今回は魔理沙視点です
うわー、冷静になって外に出てみると、よくここまで放っておいたなって我ながら呆れるレベルで空気がヤバいぜ。
快適なはずの空の旅が、割と気を付けて低空飛行で霧を避けないと、目的地にたどり着く前に体調不良で脱落しかねない。
霧自体が軽い物質でできてるからか、高台とか上空以外はそこまでひどくないのが唯一の救いか。
でも、これは流石にさっさと何とかしないとなーとは思うんだが……正直、気分的には帰りたい。
強がって異変解決に飛び出してはみたものの、吸血鬼ってどう考えても私の手に負える相手じゃないんだよな、さっきから手の震えが止まってくれない。
まぁ、私の場合はそもそもそこまで辿り着けるかすら危ういんだが……
だけど、霊夢のライバルを名乗る以上、簡単に引き下がってられないぜ!
せめてガイドブックにあった魔法使いに一矢報いるくらいは頑張らないとな。
「にしても、意外と私って……」
一緒に神社を飛び出したはずの霊夢の姿は、もう見えない。
どうやら単純な直線上のスピードでは、私はもう霊夢よりだいぶ速いらしい。
いろんな部分でまだ霊夢の背中にも届いてないと思ってたけど、部分的には対抗できるってことか。
まぁ、私は箒と魔法を使って飛んでるから当然っちゃ当然なんだけどさ。
人間のくせに何の媒体もなくあそこまで自在に飛べる霊夢の方が、よっぽど異常なんだよな。
「ま、この調子なら日が暮れる前には着けるかな」
でも、せっかくなのでそのアドバンテージはフルに活用していきたい。
今回の異変では、スピードで優ってるというのはかなり有利だ。
なぜなら、吸血鬼は最も月の魔力の恩恵を受けやすい種族の一つだから、月が出てくる前にいかにしてラスボスの間に辿り付けるかが異変攻略の鍵と言っても過言ではないのだ。
つまりは、準備運動にちょうどよさそうな道中の闇の妖怪やら、夏場にありがたい氷の妖精やらはフェイク、いち早く紅魔館に向かうのが正解のはずだ。
霊夢のことだから、どうせ真っ先に避暑のために氷の妖精のところにでも向かうだろうけど、そこに私の付け入る隙がある!
……というのが、恐らくはセオリーだろう。
けど、それは個人的に選びたくない道だ。
圧倒的に経験不足な私は、少しでも初対面の相手と勝負する経験を積まないと、吸血鬼の館に辿り着いたとしても何もできないかもしれないからだ。
私は周りからはけっこう社交的とか言われることが多いけど、抑圧的な相手というか、対等に接することのできない相手にはとことん弱かったりする。
何だかんだ優しい奴だってのがわかってから普通に接することもできるようになったけど、藍も最初の頃は苦手だったっけな。
まぁ、厳しかったお父様との関係がトラウマになってるだけかもしれないけど、とにかくそんな癖は早めに克服しておくに越したことはない。
それに、私はたとえ今回の異変を解決できなくても、これからも霊夢と対等に張り合えるように実戦経験を積んでおきたいのだ。
別に異変は今回ので終わりって訳じゃないし、より多くの妖怪と勝負して次回以降の異変に向けた肥やしにするのも悪くないだろ。
「さーて、最初に私の魔法の錆にされちまう運の悪い妖怪は……っと。 いたいた、あれは…」
辺りを見回すと、森の中でキョロキョロしながら浮かんでいる一人の子供がいた。
金髪ショートで黒服。 多分、あいつがガイドブックにあったルーミアって奴っぽいな。
人食い妖怪ってことは要するに悪い奴みたいだし、実験台にはもってこいだぜ。
んじゃ早速、宣戦布告だ!
初めての異変の初勝負、歴史に残る一戦になる気がしてきたぜ。
「おーい、そこの妖怪!」
「んあー? 何だ私のことか……って、人間!?」
「ああ。 私の名は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ! いざ尋常に、スペルカードルールで……へ?」
だけど次の瞬間、私の視界は暗闇に覆われていた。
って、不意打ちかよ!? くそっ、流石は人食い妖怪、やることが汚いぜ。
なるほど、これがガイドブックにあった『闇を操る程度の能力』ってヤツか、本当に真っ暗になっちまうんだな。
こりゃなりふりかまってなんかいられない、一歩間違えれば私もルーミアの餌にされちまうんだから。
「おっと、そっちがそのつもりなら私も遠慮なくいくぜ。 魔府『スターダストレヴァリエ』!!」
私は目の前の闇のカーテンの中心に全力で魔弾を打ち込んだ。
まずは相手の力量を図ろうかと思ったけど……思ったよりあっけなく暗闇は霧散していた。
そういや危険度Eって書いてあったな、本気出すまでもなさそうか。
……ってバカ、油断するな!
これはただの攪乱、ルーミアはきっとこの隙に私の背後を――――
「……何だ、アレ」
だけど、ルーミアは私の背後をとる訳でも体勢を整える訳でもなく、怯えるように地上の岩陰に隠れていた。
人食い妖怪なんじゃないのかよ、なんで人間に怯えてんだよあいつ。
アレか、人間というか私に恐れをなしたってのか、この私を見て。
ふっふっふ、なるほどそれは――――正直、ショックだ。
いや、私だって普通の女の子なんだぜ?
確かに口調も雑だし霊夢や阿求みたいに綺麗な髪してる訳じゃないけど、初対面の妖怪に逃げられるような厳つい顔してる自覚なんてないのに。
「……おい」
「っ!?」
私が地上に降り立つと、ルーミアは過剰反応なくらい身構えていた。
ってか、本当に妖怪なのかこいつ?
ただの人間の子供なんじゃないのかと思うくらい、妖怪と対面してる危険を感じないんだよな。
「……何か用なのか?」
「ああ、ちょっと腕試しにな。 私とスペルカードの勝負を…」
「断る」
「へ? いや、お前人食い妖怪なんだろ? たかが人間の子供を相手に逃げるなんてことは…」
「いやー、近頃の人間は関わるとロクなことがなくてなー。 特に、こんなところに来るような変な奴には」
ロクなことがないって、何かあったのかこいつ?
でも、そもそもこんなところまで来るような人間なんて……あ。
そういえば、ガイドブックのルーミアのページは阿求が書いてたっけ。
ってことは阿求がルーミアに? いやいや、阿求がこんなところまで一人で来られる訳ないし、阿求に妖怪の相手ができるような戦闘能力なんてないよな。
ってことは……なるほど、読めた気がするぜ。
ぱっと見、あのガイドブックは少し変だ。
阿求と先生と橙が異変についていろいろ解説してる訳だけど、中でも強敵の紹介ページは、多分3人がそれぞれの相手と勝負でもしてきたってことなんだろう。
先生や橙は、まだわかる。 特に先生なら吸血鬼なんかに遭遇しなければ大体のことは何とか切り抜けられそうだ。
だけど、阿求が一人でそんなことをできるはずがない。
つまり阿求、というか阿求を含めた3人には、それぞれに誰かしら護衛がついていたと考えるのが妥当だろう。
そして橙が解説していたメイド長のページ、そこには藍がいたかのような記述があった。
なら、橙には藍が護衛についていたと考えて間違いはない。
そして今ルーミアが人間を恐れている状況、つまりルーミアのことを解説していた阿求と一緒にいたのは恐らく……
「……妹紅と、何かあったのか」
「っ!? やっぱり、知り合いなのかー……うわぁ。 まさか類友ってヤツじゃないだろうなー」
ルーミアは、げんなりした顔でそう答えた。
あー、やっぱりな。 で、先生と一緒にいたのは紫か……まぁ、あとはアリスあたりか。
いずれにせよ、結局あいつら全員この異変に関わってるって訳だ。
「ったく、そういうことは早く言えよな。 霊夢は知ってるのかねぇ、このこと」
「……霊、夢?」
「ああ。 今の博麗の巫女で、私のライバルの…」
「やっぱり、あいつも知り合いかお前えええっ!!」
今度は、ルーミアからはっきりと敵意を向けられた。
いや、いきなり何怒ってるんだよこいつ!?
「え、待て待て待て待て、一体どうしたんだよいきなり」
「……私は、あの妹紅って奴にスペルカードで殺されかけた」
「へ?」
おい妹紅、何してんだよお前。
一応は元博麗の巫女なんじゃないのかよ、何で率先してルールぶち壊してんだよ。
「それで、あの霊夢って奴には……あいつのせいで、あいつのせいでっ―――!!」
ってかヤバいぞ、何か本気で怒ってるじゃねーか!?
霊夢も一体、何をしたってんだ?
殺されかけた以上の怒りを抱かせるなんて、並大抵のことじゃ……
「……」
「ん? どうした?」
「……腰痛が」
「え?」
「腰痛癖が、治らないんだよ!!」
……お、おう。
よくわからんけど、霊夢はこいつの腰を思いっきり痛めつけてしまったらしい。
何してんだよ霊夢、何してんだよあの親子。
でも、ここまで引っ張っといて何だそれくだらない……とかは禁句なんだろう。
腰痛は一生もんって言うしな、正直ドンマイとしか言えない。
「でも、これでやっと積もりに積もった恨みを晴らせそうだ」
「え? 恨みを、って」
「受けてやるよ、スペルカード戦」
正直、笑顔が恐い。
いやいや、恨みとかそんなの私は関係ないだろ!?
あのバカ親子に言ってくれよ、逆恨みってレベルじゃねーぞ!!
「あの巫女どもの代わりだ、恨むならあいつらを恨めよ」
「いや待てよ、私は関係ねーだろ!?」
でも、ルーミアは私の話なんて聞いちゃいなかった。
そして、遂にイライラの爆発したルーミアがスペルカードを構えるとともに、
「うるさい! お前も、腰痛にしてやろうか!!」
よくわからない戦いが、始まってしまった。