霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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 今回は咲夜視点です。




第70話 : これが私の全力全開

 

 

 

「幻象『ルナクロック』」

 

 時を止めて辺りに散りばめた、ナイフの雨。

 突然目の前に現れる弾幕は、大半の相手は何もできないまま被弾する。

 仮にこれがゲームの世界であったのなら、時間停止中にだいたいの避け方を考えてから動けるから簡単に思えるのかもしれない。

 だけど、現実はそう簡単にはいかない。

 何が来るか、いつ来るか、どこから来るか、距離はどのくらいで、どんな大きさでいくつあるのか、放たれた弾幕について一切の情報がないまま次の瞬間目の前に迫っているのだ。

 

 さて、最初に紅魔館に来た時は5秒くらいで被弾していた弾幕、今の霊夢は避けられるかしら。

 

 

 ――そして時は動き出す。

 

 

「っ……!!」

 

 時が動き出したその瞬間、霊夢は目を閉じていた。

 馬鹿にしてると思うかもしれない、だけどそれが霊夢の本領なのだ。

 目の前の世界そのものを一度感覚で掴み、それから目を開いて動き始める。

 視覚よりもまず第六感を優先する、普通ではありえない避け方をこの子はこの歳でものにしている。

 辺りに乱舞するナイフを全て、霊夢は持ち前の空間把握能力で華麗に避けていた。

 これは私にはできない芸当だ。

 他の誰かが直感だけで避けようと思ったら、うまくいってもきっと数秒が限度だろう。

 だけど、それを完璧にやってのけるのが今代の博麗の巫女、博麗霊夢なのだ!

 

 強く、なった。

 本当に強くなったわ、霊夢。

 もうワシが言うことは何もないぞい、免許皆伝じゃ。

 

 とか、言うとでも思うてかーーー!!

 

「甘いっ!!」

「くっ……」

 

 追加で死角から飛んできたナイフを、霊夢は間一髪でのけ反ってかわす。

 それも正直言うと、人間技じゃない。

 普通に弾幕を避けるための力だけなら、今や霊夢は私よりもずっと上なんだろう。

 だけど見た感じ、まだ身体の反応が直感についていけてない。

 わかってはいるけど体がうまく動いていない、そんな感じだ。

 

「っ……スペルカード、ブレイクね!」

 

 私の一枚目のスペルが、全て避けられた。

 だけど、これじゃ足りない。

 お嬢様の弾幕の速度と密度は、こんなものじゃない。

 お嬢様に勝つことを目標とするのなら、これを避けきれたからといって別に褒められたものではない。

 むしろこのレベルで被弾してしまうようなら、まだお嬢様と戦うには値しないわ!

 

「では、これならどうでしょうか。奇術『ミスディレクション』」

 

 だから、次はまた趣向の違う弾幕。

 霊夢はまだ、私の力の全てを知らない。

 このスペルは、ただ時間を止めてナイフを放つだけの弾幕じゃない。

 時間と空間の両方を歪ませて私の居場所の座標を変化させ、相手の方向感覚を狂わせる。

 恐らくこれは、霊夢にとって初めての感覚のはず。

 だけど、見たことのない弾幕に対応できないようじゃ、お嬢様にはとても勝てないからね。

 少し厳しいかもしれないけど、これも愛のムチよ。霊夢ならきっと……

 

「ほい。はいよっと。ちょっと咲夜、手加減してんの? いきなり楽になったんだけど」

 

 ……あれ?

 うそーん、これはこれでけっこう難しいはずなのに。

 霊夢は全く焦る様子もなく微妙に開いた隙間をすいすいと潜り抜けていく。

 方向感覚の変化に、むしろ私の弾幕が変化する前くらいから準備してるようにも見える。

 ……よくよく考えたら、相手の感覚に訴えるような弾幕は霊夢の直感との相性最悪よね。

 でも、霊夢の前では長い間出し惜しみしてきた技なのに、こうも簡単に破られるとちょっと納得いかない。

 

「スペルカードブレイクね。何よ咲夜、もしかしてその程度だったの?」

「そうですね、私の能力ももうネタ切れです」

 

 納得いかない、というよりぶっちゃけ霊夢のドヤ顔がムカつくから。

 

「ですから、ここからは純粋な弾幕勝負でお相手しましょうか」

 

 ちょっと大人げないけど、私も本気出すわ。

 私の持ち味が時間停止からの奇襲だけだと思ってる霊夢に、現実の厳しさってものを教えてあげないと。

 

「スペルカード宣言――奇術『エターナルミーク』」

 

 視覚的にも感覚的にも、ただまっすぐ飛ばすだけの弾幕。

 ただし、一つだけ違うのはスピード。

 飛ばした弾幕の速度を速め、3倍速で乱打するだけ。

 

「何よ普通の……って、いやあああああああ何これっ!?」

 

 だけど、何だかんだ言っていろいろ捻った弾幕を飛ばすより、これが一番キツいのだ。

 直感だけで「避ける」弾幕じゃない、制限時間までひたすら動き続けて「当たらないように」し続けなきゃいけない弾幕を攻略できるかは、純粋な経験値がものをいう。

 霊夢も頑張ってるけど、被弾するのは時間の問題だろう。

 ちょっと弾速の遅いマシンガンの乱射を避けてるようなものだからね、普通なら数秒もたずに蜂の巣になる私の必殺技だし。

 なのに……

 

「……は、はは。私も、歳なのかしら」

 

 いや、私もまだピチピチの13歳くらいなんだけどね。

 だけど、それでもそんなおばさんみたいな感想を持ってしまうのも無理はないと思う。

 

「っ、なんの、これしきっ!!」

 

 ちょっと前まですぐボロボロになっていた子が、こんなにも早く成長していく。

 しかも、修行の成果だけじゃない、今この瞬間にもどんどん動きがよくなっていく。

 自分を超える才能が開花していく瞬間、それに立ち会う愉悦を私はこの若さで味わっている。

 きっと誰かの師というのは、この瞬間を楽しみにして生きてるんだろう。

 今の霊夢は私のおかげで強くなった、いわば私が師匠みたいなものなのだ。

 そう思うと、妖怪の賢者やら先代巫女の楽しみを全部横取りしたみたいな気分になる。

 気付いたらぽっと出の子供に霊夢の師としての喜びを奪われていたと、奴らの悔しがる顔を想像しただけで……ヤバい、超楽しくなってきた。

 

「ス、スペルカード、ブレイクよ!!」

「ふふっ、そうですね」

「……なんで、そんな嬉しそうなのよ」

「いえいえ、そんなことありませんよ。あー悔しいですねえ」

 

 結局霊夢には私のスペルを3枚とも取得されてしまった訳だけど悔しくはない、むしろその成長が嬉しいくらいだ。

 でも、まだまだ霊夢は卵みたいなもの、いえ、やっと孵って雛鳥になったところかしらね。

 だから、私はその成長をこれからも引き続き見守っていきたい。

 

「じゃあ、次は私の番ね」

 

 次は霊夢のスペルカードが3連、これを全て避け切らなきゃ私の負け。

 ここで被弾して霊夢を先に進ませるのは簡単だ。

 だけど、それじゃ霊夢のためにはならない。

 お嬢様の相手を務めるのなら……いや、これから博麗の巫女として幻想郷を背負っていくのなら、本気の私くらい乗り越えていかなきゃダメでしょ。

 だからこそ私も手加減なし、全力でぶつかっていくわ!

 

 

 


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