妖怪の賢者から、体内に邪神を宿していると言われた私。
どうしてこうなった……
「昔ね、私たちはとある邪神を現実と幻想の狭間……つまりは、博麗大結界に封印したの」
「へ、へぇー」
「何も問題はなかったのよ? 何百年もずっと平穏無事に封印してきたのに……まさか、こんな子供に封印を解かれるなんて想像もしなかったわ」
……ヤバい流れね。
「だから、もう一度封印しなきゃいけないのよー」とか言われそうな雰囲気だ。
そうなったら、お終いだ。
こういう時は宿主ごと始末しようって流れになるのが世の常だ。
久々に私の背中を冷や汗がダラダラと流れていくのを感じる。
「そ、それで…」
「まあ当然だけど、私たちは幻想郷の管理者としてそれを放っておくわけにはいかないの」
「……」
「だから、私は貴方を――」
妖怪の目が光った気がした。
それと同時に私は跳び上がって妖怪の喉元を狙っていた。
無防備に布団に入っているように見せながら、すぐに跳び出せるような体勢を立てていたのだ。
実力差のありすぎる相手に長期戦は禁物。
逃亡したところで逃げ切れるわけがない。
だから、ここは先手必勝で主導権を……
……はい、無理。
何これ?
私の腕や首ってよりも全身がピクリとも動かなくなるほどに、鉄でできた変な棒が絡み付いてきた。
頭上で例の境界みたいなのが大きく開いて、そこから寸分の狂いもなく私の動きを止めるように降ってきたのだ。
いやー、一瞬だったね。 小指一本で消し炭どころか、本人動いてすらいないね。
「……もう、一思いにやりなさい」
「……」
私は観念して目を瞑る。
あっけなかったなー、私の人生。
死ぬ覚悟なんてできてなかったけど、贅沢を言わせてもらうともう少しドラマチックな終わり方がよかったなー。
「ねぇ、この子本当に子供なの? 大丈夫?」
「……私の一番の悩みなんだよ。 霊夢ってばもう私より達観しちゃってさあ」
「え?」
母さんがホロホロと泣いたフリを始める。
妖怪たちは何かため息をついている。
冷静に状況を観察すると、どう見ても私を始末しようっていう雰囲気じゃなかった。
「どういうこと? 私を始末するんじゃ…」
「貴方、通知表に人の話は最後まで聞きましょうとか書かれない? いや、あの場面だと確かに冷静っちゃ冷静な対応だったかもしれないけど、それでも子供のするような判断じゃないわよ」
「たとえ子供でも、命懸けの場面では同じでしょ」
「それでも、よ。 それに、そこまで考えられるのなら、本当に私たちが貴方を始末するつもりならもっと前からそうしてたとは思わなかった?」
いや、それには気付いてましたよ。
なぜそうしなかったのか不思議に思ったりもしましたよ。
だけど、今までのあんたを見てたら「実は去年は寝てましたー、てへぺろ」とか本気で言いそうだとも考えるじゃない。
多分、あんたには自分で思ってるほどのカリスマ性はないわよ、いやホント。
でも、この状況でそんなこと言うと流石にぶっ殺されそうな気がするので、とりあえず黙っておくことにした。
「……まぁいいわ。 とりあえず状況を簡単に整理するわね」
「うん」
「貴方は昨年、神降ろしの術でその邪神の力を降ろして気を失った。 ここまではいいわね」
「うん」
その辺は、実際はよくわからない。
失敗したと思ってたから、それが原因で気を失ったのかとかも何もわからない。
でも、それを説明するのも面倒なのでとりあえず返事はしておこう。
「それでその時、私はこの子と一緒に貴方を見つけて保護したんだけど……もうそれは貴方と深く絡み付いちゃってて、貴方の外に追い出すことはできなかったの」
「ふーん……」
「だからね。 白状すると、その時は私はその力を貴方ごと始末するつもりだったわ」
あー、やっぱりかー。
そりゃあ、一応こんな風に見えてても幻想郷を管理する立場の妖怪だしね、まあ妥当な判断よね。
「だけど、この子はそれを許さなかった。 自分が全部責任をとるから、貴方のことは自分が育てるんだとか言い始めてね」
「そうなの?」
「だって……霊夢が死んじゃうのなんて、考えただけで悲しすぎるじゃない!!」
「母さ…」
「母さんっ!!」
「霊夢っ!!」
そして、なぜか抱き合う母さんと妖怪の賢者。
もうお察しとは思うが、私を遮って若干涙ぐみながら「母さんっ!!」とか言ったのはこの賢者様だ。
何だこの茶番……ってかこっち見んな。
私に向かってニヤニヤしながら振り向くとこまで息ぴったりとか、仲いいな2人とも。
だけどそんなことより、呆れ顔の私をよそにそれを眉一つ動かさず見てる九尾の冷静さがヤバい。
本当はこっちが賢者なんじゃないかって本気で疑うレベルだ。
……ってあれ? でもよく考えると確かその時点では私たち赤の他人だったはずだよね。
また適当なこと言ってるよね、母さん。
そんな私のジト目に気付いたのか、母さんが頭をかきながら言う。
「まぁ、ぶっちゃけると一目見て霊夢かわいいと思ったからな。 その場でお持ち帰りよ」
「……そんなのでいいの?」
うわー、ノリで拾ってみたってのは本当のことだったのね。
私は捨て犬かなんかと同じ扱いだったのだろうか。
いや、多分これもまた適当なことを言っただけだなのだろう。
まぁでも、たとえ理由が何だったとしても、どうやら私が今生きているのは母さんのおかげだったみたい。
ありがとう母さん……ブワッ。
ノリでそれっぽい効果音はつけたけど、こんな場面で涙が出る訳ないよね。
ってよりも、この賢者様は邪神なんてものが絡んでるのにそんな適当な理由でよく許したものだ。
「まぁ、私は当然それを許すわけにはいかなかったんだけどね」
「そうでしょうね」
「でも人間の、しかも子供がそれを宿せるってこと自体が想定外だった。 だから、しばらくはその邪神を貴方の中に封印し直してどうなるかを観察してみることにしたの」
「観察って……冬眠してたくせに?」
「ずっと私が見張り続ける訳にもいかないからね、私と藍がシフト制で見張ってたのよ。 2月29日は私、他は藍」
「横暴だっ!?」
よりによって四年に一度のうるう年にしかない日にシフト入れおったわこいつ。
今年はうるう年がなかったから、結局こいつは最後まで寝てただけだ。
なのにそれでも顔色一つ変えないこの九尾は本当に生きてるんだろうか。 本当は機械とかなんじゃない?
なんで最高位の妖怪がこんな奴に従っていられるんだろう。
「まぁ、そんなこんなでとりあえず一年近く貴方は平穏無事に過ごしてきたみたいだけど、この前ので遂に封印が少し解けちゃったみたいね。 貴方がこの子の言いつけを守らずに霊力を使っちゃったばっかりに」
「……ごめんなさい」
あー、確かに母さんから霊力使うなとは言われてきたけど、そういうことだったのね。
「だけど、実は私けっこう何度もこっそりと霊力使ったりもしてたけど、昨日までは一度もあんなことにならなかったわよ?」
「えっ!?」
やばっ、ちょっと余計なこと言ったかもしれない。
母さんを見ると、驚いた顔をしていた。
まぁ、そりゃ私は基本的に言いつけを守ってますって顔して生活してたからね。
「そこが、ポイントなのよ」
「え?」
「普通は霊力を使おうとすれば昨日みたいなことになるはずだから、実は貴方が霊力を使いそうになるたびに藍がすぐ対処できるよう待機してたの。 だけど、貴方は霊力を使う時はいつも、その邪神の力をほとんど抑え込んでいたわ」
「なんで?」
「そればっかりは私にもわからないけど、多分貴方の天性の才能によるものだと思うわ」
……私、妖怪の賢者に才能を褒められてる?
表彰とか受けるよりよっぽど凄いことのはずなのに、全然嬉しくないのはなぜだろう。
まぁ、多分一般に知られるこいつと実際のこいつのギャップが激しすぎるからだろう。
「だからね、私はチャンスだと思ったの」
「チャンス?」
「ええ。 その力を博麗大結界に封印し直してもどうせまたいつか似たような問題が起こるわ。 それなら、それをうまいこと制御できる貴方がいるうちに何とかすればいいんじゃないかなーと思ってね」
うわー、発想がほんっと適当ね、妖怪の賢者。
何かもう、賢者って呼ぶのがしんどくなってきたわ。
「だけど、それでも貴方は力を暴走させてしまった。 その理由もまだよくわかってないんだけど……」
「そうなんだ」
「でも、とりあえず私は貴方を特訓してみようと思ってここに来たの」
「へ?」
「ほら、今までは貴方が霊力を使わないようにすることで力が暴走しないように見張ってきたけど、逆に言えば貴方がちゃんと霊力をコントロールできるようになれば、その邪神の力も完全に制御できるようになるじゃない?」
なるじゃない? って言われたってそんなの私が知るか。
さっきからいろいろと発想が飛躍しすぎだ。
……だけど、実は正直に言うとそれは願ってもないことだった。
明らかに霊力の使い方が達人の域に達しているだろう2人。
そんな2人に霊力の使い方を教えてもらえる……ヤバい、考えただけですっごいワクワクしてきた。
ポーカーフェイスを気取ってる私だが、それでもニヤニヤするのを止められない。
「ふふふ、そういうところだけはまだ子供みたいね」
「ま、霊力の使い方は元々興味あったからね。 そういうことなら協力するわ」
私は少しぶっきらぼうにそう答えておく。
これから特訓が始まるのなら、上手い力関係の構築が必要不可欠になるからだ。
ただ教わるだけの、保護されるだけの子供として扱われるか、その邪神とやらの制御に一役買う協力者として扱われるかは最初の対応で決まると言っていい。
だから、ここで調子に乗って「よろしくお願いします、師匠!!」とか言うと絶対あっちのペースになるからそれはタブーだ。
師匠や先生とは呼ばず、さん付けや様付けなどもよろしくない。
ここで大事なのは、あくまで対等な者として振る舞うことだ。
「では、私のことは…」
「じゃあよろしくね。 紫、藍」
「む」
先手必勝。 そして成功。
「師匠と呼びなさい」とか先に言われたら、一応は教わる立場である以上それを断るのは厳しいものがある。
一応目上の人には敬語を使うようにと先生に言われたこともあったが、なんだかんだで私が常に敬語を使っている相手はいなし、授業でもまだ敬語は習ってないはずだから問題ない。
あ、でもやっぱり一応は教わる側としてその態度はマズいかな。
それに年齢でいうと確か私の100倍以上あるんだよね。
とすると、それなりの敬意はやっぱり必要かな? でも、それなりにフランクさも求めるとしたら…
「やっぱり、ゆかりおばあちゃんっていうのも捨てがたい……っ!?」
「おば……?」
「ぶっ!?」
あ、ヤバっ。 声漏れてた。
表向きはニコニコしてるはずなのにすっごいプルプル震えてるのがわかる、どうしよう、地雷踏んだ?
嘘嘘、全然若く見えるよ、とかいう言葉は今さら逆効果にしかならないことはわかってる。
考えがまとまらないうちに何かこの人妖力漏れ始めてきたよ、うわっ怖っ、ちょっと疑ってたけどこれやっぱり明らかに隣にいる九尾以上の妖力だよ!
ヤバいヤバいヤバいヤバい、なのにこんな時だけ何も思い浮かばないし。
母さんは何かもうめっちゃ笑ってるし、あの冷静な九尾まで必死に笑いをこらえてるのが私の目からもわかる。
やめて、おばあちゃんのライフはもうゼロよ! とか言ってる場合じゃない、お願いだからこれ以上刺激しないで、えーっと、えーっと……
……いいや。 もうどうにでもなーれ☆
「よろしくね、ゆかりおばあちゃん」
何かがプツンと切れたような音が聞こえた気がした。
流石の母さんの笑いも止んで、固まっていた。
「フフ、フフフフフフ…」
な、何か寒気のするような小さな笑い声が聞こえてくる気がするけど……まぁ、その辺は気のせいだと信じよう。
さ、これから一緒に頑張ろうね、母さん、藍、ゆかりおばあちゃん。
……そしてその日からというもの、思い出すだけで吐きそうになる拷問のような地獄の特訓の日々が始まった。
とりあえずあらすじ回収したこの辺で一段落です。
このペースで投稿すると書き溜めもすぐ尽きそうなので、ここからは数日に一話くらいのペースでゆるりと書いていきたいと思います。
そのうち原作異変とかにも繋げるつもりですが、しばらくはこういう感じのまったり展開が続く予定ですので、よろしくお願いします。
あと、感想とかもらえると非情に嬉しいですヾ(・ω・)ノ