今回は咲夜視点です。
話をしよう。
あれは36万……いや、3年前だったか――え? シリアスどこいったって? 訳のわからないこと言って話の腰折らないでもらえません?
まぁ、でも私からはとりあえず一言。計画通りとだけ言っておくわ。
さてと、なんかいきなり霊夢に怒ってるシリアス風の空気を作ってしまった訳だけど、別に私は怒ってる訳ではない。
お嬢様用の弾幕の練習ってのも、それはそれで一つの手段として必要なことだとは思うし。
でも、私のスペルを全部取得して調子に乗ったからかは知らないけど、霊夢は何か今一つ集中しきれてないように見えたのよね。
そこで、とりあえずそれっぽい雰囲気を出して霊夢を本気にさせよう大作戦を実行した訳だ。
では、どうしていきなりそんなことをしたかといえば、話は本当に3年前にさかのぼる――――
「スペルカード宣言、大結界『博麗弾幕結界』!!」
――あ、違う違う、まだ3年前の回想してる訳じゃないわよ、これは霊夢が使ってきた弾幕……うわっ。何このスペル聞いたことないヤツだし。
どうやら霊夢は、私が過去編の回想に入ることを許してはくれないらしい。
まぁ、今の霊夢は私と違って真面目に本気モードなんだろうし当たり前だけどね。
という訳で前回の問いの答え。勝負の場における霊夢と私の致命的な差は――真面目シリアスパートの有無でしたー。
……という冗談は、その辺にしといて。
私を取り囲む二つの結界。その内外を、若干リズムにズレのある弾幕が乱舞している。
二重弾幕結界の強化版ってところかしら。これが恐らくは、霊夢が本来であればお嬢様との最終決戦のために温存していた切り札なのだろう。
こんなの普通の人間が操れるレベルの結界じゃないわね、空間の支配力がある意味神の域に達してるし。
なるほど、これはお嬢様といえど全て避け切るのは容易ではない、確かに切り札になり得るものかもしれないわ。
ならば、お嬢様ほどの瞬発力も経験も体力もない私には、余裕なんてあるはずがない。
……そう。普通にやればの話だけどね。
「――甘いわ」
ぶっちゃけ、言おう。
スペルカードルールの避ける側だったら、短期戦なら本気を出せば私は誰にも負ける気がしない。
どんなに複雑な弾幕が迫ったところで、時間の流れを遅くすれば私にはほぼ全て止まって見えるのだから、それを避けるのが容易であることなど自明の理だろう。
お嬢様の弾幕でさえも、時間操作の力を持続できる間なら苦も無く避けられてしまう。
まぁ、この前は先代巫女とかいうバグキャラレベルの相手がいたせいで不覚をとったんだけど、このルールに則るのなら私はそいつにも負ける気はしない。
今も目の前に広がっているのはきっと高難度の弾幕なんだろうけど、時間操作のおかげでこうやっていろいろ考える余裕があるのだ。
それでも私は、もう少ししたら能力を解こうと思っている。
時間操作をすれば特に問題なく勝てるけど、あえて能力をフルでは使わない。
それではつまらない……いや、私がここにいる意味がないからだ。
さっきから度々話が脱線して申し訳なかったけど、今度こそちょっとだけ真面目な話をしようと思う。
実は私は、自分がどうやって生まれたのかも知らない。
ただ、気付くと時間を操る力を持っていて、気付くとそれを使って暗殺業を営んでいた。
殺す相手の情報を把握し、時間を止めてターゲットの心臓を一突き。それだけで全てが終わり報酬を得る。
そんな最低の生き方をしてきた私だけど、当時の私はちょっとしたダークヒーローの気分だった。
殺していい相手は悪人だけ。そんなルールを決めて悪を排除していくことで、自分が実は正義なのだと思い込んできたのだ。
ある日、私は少し変わった依頼を受けた。
ターゲットは人間ではない。幻想世界に落ち延びた吸血鬼を探し出して殺し、その死体を持ち帰るという任務だ。
報酬は高額だった。
どうやら、どこぞの金持ちが不老不死の研究目的で資金援助しているとか。
私はその依頼を受けた。
吸血鬼とは即ち悪なのだという勝手な倫理だけに従って、私はその暗殺を引き受けた。
その標的こそが、吸血鬼レミリア・スカーレット。私とお嬢様が出会うきっかけとなった任務だった。
あの日、吸血鬼狩りに出向いた私はなぜか苦もなく幻想入りし、紅魔館の内部へと辿り着いていた。
今や私の悩みの種となっている美鈴の居眠り癖だけど、本心では美鈴にそんな癖があって本当によかったと思っている。
だって、もしもあの日美鈴が真面目に門番をやってたら、少なくとも私か美鈴のどちらかは死んでいただろうから。
そして、私はお嬢様の部屋まで辿り着き――いつの間にか、敗れていた。
お嬢様の気配に気づく前に、私は死角から現れたお嬢様に打ち伏せられていたのだ。
時間操作前に既に触れられていたため、私には時間停止ができなかった。
どうしてあの時のお嬢様が私の存在に気付けたのかは、今でもわからない。
だけど、その理由を確認する気にはならなかった。
正直言うと、そんなことは当時の私にはどうでもよかったのだ。
――殺せ。何故、私を生かす。
私は確か、お嬢様に向かってそんなことを言っていたと思う。
あの頃の私は、その任務を受けるだいぶ前から心のどこかで疑っていたのだ。
今まで私が殺してきた相手の中に、依頼人と私の都合のいいように解釈されただけで、悪ではない人がどれだけいたのかと。
そして、本当はこの吸血鬼も、悪ではないのではないかと。
そう考えたら、私は自分の存在意義がわからなくなっていた。
私は結局、金のために殺しを請け負ってるだけのただの殺人鬼なのだと自覚し始めた頃から、自分が一体何のために生きているかもわからなくなっていて。
私はきっと、ここに来るずっと前から、どこかで死に場所を求めていたんだと思う。
――さあ、なんでだろうな。私にもわからないよ。ただ――
だけど、お嬢様は私を殺してはくれなかった。
あろうことか私から手を放して、じっと私の目を見ていた。
その瞬間に時間停止をすれば、私はきっと状況を逆転させてお嬢様を殺せただろう。
でも、私にはできなかった。
その瞬間に初めて、お嬢様の顔をはっきりと見てしまったから。
吸い込まれてしまいそうなほどに奥深くまで真っ暗に閉ざされたお嬢様の瞳に、目を奪われて。
その時に言われたことは、今でも忘れられない。
――お前はまだ、笑えるだろう?
その一言が、私の人生を変えた。
私がまだ、笑えるのだと。
こんな無意味に人を殺し続けてきただけの私が、笑って生きていいのだと、初めてそう言ってくれる人がいたから。
その日以来、私は決めたのだ。
今までの罪の分だけ、私は笑っていようと。
もう笑えなくなってしまった人の分まで笑って、生きる意味を見つけようと。
それがひどく自分勝手なことだというのはわかっている。
だけど、こんな私を許してほしい。
死に場所さえ求めてたはずの私も、今は生きていたいのだ。
私はきっと、死ぬ瞬間までずっと道化でいるのだろう。
私に生きる意味をくれたお嬢様が笑ってくれる日まで、私はお嬢様の代わりに絶えず笑っているのだ。
それが今の、私が生きる理由。
だけど、もしも私が生きている内にお嬢様が笑ってくれたのなら、私は一体どうするのか。
そんなことはもう、決まっている。
隣で一緒に笑うのだ。
私はお嬢様のために生きているのではない。私がそうしたいから、お嬢様の隣で笑っているために生きているのだから。
それだけはもう、譲れない。
たとえ誰が泣き叫ぼうとも、何を失おうとも、それでも私だけは笑顔を崩さない。
私はただ、日々の時間を全て心から笑っていられるように全力で生き抜くと、そう決めたのだから。
そして、だからこそ私は、霊夢のことも真っすぐに受け止めたい。
私が霊夢の弾幕を避けられるのか避けられないのかなんて、正直どうでもいいのだ。
ただ、せっかくだから、私は本気で霊夢とぶつかり合えるこの瞬間を楽しみたい。
中途半端に終わらせるのではなく、全力を出し切った勝負の果てに本気で笑ってやりたいのだ。
私が勝ったら、「修行が足りないわね、霊夢」って嘲笑って。
私が負けたら、「見事な弾幕ね、霊夢」って微笑んで。
私の行動に深い意味なんていらない、ただそれだけでいい。
それが、今の私の生き方なのだから。
そんな自分を、今の私は誇らしく思うことができるから。
「その程度じゃないでしょ、霊夢。見せてみなさい、貴方の本気を――」
だからこそ私は今、能力を解く。
勝ち負けを度外視して弾幕ごっこという遊びに、霊夢の生み出した最高の弾幕に正面から立ち向かっていくのだ。