今回は妹紅視点です。
「……遅おおおおおおいっ!!」
博麗神社の中心で、私は叫んだ。
門番と戦ってた時を最後に途絶えた、紫からの連絡。
たとえ紅魔館の中に入れなくても、霊夢たちがスペルカード戦をしてるのなら何かしらの変化を感じ取れてもいいはずだ。
なのに、それでも何の連絡もないってのは流石に不安になってくる。
「ああああっ、もう限界だっ!!」
「待て妹紅、紫様を信じろ」
「でも!!」
「別に紫様とて、指を咥えて見ている訳ではない。いざという時にはどんな手段を使ってでも霊夢を守ろうとすることくらい、お前が一番わかってるだろう?」
「……そう、だけど」
確かに藍の言う通り、紫はいつも私より冷静に霊夢に助け船を出す。
だけど、不安なのは霊夢や魔理沙のことだけじゃない。
紫の能力が紅魔館の内部に及ばないとは聞いていたけど、それなら何も把握できないっていう報告があっても不思議じゃない。
なのに、何時間も音沙汰無しってのは不自然すぎる。もしかしたら紫の身にも何かあったのかもしれないんだ。
「だから、そう焦るな。紫様が戻るまで大人しく待っていろ、いいな」
藍はそう言って腕を組んだまま目を閉じた。
自分は紫を信じていると、何も心配していないとでも言いたげな表情のまま、静かに待っている。
「藍」
「どうした」
「……いや、何でもない」
そう、表情は冷静だ。
だけど、言ってやるかどうか私はすごく迷っている。
「霊夢、大丈夫かな」
「……」
藍の帽子が揺れ動く。
「紫も、もしかしたら捕まってたり…」
「しつこいぞ」
尻尾が、ピクピクってなった。
さっきから紫や霊夢の名前を出す度に自分の耳や尻尾が反応していることに、藍は気づいているのだろうか。
顔がシリアスなだけに、さっきからどうしても話を切り出せないんだよな。
「藍は心配じゃないのか?」
「ここで慌てふためいても仕方あるまい。私は八雲の名を背負う筆頭式神だ、いついかなる時も冷静さを失うことなどあってはならないからな」
「……ぶふっ」
「何だ」
「あ、悪い、何でもない」
くそっ、我慢しろ私、ツッコんだら負けだ。
さっきからカッコつけてるみたいだけど、落ち着きがないのはどう見ても藍の方なのだ。
私が叫ぶけっこう前から、あんなでかい九本の尻尾がわっさわっさと揺れてるもんだから私としても気になってしょうがなかった。
でも、それを言って藍がまた前みたいに微妙なテンションになったらと考えると、何も言えない私。
「全く、少しは落ち着け。お前も、まだまだ精神的には修行が足りんようだな」
……でも、今のは流石にイラっとした。
もうツッコミ入れてどうなっても私は悪くないよな、うん悪くない。
という訳で、もはや恒例となった藍のカリスマブレイクタイム、はっじまっるよー。
「そういう藍こそ…」
「ふーん。言うようになったじゃない、藍」
「ほぁっ!?」
と、私が言う前に突然変な声を上げて倒れ込んだ藍。
尻尾の間から、いやらしく毛並みを撫で回すような一本の手が生えてきていた。
「口では随分と強がってたみたいだけど、尻尾は正直なようねぇ」
「や、やめっ、おやめください紫様っ」
「ふふっ、よいではないかよいではないか」
いつの間にか地面で悶えている藍と、隙間から上半身だけ出して藍の尻尾を甚振ってる紫という構図。
……大丈夫かこれ放送コード的に。あっちの物陰から橙も見てると思うんだけど。
いや、別に変なことしてる訳じゃなくてただ単に紫が藍の尻尾を撫でてるだけなんだけどさ。
藍って尻尾弱いんだっけか。橙とかけっこうもぐりこんで抱きついてた気がするから全然平気なんだと思ってたんだけど。
でも今はそんなどうでもいいこと考えてる場合じゃない、大事なのは……
「何やってんだよ紫。霊夢たちは大丈夫なんだろうな?」
「あら、今日は妹紅は乗ってくれないのね。紫ちゃん寂しい」
「それどころじゃねーだろうが」
「もう。せっかちね」
紫が残念そうに藍から離れる。
藍が「くふぅ……」みたいな声を出しながら息切れしてた。
普段なら一緒になって藍を虐めてもいいとこだったけど、不安とかの要素の方が大きくて今は流石にそういう気分にはなれなかった。
まぁ、こんだけ遅くなっといてこのテンションってことは、霊夢たちは無事だったってことだろうけど。
「そ、それで紫様、霊夢たちはどうなったのでしょうか」
「安心して、とりあえずは2人とも無事よ。ただ、やっぱり館の中はこれまでみたいに簡単にはいかなかったみたい」
紫の話では、どうやら霊夢は咲夜にあっさり負け、魔理沙はパチュリーと勝負すらできなかったらしい。
まぁ、2人とも門番の所で既にボロボロだったっぽいからな。それに、見た感じ咲夜の実力は霊夢よりだいぶ上っぽかったし、こればっかりはしょうがないんだろう。
だから、確かにこれも予想の範疇ではあったんだけど……そしたらこれからどうなるんだ?
っていうか、やられたのなら一旦帰ってきたりしないのか。
「でね。十六夜咲夜とパチュリー・ノーレッジが霊夢と魔理沙を鍛え直すことになったみたいなの」
「……はあ? 鍛え直すって?」
「なんでも、時間操作の能力を使って2人に稽古をつけてくれてるみたいでね。色々事情があって、異変がうまく回らないと困るのはあっちも同じなのよ」
何を隠してるのかは知らないけど、実際はこの状況も紫の想定内だったという。
まぁ、そんな想定とか私は何も知らされてなかったけどな、私は!!
そんなこと私が知ったところで別に何も変わらないってのはわかるけど、もっと信頼してくれてもいいんじゃないかと思う。
隠し事をしてるのは紫だけじゃないので、私もあんまし強くは言えない訳だけど。
「なんとなく状況はわかったけど……本当に信用していいんだろうな、紅魔館の奴らは?」
「大丈夫よ。本来であればあの4人の中で不安要素は紅美鈴だけだったのよ。だから藍に直接視察を頼んだんだけど…」
「も、申し訳ございません」
「いいのいいの。彼女はちょっといろいろ測り難い部分があるから」
確かにそいつは、聞いた感じちょっと危ない雰囲気があるよな。
実際に会ったことある訳じゃないけど、出会い頭に問答無用に霊夢をぶっ飛ばしたって聞いた時はどうなることかと思ったし。
「でも、前回の視察での所感も含めると、他の3人は霊夢たちに極端な危害を加えたりはしないと思うの。だから、紅魔館の中にさえ入れれば心配ないはずだったんだけど……」
「例の、もう一人の吸血鬼か」
あの地下深くにいた、何か。
扉越しでもわかるくらい、確かにアレはヤバい代物だった。
もし仮にこの異変の最中に表舞台に出てくることがあれば、たとえレミリアの反感を買ってでもどうにかしなきゃならないと思う。
「まぁ、確かにそれもあるけどね」
「へ?」
「でも、その件については少なくともこの異変の間は一切の接触をしないことでレミリアと合意したから。まぁ、あっちが本当に私を信じてくれてるかはわからないけど、少なくともレミリアはもう一人の吸血鬼が出てくることを望んではいないはずよ」
「なら、一体何があるってんだよ」
「……アリス・マーガトロイドのことですか」
「ええ、問題はそこよ」
え、アリスのこと?
確かにあいつはいろいろ面倒な奴だけど、例の吸血鬼以上の問題になんてなるのか?
「そもそも、本来であればこっちの味方だったはずのアリスが、レミリアたちの側についてること自体が私にとって完全に想定外なのよ」
「でも、アリスがあっちにいるのがそんなにヤバいことなのか?」
「さてね。それがヤバいかどうかわからないから厄介なのよ」
まぁ、確かにアリスの行動は全く読めないからな。
綿密に計画を立てて動く紫にとっちゃ、敵味方問わず状況をカオス化させるアリスは存在自体が爆弾みたいなものなんだろう。
「……でね、アリス自身のことは私も詳しくは知らないけど、幽香の友人だってことは前に話したわよね」
「本人は思いっきり否定してたけどな」
「でも、そこに深い繋がりがあることは確実だった。だから、私はアリスが何か企んでるかを知らないか、念のため幽香に直接聞きに行ってたのよ」
あー、なるほど。それで遅くなってた訳か。
っていうか前の一件といい、もしかして紫も風見幽香と仲いいのか。
なんか風見幽香って孤高の一匹狼って感じの妖怪だと思ってたんだが、意外と友達多いのか。
まぁ、普通にしてれば悪い奴には見えないし、変なイメージがついてるだけなのかねぇ。
「で、なんて言ってたんだ?」
「何も知らないと。ただ、関わらない方がいいとだけ忠告されたわ」
「なんだよ、結局何もわかんねーんじゃねーかよ」
「いや、風見幽香は紫様を相手にしてすら全く動じることはない。にもかかわらず、アリス・マーガトロイドのことになると途端に口を濁す。それだけで、十分だろう?」
……まぁ、それは確かに何か気になるかもな。
それだけ聞くと、あの風見幽香がアリスのことを紫以上に特別視してるようにも聞こえるし。
でも私の予想じゃ、知られたくない過去があるとか、別の意味で関わりたくないとかじゃないかと思う。
私や藍も、メイド服とか着せられてさんざん虐められたことあるしな、風見幽香も似たような弱みを握られてるんじゃないかね。
「とにかく、今の私にとって一番の不安要素はアリスなの。だから、アリスから直接話を聞きたいところなんだけど…」
「レミリアとの約束で紫はあの館に入れない、つまりアリスには会えないってことか」
「そうよ。私と貴方と藍は、ね」
「ん?」
あー、なるほど、わかってきた。
つまり、あの場にいなかった橙や、一応あっちの側の味方ポジションだった慧音は例外になってるってことか。
本当はむしろ慧音がこの異変のそもそもの元凶なんだが……知らぬが花ってヤツか。
「だから、私は橙にもう一度視察をお願いしようと思うんだけど、一人じゃ心もとないから慧音にも協力を仰ぎたいのよ。でも……最近どうしたのよあの子、大丈夫なの?」
「あー、大丈夫だと思うけど、そっとしといてやってくれ。私の方から一応打診はしとくから」
「お願いね」
そう言って、紫は早速とばかりに人間の里への隙間を開いた。
もう夜も更けてきたし霧のせいで誰も外には出てなそうだけど、慧音のいそうな所ならある程度の予想はつく。
まぁ、今は精神的に病んでそうだから、地雷踏まないよう扱いには注意しないとな。
「そんじゃ、私は早速慧音に……っ!?」
だけど、紫が開いた隙間は次の瞬間閉じていて。
同時に、紫たちの姿が消えていた。
場所は変わらないはずなのに、それでも私以外の誰もいなくなっている。
そして、まるで別世界に迷い込んだかのように視界が歪む、異様な感覚が私を襲っていた。
「なっ、これはまさか……」
普通なら、突然そんな異常事態に遭遇したらパニックに陥ってしまうだろう。
だけど、私は冷静だった。
この感覚をよく知っていたから。
多分、紫たちが消えた訳じゃない。消えたのはむしろ私の方なんだ。
これは、私の時間軸だけを他の生物の時間軸から問答無用に切り離して別の歴史の中に閉じ込める異空間。
咲夜みたいに一時的に時間を操る能力じゃない、時間という単位そのものを支配する力。
紫の力ですら介入できない……いや、同じ土俵にすら立たせてもらえない、悪魔のような力だ。
「妹紅いるー?」
そして、気の抜けたその声を聞いて、私の予感は確信に変わった。
私には一つだけ、誰にも言っていない秘密がある。
霊夢に隠してることはけっこうあるけど、紫も慧音も知らないのは多分これだけだ。
だけど、私はたとえ相手が紫であっても、これから先も知らせるつもりは全くない。
だって、これは私だけの因縁だから。
紫たちと会う前からずっと続いている殺し合いの歴史を、掘り返したくないから。
何より、憎しみという魔物に憑りつかれてしまった私の本当の姿なんて、誰にも見てほしくないから。
「あ、いたいた」
「どうしてお前が、こんな所に…」
「いや少し相談、というか頼みがあってね。ちょっと上がるわよ」
図々しくも神社に入ってきたのは、私の前に立ち塞がる生涯の仇敵。
私の全てを狂わせた、私の人生とは切っても切り離せない宿命の相手だった。