霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第62話 : 正直ちょっとくらい休憩したかった

 

 

 

 腕が千切れそうだった。

 消耗させたはずのエネルギーは、それでも大気を歪ませるほどの衝撃で美鈴を打ち抜いていく。

 私の耳には、何も届いてこなかった。

 美鈴の声も私の叫ぶ声すらも、爆音のせいで何も聞こえなかった。

 

 やがて、頭がおかしくなりそうなほどの耳鳴りが止むとともに、私は空気を一気に吐き出した。

 息切れし過ぎて顔を上げるのも辛かったけど、それでも何とか視線を上げようとする。

 そしたら、確かに見えた。

 抉り取られた大地と、辺りに濛々と立ち込める土煙、無残に砕け散った紅魔館の正門。

 そして……

 

「……うっそ。冗談、でしょ?」

 

 土煙の中に、人型の影があった。

 なすすべもなく吹き飛び、ぶつかった衝撃で鉄の門を砕きながら。

 それでも、美鈴は未だ門前に立っていた。

 

「ぐっ……」

 

 耐えきれなくなったのか、美鈴は遂に倒れ込んだ。

 流石の美鈴も、もう限界だったのだろう。

 なのに、私は思ってしまった。

 負けたと。

 私は立っていて、美鈴は倒れているのに、それでもどうしようもない敗北感だけはぬぐい切れなかった。

 だって、あの場面にあってもなお、確かに美鈴は守り切っていたのだ。

 もう見る影もない正門とは対照なほどに傷一つない紅魔館の姿は、門番としての美鈴の勝利をこれ以上なく飾っているようにしか見えなかった。

 

「霊夢っ、大丈夫か!?」

 

 どのくらい立ち尽くしていたのだろう、それもわからない。

 それでも、魔理沙の声が聞こえて、私はハッとしたように顔を上げた。

 魔理沙の声は焦ってたけど、その表情は強張ってはなかった。

 私が勝つって信じてくれてたってことかしら、まぁ気恥ずかしくてそんなこと聞けないけど。

 

「……ええ。おかげさまでね」

「いや、お前の心配なんかしてねーよ、あいつのことだよ!」

 

 ……ああそうね、そんなことだろうと思ってたわよ。

 まぁ、魔理沙も魔理沙で全力ぶっ放したんだろうから、不安だったのもしょうがないかしら。

 でも実際のところ、美鈴が立っていられたのも、魔理沙のおかげっていうのもあるのかな。

 私の全力を、当てずに済んだから。

 魔理沙があの力を無事に美鈴に届くレベルまで消耗させてくれたからこそ、今こうして私たちの前には生きた美鈴がいるのだろう。

 

「ああ、だいぶ重症だとは思うけど、多分大丈夫だと思うわ。むしろあいつ、ちょっと前まで立ってたのよ」

「……そいつはよかった、のかな。そんじゃ、あいつが起きてくる前に早いとこ次に行こうぜ」

「待って、魔理沙」

 

 やっと歩き出せたその足で、私はヨロヨロと美鈴のもとへと近づいていく。

 

「私たちの勝ちで、いいのよね。美鈴」

「……」

 

 私は、私たちの勝利宣言だけは、美鈴に向けてはっきりと声にした。

 何を言うよりも先に、自分に言い聞かせるようにそう呟くことしかできなかった。

 そうでもしなきゃ、門の前で全てを受け止めて踏みとどまった門番に、とても勝った気分になんてなれないから。

 だけど、それで終わっちゃいけない。

 美鈴はただの通過点なんかじゃない。

 このまま美鈴を無視して先に進むことなんて、許されるわけがないんだ。

 

「そんで、追い打ちをかけるようで悪いけどね。私たちが勝ったんだから、聞かせてほしいことがあんのよ」

 

 私は、どうしても気になってしまった。

 どうして、美鈴はあそこまで頑なに私たちを拒んだのか。

 こんな霧を出せば、いつか博麗の巫女が来ることなんてわかってたはず、っていうか紫がその件については話し合い済みのはずなのだ。

 美鈴の話じゃ、吸血鬼は今回の件について、ちゃんとスペルカードルールに則るつもりだったという。

 なのに、美鈴はそれを無視した。

 思慮分別のない相手だとは思わないし、私はどうしても美鈴の本心を知りたかった。

 

「あんたが口にしてたお嬢様ってのは、ここの吸血鬼のことよね」

 

 私が最初に負けそうになった時に美鈴が呟いていた、その言葉。

 あの時に見た涙は、きっと嘘の涙なんかじゃなかった。

 何か大切なものを一人で抱え込んでいるかのような、そんな眼差しだった。

 

「あんたはそいつを助けたかったの? そのために、そこまで必死だったって訳?」

「そんなの、お前には関係ない」

 

 ……また、その目だ。

 私は今まで美鈴と会ったことはない、全くの初対面のはずなのに。

 美鈴が私に向ける眼差しからは、まるで親の仇のような憎しみのこもった感情ばかりを感じる。

 

「……行こうぜ、霊夢」

「でも」

「わかるだろ、無駄だ。そいつは簡単に口を割る奴じゃない」

「……そうね」

 

 まぁ、私もそう簡単にいろいろ聞けるだなんて思ってはいなかったけどね。

 美鈴が抱えてるのは、こんな会って間もないガキに易々と相談するような、薄っぺらな何かじゃないことくらいはわかってる。

 だけど、はいそうですかとそれで納得できるほど私も大人ではない。

 私が美鈴に言ってやることは、もう決まってるんだ。

 

「まあいいわ。でも安心してなさい、美鈴」

「……」

「何を勘違いしてんのかは知らないけど、私たちはあんたたちの敵なんかじゃないわ。あんたの悩みもそのお嬢様の悩みも、私たちがまとめて解決してあげるから」

 

 大して何もできない子供が、随分とおこがましいことを言っているのは自分でもわかっている。

 だけど、私が目指すのは、妖怪も人間も共に笑っていられる幻想郷であることだから。

 それは異変を起こした張本人だって例外じゃない。

 私は、異変を本当に解決するっていうのは、異変の元凶ともわかり合うってことだと思う。

 だったら、美鈴やここの吸血鬼が本当に困っているのなら、それを助けてあげるのもこれからの私の役目なのだ。

 別に何と思われたってかまわない、私がそうしたいからそうするだけ。

 だから、それだけ勝手に言い残して、私は美鈴に背を向ける。

 

「……ふざけるな」

「え?」

 

 だけど、背後からの声に導かれるまま振り返ると……正直、ゾッとした。

 嘘でしょ、まだ立つ気なの、こいつ?

 どうして、別にそこまでしなくても……

 

「まだ、終わってない。私はまだ――戦えるっ!!」

「っ!?」

 

 なんでこいつ動けるのよ、こんな状態で!?

 とか驚いてる場合じゃない、このままじゃ魔理沙が危ないのに、結界を張るのも間に合わない!!

 でも、これ以上攻撃したら流石の美鈴も死んじゃうかもしれない、だけど……っ!!

 

「魔理沙っ。逃げ…」

 

「はーい、そこまで」

 

 その声が聞こえた瞬間、美鈴の姿はなかった。

 代わりにそこにあったのは、間抜け面のまま首筋にナイフを突きつけられている魔理沙と私。

 そして、その背後にもう一人。

 

「お待ちしておりました、博麗霊夢様に霧雨魔理沙様ですね」

 

 ……うわぁ、何これおかしいでしょ。

 後ろの奴、さっきまで気配すらなかったし、正直何が起こってるのかさっぱりだ。

 いや、あのガイドブックのおかげで、なんとなく想像はつくけど。

 

「私、紅魔館メイド長の十六夜咲夜と申します」

 

 やっぱり、こいつが例の時間操作者って訳だ。

 私たちが美鈴の奇襲で焦ってる一瞬で、時間を止めて美鈴をどこかに移動して私たちを捕まえたってとこかしら。

 わかってはいたけど、美鈴を倒してホッとしてる場合じゃないみたいね。

 紅魔館のメイド長、危険度はAAAランクで藍と同等以上の使い手。

 忘れるな。私は今、本当に次元の違う奴らを相手にしてるんだ。

 

 ……っていうか、あれ?

 でも、今なんて言った? こいつ確か、

 

「今、お待ちしておりましたって?」

「はい。レミリア・スカーレット様と、パチュリー・ノーレッジ様がお待ちです。大事なお客様なので、私がお迎えに上がりました」

 

 えー。何よ、私たちって本来は招かれざる客じゃないの?

 何か美鈴には完全に拒絶された訳だけど、それって本当に美鈴の独断だったってこと?

 

「まぁ、いろいろ積もる話もあると思いますので、まずは中へどうぞ」

 

 それだけ言って、ナイフをしまって一人で館内に歩いていった。

 なるほど、今のは別に捕えるためじゃなくて力関係を示すためのパフォーマンスってことか。

 確かに今のだけで、逃げてどうにかなる相手じゃないってのはわかった。

 私たちに敵意を示さない分、ここは大人しくついていくのがいいとは思うんだけど……

 

「……どう思う、霊夢」

「一周回って、罠ではないと思うわ」

 

 ……そう、思うんだけど、でも正直あいつを信じていいのか怪しい。

 美鈴の前に立った時は、格の違う相手だと思って全力であたったけど、あいつはちょっと違う。

 なんというか言葉にし辛い、得体の知れない感覚があるのよね。あの笑顔の裏に一体何を抱えてるのか謎な感じの。

 

「まぁ、何か企んでるのは間違いないだろうけどな。ついてくか?」

「当然でしょ。毒を食らわば皿までってね」

 

 ま、でも他に選択肢もないことだしね。

 敵扱いされるよりはだいぶやりやすいし、ここは大人しく客人としておもてなしを受けることにしましょうか。

 

 

 

 


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