霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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今回は霊夢視点です。




第65話 : とても手に負えない

 

 

 

「……うぐぅ」

「もうそろそろ、ご満足いただけましたか?」

 

 さて、また一つ弾幕戦が終わり、今の私は勝負の過程を語りたくなくなっていた。

 館に入って少しすると魔理沙の姿が突然消えて、きっとこの咲夜って奴の仕業だと思ってその場で弾幕戦を仕掛けたんだけど。

 ぶっちゃけ、勝負にならなかった。

 0勝3敗、この10分足らずでの私とこいつのスペルカード戦の戦績だ。

 美鈴と違ってちゃんとルールに則ってきた訳だけど、全く勝てるビジョンが浮かばなかった。

 まぁ、単騎で橙と藍の二人を倒すような奴みたいだしね、逆立ちしたって今の私じゃ敵わないって訳だ。

 途中までまだまだ私はやれるとか思ってたけど、だんだん強がるのも空しいだけな気がしてきたのよね。

 

「……わかったわよ、私の負け! ぐうの音も出ないわ」

 

 だって卑怯よこいつ、一瞬で目の前に弾幕が張られてるんだもの、あんな突然避けられる訳ないじゃない!

 時間停止能力があまりに強力すぎるし、しかも根本的な身体能力も私より上だった。

 私が勝てる部分なんて空間把握能力や飛行能力くらいだけど、狭い室内での勝負じゃそんなの大して役に立たない。

 しかも私はもう美鈴との戦いで既にボロボロなので、そもそもまともに勝負ができる状態にはないしね。

 ……まぁ、結局は全部ただの言い訳で、単純に私よりこいつの方が強かったってだけの話だけど。

 

「ありがとうございます。では、少し落ち着いて話をしたいので、場所を移しましょうか」

「……うん」

 

 そうして、一切顔色も変えずしれっとした態度のまま連れて来れられたのは、紅魔館の一室。

 シンプルな造りに、同じメイド服が数着。多分、こいつの部屋ってことなんだろう。

 客用の椅子に座りながら不機嫌そうに足を組んで待つ私に、こいつはお茶と茶菓子を2つ運んでくるとともに、私の正面に座った。

 

「……で? あんたの目的は、私と魔理沙の分断だったって訳?」

「いえいえ。そんなことはありませんよ、必要ないですし」

「私たちなんて、一人だろうが二人だろうが大差ないってことね」

「率直に言えば、そういうことですね」

「ふん、嫌味な奴……って旨っ、何これ!?」

「そちらは本日の紅茶、水出しのアールグレイティーとスコーンでございます」

 

 強さ、プロポーション、立ち振る舞い、女子力。……今のところ何一つとして私は勝ててないし、全てにおいて負けた気分になるわ。

 何というか、本当に子供扱いされてる感じで惨めになってきた。

 しかも私を負かしておきながらも、別に嫌味を言っているように見えないくらい淡々としてるのが余計に腹立つ。

 

「……ま、返す言葉もないけどね。自分の力不足くらい身に染みてるわ」

「いえいえ。二人がかりとはいえ、人間が実戦で美鈴を出し抜けること自体が異常ですから」

「ふーん、あんたは?」

「私は、貴方たちより少しばかり長生きしてますから」

 

 要するに、自分なら一人でもいけるってことね。ま、当然か。

 見た感じ私より3,4歳くらい上なのかしら、まぁ年齢差を言い訳にするのもカッコ悪いからそれ以上は言わないけど。

 でも、正直まだ全然子供って言って差し支えない年齢のはずなのに、この風格は只者じゃないのがわかる。

 私が言うのも何だけど、こいつは本当に人間なのかとマジで疑うわ。

 

「それで? 話を戻すけど、私と魔理沙を分断した本当の目的は?」

「至ってシンプルです。お嬢様は、博麗の巫女に。パチュリー様は、魔法使いに用があった。だから、別々の行き先にご案内しただけです」

 

 なるほどね。ま、理屈は通ってるのかしら。

 でも、それなら私をここに連れてきた理由は少し謎だ。

 見た感じ、こいつは完全に忠実な部下のタイプだろう。

 なら、主の客人をボコボコにして先に自分の部屋に招き入れることなんて、普通はしないはずだ。

 

「なら、あんたの興味も私にあったって訳?」

「まぁ……正確には、先代巫女の娘である貴方に、ですが」

「あー、なるほど」

 

 なんとなく、何があったのか見えてきた。

 あのガイドブックを見た感じ、橙たちだけじゃなくて藍や母さんたちも多分、私たちが来る前に既に紅魔館に来ていたんじゃないかと思う。

 で、母さんとこいつの間で何かあったと。

 

「それで? あんたは私に何の用な訳?」

「率直に申し上げますと、貴方にはお嬢様に会う前にもう少し力をつけていただきたいと」

「……は?」

「ですから、貴方が……今の博麗の巫女が予想よりも弱かったので、私が何とかしようかと」

 

 ……うん。オーケーオーケー、落ち着こう。

 別に私に喧嘩売ってる訳じゃないってのはわかる。

 だけど、何かいろいろイラッと来たので、ここからは会話内容をダイジェストでお送りするわ。

 

 しばらく前、この異変を安全に運営するためのゲームと称して、紫たちが紅魔館に攻め入ったらしい。

 多分あのガイドブックを作るためというか、視察かなんかのためだったんだろう。

 で、咲夜はその時に母さんにやられたみたいで、それで母さんは調子に乗って吸血鬼までぶっ飛ばしたという。

 けど、その後なんか吸血鬼の逆鱗に触れることがあって、完全に紅魔館のメンバーと母さんたちは対立することになったとか。

 その状態で、異変がスタートしたって訳だ。

 ……いや、でもそれ要するに母さんが博麗の巫女やってればもう吸血鬼退治も終わってたってことじゃない、何か本当に調子乗ってすみませんって謝りたくなってきたわ。

 

「そんで、どうしてあんたは私に力をつけてほしい訳?」

「いや、貴方があの巫女の娘だというので、てっきりお嬢様にワンチャン入れられるくらいの実力はあるのかと思ったんですが」

「……期待外れで、悪かったわね」

「まったくです」

 

 ……ちょっとは遠慮しろよこいつ。

 力不足なことなんてわかってるけど、流石の私もちょっと心が折れてきたわ。

 ぶっちゃけ、私もう泣きそう。

 

「っていうかさ。その言い方じゃ、あんたは自分の主に負けてほしいみたいに聞こえるけど」

「そうですね。まぁ、私といいますか、正確に言えばお嬢様自身が退治されることを望んでいますので」

「はあ!? 意味わかんないんだけど」

 

 半分冗談のつもりで言ったのに、まさかの的中という。

 いい勝負をしたいとかならわかるけど、私に負けるためって、じゃあなんでこんな異変起こしたのよ。

 ってか、普通おかしいとか思わない、それ?

 

「そうですね。ですから恐らく、パチュリー様も美鈴も困惑しているんですよ」

「……で、美鈴は吸血鬼の意向に背いて、私を追い返そうと襲い掛かってきたと。それで罰したりとかしないの?」

「いえ。お嬢様は命令もしますが、強要はしません。自分の行動に最終的な判断を下すのは、あくまで私たちの自由意志によるものになります」

 

 えー何それ、吸血鬼って暴虐の王ってイメージなんだけど、意外と理想的な為政者って訳?

 でも、逆に言えば全然統率取れてないってことじゃない、大丈夫なのこの館。

 

「まぁ、少なくとも私がこの館に拾われてから今までの数年は、パチュリー様や美鈴がお嬢様と道を違えることなんてありませんでしたけどね」

「……そう、でしょうね」

「ですが、身勝手とは思いますが、美鈴を悪く思わないでください。美鈴は美鈴のやり方で、お嬢様の力になりたいと思っているだけなんですから」

 

 そうね、それはよくわかるわ。

 少なくとも、美鈴からは吸血鬼への反感なんて全く感じられなかった。

 むしろ私は、必死にそれを守ろうとしている信念を感じたくらいだもの。

 でも、私は納得いかない。

 そもそもの、一番の謎に全く触れていないのだから。

 

「んで? 美鈴の時も謎だったんだけど、あんたたちは結局その吸血鬼に逆らってまで一体何がしたいのよ?」

「そうですね。いろいろ事情は複雑なのですが……目的は全員、お嬢様を助けることで一致してるはずです」

「だから、お嬢様ってのは吸血鬼のことでしょ? むしろあんたたちより強い奴を、何から助けようってのよ」

「いえ、それはわかりません」

「……訳わかんないわよ、それ」

 

 つまりは、幻想郷の王とまで言われた吸血鬼を脅かす何かがあって。

 それが何かはわからないけど、吸血鬼は助けてもらうことを望んではいない。

 一方で、美鈴やその魔法使いは一体誰なのかもわからないそいつから吸血鬼を助けようとして独断で動いていて。

 その結果、私は美鈴に敵意を向けられて、あんな死闘が始まってしまったと。

 なるほど、さっぱりわからん。

 

「じゃあ、あんたは一体どうしたいのよ」

「私は、お嬢様の忠実なる従者ですから。私はただ、お嬢様の望むままに動くだけです」

「……そう」

 

 だけど、一つだけわかった。

 その吸血鬼は、ずっと何かと一人で戦っている。

 美鈴も、パチュリーって奴も、自分なりに考えて動き続けている。

 なのに、こいつは……

 

「あんたには、自分の意志はないの?」

「はい。必要ありませんから」

「っ!? ……必要ないって、何よ。だったら、美鈴のやってることも必要ないっての? 主が間違ってるのなら、それを正すのも従者の役目じゃないの!?」

 

 こいつだけは、何か違う。

 正直、見ててイライラした。

 何なのこいつ、お嬢様の言う通り、お嬢様の望むままって、そんなの忠義でも何でもないのよ!!

 

「そうですね。確かに、そういう考え方も必要でしょう」

「だったら!」

「ですが、お嬢様が間違った道に進もうとすれば、パチュリー様が叱り、引っ張ってくれます。小悪魔が和ませ、見守ってくれます。美鈴が盾となり、戦ってくれます。……では、それなら一体誰がお嬢様の味方をするのですか?」

「え?」

 

 私は一瞬、言われたことの意味が理解できなかった。

 だって、どう聞いても吸血鬼の味方しかいないような状況なのに。誰も吸血鬼の味方がいないかのように言う意図がわからなかったから。

 

「確かに、今のお嬢様は間違った道に進んでいるように見えるのかもしれません。それが仮に本当に間違いだったのなら、きっとその道から救い出そうとする人も必要なのでしょう。でも、それなら今のお嬢様の気持ちは? お嬢様もきっと悩んだ末の決断なのに、信じていた仲間からも間違ってると言われ続けてなお一人で進むお嬢様の気持ちは、一体どうなるのでしょうか」

「それは……」

「確かに、私は卑怯なのかもしれません。あえてお嬢様に逆らう道を辿らず、ただ言われるままに動くだけ。ですが―――」

 

 咲夜の瞳に、一切の曇りはなかった。

 ただまっすぐ迷いなき目で、

 

「たとえ世界中の誰がお嬢様を否定しようとも、それでも根拠もなくお嬢様が正しいと頷いてあげられる。そんな人が、一人くらいいてもいいとは思いませんか?」

 

 咲夜の確かな覚悟を突きつけられて、私はもう何も言い返せなかった。

 自分を捨てて誰と対立しようとも、主の心を決して一人にはしないために。

 こんなにも誇り高く忠誠を誓った従者の在り方を、私の浅はかな正義は何もわかっていなかった。

 

「ですから、私はただお嬢様の望むよう、お嬢様が博麗の巫女に敗れる結末を求めます。そのためなら、何でもすると決めていますから」

「……強いのね、あんた」

「少なくとも、貴方よりは」

 

 もう、反論する気も起きない。

 私はきっと、何か一人で勘違いしてた子供に過ぎないのだろう。

 私は、深く考えるのをやめた。

 

「……じゃあ、頼むわよ」

「はい?」

「私が吸血鬼に勝てるようにしてくれるんでしょ、よろしく頼むって言ってんのよ!」

 

 こんなのまだ、今の私に介入できるような次元の話じゃないわ。

 だから、まずは私はただ私のすべきことを達成するためのベストを尽くすだけよ。

 咲夜の思いどおりに利用されてもいい、私は博麗の巫女としての私の進むべき道を行くわ。

 

「そうですか、ありがとうございます。では、参りましょうか」

「で? 具体的には何をすんの?」

「まずは地下図書館へ向かいましょう。きっと、あちら側の話も終わった頃でしょうから」

 

 あちら側、といきなり言われても何のことかはわからない。

 けど、そんなところにいちいちツッコんでもしょうがないので、私はそのまま咲夜に連れられて地下へと向かうことにした。

 

 

 


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