霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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 今回は魔理沙視点です。




第59話 : 溺れるほどの策がない

 

 

 

 

 ああ、この感じだ。

 肌を刺すようなピリピリとした空気の中、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 私の隣では霊夢が、まっすぐに同じ方向を見据えている。

 今の私は守られる側でも引っ張られる側でもない。

 霊夢と肩を並べて戦える。 私はずっと、こんな居場所を追い求めてきたんだ。

 

 ……おっと、でも今はそんな感傷に浸ってる場合じゃねーよな。

 見るからにヤバそうな奴が、すぐそこにいるんだからな。

 

「それにしても意外ね。 私が立つまで待っててくれるなんて」

「いや、別に待っててくれた訳じゃねーだろ?」

「え?」

 

 あいつが、ガイドブックにあった紅美鈴って奴だろうな。

 やっぱりルーミアなんかとは格が違うっぽいのが一目でわかる。

 不意打ちのマスパを避けた上に、私がさっきから向けてるミニ八卦炉の危険性をもう見抜いてる。

 しかも恐ろしいのは、それを避けようとしてる訳じゃなくて、後ろに逸れるのを止めようと構えてるあたりか。

 紅魔館に被害は出せないってか? まさに門番の鏡って訳だ。

 

「霊夢、私の切り札はこいつだ。 ミニ八卦炉、見たことあるよな?」

「ああ、確か前に大岩を粉々にしてたやつでしょ」

「それはリミッター付きの場合な。 全力で撃てば、後ろの館なんて木っ端微塵だぜ。 だから、あいつも易々とは動けない」

「……うっわ、何それ」

 

 お、ビビってるビビってる、いいぞもっと警戒しろ。

 確かに出力全開にすればあの館もまるごと吹っ飛ばせるだろうが……残念ながら私がそれを使いこなせないことは、ルーミアとの一件で証明済みだ。

 今の私がコントロールして使えるのは、せいぜい出力20%くらいが限界か。

 でも多分、そんなんじゃあいつは普通に止めてきそうだしな、このハッタリがいつまでもつか。

 

「……で?」

「え?」

「だから、え?じゃねーよ。 お前が使えそうな切り札はあるか聞いてんだよ」

「切り札って、どうして」

「私が組み立ててやるよ。 私たちだけで、あいつに勝てる戦略」

 

 正直、ミニ八卦炉のハッタリだけでどうにかできるような相手じゃないのはわかってる。

 ってか、もし外せば次の瞬間には私なんて即お陀仏だろうしな。

 霊夢も霊夢でだいぶ顔色悪いしキツそうなのはわかるけど、何か一つくらい使える決め手があると嬉しいんだが……

 

「まぁ、夢想封印は見破られちゃったし、今のところ陰陽鬼神玉くらいね。 ……残りあと一発だけど」

 

 美鈴に聞こえないように、残りあと一発ってとこだけ小声で囁いてくる。

 まぁ、切り札の残数がバレちゃマズいし、それに頭が回るくらいの余裕はあるってことだな、安心したぜ。

 

「あの白黒のか。 でも、このレベルの相手じゃ少し心もとないな、何か私の知らない技とかねーのかよ」

 

 霊夢ストレッチとかな。

 まぁ、今それ言ったら霊夢の集中力が切れそうだから、あえて触れないけど。

 とりあえず、アレだけじゃこのレベルの相手には物足りないし、もう少し何か……

 

「……それなら一応、私の奥義的なのなら」

「お、それだよ! 一体どんな必殺技だ?」

「…んりょく」

「あん?」

「直感力!!」

 

 ……お、おう。 そうか、直観力か。

 どうしよう。 技って言ってんのに、ツッコミ待ちなのかこれ。

 マジで困った、思ったより霊夢がポンコツだった件について。

 いや、確かに総合力じゃ私よりも上なんだろうけどさ、それでももっと今はこう、何か現状を打開できるような……っ!?

 

「魔理沙、こっち!!」

「しまっ…!? え?」

「っ!! ちっ…」

 

 ……やっべ何だ今の、未だに心臓がバクバクしてんの止まんないんだが。

 私の気が若干逸れただけで、一瞬で目の前まで踏み込んできたぞあいつ。

 しかも直前で霊夢が張ってた『封魔陣』を見抜いて退けるあたり、相当な達人だな。

 前言撤回。 よくあんなの相手に一人で戦ってたな、霊夢の奴。

 ってか、そんなことより気になるのは……

 

「霊夢、何だ今の」

「封魔陣よ。 よく見せてるでしょ、妖怪の動きを封じるやつ。 ま、見破られちゃしょうがないけど」

「そうじゃなくて! なんで、あいつが動く前にわかった?」

「え?」

 

 少なくとも、私には美鈴の動きがほぼ見えなかった。

 直線的なスピードなら長期的には私の方が速いかもしれないけど、モーション無しでの瞬発力と間合いの詰め方の上手さが尋常じゃない。

 私だけだったら、さっきの一瞬でミニ八卦炉を弾かれて終わっていたと思う。

 なのに霊夢は美鈴が動く直前に、美鈴がちょうど踏み込む位置に封魔陣を張って逃げ道を確保していたのだ。

 

「だから言ったでしょ、直感力って」

「直観力て……」

「いや、他に分かりやすい表現がないのよ。 空気の流れとかから、なんとなくで次の戦況のイメージとか読んでるんだから」

 

 ……眩暈がしてきた。

 本気で言ってんのかよ、そんなのたとえ紫や妹紅にでも無理だぞ。

 そんなことができるとしたら達人とかいうレベルじゃねーよ、マジで神の領域だぞそれ。

 だけど、もし本当に霊夢に、そんなことが可能だとすれば……

 

「おい霊夢。 あいつから注意を逸らさないまま、耳貸せ」

「え? 何よ、一体…」

「いいから!!」

 

 もうほぼ死に体の霊夢と遠距離砲撃しかできない私じゃ、真正面から突っ込んでも勝率のほぼ無い捨て身にしかならない。

 私たちが美鈴に勝てる望みがあるとすれば、もう奇策と奇襲くらいだ。

 ある意味それも捨て身の策みたいなもんだが、少しでも勝算のある手段に頼るに越したことはない。

 だから、ここは……

 

「……いやまぁ、無理ではないと思うけどさ。 ぶっちゃけ、私もういっぱいいっぱいなんだけど」

「さっきはまだやれるって言ってただろ? 霊夢なら大丈夫だって」

 

 霊夢が微妙な目を向けてくる。

 私も正直言うと、我ながらアホな作戦立てたなーとは思う。

 だけど、この拮抗状態も長くは続かないだろうし、そろそろ賭けに出るしかない。

 

「……信じていいのね」

「ああ、任せろ」

「2分。 どう足掻いても、それが限界よ」

「はっ。 そんだけありゃ、十分だ!!」

 

 私はミニ八卦炉を構えたまま、空高く舞い上がった。

 それとほぼ同時に、美鈴と霊夢の距離は一気に詰まっていた。

 拮抗が破れた一瞬だけで、もう戦いが再開したのだろう。

 だけど、私はそれに気をとられたりはしない。

 

「今は霊夢を信じるしかないよな」

 

 もう、私のミニ八卦炉の脅しは通用しない。

 霊夢は読み飛ばしてるかもしれないけど、私はちゃんとガイドブック全部に目を通した。

 この紅魔館は特殊な結界で守られてて、正門以外からの侵入はできないという。

 つまりは、マスパ撃ったところで正門以外からじゃ紅魔館に被害は出ないから、美鈴を止めておける材料がないって訳だ。

 

「……頑張ってくれよ、霊夢」

 

 それでも、私は落ち着いて空高くからミニ八卦炉を構えた。

 作戦はこうだ。

 美鈴の知覚範囲から完全に離れるほど上空、私も2人の姿なんて豆粒ほども見えない場所。

 ここから、私が一点に集中させたマスパを、さっきみたいな暴走をしない程度に全力で撃つ!

 当然、コントロールなんてきく訳がない。

 だけど、もし霊夢が、私自身でもわからないマスパの着弾点とタイミングが直感でわかるのなら。

 その瞬間に、霊夢が美鈴をその地点に誘導できれば、ガードなしで奇襲をついて当てられる!!

 ……うん、何言ってんだこいつみたいな目はやめてくれ、アホなこと言ってるのは私が一番わかってる。

 ましてや私はこれから、美鈴を一撃で倒せる魔法波を撃とうとしてるんだ。

 もし失敗して霊夢に当たったもんなら、私が霊夢を殺すことになりかねない。

 

「うわー、責任重大ってレベルじゃねーな」

「大丈夫よー。 避けるのは霊夢の仕事だから、魔理沙に責任はないわ」

「うおっ!?」

 

 うわっ、マジでビビった。

 こんなとこまでついて来た、ってか作戦聞いてたのかよ紫。

 ってよりも、私のとこに来るくらいなら……

 

「霊夢のこと助けてやれよ。 もうスペルカードルールなんて機能してないんだぞ」

「そうね。 確かにあっちもルールに則る約束を破ってる訳だから、手を出してもいいとは思うけど……なんだかんだ言って、あの門番は軽々しく殺生に及ぶような相手じゃないはずよ」

「そうなのか?」

「ええ。 でも、レミリアは私たちが介入したら容赦しないって言ってきてるからねぇ。 私が手助けした上で紅魔館に入ったら、それこそ貴方たち本当に死ぬかもしれないわよ?」

「……だろうな」

 

 そう、これはまだ序盤戦、実際は中ボスにも差し掛かってないって訳だ。

 熟練の魔法使い、時間操作者、吸血鬼、いずれも私の命なんて簡単に消せる化物のはずだ。

 なら、ピンチだからってそんな簡単に裏技に頼る訳にはいかない。

 門番の一人くらい、2人がかりで倒せなくてどうすんだってことか。

 

「……そろそろ、だな」

「なに震えてるのよ魔理沙。 そんなんじゃ、またさっきの二の舞になるわよ」

 

 って、さっきからうるせーぞこいつ!!

 煽るだけ煽りやがって、この間にも霊夢は必死で戦ってるってのに。

 

「お前は霊夢のこと心配じゃねーのかよ。 私が失敗したら、霊夢は…」

「心配してないわよ」

「……え?」

「なんで、私が魔理沙の方に来てるかわかる?」

 

 そして、怪訝な目を向けた私に向かって紫は微笑んで、

 

「霊夢はもう、少しも疑ってないからよ。 魔理沙のことを」

「え……?」

「だから、貴方も信じなさい。 霊夢のことを、そして自分のことを」

 

 ……ははっ、そうか。

 私がまだ迷ってるって、ビビってるって紫にはバレバレだったってことか。

 やっぱり何だかんだ言って凄い奴なんだな、こいつは。

 

「……そうだな。 紫」

「ん?」

「ありがとよっ!!」

 

 だから、私は信じた。

 霊夢が、こんな凄い紫ですら、私を信じてくれている。

 なら、私もただ思うままに、霊夢のことを信じて―――――

 

「星符『ドラゴンメテオ』!!」

 

 私は、自分が制御可能なギリギリの魔法波を、狙いも定めずに思いっきりぶっ放した。

 

 

 

 

 


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