霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第5話 : 賢者(笑)

 

 

 

 顔が……顔が迫ってくる……

 いや、そんな訳のわからない悪夢があるはずがない。

 冷静になりなさい博麗霊夢、落ち着いて状況を整理するのよ。

 背後から誰かに触れられたから周囲を見渡して最後に下を見た、ここまではいい。

 そしたら胸から女の首が生えていた……これがナンセンスだ。

 妄想もいいところね、欲求不満なのか私?

 大丈夫よ、ほら、目を開ければ、そこにはいつも通りの景色が……

 

「……」

 

 いや、本当にいつも通り過ぎて逆にやるせない気持ちになったわ。

 ここは目を開けた瞬間本当に首が生えてるー、ぎゃあああああ、ってなる場面じゃない?

 本当にそうなってたら一応いくつかすることは決めてたのよ、例えば、

 

「あら、お目覚め…」

「そおいっ!!」

「ぶっ!?」

 

 ……こんな風に、問答無用にチョップ入れるとかね。 ああ、スッキリした。

 流石にこれが夢オチなんかじゃないことくらいはわかっていた。

 さて、今度は私の胸じゃなくて、私がかけてる布団から生えてきたよこの首。

 まぁ、また私の身体から生えてたら痛覚共有してるんじゃないかと不安だったから結果オーライってやつね。

 だけど、正直この手のものはもう見飽きてる。

 迫ってくる顔を夢の中で見過ぎて、そのネタはもうマンネリ化してるのよ。

 

「痛たたたた、貴方ねぇ……驚くのもわかるけど、もうちょっと別の反応をすべきじゃないの?」

「同じネタが何度も通用すると思ってる奴は二流」

「へ?」

「そして、相手の反応にケチつけるあんたは三流よ」

「……ぷっ。 あははははは、なによそれ」

 

 生首が笑い出す。

 世にも奇妙な不気味な光景だけど、もう慣れた。

 呪われそうだけど、頑張れば首の一つや二つくらいが相手なら多分私でも処理できるしね。

 

「それで、生首が私に何の用よ」

「生首? あ、そうね、このまま話すのもアレよね」

「え?」

 

 だけど、そこで突然布団から首だけじゃなくて肩が、胸が、というか何か人が湧き上がってきた。

 よく見ると、それは布団から生えてきているのではなく、その上にできている名状し難い色をした異空間から出てきているようだった。

 そこで、私は気付く。

 ただの生首という固定概念に囚われていたが、これはそういった類のものじゃない。

 あまりに有名すぎる、とある妖怪の能力。

 

「境界を操る能力……」

「あら、よく知ってるわね。 八雲紫よ、よろしく」

 

 こいつかー。 紫ってこいつかー。

 確か個人的に歴史の勉強をしていて何度か出てきた、幻想郷の創始者にして管理者、八雲の性を持つ妖怪の賢者。

 『境界を操る程度の能力』という、いろんなところに作った隙間を通じて空間移動することができる能力を持っているらしい。 今見たのがそれなのだろう。

 この世界を創った大妖怪で、母さんと先生の話にも出てた妖怪との緊張のご対面だけど……正直、幻想郷で最も有名な妖怪がこんなんなのかっていうガッカリ感の方が今の私の中で強い。

 もっと怖そうなのを想像してたのに、こいつ見た感じアホそうじゃない? こんなのが賢者で大丈夫なの幻想郷?

 

「貴方、だいぶ失礼なこと考えてない?」

「うん」

「……正直でよろしい」

 

 でも、確かにアホそうに見えるけど、こいつから感じる潜在的な妖力というかそういうものは底が知れない。

 こいつはそれを表に出してはいないみたいだから、あの八雲藍っていう九尾ほどの威圧感はない。

 それはいわゆる余裕というヤツなのか、あるいはただ適当なだけなのか……まぁ、多分両方だろう。

 だからこそさっきみたいな不意打ちチョップも通じたけど、こいつが気の短い妖怪だったら私なんてさっきの一瞬に小指一本で消し炭にされていただろうことくらいはわかる。

 いやー、よかった。 こいつが能天気なアホで助かった。

 と、そこに聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

 

「霊夢、もう起きて……って紫もいるのか」

「ええ、お先に自己紹介させてもらってたわ。 ちょっと喋っただけだけど、やっぱり貴方の子って感じね」

「ほほう。 それは嬉しい評価だな」

 

 部屋に母さんが入ってくる。

 隣には昨日の九尾も一緒にいた。

 うわー、こうして見るとヤバい光景ね、これ。

 博麗の巫女と妖怪の賢者と最強の妖獣に囲まれた状況って、普通は卒倒もんよ。

 何? 私そんなに悪いことしたの?

 ……とか、とぼけてみるけど、何の話なのかは予想がついてた。

 

「それで、多分今日はこの前私が使った力と、今後についての話よね」

「……ほう」

「話が早くて助かるわ。 ってよりもさっきのは取り消し。 貴方の子と言うには少し聡すぎるわね」

「ええ、自慢の娘です」

 

 なぜか母さんがドヤ顔で妖怪たちに向き直る。

 妖怪の賢者も九尾も何か少しだけ意外そうな顔をしていたのがわかった。

 今までこいつらは私のことを寺子屋のアホ面どもと同じような子供だとでも思っていたのだろう。

 まぁ、一応まだ年齢は7,8歳くらいだしね。

 一緒にすんな。

 

「じゃあ、とりあえず話を進めるわね。 貴方の中には、ちょっとばかり大変なものが眠ってるの」

「大変なもの?」

「まぁ、眠ってるってよりも、貴方が勝手に持ってったんだけどね」

「え?」

 

 私が勝手に持ってった? いやいやいやいや、いくらなんでも私は人様のものを盗むほど落ちぶれちゃいないつもりよ?

 ところでこんな場面で言うのもアレだけど、人様じゃなくて妖怪から物を盗むのって犯罪なのかしら。

 

「それについて話すと少し長くなるんだけど……貴方、いつからこの子の子供になったか覚えてる?」

 

 母さんを指してこの子扱いだ。

 あ、でもこの妖怪は確か1000年以上生きてるから当然か。 お婆ちゃんだね。

 見た目は一応20代くらいにも見える感じだけど、いつか「ゆかりおばあちゃん!」って呼んでみようかと思う。

 ……冗談だ。 正直まだ私も混乱してて、さっきからいろいろと現実逃避したくなってるだけなのだ。

 まだ私も死にたくはないので、とりあえずは質問に真面目に答える。

 

「一年くらい前ね。 母さんは、神社の近くで行き倒れてた私を軽いノリで拾ってみたとか言ってたわ」

「……」

「…あ、あははははは。 よいではないか、よいではないか!」

 

 母さんは突然笑いながら妖怪の賢者の背中をバンバン叩いてそう言った。

 妖怪の賢者と九尾の妖狐に睨まれてもいつも通りの母さんすげえ。

 今日はちょっと見直すことだらけね。

 適当すぎて、むしろ軽蔑してもおかしくはない場面だとは思うけど。

 

「……まぁ、いいわ。 貴方はあの時、ただ行き倒れてたんじゃない。 そこで神降ろしをしてたはずよ」

「神降ろし……ああ、確かにしてたわ。 失敗しちゃったけどね」

 

 神降ろしというのは、神の力を自分の身に宿す術のことで、少なくとも今の時代に人間の里にはできる人自体が誰もいないらしい高等テクなのだ。

 という訳で、実際にやってみた。 何が「という訳」なのかはご想像にお任せする。

 でも確かあの時は、何かおあつらえ向きなのが博麗神社の上空にいた気がしてやってみたのはいいものの、失敗してそのまま霊力の限界が来て神社の近くで倒れてたのよね。

 

「いいえ、失敗してないわ」

「え?」

「だって現に今も、貴方の中に宿されたままだもの」

 

 ちょっと待って。

 何? 成功してたの?

 終わった後ボーっとして記憶が曖昧だったし、その後何も変わったことがなかったから失敗したのかと思ってたのに。

 じゃあアレか、私の中には今も神様が宿ってるってことなのか。

 

「……ってことは、もしかしてこの前投げたボールが暴走したのは、降ろした神の力の影響ってこと?」

「察しがよくて助かるわ。 それを感じ取ったから私たちが来たのよ」

「へぇー」

 

 何か壮大なスケールの話になってきた。

 妖怪の賢者と九尾の妖狐を呼びつけるような神って何なのよ?

 ちなみに、神って聞くとそれだけでヤバそうに聞こえるけど、実は800万人くらいいたりする。

 人間の里の人口よりよっぽど多いわよ。 ありがたみがなくなるから99%くらい人員削減した方がいいんじゃないかと本気で提言したくなるレベルだ。

 まぁ結局何が言いたいかというと、とりあえず神の格も様々で、この2人より格の高い神なんてものはほんの一握りしか存在しないってことね。

 その2人が出動するレベルの神で博麗神社で降ろす神っていったら……まさか幻想郷の守り神的な龍神様を宿しちゃったとか?

 だとしたら、大事件だ。

 私の存在が幻想郷中に知れ渡って私の平穏な時間が奪われてしまう。

 明日から町内会のご老人たちが私のことを「ありがたやー、ありがたやー」って拝みに来るようになるじゃないですかー、やだー。

 

「……それで、一体私は何を宿しちゃったの?」

「落ち着いて、聞いてね」

「はい」

 

 ゴクリ。

 龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ。

 龍神は、嫌だーーーーー!!

 

「……邪神よ」

「っしゃあ!! ……え?」

 

 龍神じゃなかったー!!

 と喜んだ私だったけど、何かもっと不吉なワードが聞こえてきた気がした。

 

 

 


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