室で初めて見たのよ。八雲紫と藤原妹紅に追い詰められた、レミィの涙を」

「え?」

「最初は私も美鈴と同じように、八雲紫たちに怒りが湧いたわ。でも……これは、転機なんじゃないかとも思ったわ」

「転機?」

「ええ。あの地下室で、あの部屋の奥にいる誰かを前にして初めてレミィは感情を露わにした。だから、私は思ったの。本当はあの奥にいる奴がレミィの心を支配して、レミィを苦しめ続けてるんじゃないかって」

 

 パチュリーの目は、美鈴と同じものを私に感じさせた。

 それは、見てるだけでゾッとする程の敵意だった。

 

「だから、私はこの奥にいる奴をぶん殴ってやろうと思ったの。たとえそれがレミィの意に反することだとしても、関係ない。美鈴みたいにレミィを守ろうとか咲夜みたいにレミィの味方でいようとか、そんな立派な目的なんかじゃない、単に私がムカつくからそうするだけ。これは私の勝手なエゴなのよ」

 

 ……でも、それが違うことだけは、わかった。

 エゴなんかじゃない。きっとパチュリーも美鈴と同じで、本当にレミリアを大切に思ってるのだろう。

 だからこそ、レミリアを傷つける奴は絶対に許せないんだろうと思う。

 

「そんな自分勝手な自己満足が、私の目的よ。それを知っても、貴方は私に協力してくれるかしら」

 

 パチュリーの気持ちは、わかった。

 それに私は……

 

「そんなの、当たり前だろ。私も一緒に、そいつのことぶっ飛ばしてやるよ」

 

 反対する理由なんて、何もなかった。

 私の中に浮かんでいたのは、今は昔の遠い記憶。

 ずっと一人で殻に閉じこもっていた私と、その殻を勝手にぶっ壊して私を救ってくれた霊夢。

 今のパチュリーは、きっとあの時の霊夢と同じで。

 そして、今のレミリアはあの時の私と同じなんだ。

 助けてって思ってるのに自分からは何もできない、だからきっと助けが必要なんだ。

 でも、パチュリーが助けたいのは私みたいなただの駄々っ子じゃない。

 何百年も生きてきた吸血鬼、自分より遥かに格上の相手なんだ。

 だから、いくら手があっても足りないんだろう。

 そんなの、私で役に立てることがあるのなら、喜んで引き受けるに決まってんじゃねーか!!

 

「だから、早くしろよパチュリー。私はもう準備OKだぜ?」

 

 私はもう待ちきれないんだ。

 百年に渡る時を越えて、パチュリーが親友を助け出す瞬間を。

 それを見るためにならどんな苦難が待ってても構わないって思えるくらい、私にとってパチュリーはもう他人じゃないんだ。

 

「……ありがとう、魔理沙」

「おおよ。小悪魔も準備いいか?」

「……」

「小悪魔! 始めるわ、返事しなさい!」

「……パチュリー様、一つ聞いてもいいですか?」

「何よ」

 

 だけど、その返事は弱弱しかった。

 それはとても、いつものおちゃらけた小悪魔の声とは思えなかった。

 

「今日は、半月のはずでしたよね」

「……そうよ? レミィの力も万全ではないけど十分な日よ」

「そうですよね、ちょっと前まで私の目にもそう見えてました。でも、だったら――」

 

 小悪魔の言葉は、遅れて私の脳裏に響いた。

 理解が追いつかなかったから。

 ただ理解の範疇にある何かを超えているような、呆然とした声だけが響き渡っていた。

 

 

「だったらどうして、こんなにもはっきりと満月が見えてるんでしょうか」

 

 

 

 


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