霊夢と巫女の日常録   作:まこと13

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第47話 : まるで別人のよう

 

 

 

 

「……はぁ。 やっぱり始まったのね」

「え?」

 

 その声が聞こえると同時に、寒気がした。

 さっきまで表向きだけでも焦っていたはずのアリスの目は、もう私を気にかけてすらいなかった。

 ……いえ、むしろ今度は私を見ているのかしら。

 まるで私を一つの「コマ」として扱ってるかのような、無機質な目で。

 さっきまでアリスから感じていた、うるさいくらいの感情の奔流は、ぷっつりと途切れていて。

 まるで人形を、無機物を相手にしているかのようなあまりに大きな感情の落差からは、一種の不気味ささえ感じられる。

 

「始まったって、一体何が…」

「今回の件で、紫と藍が前々から何か企んでたみたいなのよね。 ちょっと紫の会話とか盗聴してただけだから、詳しいことは知らないけど」

 

 うわぁ盗聴とか流石にひくわーとかツッコもうと思ったけど、冷静に考えたら八雲紫の会話を気づかれずに盗み聞きしてるとか、けっこう凄いことなんじゃないかしら。

 だけど、今はそんなことはどうでもいいわ。

 企んでたとか、何か聞き捨てならない言葉が…

 

「その、何か企んでたっていうのは?」

「確か、あの吸血鬼に力ずくで身の程を弁えさせるーだとか物騒なことを言ってたような気がするわ」

「え……?」

 

 何よ、それ。

 確かにレミィが幻想郷に攻め入ったことがあるとかいう話は聞いたことはあるけど。

 でも、それはもう昔の話じゃない!

 私たちが今まで一体何をしたっていうのよ、何でいきなりそんなこと言われなきゃならないのよ!?

 

「っ……ごめんなさい、ちょっと急用ができたわ。 だから…」

「無理よ」

「え?」

「だから無理。 多分もう、あんたが一人で行ってどうにかできるような状況じゃないわ」

 

 ……本当に何なのよ、こいつ。

 なんでこの状況で、そんな冷めた声でそんなことが言えるのよ。

 

「そんなの、やってみないとわからないでしょ」

「まぁ、そっちには吸血鬼がいる訳だし、普通ならそう考えるわね。 ただ、今回は一人、紫の側に普通じゃないのがいるから」

「普通じゃない?」

「聞いたことない? 先代の博麗の巫女のこと」

 

 先代の巫女って、確か数十年も続いてたという、歴代最強とか噂されてる幻想郷の守護者よね。

 でも、そんなの所詮は人間だし、数十年も経ってるってことは人間なら今はもう隠居するような年齢のはずよね。

 そんな奴が一人いたところで、どうにもできないはずがないでしょ。

 

「たかが人間が一人いたところで、って顔ね」

「……事実、そうでしょう? 数十年も生きて衰えてるだろう人間より、あの八雲紫の方がよっぽど…」

「だから、寿命の影響とか言ってられるようなレベルの奴じゃないの。 その紫を知ってる私から見ても、妹紅は異常だって言ってるのよ」

「でも、だからといって放っておけるわけないじゃない!!」

 

 そうよ、もしかしたらこいつは、八雲紫が私をここで足止めさせるために仕向けた刺客なのかもしれないわ。

 だとしたら、こんなところで油を売ってる訳には…

 

「だから、焦らないでって。 何しに私たちがここに来たと思ってるのよ」

「へ?」

「私たちも紫のやり方に納得してるわけじゃないのよ。 だから慧音、出番よ」

「は?」

 

 突然、話は後ろの白澤に振られる。

 ……でも、何を言われてるのかわからないって感じのポカンとした顔してるじゃないのよ。

 

「いや、どうして私が…」

「紫や藍は、多分説得したところでもう止められない。 でも、吸血鬼と紫たちの戦いなんて、止められるのは妹紅くらいしかいないわ。 なら、妹紅がその気になる前にこっちに引き込むしかないでしょ」

「だからって、どうして私が…」

「今はもうあんたくらいしかいないでしょ、妹紅を説得してこっちに引き込めるのなんて」

「え? い、いやー、最近のあいつはどうかな、私が何か言ったところで…」

「いいえ。 妹紅は敵には絶対したくない相手だけど、意外とチョロいから親友のあんたが口先で丸め込めば何とかなるわ」

「そ、そうかな」

 

 いつの間にか、白澤はおだてられて懐柔されていた。

 そんな穴だらけにしか見えない計画を勝手に進めようとしているアリスに、本当は私は異を唱えたかったんだけど。

 でも、他に何をできる訳でもない無力な私は、ただそれを黙って聞いていることしかできなくて。

 

「さてと、じゃあ行きましょうか」

「え、ええ」

 

 一方的にそう言って走り出したその後ろ姿を追いながら、私は正直、この得体の知れない魔法使いに恐怖していた。

 未だ一端すらも見せていない、その力にではない。

 ただ、その声に。

 そこにあるのは、自分が正しいという「自信」なんかじゃない。

 自分の選択が真に正解であるという「確信」とでも言うべき、冷徹なほどの迷いのなさ。

 普通は、そんなことはできない。

 どれだけ自信過剰な奴も、どれだけ強大な力を持った奴も、我を通すには迷わないだけの理由が必要なのに。

 まるで言葉にできる理由も感情もなく、ただ淡々と世界を操作しているかのような、そんな寒気のする声に私は畏怖せざるを得なかった。

 

 だけど同時に私は、そんな謎めいたアリス・マーガトロイドという存在に、少しだけ期待を抱いていた。

 もしかしたら、こいつなら果てのない絶望をも晴らしてくれるのではないかという、一種の希望を。

 

「……ねえアリス、ちょっと真面目な話になるけどいい?」

「何?」

「もしかしたら、貴方なら何かきっかけを与えられるかもしれないわ」

 

 だから、少し間が差したのかもしれない。

 気付くと、私はこの数十年間抱え続けた悩みを、アリスに打ち明けていた。

 

 私がこの紅魔館から離れない理由。

 そして、私がこれまで生きてきた目的の一つ。

 ただ、あの子を救う手がかりを探したかった。

 壊れてしまった、あの悲しい吸血鬼を。

 私の親友、レミリア・スカーレットの心の在り処を―――

 

 





 真面目な視点が続いてしまったので、次話あたりでそろそろ雰囲気を戻したいと思います。




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