霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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この章は、前回の一年後くらいの設定です。
しばらくはだいたい6話周期くらいで一段落してく感じになると思います。





第1章:友達
第7話 : 年取ると時間の流れが速く感じるね、ほんとに


 

 

 

 もう、限界……

 体の節々は痛いし、霊力が空っぽで力も出ない。

 分数を教える先生の声がただの暗号にしか聞こえない。

 何度も言うようだが、私は分数の計算なんて、だいたい暗算でできる。

 だけど、体力の限界の中で、同じような式の前で頭を抱えている隣の子供に合わせて数字ばかり見てたら完全にゲシュタルト崩壊起こしますよ、ええ。

 

「……はいはい寝ませんよ、寝てませんよ」

 

 先生も子供たちも私のその声には気付いていない。

 周囲の誰にも聞こえないほどの小声で呟いたからだ。

 それでも一人だけ聞こえてる奴がいる。

 私の首元に発生しかけた何かが、消えていくのを感じた。

 

 ここ1年ほど、私が寺子屋の授業中に寝ることはほとんどなくなった。

 というよりも寝られない。

 私の一挙手一投足まで見逃さないよう見張っている暇な奴がいるからだ。

 少しでも私がだらけると、その瞬間体のどこかをつねろうとしてくる、たちの悪い賢者様がいるからだ。

 ちょっとウトウトしただけで体をつねられた痛みで授業中に飛び上がった私に、学年と比例するように威力の上がった先生の頭突きが待っているからだ。

 

「もう、いやだ……」

「え?」

 

 うっかり声が漏れてしまった。

 そして、隣の席の子に聞こえてしまったようだ。

 はい、お仕置き確定だね。

 とかここまで頑張って冷静を装ってみた私だったけど、もう限界だった。

 肉体的にも、精神的にも。

 私の背中で何か隙間のようなものが開いたような気がした。

 

「もうこんな生活、嫌あああああああ痛たたたたたたたやめて、やめて!!」

 

 突然背中を強くつねられて、授業中だというのに突然大声で叫んでしまった。

 だけど、傍目から見たら多分私は勝手に一人で騒いでる奴にしか見えないだろう。

 周囲からの目が痛い。

 先生もため息をついていた。

 ……もういや。 おうちかえりたくない。

 

 

 

 

 

 

 さて、恒例の頭突きタイムだ。

 だけど実は最近は頭突きを免れている。

 月に一度くらいの頻度でこんなことが起こるため、先生だけじゃなくて他の子供たちからも私は何かの病気なのだと思われてるらしく、しばらく前にクラスメイトが私を許してくれるよう先生に頼んだらしいのだ。

 ありがとう、名も知らぬクラスメイト。

 だけど私はもう完全に変な奴扱いなので、同情はされても、多分その子も友達という訳でもない。

 というよりも、前に私があの妖怪を退けた一件のせいで、少なからず私はクラスメイトに怖がられているっぽいのだ。

 子供に話しかけられるのは確かに面倒だったが、同情や奇異の目を向けられ続けるのもそれはそれで辛いものがある。

 

「霊夢、本当に大丈夫か?」

「うん……」

 

 先生も本気で私を心配しており、もう私に頭突きをしてくることはほとんどなくなった。

 それはそれで少し寂しいような気も……する訳がない。

 今頭突きをされたら、流石の私も死ぬかもわからん。

 そこまで私が追い詰められてるのは全部、

 

「あいつのせいだ」

「え?」

 

 先生が怪訝な表情を浮かべる。

 だけど、今の私はそんなことを気にしない。

 もう、我慢の限界なのだ。

 たすけて、先生。

 あの傍若無人の悪魔を、こらしめて。

 そんな思いを込めて、私は思いっきり叫ぶ。

 

「何もかも全部、ゆか…」

「今度は床でも這いつくばって舐めてみたいのかしら?」

 

 ……うん、知ってた。

 先生に聞こえないように私の耳元で隙間を開けてそんなことを囁いてくるのもあいつらしい。

 

 もうお察しだと思うけど、私を苦しめているのは紫の地獄の特訓メニューだ。

 睡眠時間は5時間、寺子屋に行く時間と食事の時間その他でだいたい7時間、あとの12時間、つまり半日は修業。

 そして、寺子屋が無い日は修業が15時間に増える。

 これを既に休みなく1年近く続けてきた。

 とても成長期の子供にする仕打ちではない。

 睡眠時間とかが足りなくて私の身長や胸が成長しなかったら、将来的に訴訟も辞さないつもりだ。

 ……とか言ってみるけど、実際は口答えする余裕すらもなかった。

 

「床?」

「そうそう。 道端のゴミである私めはこれから床でも舐めてみようかなーえへへと」

「……本当に、大丈夫なのか霊夢」

「……平気」

 

 実は、先生はもう私が何に苦しんでるのかを知ってる。

 あまりに私のやつれ具合がヤバいので、何度か博麗神社に怒鳴り込みに来たこともある。

 紫と喧嘩になりそうになったこともあるが、その度に私が止めていた。

 一応は私が望んで始めたことなので、途中でやめる気はないのだ。

 ってよりも、なんだかんだで修業の成果自体は出てるので、私としては文句を言える立場にはない。

 

「そうか……どうしても辛いなら、たまにはこっちを休んでもいいんだぞ?」

「それは、絶対に嫌」

 

 毎日修業15時間にされてたまるか。

 先生の頭突きさえなければ私にとって寺子屋は苦悩を感じずに過ごせる唯一のオアシスとなっているので、絶対に休みたくはないのだ。

 私はキッパリと断ってそのまま一人で教室に戻った。

 

 フラフラの足取りで、自分の席にうつ伏せになる。

 近くにいた子供が何か言っていたが私の耳には入らない。

 既にちょっとした仮眠の時間に入っているからだ。

 わかっているとは思うが、私は寺子屋というもの自体には興味がない。

 「学業も子供の仕事」と、昔は絶対に言わなかった名目を乱用して修業の時間を少しでも減らそうとしているだけなのだ。

 そして、授業中に寝たり真面目にやらなかったりすると、学業をする気がないとみなされて身体をつねられた挙句に博麗神社に強制連行されたりする。

 だから算数の時間などは必死に睡魔と闘わなければならない。

 

 だけど、昔のように寺子屋の授業に全く興味がないという訳でもない。

 今年からは、待ちに待った授業が一つだけあるからだ。

 

「よーし。 じゃあ、授業始めるぞー!!」

 

 それが聞こえた瞬間、クラスの空気が一変した。

 それとともに私も顔を上げる。

 子供たちの目が死んでいくのがわかる。

 

「教科書中巻の420ページと資料集の1362ページを開けー」

「……」

 

 寺子屋名物っ! 上白沢先生のっ!! 歴・史・講・座―、わーパチパチパチ。

 テンションが上がっているのはどうやら私だけのようだ。

 いや、私は疲れ切って死にそうな顔をしているので、クラス内に生きた目をした子供は誰一人としていない。

 

 先生は基本的にはわからない子に合わせて授業を進めるが、こと専門の歴史についてだけは勝手に喋りたいことを喋りまくる。

 今までの読み書きや算数の教科書は所定のものを使い、1年分でも多くてせいぜい200ページくらいだった。

 だが、歴史だけは先生自らが作成した500ページあまりの上・中・下巻3冊セットの教科書と、およそ2000ページの歴史資料集を駆使する。

 ノートを取ることを考えると、どうやってこんな小さい机でそれを開くんだってくらい頭の悪い構成だ。

 当然、人数分のそれを揃えきるのは厳しいので、前回先生が担任をしていたクラスの卒業生から全巻寄付されるのが恒例行事となっている。

 

「――して、幻想郷においても近年、妖怪の山に住む河童により多くの科学技術が開発されているが、これは外の世界から来たのではなく、資料集411ページに参照されるような第一次月面戦争により知られることとなった月の技術の名残という説も――」

 

 子供たちは先生の声が聞こえているのかいないのかわからないほどに、ゲンナリとした顔でひたすらノートを取っている。

 先生はそんなことお構いなしに目をキラキラと輝かせながら、止まることなく早口で授業を進めていく。

 この授業を子供たちが甘んじて受けているのは、この授業でふざけたり寝たりすると、いつもの倍の威力の頭突きが飛んでくるからだ。

 先週頭突きを食らった隣の子なんて、既に洗脳されたかのように病んだ目をしていて怖い。

 

 だけど、今まで授業が退屈でしょうがなかった私にとっては、むしろこの授業は最近の唯一の楽しみだった。

 寺子屋で唯一、私の知らないことが飛び出してくる授業だからだ。

 博麗大結界を隔てて存在する外の世界の歴史と幻想郷の歴史の関係性など、この授業には幻想郷の知られざる不思議が詰まっている。

 書籍などを参考にした事実情報だけでなく、先生自身の見解を交えた新たな考察を述べつつ、今の幻想郷を解明していく。

 しかも月面戦争みたいに紫が出てくるものや、先代の博麗の巫女が関わった出来事など、私の身近なことと繋がっている部分があるのも興味を惹く一因となっている。

 もう、寺子屋の授業はずっとこれでいいんじゃないかと思うくらい私の心はワクワクでいっぱいだ。

 まぁ、他の子供は度々ページが移動する資料集を開くのに必死で、内容なんて頭に入ってないだろうけどね。

 

「……では、今日の授業はここまでだ。 みんな、ちゃんと復習しておくんだぞ」

 

 ああ、もう終わりかぁ。

 やっぱり面白い授業ほど早く終わってしまうものだ。

 そして、この授業が終わった瞬間にみんなスイッチが切れたように机に突っ伏してしまい、静かな休み時間が得られるので至れり尽くせりだ。

 私は皆に合わせるように眠りに入る。

 

 だが、この授業で皆が大人しくなってしまうことを抜かしても、このクラスにはあまり活気がない。

 私にとってはどうでもいいことだけど、正直言うと周りの雰囲気が辛気臭い上に勉強のペースも遅くなって少しだけ迷惑だ。

 やはりリーダー的な存在がいないと、集団というのはこうもダメになってしまうのかと痛感している最近である。

 こうなったのも、あいつがいなくなってからだ。

 霧雨魔理沙とかいうボス猿が、不登校になってしまってからだった。

 

 ……いや、べ、別に私はあいつのことが気になってる訳じゃないのよ。

 本当よ、本当にあんなチビに興味なんてないんだからねっ!!

 

 

 


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