……っと、あれ、どこまで話が進んだんだっけ、少し記憶が曖昧なんだよな。
何か突然アリスが出てきて、今回はこれでお開きーみたいな雰囲気になって。
で、そのアリスは……いつの間にか血まみれになって倒れていた。
「なっ!? おいアリス、一体何が…」
「アリス!? ねえちょっと、どうしたのよ!?」
倒れたアリスを、あっちの魔法使いが慌てて抱きかかえて呼びかけてるけど、返事はない。
やがて、そのまま紫に侮蔑するような目を向けて、
「……そう。 なるほど、そういうことをするのね、貴方たちは」
そこからは、静かな怒りの感情だけが感じられた。
多分、紫が能力を使ってアリスに何かしたとか思ったんだろうか。
「ちょ、ちょっと待って、私も何が起こってるかさっぱりで…」
「とぼけないで、貴方以外に誰がいるっていうの? この状況で、アリスを退場させるメリットのある奴が」
うーん、でも、流石に紫がいきなりそんなことするとは考え辛いし、紫が何かしたなら私が気付くと思うんだよな。
むしろそこにいるメイドが、敵だと思って時間止めてボコボコにしたとかの方が現実的じゃないか?
ほら、何かすごく青ざめた顔してるし、それに……ん?
「……」
ふと、慧音と目があった。
なぜか、何かをごまかすかのように露骨に視線を逸らされた。
ぎゅっと握りしめられている慧音のスカートが、変色するほどに手汗で濡れていた。
……いや、まさかな。
でも、頭部を中心に血まみれのアリスの状態を見る限りじゃ、むしろそれが一番可能性が高い気がしてきた。
慧音の持つ、『歴史を食べる能力』。
それは、この世界に存在する歴史の認識を、なかったことに書き換えてしまう能力だ。
実際に起こった「事実」自体は存在するけど、それを正しい歴史として認識できていない状態に書き換えられてしまう。
私の見立てだと今回の真相は、慧音がその能力を使って、慧音がアリスを頭突きして気絶させたという歴史を消したんじゃないかと思う。
それで今、慧音がアリスを頭突きしたという過去の事実を観測できないまま、アリスが血を流して気絶しているという現在の事実のみが残ってしまったために、「誰かがアリスを排除した」という不確定な歴史だけが刻まれる結果になってしまった、そんなところだろう。
混乱するとたまに退行して子供みたいになるんだよな慧音は、そんなんで教師として問題ないのかけっこう不安になる。
まぁ、それも単なる私の憶測に過ぎない話なんだけど……念のためそれとなく聞いてみるか。
「なぁ、慧音…」
「そうか。 それが、お前の返答ということか」
「へ?」
だけど、それは寒気のするほど冷淡な声に遮られた。
いつの間にか、レミリアは既にナイフを引き抜いて立ち塞がっていた。
その魔力は、最初よりもむしろ強大に膨れ上がっている。
多分、さっきの月の光みたいな何かが、レミリアの魔力を補填したんだろう。
「もう、話を聞くつもりもないと。 私たちを庇う者は、たとえ味方であっても排除する。 要するにお前にとって、私たちは既にそういう対象になったということなんだろう?」
「いや、そうじゃなくて、私は別に…」
「いいだろう。 お前が、そこまで望むのなら―――」
紫が必死に弁明しようとしてるけど、レミリアはもうその言葉に耳を貸してはいなかった。
そして、そのまま大きく息を吸って、
「全面戦争だ」
「っ!!」
レミリアが指を鳴らすと同時に、大きく地鳴りがした。
気付くと、何かを感じ取ったかのように紫の顔色が変わっていた。
「これは……」
「たった今、日光を覆い隠す霧を幻想郷に放った。 お前が望んだ、「異変」開始の合図だよ」
「っ、この状況で…」
「待ちなさい! もう、異変は始まったのよ。 『スペルカードルール』が導入されて初めての異変で、提唱者である貴方が最初にルールを破れば、もう誰も貴方を信用したりしないわ。 そうなれば、二度とこんなルールが幻想郷で普及することはなくなるわよ」
「くっ……」
何やら深刻な雰囲気になっているレミリアたちと紫。
とても慧音に事実確認なんてしていられるような空気じゃなかった。
そして、その慧音は……視線をぐるぐると泳がせながら、冷や汗をダラダラと流して固まっていた。
……ああ、やっぱりだったか。
でも、自業自得とはいえ、なんか少しかわいそうになってきた。
多分とっさに誤魔化そうとしただけで、本当はここまで大事になるとは思ってなかったのだろう。
慧音の表情は、今にも泣きそうになっていた。
まったく、しょうがないな。
たまには私が助け船でも出して、たっぷりと説教してやるとしようか。
「……慧音」
「っ!! な、なんだ妹紅…」
「慧音が、子供たちにいつも言ってることだよな。 悪いことをしたら、謝れと」
「ぁ……」
私が言いたいことを、というか自分の悪事がバレてることを察したのか、慧音は青ざめた顔で固まっている。
しばらく俯いたままブツブツと何か言っていたけど、やがて涙目のまま一歩前に出て…
「……あの、みんな」
「さあ、これで貴方はもう手出しはできないはずよ、博麗の巫女を呼んで出直して来なさい」
「このっ……」
だけど、こんな時に限って慧音の声は小さい。
おいおい、「声が小さあああああい!!」とかいつも言ってる慧音はどこに行ったんだ?
っていうか、状況的にこれマジで早く謝らないと取り返しつかないことになるんじゃないか!?
「私、その、こんなつもりじゃ……その、何というか…」
「さて、それじゃあお帰り願おうかしら。 咲夜、パチェ!!」
「ええ。 いくわよ咲夜」
「っ!! はい、かしこまりましたお嬢様、パチュリー様!」
「ちょっ、待っ…」
だけど、私の心配も空しく、あのメイドが手を振り上げると、空間を覆うように巨大な魔方陣が出現して、
「ご、ごめんなさ―――――」
強い光とともに、いつの間にか私たちは紅魔館の外に放り出されていた。
「っ……何だ、一体何が…」
見上げると、紅魔館から放たれている紅い霧が空を覆い、今が夜なのか朝なのかもわからない薄暗さに閉ざされていて。
そこには、ただ事じゃないと一目で感じられる、そんな世界があるだけだった。
「けほっ、あれ、何ですかこれ、息苦しくて…」
「阿求!? 大丈夫か!?」
くそっ、ここがあの霧の出所だからか、もう紅魔館の周囲の空気は身体の弱い阿求には厳しいみたいだな。
早いとこ人間の里にでも連れ帰ってやらないと。
その前にまずは一旦状況を確認しないと、えっと、外に放り出されてるのは後は誰だ?
私と阿求以外にここにいるのは、焦りながら藍と何か小声で話している紫と、一人呆然と虚空を見つめている慧音。
アリスはあっち側に取り残されたのか? いや、ケガの状態から考えればあっちで見てくれてるのかな。
それに橙は無事なんだろうか、最後まで全然見かけなかったんだよな。
まぁ、いろいろと確認しておきたいことはあるけど、それでも1つだけ確実に言えることがある。
私たちが、レミリアたちに完全に拒絶されたことだ。
……大丈夫なのか、これ。 無事に霊夢が解決できる異変になるのか?
不安はある。
だけど、始まってしまったものはもうしょうがない。
博麗の巫女を引退した私が出しゃばれるのはここまでだ、あとはもう霊夢を信じて待つことしかできないんだから。
こうして、霊夢に博麗の巫女を引き継いで初めての異変、通称『紅霧異変』は最悪の形で幕を開けてしまった。
「……ふふふ、あははははは、あっはっはっはっはっはっは。 死のう」
ちなみに視界の端で異変の元凶が空を仰ぎながら壊れてたけど、今回ばかりは自業自得ってことで放っておくことにした。
6章長すぎィ!!
前夜のくせに実質3章分くらいの長さになってしまいましたが、多分次の章も似たような感じになると思います。
次話より、懐かしの霊夢さんが帰ってきます。